余剰米飯をアップサイクルしたクラフトビール10,000本が完売!JALがオープンイノベーションで仕掛ける新たな事業創造の形
イノベーションプラットフォーム「JAPAN AIRLINES VENTURES」を活用し、スタートアップなど外部企業との共創を軸とした新たな価値創出に取り組む日本航空株式会社(以下、JAL)。同社は、ビジネスコンテスト「JAL WINGMAN PROJECT」や、ネットワーキングイベント「Lab CROSS」などを通し、オープンイノベーションの取り組みを推進している。
2023年にスタートした「JAL WINGMAN PROJECT」では、アップサイクルビール事業を展開するスタートアップ・Beer the First社との共創により、新たなプロダクト『アップサイクルクラフトビール"Japan Arigato Lager"』を販売。目標の10,000本を完売させ、初回から確かな実績を残した。
今回、JAPAN AIRLINES VENTURES 新規事業戦略推進室 室長 籔本祐介氏と、アップサイクルビール事業の担当者である山下光太郎氏に、JALのオープンイノベーション活動と"Japan Arigato Lager"誕生の共創エピソードについて、詳しく話を聞いた。
航空領域以外の事業でも、新たな可能性を探る
――まずは、JALが取り組むオープンイノベーションや新規事業創出の活動についてお聞かせいただきたいと思います。薮本さんが所属するイノベーション本部 事業開発部の活動内容を教えてください。
籔本氏 : イノベーション本部は、JALを取り巻く環境、社会・経済情勢を念頭に新たな事業を創出し、「世界中のヒト・モノ・コトの距離を縮め、豊かでサステナブルな社会を実現する」をミッションとする組織です。航空領域以外の事業を創出することを目的に、2013年に創設されました。
現在は、私たち事業開発部と、エアモビリティ創造部に大きく組織が分かれています。その中で、事業開発部は、企画グループ、MaaSグループ、宇宙グループ、そして新規事業戦略推進室とシリコンバレー投資戦略グループで編成されています。
中でも、新規事業戦略推進室とシリコンバレー投資戦略グループは、「JAPAN AIRLINES VENTURES」というイノベーションプラットフォームのもと、それぞれ新規事業開発やオープンイノベーションを担う「JAL INNOVATION Lab」、スタートアップ投資を行う「JAL INNOVATION Fund」として活動をしています。0→1、1→10のフェーズに特化し、その後のフェーズは関連会社やパートナー企業に引き継いでいきます。
――「JAL INNOVATION Lab」では、具体的にどのようなことに取り組んでいるのでしょうか。
籔本氏 : 「JAL INNOVATION Lab」では、2023年度よりビジネスコンテスト「JAL Wingman Project」を運営しています。これはスタートアップなど社外パートナーとのオープンイノベーションにより、事業創造をしていくプログラムです。また、ネットワーキングイベントも開催しています。このように知見や経験値を社内で蓄積していくことで、イノベーション文化の醸成にもつなげていきます。
▲日本航空株式会社 事業開発部 JAPAN AIRLINES VENTURES 新規事業戦略推進室 室長 籔本祐介 氏
――「JAL WINGMAN PROJECT」は2023年度にスタートしたということですが、初回の感触はいかがでしたか。
籔本氏 : 2023年度の最優秀賞は、食材をアップサイクルしたビールを開発するスタートアップ・株式会社Beer the Firstでした。私たちとの共創事業は同年10月にスタートし、成田空港国際ラウンジで生じる余剰米飯を活用したアップサイクルクラフトビールの開発を行いました。そして2024年3月1日から"Japan Arigato Lager"という商品名で販売を開始。10,000本の目標本数をすべて売り切ることができました。これは一つの成功事例だといえるでしょう。
まだ初回ですから反省点もありますが、スタートアップとコミュニケーションを取りながら事業を形作り、自分たちが出資したお金がどういうモノに変わって、どのように売れていくのか、その一連の流れを経験できたことだけでも、挑戦してみてよかったと感じています。
アップサイクルクラフトビール"Japan Arigato Lager"誕生の背景
――次に、Beer the First社との共創プロジェクト担当者である山下さんにお伺いします。まず、同社を採択した理由をお聞かせください。
山下氏 : Beer the First社は、通常であれば廃棄になる炭水化物をアップサイクルしています。そのSDGsに寄与する取り組みは、JALの戦略にも合致し、成果が期待できると考えたことから採択に至りました。
▲日本航空株式会社 事業開発部 JAPAN AIRLINES VENTURES 新規事業戦略推進室 山下光太郎 氏
――半期で商品化まで進めたということですが、どのような流れだったのでしょうか。
山下氏 : 道のりは困難だらけでした。2023年9月に「JAL WINGMAN PROJECT」のピッチコンテスト(最終選考)が終わり、共創は同年10月から開始しました。年度内に発売をするのであれば、12月頃までには製造ラインに乗せる必要がありますから、とにかくスピード感を持って進めていくことが必要です。
まずは、商品開発製造のため、Beer the First社とは毎週3時間から4時間くらいミーティングを重ねました。そして成田空港国際JALラウンジの米飯の廃棄が多く頭を悩ませているという話を聞き、素材として提供してもらえないかと交渉したところ、すぐに協力してもらえることになりました。
実際に1週間で米を200kgほど集めることができ、12月中旬から仕込みを開始することができたのです。そして並行してラベルデザインなども検討し、2024年3月1日に"Japan Arigato Lager"の販売を開始することができました。
ただ、"Japan Arigato Lager"は、まったくと言っていいほど知名度がありません。はじめは引き合いもゼロの段階から、Beer the First社と一緒に汗をかいて開拓をしていきました。最初は手探りでしたが、徐々に売り場が増えていく中で、ヒアリングに行ったり、手に取っていただいた方にアンケートを実施したりして情報収集を重ね、さらに顧客ターゲットを絞り、アプローチをかける販路を絞っていったのです。こうした地道な活動が実を結び、3カ月未満で目標の10,000本を売り切ることができました。
▲成田空港国際線JALラウンジの余剰ご飯をアップサイクルして生まれたサステナブルなクラフトビール"Japan Arigato Lager"
――協業を開始する段階で、どの廃棄食材を利用するのか決まっていましたか?
山下氏 : ビジネスコンテストの段階でBeer the First社からは機内食の余剰を使えないかといった提案をいただいていたのですが、具体的に何を使うのかまでは決まっていませんでした。
そこで、はじめの1カ月くらいはプロジェクトメンバーで手分けして、余剰食材がありそうな社内の部署に手あたり次第確認をしていきました。そうやって見つけ出したのが成田空港国際JALラウンジの余剰米です。ラウンジではカレーライスをお客様に提供しています。もちろん廃棄が極力出ないように気をつけてはいるものの、お客様のためには在庫を切らすわけにはいきません。
そうすると、どうしても余剰が出てしまうことが、ラウンジにとっても大きな課題だったそうです。その課題がマッチしたことから、スピーディーな協力体制構築ができました。
――商品名やデザインは、どんな想いを込められたのでしょうか。
山下氏 : まず"Japan Arigato Lager"という商品名ですが、「JAL」の頭文字に使いました。今回お米をアップサイクルしたビールということで、食への感謝と、生産者への感謝、それからギフトとして贈る相手の方への感謝の気持ちを「Arigato」という文言に込めています。
ラベルデザインには、「Arigato」の要素や、ご飯に手を合わせて「いただきます」のポーズ、お米の稲穂が裏面ではビールに変わっているデザインを採用しました。
相互理解による共創体制と、データや生の声を大切にした販売戦略が勝因
――発売後3カ月弱で10,000本を売り切るまで、具体的にどのような打ち手を講じていったのでしょうか。
山下氏 : そもそも、JALがつくったビールがどのような層に刺さるのか我々にも不明確でしたから、当初は幅広い売り場に置いていただきながら、データ分析や現場・顧客の生の声を大切にしていきました。
"Japan Arigato Lager"は、1本700円ということで、クラフトビールとしては平均的な価格ではありますが、通常のビールよりは高価格です。そのため、なかなか日常的にビールを飲む方には手に取っていただけません。こうした中で、高級スーパーや百貨店などで売れ行きが良いことが見えてきました。そこで、その販路を中心に積極的に営業を掛けていくことで、追加の発注も増えてきたのです。
――スタートアップとのやり取りで気を付けたことは?
山下氏 : お互いを理解することです。私はこのプロジェクトにアサインされるまで、スタートアップと密に連携を取る経験はありませんでした。そのため、最初は彼らがどのようなスケジュール感で動いているのか、何を大切にしているのかイメージできず、無理なお願いをしていたと思います。
これは逆もそうで、大企業は社内調整にどうしても時間を要してしまうことがありますが、はじめはなかなか理解を得られませんでした。そこで毎週のミーティングでお互いをしっかりと知り、しっかりと関係性を構築していきました。そうして少しずつスムーズにプロジェクトが進められるようになったと思います。
――プロジェクトの今後についてもお聞かせください。
山下氏 : 今回のアップサイクルビール事業については、事業開発部企画グループが管掌するJAL AGRIPORTという農業事業を行うグループ会社に移管します。今回10,000本完売したことで一定の需要があることがわかったため、"Japan Arigato Lager"は追加製造をする予定です。
そして今回は米を利用しましたが、今後は他の材料での製造も検討しています。たとえば、JALの各就航地で廃棄されてしまっているようなフルーツや野菜などの特産品などです。これをどんどん全国に広げていき、"Japan Arigato Lager"のプレゼンスをどんどん向上させていきたいですね。
対等な立場で互いに学び合う姿勢を大切にしたい
――今後、オープンイノベーションの取り組みをどのように進めていく予定でしょうか。
籔本氏 : JALの日本国内におけるブランド力と、長年さまざまなお客さまにご利用いただいた顧客基盤は大きな強みですから、今後もそこを基盤にイノベーションに取り組んでいきたいです。先ほどお話ししたように、非航空領域で将来の柱となる事業の0→1、1→10フェーズをこの新規事業戦略推進室で作っていきます。
一方、私たちは企業ですから、異動が発生します。同じ人間がずっとこの組織に所属して、永続的にイノベーションに携わることはほぼありません。そこで、たとえ人が変わってもイノベーションが創出できるような環境整備や教育が必要です。
JALグループ3万8000人、その一人ひとりが大切なリソースですから、それを引き出して活かせるような体制をつくりたいですね。そして「JAL WINGMAN PROJECT」のような外部共創を進めることで、イノベーションのナレッジが蓄積されることがわかったので、今後もしっかりと運営していきたいと考えています。
――最後に、未来の共創パートナーに向けたメッセージをお願いします。
籔本氏 : JALは、航空事業としてチームワークでバトンをつなげて安心安全な運航につなげていくことは得意なのですが、事業や会社を俯瞰してみる機会があまりないため、どうしても事業が内向きになりがちです。
「JAL WINGMAN PROJECT」などスタートアップとの共創を通してそれを痛感すると共に、客観的なJALの姿を教えていただけたことに新鮮な驚きもありました。パートナー企業の方には、ぜひその視点を授けていただきながら、対等な立場で互いに学び、一緒に成長していきたいと考えています。
航空領域でも航空領域でなくても、まったく新しい事業を創っていくアイデアがあれば、ぜひお問い合わせいただきたいです。さらに、”新たなモビリティやライフスタイルの共創”をテーマにした「JAL WINGMAN PROJECT」もスタートしていますので、ご応募をお待ちしています。(※募集締切:2025年1月17日)
取材後記
大企業とスタートアップとの共創は、今ではもう珍しくなく、国内のいたるところで事例が多数生まれている。しかし実際に商品やサービスが生まれ、さらに初期目標を達成している事業はというと、その数はぐっと少なくなるはずだ。今回のアップサイクルビール事業は、まず綿密にパートナー企業と連携を取って関係構築をしたこと、そして余剰食材を抱える場を早期に特定して協力を得られたこと、販売後も売れ行きを細やかにチェックしてターゲット層を見極めたことなど、全体としてスピード感のある対応が目標達成につながったのだろう。
(編集:眞田幸剛、文:佐藤瑞恵、撮影:齊木恵太)