7商工会議所の連携によって生まれた『尾張共創コンソーシアム』が「STATION Aiパートナー拠点」に――スタートアップを活用した地域企業支援の新たな挑戦に迫る
愛知県は、「Aichi-Startup戦略」に基づき、スタートアップ支援拠点「STATION Ai」と県内各地域の「STATION Aiパートナー拠点」とが相互に連携・協力し、県内全域にわたるスタートアップ・エコシステムの形成を目指している。
このような動きは愛知県全体に広がっており、県内各地でスタートアップ連携(=スタートアップを活用した地域の課題解決・地域活性化)に関する様々な取り組みが誕生している。愛知県西部の尾張地域では、7つの商工会議所(一宮商工会議所・瀬戸商工会議所・津島商工会議所・稲沢商工会議所・江南商工会議所・小牧商工会議所・犬山商工会議所)が連携。2025年4月に地域経済の活性化を目的とする『尾張共創コンソーシアム』を設立し、商工会議所の会員ネットワークを活かした「Local Industry Collaboration」(地域・地場産業連携)を取り組みテーマに掲げ、スタートアップとの連携を推進中だ。
そして2025年9月、『尾張共創コンソーシアム』は、愛知県STATION Aiパートナー拠点に位置付けられ、スタートアップ連携体制をさらに強化していくこととなった。STATION Aiパートナー拠点は、東三河スタートアップ推進協議会・ウェルネスバレー推進協議会・刈谷イノベーション推進プラットフォームに次ぐ県内4つ目となり、商工会議所が主体の組織は今回が初めてとなる。
今回、TOMORUBAでは、『尾張共創コンソーシアム』の活動をリードする一宮商工会議所の松下氏にインタビューを行い、『尾張共創コンソーシアム』の設立背景や目的、複数の商工会議所が連携したことで生まれた新たな動き、今後の展望について聞いた。また、コンソーシアムのメンバーである各商工会議所の担当者7名からは、連携によって感じた変化や広がり、地域から生まれる新たな可能性に関するコメントをいただいた。
7つの商工会議所が協力し、スタートアップ連携による共創型支援で課題解決を目指す
――最初に、尾張地域の概要や産業の特色を教えてください。
一宮商工会議所・松下氏 : 愛知県の西部一帯は古くから「尾張(尾州)」と呼ばれています。県の産業特色と同様に製造業が盛んであり、高速道路などの交通網が発達しているため物流拠点も多く、運送・物流関連の企業が数多く活動しています。
また、木曽川のような大きな川が流れているため、一宮市を中心とする尾州地域では古くから水を使った毛織物産業が発展しているほか、瀬戸市の瀬戸物・瀬戸焼で知られる窯業も盛んです。加えて寺社仏閣やお城など歴史のある建造物が多く、観光業も盛んであるなど、さまざまな地場産業が発展している地域となります。
▲尾張共創コンソーシアム 事務局 一宮商工会議所 企画事業部 係長 松下拓也氏
――尾張地域の産業には、どのような課題があると感じていますか?
一宮商工会議所・松下氏 : 全国的に同じような課題を抱えている地域も多いと思いますが、尾張地域も例に漏れず、中小企業・小規模事業者の多くが人手不足やDXの遅れといった課題に直面しています。少子高齢化による後継者不足もあり、商工会議所の会員数は良くて横ばい、多くの地域ではじわじわと減ってきているのが現状です。
――続いて、『尾張共創コンソーシアム』の概要を教えてください。
一宮商工会議所・松下氏 : 『尾張共創コンソーシアム』は、尾張地域の7つの商工会議所が連携して会員企業のイノベーション推進を図り、持続的成長を支援するとともに、地域経済の活性化に資することを目的として、2025年4月に設立した組織です。
地域の中小企業・小規模事業者が直面する人手不足、DXの遅れといった経営課題に対し、スタートアップの革新的な技術やサービスを積極的に活用することで、地域企業の課題とマッチングさせる「共創型」の支援の充実を目指しています。
――『尾張共創コンソーシアム』は、どのような経緯で設立に至ったのでしょうか。
一宮商工会議所・松下氏 : 2021年に一宮商工会議所が100周年の節目を迎えた際に、地域サポートに関する新しい取り組みについての議論がありました。ちょうどその頃、名古屋エリアで大学発スタートアップが数多く誕生し、産官学連携などスタートアップのサポートが活発に行われていたことがきっかけとなり、一宮の私たちもスタートアップ支援に関する取り組みをスタートしました。
最初は「地域からスタートアップを生み出す」「スタートアップの成長と共に地域の活性化を」というスタートアップ支援でしたが、取り組みを進めるうちに、今では「スタートアップの力を活用して地域企業の課題解決を目指す」というスタートアップ連携がメインとなっています。
ただ、そのような取り組みを進めていく中で、一宮だけでできることに限界があることに気づきました。他地域では広域で様々なプレイヤーが集まり、相互に補完し合いながら取り組みを進めていることも知っていたので、「自分たちにもできるはずだ」と考え、尾張地域の皆さんにお声掛けをしたことが、今回のコンソーシアムの最初のきっかけです。
その後、各商工会議所の担当者の皆さんと集う場を設け、何度か意見交換をさせてもらいましたが、皆さんそれぞれが好意的に動いていただいたこともあり、2025年4月にコンソーシアムとして正式に組織化することを決めました。
コンソーシアムとして広域をカバーすることで、企業支援の幅が大きく広がった
――7つの商工会議所が連携することにより、地域サポートやスタートアップ連携にどのような変化が生まれたと感じていますか?
一宮商工会議所・松下氏 : 以前は個々の商工会議所内で閉じていた課題を7市で集約・共有することで、課題の解像度が上がり、スタートアップの方々に提示しやすい形になったと感じます。また、7市分の企業ネットワークが統合されたことにより、スタートアップの方々に対して広範囲な実証フィールドを提供できるメリットも生まれました。
1つの市・地域で生まれた連携事例の情報を、同じような課題を抱えている他の市の企業さんに横展開しやすくなったことが何よりも大きいと感じますし、コンソーシアムのメンバーは全員が商工会議所の職員として同じ仕事をしているので、連携や横展開を行う際にも大きな調整は必要ありません。
スタートアップの方々にとっても「目の前の担当者だけでなく、後方にはコンソーシアムのメンバーも揃っている」と感じてもらえることは、大きな安心感につながると考えています。
――現状で紹介いただける具体的な事例があれば教えてください。
一宮商工会議所・松下氏 : 一宮では、タブレットなどで撮影した紙の書類をデジタル化するサービス『そのままDX』を提供するスタートアップであるcodeless technologyさんと、新聞販売店である株式会社シーエーシさんによるDX推進の共創事例が生まれています。このような一宮で生まれた共創事例をモデルケースとして、尾張エリア内の別の企業さんにも横展開できる仕組みができつつあり、現在は製造業や薬局など様々な業種・領域でのトライアルを進めている状況です。
また、「ずっとこのやり方でやってきたから…」と、自社の課題や問題に気づかれていない企業様が多かったことも事実であり、私たち商工会議所サイドも、そのような企業様の潜在的な課題を拾いきれていませんでした。しかし最近では、スタートアップのソリューションやサービス起点で「こんな便利なものがありますよ」と私たちの方からご提案し、トライアルで導入いただくことで、「やってみて良かった」「仕事が効率的になって社内の風土も変わった」と言っていただける企業様の声も増えてきました。
私たちのこれまでのやり方では拾いきれなかった課題を拾えたり、解決できなかった課題の解決方法を提案できたりするなど、スタートアップの方々との連携によって私たちのサポートの幅も大きく広がったと感じますし、コンソーシアムとして広域エリアをカバーすることにより、紹介・提案・横展開できる事例の幅も広がっていると実感しています。
地域内で自発的なイノベーションが生まれるようなエコシステムを形成したい
――今後、『尾張共創コンソーシアム』として、どのような取り組みを進め、どのような成果を生み出していきたいとお考えですか?
一宮商工会議所・松下氏 : まずは地域企業とスタートアップとの共創支援を通じて生まれた成功事例を、地域全体で共有可能なロールモデルとして確立することを目指していきます。さらには地域内の多くの企業様にとっての「新たな挑戦への一歩を踏み出すきっかけ」を生み出すことで、地域の企業様同士が自律的に連携・共創するような文化を作り、自発的なイノベーションが生まれるエコシステムの形成につなげていきたいと思います。
――『尾張共創コンソーシアム』は、2025年9月にSTATION Aiパートナー拠点に位置付けられました。パートナー拠点として取り組んでいきたいことはありますか?
一宮商工会議所・松下氏 : 一宮商工会議所では、5年にわたってスタートアップとの取り組みを続けてきましたが、そのような私たちの活動が「愛知県からのお墨付きをいただいた」ということで、商工会議所や地域の関係者の皆さんからもさまざまな期待の声をいただいています。STATION Aiパートナー拠点としての活動をしっかり浸透させていき、エコシステムの形成につなげていきたいです。
また、パートナー拠点としての具体的な活動に関しては、地域企業とスタートアップの接点を作ることを第一に考えています。さまざまなテーマやターゲットを設定したイベントを定期的に開催するなど、多くの機会を作りながら会員企業様に情報提供をしていくつもりです。地域事業者の方々をSTATION Aiにお連れして、スタートアップの方々との交流イベントを開催する予定を組んでいますし、その他にも多種多様なセミナーを実施していく方針です。
すでにSTATION Aiに来ていただいた地域の方々からは「すごく良かった」「刺激を受けた」「今度は会長と新規事業担当者を連れてきたい」など、多くの好評の声をいただいていますので、今後も地域の方々にSTATION Aiを訪れていただく機会をたくさん作っていきたいと考えています。
7人の商工会議所担当者が語った「連携による変化/地域から生まれる可能性」
最後に、『尾張共創コンソーシアム』に参画する7つの商工会議所の担当者の方々からいただいた「連携によって感じた変化や広がり」や「地域から生まれる可能性・地域らしさの活かし方」に関するコメントをご紹介していく。
――『尾張共創コンソーシアム』が組成されたことにより、7市の商工会議所の連携も進んでいると思います。それによって起きた変化や取り組みの広がりについてお聞かせください。
一宮商工会議所・西脇氏 : 複数の商工会議所職員が協力してスタートアップ連携の企画・運営に対応することで、個々の職員が外部連携のノウハウや、スタートアップとのコミュニケーションスキルを実践的に学ぶ機会が増えたと感じています。『尾張共創コンソーシアム』の活動は、商工会議所の職員自身が地域イノベーションのファシリテーターとして成長していく「人材育成の新たな可能性」であると捉えています。
▲一宮商工会議所 中小企業相談所 西脇豊氏
津島商工会議所・林氏 : これまでの商工会議所の支援は、既存事業の維持や事業承継を中心とする「守りの支援」がほとんどでした。スタートアップ連携支援では、スタートアップの方々が有する発想力やスピード感によって、これまでの支援方法では見えづらかった課題や可能性が浮き彫りとなり、会員企業様自身も気づいていなかった課題にもアプローチできるようになりました。商工会議所の新たな支援の在り方を考える素晴らしい契機になったと考えています。
▲津島商工会議所 中小企業相談所 所長 林高正氏
稲沢商工会議所・濱本氏 : STATION Aiのパートナー拠点となったことをきっかけに、尾張地域にもスタートアップの発想やスピード感が浸透しつつあり、これまで行政や商工会議所ごとに分散していた支援や情報が共有化され、広域的な「共創の文化」が芽生えています。とくに若手経営者や事業承継層の間で、AI・DX・脱炭素・地域課題解決といったテーマに対する意識が高まり、企業同士の連携や自治体との協働プロジェクトも増えつつあると感じています。
▲稲沢商工会議所 中小企業相談所 指導課主任 濱本龍人氏
江南商工会議所・小畑氏 : これまで各地域で個別に進めていた取り組みを、より広域的・戦略的に展開できると期待しています。私たち江南商工会議所としても、他地域の取り組みやノウハウを共有いただくことで、事業支援や地域活性化に新たな視点が加わったと感じています。また、商工会議所同士が連携することで、行政や大学、民間企業との連携も広がり、地域を越えたイノベーションや人材育成、スタートアップ支援など、様々な新しい可能性を感じています。
▲江南商工会議所 中小企業相談所 主査 小畑勝士氏
――『尾張共創コンソーシアム』が組成されたことによって実感される「地域から生まれる可能性・地域らしさの活かし方」についてお聞かせください。
瀬戸商工会議所・小池氏 : 瀬戸市は、今年、国際芸術祭『あいち2025』の会場のひとつになり、開催期間中は多くの観光客が訪れました。また、陶磁器を中心とする窯業も盛んですが、それらの観光資源や地場産業をPRするためのノウハウやツールに課題を感じている企業の方々が少なくありません。
今後はSTATION Aiに入居しているスタートアップの皆さんとつながっていくことで、瀬戸市が誇る観光資源や地場産業をアピールするきっかけ作りを進めていきたいと考えています。
▲瀬戸商工会議所 総務企画課 主事 小池隼平氏
小牧商工会議所・岩井氏 : 小牧市は、製造業を中心に高い技術力と優れた物流環境を兼ね備えた、極めてポテンシャルの高い地域です。市内には多種多様な小規模事業者が活躍しており、確かな「モノづくり」の力を持つ企業が数多く存在しています。
近年、小牧市内企業にはデジタル化・DX 化に取り組む大きな余地が残されており、これは業務効率化や生産性向上につながる伸びしろであると捉えています。この点は、小牧市内企業にとっての新たな成長機会です。
今後、小牧商工会議所としては、スタートアップと地元企業が連携する「共創型」の支援をより一層推進してまいります。これにより、地元企業が抱える経営課題やデジタル化・DX 化推進に関する課題を解決し、小牧市内の産業全体が発展し、持続的に成長していくことを目指します。
▲小牧商工会議所 中小企業相談所 主査 岩井克修氏
犬山商工会議所・梅田氏 : 犬山市は、市内事業所の50%以上が製造業であり、犬山城と城下町を中心とする観光業にも強みがあります。まずはこのような地域の特色や強みを伸ばすことで収益につながる体制を構築し、その後に無理のない形で地域課題を解決していきたいと考えています。
最近では、1597年創業で15代続いている犬山市の小島醸造と日本酒のブランドを展開するスタートアップのAgnavi社が、新しい商品開発に関する意見を交わし合う事例などもあり、地域企業とスタートアップの連携に可能性を感じることが多いですね。
▲犬山商工会議所 中小企業相談所 所長 梅田昌彦氏
取材後記
尾張地域の7つの商工会議所が『尾張共創コンソーシアム』として連携することで、地域支援の在り方が大きく変わり始めていることがうかがえた。これまで地域ごとに向き合っていた課題が、広域で共有されるようになったことで、スタートアップの技術やサービスをより的確に活用できる環境が整いつつあることは間違いない。また、STATION Aiパートナー拠点としての取り組みがスタートしたことで、今後は地域企業とスタートアップとの接点がさらに拡大していくことになる。実証の機会が増え、成功事例が他地域へ広がることで、これまで以上に多くの地域企業が「次の一歩」を踏み出しやすくなるはずだ。今後も尾張地域から生まれる新たな地域課題の解決手段や、地域企業とスタートアップの連携・共創が創出するイノベーションに注目していきたい。
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(編集:眞田幸剛、文:佐藤直己)