
【山梨県内企業×スタートアップ】スピード感溢れる事業展開に注目が集まった4つのプロジェクト。約3ヵ月間でどのように進化したのか?共創の最前線をレポート!
東京からほど近い立地やジュエリー、ワイン、織物といった地場産業に強みを持つ山梨県。県内企業と全国のパートナー企業によるビジネス創出プログラム『STARTUP YAMANASHI OPEN INNOVATION PROGRAM』を開始し、オープンイノベーションにも注力する。
2024年度で2期目を迎えた同プログラムでは、選定された4社(株式会社光・彩、シチズン電子株式会社、ファスフォードテクノロジ株式会社、甲府ビルサービス株式会社)の県内ホスト企業が、全国のスタートアップとの共創により新規事業創出や技術革新に取り組んでいる。
パートナー企業の選定やワークショップ(※)を経て、3月19日に山梨県立図書館で、『STARTUP YAMANASHI OPEN INNOVATION PROGRAM 2024 DEMODAY』と題した成果発表会が開催された。共創するパートナー企業が決定してから発表会までは約3ヵ月と短期間だったが、各社のスピーディーな展開に注目が集まった。
――本記事では、4つの共創プロジェクトの内容を中心に、発表後に開催された参加者らによるトークセッションの様子をレポート。2年目となるオープンイノベーションプログラムの成果発表会は、降雪の影響によって急遽リアルの会場とオンラインのハイブリッド開催となったが、会場全体は熱気に包まれた。
※ワークショップレポート記事:人材育成DX、AIによる検査機能強化、ジュエリー検品の自動化、バリアフリーデバイス――山梨県内企業とスタートアップが一堂に会し、熱を帯びたディスカッションを実施!
オープンイノベーションを力強く支援していく――山梨県庁より挨拶
冒頭の挨拶では、山梨県 産業政策部 スタートアップ・経営支援課 課長 有須田遥華氏が登壇。まずは、降雪により現地とオンラインのハイブリッド開催となるなか、足を運んだ参加者に感謝を述べた。有須田氏は「山梨県ではスタートアップが県発展のパートナーであると考え、支援している。さらに、県内企業との共創も力強く支援していく。この共創促進は県の課題解決にとどまらず、より大きな社会的価値創出の手法として、今後さらに重要となる」と積極的な姿勢を示した。

山梨県では、『STARTUP YAMANASHI OPEN INNOVATION PROGRAM』を2023年に開始し、県内企業とスタートアップの共創事業を進めている。山梨県のフィールドを活用した全国のスタートアップ向けの実証実験事業も実施しており、さらなる成果が期待されているという。
さらに、2025年11月には新たにスタートアップ支援センターも開設する。有須田氏は、「同センターを、オープンイノベーションを推進する中心地にしたい。本プログラムに関わった全ての方々に本県との連携・交流を引き続きお願いしたい」と力強い言葉で挨拶を結んだ。
【4社の共創事業成果発表】 “本気度”がうかがえる各社の成果
●光・彩(ホスト企業) × フツパー(パートナー企業)
『AIによるジュエリーの検品自動化と品質管理』

ジュエリー製造品出荷額が全国の約20%(2023年時点)を占める山梨県。光・彩はジュエリー、及びジュエリーパーツ製品の総合メーカーであり、ジュエリーパーツ製品は国内で約50%のシェアを誇る。職人の持つ技術に最先端の機械加工を掛け合わせ、高品質と多品種少量生産を同時にかなえている。
高品質が要求されるジュエリー製品は、検査員が目視で検品を行っているが、近年は職人不足が深刻となり業界の課題となっている。さらに、人口減少、人件費高騰など人材獲得が激化し、必要な生産体制を整えることが困難。
そんな同社では、「ジュエリー製品の検品自動化と品質管理」をテーマに据え、製造業向けAIサービスを展開するフツパーを共創相手に取り組みを進めてきた。ジュエリー製品の検品は品質だけでなく美しさも検品対象となる。そのため今まで自動化が難しく人に頼るしかなかった。自動化が困難な現状に対して、AIを活用して検品を自動化、さらに共通の指標を作りプラットフォーム化することで、品質の標準化を図るという。
約3ヵ月のインキュベーション期間では、ジュエリー製品の部品である「ポスト」「引き輪」という2つのパーツを使って検証を実施。特殊な照明を使ってパーツを撮影し、AIの画像解析による自動検品が可能かどうかを確かめた。現状は全ての検査項目を網羅する撮影は難しく、その課題解消に向けたPoCの段階だ。
フツパーの大竹氏は、「2〜3年以内に光・彩、及び同業界に技術を導入し、4〜5年以内に業界の外観検査の全自動化を目指す」とマイルストーンを述べた。光・彩の遠藤氏は「自社のみならず業界全体の活性化を図り、利益率向上を実現したい」と意気込みを示した。

▲オンラインでの発表となったフツパー・大竹氏
●シチズン電子(ホスト企業) × GATARI(パートナー企業)
『触覚・視覚提示技術と音声XRの活用によるバリアフリーデバイスの共創』

シチズン時計の子会社であるシチズン電子は、LEDや小型のスイッチなどを製造するメーカーとして豊富な実績を持つ。誰もが同じように楽しめる社会の実現を目指すシチズン電子では、以前から人の五感に訴える技術を追求しており、疑似触覚を作る「ハプティクス」と呼ばれる技術の開発を進めている。
そんな同社は、テクノロジーを駆使して今までにないエンタメ体験を提供するGATARIをパートナー企業として、『触覚・視覚提示技術と音声XRの活用によるバリアフリーデバイスの共創』に挑んでいる。
多様性の実現に際し、両社は「障害のある人々」に着目。エンタメの視点から未来のプラットフォームを開発しようと考え、障害者が健常者と同じ体験を共有するソリューションとして、触覚技術を埋め込んだ「手に持てる心臓」を開発した。
GATARIの武田氏は、「アイデアの発端は、『相手の感情がわかったらおもしろいのではないか』という気づき。心拍を触覚技術で再現した心臓を開発し、それをMR(ミックスド・リアリティ)と掛け合わせて、さまざまなシーンで応用できると考えた」と、ユニークなソリューションが生まれた経緯を話した。
期間中に実施したデモを通じて、「人物像から鼓動をリアルに感じられて非常におもしろい」、「触覚と聴覚の組み合わせによって没入感が高まる」等の好感触が得られたという。事業化にあたり解決すべき課題は残るものの、シチズン電子の大熊氏は、「触覚とMRは世の中にある技術だが、それを活かして実際に動く心臓を作ったところ、かなりおもしろいものができた」と手応えをにじませた。武田氏は、「アイデアから約2週間でカタチにするシチズン電子のすごさを目の当たりにした」と驚きにも触れた。
●ファスフォードテクノロジ(ホスト企業) × システム計画研究所(パートナー企業)
『1枚の画像から学習できる独自AI技術を用いたダイボンダ装置の検査機能性能向上』

半導体製造の「ダイボンディング」工程(半導体チップを基板に固定する工程)を行うダイボンダ装置事業で世界トップクラスのシェアを誇るファスフォードテクノロジ。
同業界で約60年の実績を持ち、日本のものづくり産業を支える1社だ。そんな同社では、新たな付加価値の創出を目的に「検査性能を大幅に向上させた世界初のダイボンダ装置」の開発に取り組むことに。共創パートナーに採択したのは、1枚の画像から学習ができるAI技術を持つシステム計画研究所(以下、ISP)だ。
ファスフォードテクノロジの大森氏は、「現在の検査性能を向上させることで、その後の検査工程をカットできる。これが実現すれば、人材不足の解消や顧客の生産能力の向上、さらに当社の付加価値となり装置単価が向上する」とメリットを強調。ISPの井上氏もまた、「生産装置に当社の技術を活用することで、自動的に売れる仕組みができる」と自社のメリットに言及した。
2社が期間中に取り組んだのは、「検品能力を向上させるためのテスト」、「現在の装置で自社技術のgLupeを動かせるようにする改良」、そして「顧客へのアプローチ」の3つだ。
井上氏は、「テストでは良好な結果が得られている。改良を通じて、さらなる事業の広がりも期待している」とコメント。大森氏は、「本技術を紹介したお客さまからも好反応を得られている。2026年度中にはお客さまの工場でのテスト版を開始したい」と、今後の展望を話した。

▲オンラインでの発表となったISP 井上氏
●甲府ビルサービス(ホスト企業) × キャリアサバイバル(パートナー企業)
『ビルメンテナンス業におけるDX化の推進と革新的な実務の実現』

1965年に創業し、半世紀以上にわたりビルメンテナンス業界を支えてきた甲府ビルサービス。山梨県を中心にビルメンテナンス事業や公共施設の管理業務を行っている。管理物件が年々増えるなか、ビルメンテナンス業界は、超高齢化社会による技術者不足と技術者の質低下に直面している。甲府ビルサービスの坂本氏は、「この状態が続けば器具の不具合や点検漏れにつながり、事故が起こりかねない」と危機感をあらわにした。
そうした背景を踏まえ、同社が挑むのは『ビルメンテナンス業におけるDX化の推進と革新的な実務の実現』だ。HR・DX領域で強みを持つキャリアサバイバルと共に、AIで技術者のノウハウを可視化し、人材育成の効率化を目指す。
具体的なソリューションとして、点検箇所を可視化する「フロアマップ」を作成。新人でも点検箇所がすぐにわかるようにした。緊急時は本部スタッフとのビデオ通話で対応し、対応方法を録画、AIが報告書を自動作成する。さらに、蓄積した事例をAIに学習させ、類似事例の検索機能も付属する。
キャリアサバイバルの松岡氏は、「とにかく現場を一緒に回ってツールを開発した。活用できそうだという感触を得ているが、電波の影響に関しては課題が残るため、継続的に取り組んでいく」とコメント。坂本氏は、「まずは自社での技術継承を実現し、このソリューションをビルメンテナンス業界、ひいてはメンテナンス業界全体に広げたい」と、リーディングカンパニーとしての意思を示した。
【トークセッション①】 ホスト企業に聞く「オープンイノベーションの魅力」
成果発表の終了後は、トークセッションが実施された。まずは「オープンイノベーションの魅力」をテーマに、同プログラムにホストとして参加した3社(光・彩/シチズン電子/ファスフォードテクノロジ)の担当者が登壇した。
<登壇者>
・株式会社光・彩 遠藤太一氏
・シチズン電子株式会社 三浦充紀氏
・ファスフォードテクノロジ株式会社 大森 僚氏
・株式会社 eiicon 地域創生・イノベーション創出支援事業本部 Account Executive / Consultant 岩根隼人氏 ※モデレーター
【トークテーマ①】 「なぜ事業開発に取り組んでいるのか」

同テーマに対して、ものづくり企業である3社は「現状維持ではまずいという危機感があった」と同様の課題感を明かした。ファスフォードテクノロジの大森氏は、「半導体製造装置というニッチな分野だが世界には競合が多い。付加価値の創出に迫られ、事業開発に取り組んでいる」と回答。シチズン電子もまた自社の競争力低下が課題にあがり、2024年4月に新規事業創出の専門部隊を新設したという。三浦氏は、その一員として参画している。
光・彩の遠藤氏は、「ジュエリー業界も海外で技術躍進が進んでいる。日本としては、さらなる付加価値をつけて利益を上げる必要がある」と切実な状況を明かした。
【トークテーマ②】 「オープンイノベーションに取り組んだ感想」

スタートアップとの共創は3社とも初めてのこと。そんななか、実際に取り組んでみてポジティブな感想を持ったという。三浦氏は「共創相手の強みとかけ合わせることで、自社技術の可能性の広がりを感じた」と、大森氏は「知的好奇心をくすぐられる感じで楽しかった。自社にはないノウハウやアイデアに驚きの連続だった」とコメント。そして、遠藤氏は「異業種ならではの視点の広がりがあった。3社、4社の共創になれば、より視野が広がるだろう」と話した。
新規事業創出にありがちな”社内の反発”の有無についてたずねると、「最終的には“情熱”が人を動かすのではないか」と三浦氏。「当社内に壁はなかったと感じるが、もし反発があったとすれば、説得というより共感を生むような努力が重要だと思う」と考えを述べた。
遠藤氏は「社内で困り事をヒアリングして、それに対する解決手段としてオープンイノベーションを提案した。会社を良くしたい思いは全員にあり、取り組みの成果が出れば、それは自分にも返ってくる。そうした思いが伝播してカタチになった」と自社の事例を伝えた。
さらに、スタートアップならではのスピード感にも言及。三浦氏は、「物事を考えるスピードも次の一手に踏み出すタイミングもとにかく早い」と自社との違いに触れた。遠藤氏、大森氏も、「両社の足並みをそろえてスムーズな展開ができた」と振り返った。
最後に3名は、会場に集まった参加者に「オープンイノベーションは付加価値を生むために有効な手段だ。一度、飛び込んでみてほしい」とメッセージを届けた。
【トークセッション②】 「山梨県のイノベーション活動の今」
続いて、山梨県を牽引する2社(アルプス/甲府ビルサービス)と山梨県庁の担当者が登壇。「山梨県のイノベーション活動の今」をテーマに、急速に変化している同県の現状を語った。
<登壇者>
・株式会社アルプス 代表取締役社長/山梨県ニュービジネス協議会 専務理事 金丸 滋氏
・甲府ビルサービス 代表取締役社長/山梨県ニュービジネス協議会 副会長 坂本 哲啓氏
・山梨県 産業政策部 スタートアップ・経営支援課 スタートアップ支援担当 課長補佐 スタートアップ創出・誘致マネージャー 森田考治氏
・株式会社 eiicon 地域創生・イノベーション創出支援事業本部 地域創生・イノベーション創出支援1G マネージャー 曽田将弘氏 ※モデレーター
【トークテーマ①】 「山梨県のイノベーション市場の現状」

同テーマに対して、山梨県庁の森田氏は「スタートアップのフェーズに応じた切れ目のない支援を提供している」と回答。「アイデア検討から実証実験、成長加速まで幅広く支援している。特筆すべきは、全国で初めてとなる『資金調達サポート事業』だ。2023年から開始して、すでに8社に出資し、そのうち2社は次の資金調達にも成功している」と好調な動きを伝えた。
共創促進事業にも注力し、来年度は研究機関との連携事業を開始する。大学や研究機関の研究シーズを県内企業に導入し、共同開発や新規事業創出を目指すという。さらに、約13億円の改修費をかけたスタートアップの支援拠点を2025年11月に開業する。「地上5階建てでモノづくりスペースや無料で使えるラウンジ、コワーキングスペースなどが入り、県内のイノベーションを促進する施設だ」と森田氏は期待をのぞかせた。
また、アルプスの金丸氏は、「行政の尽力により、近年はイノベーション市場が伸びている。山梨がスタートアップの聖地になることも夢物語ではないと思う」と回答。甲府ビルサービスの坂本氏も同様に、「徐々に舞台ができあがっていると感じる」と前向きな展望を述べた。
【トークテーマ②】 「ビジネスの“市場”としての“山梨県”の現在と未来予想図」

続くテーマに対して、森田氏は「東京と比較すると、山梨では社長と直接商談できる機会が多い。決裁権があり、かつ山梨の社長は現場に最もくわしい。東京と商談のスピード感が違うという声がよく聞かれる」と、山梨におけるイノベーションのメリットに言及。
さらに、「山梨の事業におけるキーワードは『人手不足』だ。県内の経営者と話すと、まずこのキーワードが聞かれる。裏を返せばビジネスチャンスで、山梨の人手不足は東京の状況とは比べ物にならないほど切実だ。解決手段を開発できれば、日本全国や世界に展開できる可能性もある」と付け加えた。
実際にスタートアップとの共創に挑んでいる坂本氏は、「想像よりもオープンイノベーションのハードルは高くない。『コストや時間がかかる』『面倒だ』とブロックがかかりがちだが、実際はそんなに難しくない。自社の事業の延長線上で取り組めていない課題はまだまだあり、共創により確実に成果が得られるとわかった。そうした可能性を知ってほしい」と自社の経験をもとに思いを伝えた。
金丸氏は、「イノベーション創出の機運が十分に醸成されていない現状を変えたい」と話す。「ピッチイベントなどの参加者は、同じ顔ぶれになりがちだ。たとえ自社とは関係ない業種でも、聞いてみるとスタートアップの技術やサービスはおもしろい。何か応用を思いつけば、オープンイノベーションが生まれる可能性もある。草の根的にスタートアップと組むおもしろさ、利点を伝えていきたい」と考えを述べた。
【トークテーマ③】 「会場へのメッセージ」
最後に、会場に集った参加者にメッセージが送られた。坂本氏は、「オープンイノベーションはやらないともったいない。自社の事業に役立つのは間違いない」と後押し。金丸氏は、「実際に取り組んでみて、スタートアップと対等な関係を築けるのだと知った。お互いにメリットがあり、『共創』という言葉がしっくりきた」と話す。森田氏は、「まずはスタートアップに興味を持ってほしい。スタートアップにはビジネスの種が埋まっている。利益を追求する手段として本気のスタンスで見てみてほしい」と訴えた。
パネルディスカッションが終わった後には、記念撮影が行われた。さらに、参加者全員が参加できる交流会も催され、盛況のうちにDEMODAYは幕を下ろした。


取材後記
全国的にもスタートアップへの手厚い支援策を展開している山梨県。2期目となった「STARTUP YAMANASHI OPEN INNOVATION PROGRAM」は、そんな山梨県の姿勢が反映されたような結果になった。どの企業も短期間で本格的な検証を行っており、実現に向けて大きく前進。具体的な展望も見えている。すでに高い専門技術を持つ4社がオープンイノベーションを実現できれば、想像以上のインパクトが生まれるに違いない。2025年11月に開業する「スタートアップ支援センター」や来年度の本プログラムにも熱い視線が送られそうだ。
(編集:入福愛子・眞田幸剛、文:小林香織、撮影:齊木恵太)