事業を創る人を”支える人” ―経営層の役割は、評価者から起案者へ―
新規事業やイノベーションの成否を分けるポイントや、新規事業担当者の成長・学習のメカニズムなどを、膨大なデータをもとに紐解き、「人と組織」という観点にフォーカスした書籍”「事業を創る人」の大研究”(クロスメディアパブリッシング)。――同書を、立教大学経営学部 教授の中原淳氏とともに共同執筆したのが、人材系シンクタンク・パーソル総合研究所出身で現・立教大学経営学部 助教・田中聡氏です。
以前、eiicon labでは田中氏にインタビューを行い、研究テーマに基づいたお話を伺いました。このインタビュー(前編・後編)が大きな反響を得たことをきっかけに田中氏による「事業を創る人」に着目した連載企画をスタートしました。連載第10回は、「事業を創る人を“支える人” ―経営層の役割は、評価者から起案者へ―」について解説してもらいました。
【★本連載における「新規事業」の定義について】
本連載では、事業を創る活動(新規事業創造)を「既存事業を通じて蓄積された資産、市場、能力を活用しつつ、既存事業とは一線を画した新規ビジネスを創出する活動」と定義します。つまり、事業を創るとは、単に新しいものを生み出すことではなく、既存事業で得た資産・市場・能力を活用して、経済成果を生み出す活動です。
新規事業を任せるとは、「新規事業を進めていくプロセスを伴奏しながら支援し、結果に対する責任を共有する」ということです。ここで強調しておきたいポイントは、「伴奏」「支援」「結果責任の共有」の3点です。これらの要件が全て揃って、はじめて「任せる」と言えますが、現実はそう簡単ではありません。本稿では、経営層の視点から、担当者に「新規事業を任せる」ということの意味について、見ていくことにしましょう。
経営者がとるべきスタンスとは?
連載第9回で、事業を創る人に対する「経営層」「新規事業経験のある上司」「社外の新規事業担当者」からのサポートが新規事業の業績を高める上で効果的であることをお伝えしました。それでは、経営層と直属の上司はどのようなスタンスで新規事業にコミットし、創る人にサポートを行っていくべきでしょうか。また、社外の新規事業担当者とはどのような関わりを持つことが望ましいのでしょうか。
そこで、本記事と次回記事では、事業を創る人を「支える人」をテーマとし、経営層、直属の上司、社外の創る人がいかに事業を創る人(または新規事業)と関わるべきか、について考えてみたいと思います。初回となる今回は、「経営層のかかわり」についてです。
重要なのは、「多産多死スタンス」か!?
経営層としては、創る人に対し、一発必中型スタンスで厳しく成果を追求していくべきか、あるいは、多産多死型スタンスで寛容に成長を見守るべきかという姿勢の問題があります。一発必中型とは「新規事業は1回で必ず成功させるもの」と考え、最初から成果を強く求めるタイプです。一方、多産多死型とは「新規事業はトライアンドエラーを繰り返すもの」と考え、失敗に寛容なタイプです。
皆さんであれば、この二つの典型的なスタンスのどちらが「新規事業の業績」に対してプラスの影響をもたらすと思われるでしょうか?現実的に行われているかどうかはさておき、多くの方は後者の「多産多死スタンス」の方が効果的だと思われたのではないでしょうか。実際、私たち研究チームでも当初の仮説としては、多産多死スタンスの方がプラスの影響を与えると考えていました。新規事業の成功を収めるためには挑戦母数を増やすことが大事だという原理原則に則れば、多産多死型スタンスであるほうが望ましいように思えるからです。
しかし、実際にはそうした予想を覆す結果となりました。まず、この2つのスタンスと新規事業の業績の関連を重回帰分析した結果を示した【図1】をご覧ください。【図1】は、経営層が新規事業に対して多産多死型スタンスを持っているほど、新規事業の業績は低くなるという結果を示しています。多産多死型のほうが望ましいという予想に反し、経営層が多産多死型スタンスをとってしまうと業績を下げる効果があるというのです。
【図1】 経営層の新規事業に対する考え方と業績の関連
これは一体どういうことでしょうか。確かに1回のチャレンジで新規事業を必ず成功させると考えるのは非現実的かもしれません。しかし、だからといって、新規事業の立ち上げ段階から経営層が失敗に寛容であることを提示していては、かえって創る人の“甘え”や“逃げ道”を生んでしまい、結果として新規事業の茨の道を歩んで障害を乗り越えようとする意欲を事前に喪失させてしまう、という負の効果があるのではないかということです。
この結果が示唆する重要な点は、既存事業と同様の成果主義を持ち込むべきということでも、失敗にはしかるべき制裁をというとこでもなく、「やるからには成功させよう」という一意専心の覚悟を経営トップ自身が発信することの重要性です。経営層の安易な多産多死型スタンスが新規事業の成功を阻害するということは、言い換えれば、常に新規事業を成功させるという強いコミットメントで新規事業に関わる姿勢が経営層には求められるということでもあるのです。
経営層の役割は、事業プランの評価者から「起案者」へ
新規事業に対する経営層の強いコミットメントを示す例として、欧米企業の事情を取り上げておきます。欧米では、新規事業がうまくいっている会社の特徴として「既存事業と新規事業では、トップのコミットメントが明確に違う」と言われます。既存事業に関しては優れたリーダーに完全に権限を委譲し、「トップの役割は新規事業を自ら生み出すこと」 だと明確に定義しているのです。
例えば、ゼネラル・エレクトリック(GE)やプロクター・アンド・ギャンプル(P&G)は、トップ自らが新規事業を生み出す役割を担っている代表的な企業です。新規事業を生み出す上で生じる既存事業との軋轢は日本企業に限った話ではありません。世界を代表する外資系企業でも組織内部の問題を避けては通れません。そこで、既存事業関係者からの批判を最小限に留めるという戦略的な意図を、トップ自らが行動によって示しています。
日本企業の場合、経営層による新規事業へのコミットメントはどの程度あるのでしょうか。【図2】は、独自調査で新規事業部門の責任者の役職を調査したデータです。「会長・社長クラス」は回答者全体の5%程度、「取締役・執行役員クラス」は20%程度となっています。このことから、新規事業部門の 3割弱が経営層の直轄組織として運用されていることがわかります。
【図2】 新規事業部門の責任者の職位
もちろん直轄組織にしているだけでは十分ではありません。繰り返しますが、経営者だからといって「必ず当たる新規事業」を知っているわけではなく、正解はわからないものです。
新規事業とは誰も事前に正解を知らない事業のことです。否、新規事業に事前に正解など存在せず、市場で顧客に支持され、成果を出した事業が事後的に「正解になる」のです。だからこそ、経営層は事業プランを審査する「評価者」としての立場から、現場に赴いて新規事業部門の人々と一緒に事業プランを考える「起案者(提案者)」としての立場にシフトすることが、「正解」に近づく唯一、最良のアプローチなのです。
さらに言えば、経営層自ら創る人となって率先垂範して新規事業を生み出し、舵を切る姿勢が時には必要です。なぜなら、トップ自ら行動で示すことが、全社の事業を創る風土を醸成する上で最もよいシグナルになるためです。経営層は従業員に挑戦させたいと願うものですが、「そういう自分はどうなのか?」と自ら覚悟を問い直すことが大切です。従業員に挑戦させたいのなら経営層自らも「挑戦」にコミットすべきでしょう。
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連載の第11回目は、「事業を創る人を”支える人” ―上司の実態―」について解説していきます。ご期待ください。
<田中聡氏プロフィール>
▲立教大学 経営学部 助教 田中聡氏
1983年、山口県生まれ。大学卒業後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。事業部門を経て、2010年に株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)設立に参画。同社主任研究員を経て、2018年より現職。東京大学大学院 学際情報学府 博士課程。専門は、人的資源開発論・経営学習論。主な研究テーマは、新規事業担当者の人材マネジメント、次世代経営人材の育成とキャリア、ミドル・シニアの人材マネジメントなど
Twitter:satoshi_0630
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「千三つ」と呼ばれるほど、新規事業を当てるのは難しいと言われています。
これまで、新規事業は成功を収めた企業や経営者による「戦略論」によって語られてきました。
しかし、戦略が良くてもコケるのが現実。では一体、何が真の問題なのか…?
本書では、その答えを探るべく、暗中模索の新規事業を統計データと質的データを用いて解剖し、新規事業をめぐる現場と組織を科学的に分析しました。
その結果見えてきたのは、新規事業部に配属された人々の孤独な茨の道。
「新規事業を成功させるのは斬新なアイデアではなく巻き込み力」
「新規事業の敵は『社内』にあり」
「出島モデル、ゼロイチ信奉の罠」
など、定説を覆すような、”人”をとりまく現実が明らかとなりました。
本書は、新規事業の担当者、現場マネジャー、経営幹部を成功に導く最先端の「見取り図」です。