
「スタートアップ先進県」を目指す――10年後に向け「スタートアップ支援戦略」をアップデートした静岡県の展望と課題に迫る
2023年9月に「静岡県スタートアップ支援戦略」を策定し、スタートアップビジネスプランコンテスト『WAVES(ウェイブズ)』をはじめ、数々のスタートアップ支援策を手がけてきた静岡県。2025年3月には、取組方針などをアップデートした「静岡県スタートアップ支援戦略2025」を発表した。同戦略では、VCと連携した資金調達支援などを新たに盛り込み、県内外から大きな注目を集めている。
上記施策などを通じて「スタートアップ先進県」を目指す静岡県は、これまでの取り組みや成果をどのように評価し、どのような将来像を展望しているのだろうか。――「静岡県スタートアップ支援戦略」の取りまとめから実行までに関わる静岡県 経済産業部 産業革新局 産業イノベーション推進課の山家裕史氏に聞いた。
(所属、インタビュー内容は取材当時のものです。)

▲静岡県 経済産業部産業革新局 産業イノベーション推進課長 山家裕史氏
「結びつけ」と「成功事例の創出」の二大方針でスタートアップを支援
――最初に、山家さんのご経歴をお聞かせいただけますか。
山家氏 : 私は1994年に静岡県庁に入庁し、福祉や人事の部門のほか、清水市(現在は静岡市に合併)、総務省、湖西市と、複数の組織に出向を経験しました。湖西市では副市長として3年間勤務し、その後の2023年から現職の経済産業部産業革新局の産業イノベーション推進課長を務めています。現場の第一線である市役所から、国の政策を決定する中央官庁まで、さまざまな立場で行政の仕事に携わってきました。
産業イノベーション推進課長としては、「静岡県スタートアップ支援戦略」の策定に加え、個別の各種施策の立案・実行、ICT人材の育成、イノベーション拠点の管理運営など、幅広い業務を所管しています。
――現職以前にスタートアップと関わる経験はあったのでしょうか。
山家氏 : 先ほどお話しした湖西市の副市長時代に浜松市が主催していた「スタートアップ・パブリックピッチ」というピッチイベントに参加したことがある程度でした。
当時の浜松市長は、現在の鈴木康友県知事です。鈴木知事は浜松市長時代からスタートアップ支援に力を注いでおり、「スタートアップ・パブリックピッチ」も肝煎りの取り組みの一つでした。私はそのイベントに隣接自治体として参加し、それがスタートアップと直接関わった初の経験だったのですが、非常に可能性を感じたのを覚えています。
湖西市や静岡県に限らず、日本のあらゆる自治体は何らかの地域課題を抱えています。しかし、その課題を行政だけで解決するのは困難です。その点、スタートアップは先端的な技術やサービスを保有していますし、スピード感も行政とは大きく異なります。地域課題の解決に向けてはスタートアップとの連携が必須だと、イベントへの参加を通じて考えるようになりました。
――静岡県は2023年9月に「静岡県スタートアップ支援戦略」を策定し、数々の支援施策に取り組んできました。開始から1年半ほどを経て、現在までの主な取り組みをお聞かせください。
山家氏 : 「静岡県スタートアップ支援戦略」では重点取り組みとして「結びつける施策に力を入れる」「成功事例をつくり、ロールモデルを横展開する」の2つを挙げています。
そのうち、「結びつける施策に力を入れる」として手がけたのが、県内企業や金融機関とのマッチングなどを支援する「スタートアップワンストップ相談窓口」の開設と、スタートアップ支援ネットワーク「ふじのくに”SEAs”」の創設です。一方で、「成功事例をつくり、ロールモデルを横展開する」としては、ビジネスコンテスト「WAVES(ウェイブズ)」を主催し、自治体主催の同種のイベントとしては最大規模の賞金総額1,800万円を設定しています。
その後も、高校生向けのアントレプレナーシップ育成プログラム「FuJI(Future Japan Innovator)」や、インキュベート型とアクセラレート型の2つの機能を持つスタートアップの共創支援プログラム「Shizuoka Innovation DRIVE」といった複数のプログラムを展開。そのほか、東京・虎ノ門のイノベーション拠点「CIC Tokyo」に県職員を2名常駐させるなどして、首都圏のスタートアップの県内への呼び込みや情報発信も推進しています。
――これまでの施策の手応えはいかがでしょうか?
山家氏 : 静岡県は以前から大学発ベンチャーの支援や産学連携による産業創出に取り組んでいましたが、「静岡県スタートアップ支援戦略」という明確な旗を立てたことにより、数々の具体的な施策を立案・実行することができました。
特に、以前からスタートアップ支援に熱心だった鈴木県知事が就任して以降は、より取り組みが加速しています。スタートアップのマッチング先となる県内企業や金融機関の方々にも関心を寄せていただいており、機運醸成という点では着実に成果が結びつつあると感じています。
しかし、その一方で、機運の高まりに地域差があるのも確かです。静岡県西部は自動車メーカーや二輪車メーカー、電気機器メーカーなどの拠点が集積しており、その分スタートアップとの連携も多い地域です。一方で、中部・東部は西部ほど企業が集積しておらず、スタートアップもあまり身近な存在ではありません。そのため、今後はスタートアップや県内企業、金融機関などのコミュニティづくりを通じて、中部・東部におけるさらなる機運醸成に取り組んでいく必要があります。

10年後の大目標に向け、今年支援戦略をアップデート
――2024年3月に最終審査会が開催されたビジネスコンテストの「WAVES」では、3社がグランプリに選出されました。3社のその後の動向はいかがでしょうか。
山家氏 : 「WAVES」では、タイヤの環境負荷軽減に向けたタイヤ強化材を開発する「リッパー株式会社」、レーザー技術によるインフラメンテナンスを手がける「株式会社トヨコー」、魚の病気を検知するAIシステムを開発する「株式会社ストラウト」の3社がグランプリに選出されました。いずれの企業もイベント後の事業の進捗は芳しいです。
例えば、トヨコーは今年3月28日に東証グロース市場への上場を達成しました。また、リッパーは静岡市が運営するシェアサイクル事業において自社技術の実証実験を実施したほか、ストラウトも他のアクセラレータープログラム等で採択が決まるなど、成長を続けています。「静岡県スタートアップ支援戦略」では、「成功事例をつくり、ロールモデルを横展開する」を重点施策に掲げていますので、成功事例づくりという意味では手応えは十分です。

▲2024年3月に最終審査会が開催された「WAVES」。賞金総額は1,800万円(1位1,000万円、2位500万円、3位300万円)と、国内でもトップクラスのスケール感を誇るビジコンだ。
――一方で、取り組みを進めるなかで見えてきた課題はありますか。
山家氏 : 県外からスタートアップを呼び込み、県内企業が抱える課題の解決や新たなビジネスを創出することを目的に、県内企業と首都圏等のスタートアップとのマッチングを図る商談会やコミュニテイ運営を行う「TECH BEAT Shizuoka」を2019年から実施しており、マッチングの接点は増えてきました。ただ、課題としては、具体的な共創に至る件数が少ないという点が挙げられます。
その要因について考察してみたのですが、私は「課題の掘り起こしが不十分」というのが最も大きいのではないかと思っています。「オープンイノベーション」や「共創」が目的になってしまい、スタートアップと連携して何がしたいのかという、本質的な部分の掘り下げがまだまだ足りないのではないかと。そのため、今後は課題の抽出やマッチングのコーディネートなど、県内企業の伴走支援により力を入れたいと思っています。
――「スタートアップ先進県」に向けては、解決すべき課題もまだまだあるということですね。
山家氏 : スタートアップのエコシステムは、そう簡単に構築できるものではないと思います。シリコンバレーも一朝一夕で現在の姿に至ったわけではありません。機運醸成の取り組みは、今後もさまざまな形で実施していかなければいけないと思います。
今年3月、当初の支援戦略のアップデート版である「静岡県スタートアップ支援戦略2025」を公表したのですが、そのなかでスタートアップエコシステムの形成に向けて10年後までのロードマップを策定しました。
10年後にありたい姿として掲げたのは「スタートアップにとってフレンドリーな県」です。県内企業や金融機関、自治体が気軽にスタートアップと連携しやすく、またスタートアップもさまざまな支援に繋がりやすい県を理想像として掲げました。加えて、県内の若者が将来の選択肢として、起業を選ぶのが当たり前になる社会でもありたいと思っています。こうした社会を実現するためにも、継続的に取り組みを進めていくつもりです。

▲画像出典:「静岡県スタートアップ支援戦略2025」
県内全土で起業を促し、「スタートアップ先進県」の実現を目指す
――静岡県の今後のスタートアップ支援の取り組みについて、展望をお聞かせください。
山家氏 : 「静岡県スタートアップ支援戦略2025」に新たに盛り込んだ施策として、VCと連携した最大4,000万円の資金調達支援があります。令和7年度は、この取り組みを軸に各種施策を実行していきます。
従来、本戦略はスタートアップ支援を「創出」「育成」「連携」という3つの取り組みを柱としていました。しかし、「静岡県スタートアップ支援戦略2025」からは、この3本の柱に「誘致」という4本目を加え、それらの各施策をVCと連携した資金調達支援で後押ししていく方針です。

▲画像出典:「静岡県スタートアップ支援戦略2025」
この取り組みのポイントは、スタートアップ、VC、静岡県のそれぞれにメリットがあることだと考えています。スタートアップとしては事業上の最大の課題である資金調達をスムーズに行うことができますし、VCも自治体を介してスタートアップと繋がることで投資のリスクを軽減できます。さらに、私たち静岡県としては、首都圏に偏りがちなスタートアップ投資を県内に呼び込むことで、スタートアップの流入を促すことができます。
県の政策としてスタートアップを支援するのですから、静岡県に利益がもたらされる事業でなくてはいけません。そのための仕組みづくりには、特に力を入れており、今後は、この支援の仕組みを回していくため、県外への情報発信を強化していきます。
今年度には、県のプロジェクトや支援の取り組みをPRするイベントを首都圏で開催する予定です。こうした施策を通じて、県外からのスタートアップや資金の流入をさらに促進したいと考えています。
――それでは最後に、起業や事業開発をするうえでの静岡県の強みや魅力をお聞かせください。
山家氏 : 静岡県はスタートアップが事業を創出するうえで、他に代えがたい魅力を持っていると思います。首都圏とのアクセスの良さに加え、実に様々な実証フィールドを有しているからです。先ほども述べた通り、県西部にはものづくり産業が集積していますし、伊豆の観光産業や農林水産の一次産業のフィールドも豊かです。特に、駿河湾は、最深部が水深2,500mにも達する日本一深い湾であり、水中ドローンなどの海洋技術を実証するフィールドとしては唯一無二の場だと自負しています。
さらに、今後は、スタートアップエコシステムの構築に向けて、スタートアップを中心としたコミュニティ形成をより充実させていきます。県内におけるスタートアップに対する熱量には地域差があり、県の西部に比べ、中部・東部ではコミュニティも手薄です。そのため、これからは、ふじのくに”SEAs”の活動などを通じて、地域ごとのスタートアップコミュニティを強化していこうと考えています。
幸い、県の西部には「FUSE」(浜松市)、中部には「SHIP」(静岡市)、東部には「LtG Startup Studio」(三島市)、「ぬましんCOMPASS」(沼津市)と、スタートアップの拠点となる施設がすでに複数存在します。これらの拠点を中心にイベントや交流会などを開催して、スタートアップ、地元企業、金融機関、VC、大学・研究機関などが自然と交流するコミュニティを形成していきます。そして、その先に、スタートアップエコシステムを構築し、静岡県を日本でも有数の「スタートアップ先進県」に成長させたいというのが、長期的な目標です。

取材後記
ビジネスコンテストやアクセラレータープログラムの開催、県内企業や金融機関とのマッチング、VCとの連携、県外からのスタートアップの流入促進、アントレプレナー育成、スタートアップコミュニティの形成――静岡県のスタートアップ支援策は、多彩でありながら、総花的ではなく、「スタートアップ先進県」という大目標に向けた一貫した道筋がつけられている。ビジネスコンテストのグランプリ選出企業から、すでに東証グロース上場企業を輩出していることからも、取り組みの充実ぶりが伺える。
東京駅から三島駅、静岡駅、浜松駅の県内主要エリアまでは、いずれも新幹線でアクセス良好。その充実した支援策や実証フィールドを、ぜひ一度足を伸ばして、その目で確かめてみてはどうだろうか。
(編集:眞田幸剛、文:島袋龍太、撮影:齊木恵太)