
静岡銀行が目指す、地域共創戦略とスタートアップエコシステムの形成とは?――「地方創生部」を管掌するキーパーソン、中村智浩氏に聞く
浜松市長時代からスタートアップ支援に注力してきた鈴木康友氏が2024年に県知事に就任して以降、静岡県は“スタートアップ先進県”を掲げて、スタートアップ支援策を強化している。
その静岡県の県内企業におけるメインバンクとして大きな存在感を示す静岡銀行では、2012年に「しずぎん起業家大賞」を創設するなど、いち早く創業支援、スタートアップ支援に取り組んできた。現在、同行を中核とするしずおかフィナンシャルグループでは、中期経営計画で「地域共創戦略」を掲げており、地域プラットフォームの形成や地域発のイノベーションを生み出し続けるエコシステムの構築に取り組んでいる。
今回、静岡銀行 執行役員であり、地方創生部を管掌する中村智浩氏に、同行におけるスタートアップ支援の取り組みや、目指している地域共創の姿などについてインタビューを実施。聞き手は、eiicon 執行役員/地域イノベーション推進本部 本部長の伊藤達彰が務めた。
“社会価値の創造”を”企業価値の向上”につなげていく「地方創生部」
――まず、地方創生部についてお聞きします。同部はどのようなミッションを担っているのでしょうか。
中村氏 : 2022年にしずおかフィナンシャルグループが誕生し、現在、グループとしての第1次中期経営計画(2023-2027年度)を推進しています。その中計において一丁目一番地に据えられているのが「地域共創戦略」です。これは一言でいえば、地域金融機関として、 地域の課題解決を通じて地域を活性化し、社会価値の創造につなげることです。
地方創生は、中長期的なスパンで取り組む活動になりますが、営業店の現場は、目の前のお客様と向き合うなか、短期の計数成果も求められる場面もあります。そういった日々の現場活動と、地方創生は直接的にはリンクしにくいものです。
そこで、地域などすべてのステークホルダーと連携し、中長期的に地域や産業の課題解決に取り組むことで、社会価値創造と企業価値向上の両立を目指す地域共創戦略を構想しました。それを推進するための企画、管理、実行をするのが、現在の地方創生部の仕事です。最終的には、5年間で営業店の現場の一人ひとりが自主的、主体的に地域共創戦略を実行できるような仕組みを作る計画となっています。

▲株式会社静岡銀行 執行役員 地方創生部長 中村智浩氏
――具体的に、地方創生部としてどのような活動をなさっているのですか。
中村氏 : 地域の開発案件や自治体の課題への取り組みがあります。それから、「TECH BEAT Shizuoka」(以下、「TECH BEAT」と略記)を中心として、地域のイノベーションエコシステム構築を目指す活動や、お取引先の販路拡大につなげるための商談会企画などがあります。
また、静岡県内だけではなく、山梨中央銀行や名古屋銀行とのアライアンスを通じて、地方創生に資するさまざまな活動を広域に展開しています。
さらに、静岡の大きな課題である人口減少への対応もあります。若者の首都圏への流出が加速するなか、多拠点居住推進の情報発信や、地元に誇りを持ってもらうための、児童や学生向けのシビックプライド醸成に取り組んでいます。このほかにも、中高生向けにおこなう、金融経済教育やアントレプレナーシップ教育などもサポートしています。

▲「しずおかフィナンシャルグループ 第1次中期経営計画 (2023-2027年度)」の地域共創戦略ページより抜粋。
2019年から開催している「TECH BEAT」は約8,000名を集客するイベントに成長
――いま、静岡県では鈴木知事の陣頭指揮のもと、県としてのスタートアップ支援政策推進を加速させています。静岡銀行では、先ほどもお話に出ていました「TECH BEAT」や、「しずぎん起業家大賞」など、かなり早い段階からスタートアップや起業家の支援に取り組まれてきました。これはどのような背景があったのでしょうか。
中村氏 : 「しずぎん起業家大賞」の第1回は、静岡銀行の創立70周年記念事業の一環として開催しました。それが2012年で、まだ「スタートアップ」という言葉もあまり普及していない時期でした。
背景となっていたのは、県内で経営者の高齢化などにより事業所がどんどん減っていく状況があったことです。県内経済や雇用の維持拡大のためには、新しい事業者をたくさん産んでいかなければならないという課題感から、この取り組みを開始しました。
――「TECH BEAT」は2019年に第1回が開催されていますが、その時も同様の課題意識があったのでしょうか。
中村氏 : 創業した企業がなかなか大きくなっていかないという課題を感じていました。スタートアップがスケールするには、アイデア創出や技術研究だけではなく、資金調達や市場での差別化など、きちんとビジネスに落とし込んでスケールさせていくプロセスが必要です。しかし、静岡ではそういう人材の層が薄い。県内にもいい技術はたくさんあるのに、それを100倍、1,000倍にスケールさせる方法を知る人材が少ないのです。そうした人材は主に首都圏に集まっています。
銀行業界内での合従連衡を横目に、私たちは2014年のマネックス証券との業務提携を皮切りに、異業種連携に取り組んできました。その連携を通じて、スタートアップ界隈の実力者やキーパーソンたちとのネットワークが培われたことで、今のイノベーション推進室の知の探索やベンチャービジネスサポート部におけるベンチャーデットにつながっているのです。「TECH BEAT」が生まれたのも、その流れの中に位置づけられます。
直接的なきっかけとしては、しずおかフィナンシャルグループ会長の中西(勝則氏)が、フランス・パリで開催されていた世界最大級のテックイベント「VIVA TECHNOLOGY」(※)を視察したことです。現地のスタートアップの熱気に非常に刺激を受けて、「静岡にも次代の成長のためにはあのようなイベントが必要だ」ということで、中西が自ら実行委員長に就いて進めています。
※「VIVA TECHNOLOGY」……世界中の大企業や有力スタートアップ、イノベーションに関するキーパーソンが集う、世界最大級のテックイベント。
――これまでの「TECH BEAT」開催による手応えはいかがでしょうか。
中村氏 : ユニコーン企業にスケールできるスタートアップが次々と生まれると一番いいのでしょうが、いきなりそうはいかないですね。先ほどの繰り返しですが、スケールしたスタートアップに関わった人、そのノウハウやスキルのある人たちは、やはり東京をはじめ首都圏に多く集まっています。
そこで、その人たちにこちらに来てもらって、県内企業と新しいビジネスを一緒にやってもらう、あるいはそこまではいかなくても、実証実験など何らかの形で関わってもらうことでネットワークが作られたり、県内にメンターみたいな人が増えてくれたりすればいいと思っています。
しかしそれも、一足飛びにはできないので、今は首都圏のスタートアップと地元のレガシー企業をつなぐプログラムを、通年プログラムとして回し続けて、地元企業のリテラシーを底上げしていくことを目指しています。
――県内企業の意識は変わってきたのでしょうか。
中村氏 : 以前と比べれば、スタートアップと組むことへのハードルはだいぶ下がってきています。実は、TECH BEATは銀行本部の関連部署だけでやっているわけではなく、各地の営業店の現場でも取り組んでいて、これが非常に大きなポイントだと思っています。
それも、単に「こういうイベントがありますから来てください」とご案内するのではなくて、支店長をはじめ、行員がお客様をアテンドして、一緒に参加するという形ですね。だから、去年の参加者は過去最高の8,000名ほどになりましたが、そのかなりの部分は営業店現場からの声かけで参加していただいていると思います。

▲「TECH BEAT Shizuoka2023」の様子。東静岡の「GRANSHIP」を会場に、5,000人以上が来場。昨年7月に開催した「TECH BEAT Shizuoka2024」では、およそ8,000名が参加した。(画像出典:プレスリリース)
――静岡県は、一次産業、二次産業、三次産業とまんべんなく活発で、多種多様な産業が存在します。企業が抱える課題は、産業によってもさまざまだと思いますが、そういった多様な課題を解決するためにスタートアップとの連携が機能すると感じられますか。
中村氏 : それは十分に感じています。実は、自治体から課題を提示してもらって、提示された課題に対して「この課題に一緒に取り組んでくれるスタートアップはいませんか?」と呼びかける県の事業を受託したところ、これまでに7つの基礎自治体と、県から2つ、計9件提示された課題に対して、それぞれ20社くらいスタートアップが手を挙げてくれました。
スタートアップは全国にたくさんありますよね。しかし、スタートアップの持っている技術やノウハウ、ビジネスモデルを自治体は全然知らない。「この課題を解決できるサービスやプロダクトを持ったスタートアップは、手を挙げてほしい」と呼びかけ、新鮮なアイデアがたくさん上がってきました。
――「Shizugin Startup Catalog」という取り組みもなさっていますが、こちらはどのようなものなのでしょうか。
中村氏 : 私たちは、スタートアップに対するデット(借り入れによる資金調達=デットファイナンス)に取り組むことで、お取引先を支援していますが、スタートアップは人手や営業ノウハウの不足などから地方まで営業の手がまわりません。
そこで、地域の企業にスタートアップを知ってもらって、引き合わせるために実施しているのが、「Shizugin Startup Catalog」です。これは、首都圏のスタートアップやVCを担当しているベンチャービジネスサポート部が中心になって展開しており、それを地域企業に広めていくのが私たちの役割です。
これも先ほどの「TECH BEAT」の話と同様で、ただ企業に案内するだけでは効果は望めません。スタートアップをよく知るベンチャービジネスサポート部と地域企業をよく知っている営業店が密接に連携し、「多分この会社はこういう課題があるから、このスタートアップが当てはまるだろう」と見込んで現場の人間が両者をつなげるからこそ、成果が期待できるのです。
さまざまなプレイヤーを巻き込みながら、エコシステム形成を推進していく
――今後、静岡銀行として、地域発のイノベーションを生み出していくために、どのような取り組みを推進していこうと考えていらっしゃいますか?
中村氏 : プレシードからスケール後まで、スタートアップを支援できるエコシステムを、金融機関が中心となって準備することが重要だと考えています。そのために必要なのが、先にも触れた首都圏に集中しているスタートアップをスケールさせるための知見を持つ人材です。そうした人材に来てもらい、サポートを得たいと思います。
また、ちょうど先日発表したのですが、三島市にある加和太建設と、同社が運営する起業支援拠点「LtG Startup Studio」、県の信用保証協会、そして私たち地域金融機関の4者が連携して、新たなスタートアップ支援の仕組みを構築しました。(※プレスリリース)
「LtG Startup Studio」もそうですが、浜松いわた信用金庫の「FUSE」や、沼津信用金庫の「ぬましんCOMPASS」、静岡県の「SHIP」、静岡市の「静岡市コ・クリエーションスペース」など、官民あわせてスタートアップ支援施設、インキュベーション施設がたくさんあります。CVCに取り組む企業も少なくありません。そのような方々との連携を進めており、それを一層強化していくことが、地域イノベーションエコシステムの形成に必要だと考えています。
さらに、アカデミアとの連携も重要です。県内では、大学発ベンチャーがないわけではないのですが、その数が多いとは言えない状況です。ですので、大学発ベンチャーの推進も強化していきたい。それと関連して、中高生に対してのアントレプレナー教育なども長い目でみれば重要な取り組みになると思います。3年、5年かけて取り組む施策と、10年、20年スパンで考えるものをあわせて進めていき、静岡県の産業を盛り上げていきたいと考えています。
――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
中村氏 : 静岡県は、鈴木県知事が「スタートアップ先進県にする」と明言し、実際に2025年度から大幅に増額した予算を計上しています。それは私たちもまったく同じ思いです。
東京と名古屋の中間に位置し、一次産業から三次産業まで、多くの産業がそろっており、物流を支える交通網も整備され、富士山から駿河湾まで豊かな自然環境にも恵まれています。スタートアップのみなさんがPoCを回したり、新規チャレンジしたりする環境が非常によく整っている地域です。ぜひ、その魅力を多くの方に知っていただきたいと思います。

▲取材は、静岡県のイノベーション拠点「SHIP」で実施された。写真右は本インタビューの聞き手を務めた株式会社eiicon 執行役員/地域イノベーション推進本部 本部長の伊藤達彰。
取材後記
地域社会・地域企業への資金提供を通じて地域経済を支え発展させることが地方銀行の本旨である。だが、中村氏が述べているように、スタートアップは単に資金を供給すればスケールしていくものでもない。スタートアップをスケールさせられる人材が県内には不足しているという課題を認識した上で、それを解決するために、「TECH BEAT Shizuoka」をはじめ銀行にしかできない取り組みは非常に的を射たものだと感じられた。同行が県内産業活性化のために担う役割は、今後ますます大きくなっていくに違いない。
(編集:眞田幸剛、文:椎原よしき、撮影:齊木恵太)