“スタートアップ後進県”からの脱却を目指し、『STARTUP VOYAGE PROJECT』を始動――静岡県が考えるスタートアップ・エコシステムとは?
日本の中心に位置し、東西日本の文化が共存する静岡県。その主要産業は、全国第3位の出荷額等を誇る製造業だが、茶やみかん、漁業などの一次産業や、富士山、伊豆半島などのエリアをはじめとした観光業も盛んである。東西に長く、日本全体の縮図となるような文化的・産業的な多様性を持つ地域特性から、大企業のテストマーケティングの場となることも多い。
その静岡県が、新産業創出によるさらなる発展を目指すため、県を挙げてのスタートアップ・エコシステム形成に動き出した。それが「静岡県スタートアップ支援戦略」だ。同戦略に基づき、スタートアップの「創出、育成、連携」の3本を柱とする種々の支援策・イベント等(STARTUP VOYAGE PROJECT)が動き出しており、県内外のスタートアップ起業家や支援機関の注目が集まっている。
今回、TOMORUBAでは、同戦略の取りまとめから実行までに関わる静岡県 産業イノベーション推進課の山家裕史氏にインタビューを実施。静岡県スタートアップ支援戦略の背景や目的、具体的な内容を伺った。
▲静岡県 経済産業部 産業革新局 産業イノベーション推進課 課長 山家裕史 氏
全国3位の製造業を抱えるものづくりの県・静岡
――この9月に「静岡県スタートアップ支援戦略」が公表されました。山家さんをはじめとした産業イノベーション推進課の皆さんは、以前から県内のスタートアップ支援に関わられていたのですか。
山家氏 : もともと、産業イノベーション推進課は、ICT人材の育成や公設試験研究機関などを所管しており、創業支援などは別の課で担当していましたが、2023年4月から起業やスタートアップ支援も当課で所管することとなりました。今回の支援戦略は、有識者で構成される戦略策定委員会で立案していただき、私たちが取りまとめて、9月に公表しました。
――静岡県の産業は、どのような状況なのでしょうか。
山家氏 : データ面から確認しますと、静岡県の人口は約358万人で全国10位、県内産業の総生産額も全国10位です。しかし、製造業に限ると、製造品出荷額等は約17.1兆円で、愛知県、神奈川県に次ぐ全国3位です。また、県内の総生産の中で製造業が占める割合については、全国平均が約2割のところ、本県は約4割にのぼります。これらのデータからわかるように、本県は製造業を主要産業とする「ものづくり県」です。
具体的には、スズキさん、ヤマハ発動機さん、ホンダさんなどの四輪・二輪車大手メーカーがあり、自動車関連の企業が集積しています。また、楽器メーカーとして河合楽器さんやヤマハさん、さらに、玩具メーカーのバンダイさんやタミヤさん。こういった大手メーカーの拠点・工場が県内にあり、関連企業もたくさんあります。しかしご承知のように、世界的な脱炭素化の流れで、製造業は大きな転換期を迎えています。象徴的なのは、自動車のEV化ですね。二輪車、自動車関連の企業が多い本県の製造業も大きな影響を受けると考えています。
そこで将来にわたり、ものづくり県としての競争力を維持するには、県全体としてイノベーションを推進して、県の経済を牽引するような、ひいては日本の成長の一翼を担えるような新しい産業を生み出していく必要がある。このような課題感は以前から持っていました。
――これまでも、スタートアップ支援には積極的に取り組まれていたのでしょうか。
山家氏 : 一定の取り組みは行ってきました。本県では、大学発ベンチャーへの支援に注力して、ビジネス化の後押しに以前から取り組んでいます。また、令和元年度から、県と静岡銀行さんとが中心となり、首都圏等のスタートアップと、県内企業とのマッチングを図るための、「TECH BEAT Shizuoka」というイベントを毎年開催しています。
今年度は、102社のスタートアップに参画いただき、3日間の開催で5,000人以上の来場者がありました。さらに、今年の3月には、静岡市にSHIP(SHIZUOKA INNOVATION PLATFORM)というイノベーション拠点を開設しました。
この開設目的の1つは、大学の先生などを招いた講座などを通じて、トップレベルのICT人材の育成を図ること。もう1つは、異業種間の交流を通じてオープンイノベーションを推進することです。3月に開設して11月中旬までに、延べ5,000人以上の方にご利用いただいており、交流を通じた共同プロジェクト立ち上げなどの成果も生まれています。12月18日には、このSHIPに、スタートアップの困りごとを何でも相談できて、支援者につなげられるワンストップ相談窓口も設けました。
“スタートアップ後進県”からの脱却を図る、スタートアップ支援戦略
――そのような状況の中で、今回、静岡県がスタートアップ支援戦略を策定したのは、どのような目的があったのでしょうか。
山家氏 : 先ほどお話しした通り、以前から大学発ベンチャーの支援などの取り組みを行ってきました。しかし、やはりスタートアップは首都圏やお隣の愛知県・名古屋市などに多く集中しており、そういったエリアと比べると、本県は“スタートアップ後進県”だという認識はあったのです。
この状況を打破したいと考えていたところ、2022年11月に、政府から「スタートアップ育成5か年計画」が公表されて、国としてスタートアップを支援・育成していく方向性が示されました。それを機に、本県の産業界や県内各自治体でも、県内企業や地域が抱えている課題を解決し、県内経済に資するためのスタートアップへの期待が高まり、支援への機運が醸成されてきました。そこで、スタートアップ・エコシステムの形成を目指して、県として総合的な戦略を策定して取り組むことになったというわけです。
――県内産業や地域の課題というのは、具体的にはどのようなものがあるのですか。
山家氏 : 一次産業でいえば、本県の特産品として全国で有名なお茶ですが、生産農家や若い担い手がどんどん減っていて、生産量も大きく減っているということがあります。また、浜名湖では魚介の生息地となる藻場がなくなってしまう「磯焼け」と呼ばれる現象が広がっています。このような課題が一例です。
また、本県には、医療健康産業のファルマバレープロジェクト、海洋関連産業のマリンオープンイノベーションプロジェクト、また、次世代自動車のプロジェクトなど、さまざまな先端産業創出プロジェクトが、各地で動いています。そういったプロジェクトにも、ぜひスタートアップに参画してもらい、イノベーションを生み出していただきたいと考えています。
優勝賞金1,000万円のビジネスプランコンテストも開催――スタートアップ支援戦略の全貌とは?
――次に、スタートアップ支援戦略の中身についてお伺いします。まず、この戦略の全体像はどのようになっていますか。
山家氏 : まず、施策の方針としては「県内で新たなスタートアップを創出・育成する」ことと、「県外からスタートアップを呼び込むための環境を整備する」ことの2つになっています。この方針のもとで、「スタートアップとさまざまなプレイヤーを結びつける施策」、そして「成功事例をつくる施策」という2つの施策が、重点的に取り組むべき内容とされています。前者の「結びつける施策」とは、スタートアップと協業先の企業、実証実験のフィールドとなる自治体、あるいは資金を出してくれる投資家、さらにはスタートアップ同士のマッチングなどへの取り組みです。また、「成功事例をつくる施策」は、わかりやすくいえば、スタートアップからユニコーン企業をつくるといったことですね。
さらに、この支援策には、「創出、育成、連携」の3つの柱と、6つの機能が定められています。3つの柱の中でも、私が特に重要だと考えているのは「連携」で、支援者のネットワークづくりに力を入れたいと考えています。先にお話ししたSHIPという場は、連携の場になっていますし、今回、新たに立ち上げるスタートアップ支援組織「ふじのくに”SEAs”」はネットワークそのものです。
――スタートアップ支援戦略を具体的な形で実現されるのが、『STARTUP VOYAGE PROJECT』ですね。この中には、ビジネスプランコンテスト「WAVES」、ピッチイベント「SHIZUOKA STARTUP BAY」が含まれています。また、新設される「ふじのくに”SEAs”」など、それぞれについてお伺いしたいのですが、まず、ビジネスプランコンテスト「WAVES」の内容を教えてください。
山家氏 : 先ほどお話しした重点施策の1つである、「成功事例をつくる」ために実施するのが、ビジネスプランコンテスト「WAVES」です。これも先ほどお話しした、本県で推進している先端産業創出プロジェクトや地域課題をテーマとして、これらの推進や解決に役立つビジネスプランを広く募集します。
来年(2024年)3月の最終審査に向けて、現在準備を進めているところです。本コンテストの最大の目玉は、採用された中で1位となったプランには、1,000万円の賞金があることでしょう。
――自治体が主催するビジネスプランコンテストとしては、あまり聞いたことのない高額賞金ですね。
山家氏 : そうだと思います。これによって、成功事例づくりに取り組む私たちの本気度が、お伝えできればよいと考えています。先にも申しましたが、東京や名古屋などの大都市圏と比べてスタートアップ支援が遅れている――そのようなイメージを払拭していきたいのです。
県内のスタートアップをネットワーキングして育成するピッチイベント
――次に、ピッチイベント「SHIZUOKA STARTUP BAY」について教えてください。
山家氏 : 「SHIZUOKA STARTUP BAY」は、スタートアップと県内企業、投資家とを結びつけることを目的としています。そのため、ピッチイベントだけではなく、交流会なども開催する予定です。なお、こちらは3回の開催予定ですが、第1弾は12月22日に浜松で開催予定となります。
――第2回は2024年1月~2月、第3回は2024年2月~3月の予定ということですが、毎回、開催地域が違っているのですね。
山家氏 : はい。静岡は東西に長く、文化や産業も多様です。地域の課題もそれだけ多様で特色があります。第1回は西部地域の浜松市での開催です。このエリアは製造業、ものづくり企業が集積しているので、テーマも「ものづくり」としました。
第2回は静岡市、第3回は静岡県東部で開催予定です。各テーマは現在調整中ですが、静岡市を中心とした中部地域だと、フーズ、ヘルスケア産業が盛んですし、東部地域だと、医療機器の産業集積地・ファルマバレーがあります。そういった、地域ごとの産業の特色にあわせた関連テーマにすることを考えています。
――広い県内には、多様な産業があり、多くの課題もあるということですね。ちなみに、それらの中でも、山家さんが特に気になっている、あるいは注目している課題があれば教えてください。
山家氏 : 先ほども少しお話しした、マリンオープンイノベーションプロジェクトは、たまたま当課で所管していたこともあって、注目しています。ご存じない方が多いのですが、駿河湾は、水深が2,500mで日本一深い湾なのです。静岡に日本一高い富士山があることは誰でもご存じですが、駿河湾が日本一深いことは、ほとんど知られていません。しかも、海岸から2kmほど沖に出れば、もう水深が500mにも達するという、世界でも類を見ない深海の実証実験に最適なフィールドなのです。
そういった所なので、マリンオープンイノベーションプロジェクトとマッチングしながら、国内はもちろん国外のスタートアップも含めて、海洋資源関連などの課題解決のフィールドとして使っていただければと思っております。
産学官金の関係者が一体でスタートアップ支援を実現する「ふじのくに”SEAs”」
――では、先ほども少しお話に出ていた、「ふじのくに”SEAs”」について教えてください。
山家氏 : 「ふじのくに”SEAs”」は、スタートアップ支援に関わるさまざまなプレーヤーを結ぶネットワークです。
具体的には、イノベーション拠点のSHIPをハブとして、県内の産業界、教育・研究機関、商工団体、金融機関、投資家、市町など、スタートアップ支援者に、会員になってもらい、総合的、恒常的なスタートアップ支援を実現します。ちなみに、SHIPという名前にちなんで、スタートアップの船出を後押しするという意味で、SEAs(Startup Encourage Associations)という名称にしました。
この「ふじのくに”SEAs”」が、いわば下支えをしながら、その基盤の上に、ビジネスプランコンテストやピッチイベントを次々に実現していき、静岡県から次々とスタートアップが生まれるエコシステムをつくっていきたいと思います。
――最後に、『STARTUP VOYAGE PROJECT』にかける思いや、参加を検討するスタートアップ、起業家へのメッセージをお願いします。
山家氏 : ビジネスプランコンテスト「WAVES」は、成功事例の創出を目的に実施します。当然、成功までには何年もの時間がかかるでしょうから、腰を据えて取り組んでいかなければなりません。
しかし、まずは「これは面白いぞ」「世の中が変わりそうだ」とわくわくするようなプランであることが大切ではないかと思います。私たちや県民の皆さんをびっくりさせてくれるようなプランと出会えることを、楽しみにしています。そういったプランが出てくれば、県としても、県内の企業や支援者の皆さんと一緒に、全力で応援していきたいと思っています。ぜひ全国のスタートアップの皆さんから、たくさん応募していただけることを、期待しております。
また、ピッチイベント「SHIZUOKA STARTUP BAY」については、静岡県内にも数多くのスタートアップの皆様、起業家を目指す皆様がいらっしゃると思いますので、県内の企業や投資家とつながって事業拡大を実現できる機会と考えて、活用していただければと思います。交流会も積極的に開催していきます。
取材後記
温暖な気候や豊かな自然に恵まれ、多くの産業も抱えた静岡県は、日本の中でも、穏やかで幸せな暮らしを実現しやすい都道府県の1つだろう。静岡県が“スタートアップ後進県“だったのは、その恵まれた環境があったが故なのかもしれない。しかし、優勝賞金1,000万円という破格の条件からも、覚悟と本気度が伝わってくる『STARTUP VOYAGE PROJECT』の実施により、そんな静岡県の中からも、多くの革新的なスタートアップが生まれてくるに違いない。これからは静岡発のスタートアップから目が離せなくなりそうだ。
(編集:眞田幸剛、文:椎原よしき)