『シンケツゴー!フクオカ』の誕生で変わる福岡のオープンイノベーションシーン、立役者の九州電力・西鉄・TOPPANにその現状と展望を聞く
九州電力株式会社、西日本鉄道株式会社、TOPPAN株式会社は、エリア特化型のオープンイノベーション推進コンソーシアム『シンケツゴー!フクオカ』を、6月3日に設立すると発表した。このコンソーシアムは、3社のアセットやフィールド、事業共創の知見を掛けあわせ、福岡・九州エリアでオープンイノベーションのさらなる推進を目指している。
『シンケツゴー!フクオカ』というコンソーシアム名には、3つの意味が込められているらしい。その3つとは、企業間のイノベーション推進を意味する「新結合」、計り知れない効果のある重要なツボを指す「神闕(しんけつ)」、全力を尽くすという意味を示す「心血」である。3社のイノベーション創出に向けた強い意志が表現されている。
TOMORUBAでは、『シンケツゴー!フクオカ』の発足に際し、立役者である九州電力、西日本鉄道、TOPPANの3社にインタビューを実施。コンソーシアムの概要や設立に至った背景に加え、3社が実施するオープンイノベーション活動(※)について話を聞いた。今、福岡・九州エリアのオープンイノベーションは、どのように進化を遂げようとしているのだろうか。
※3社のオープンイノベーション活動
・九州電力 …… 『ひらめきと共創』/2022年より開催
・西日本鉄道 …… 『Join up with Nishitetsu』/2024年開催
・TOPPAN …… 『co-necto』/2017年より開催
福岡で生まれた、エリア特化型のコンソーシアム『シンケツゴー!フクオカ』とは
――はじめに、『シンケツゴー!フクオカ』の概要や、コンソーシアムを立ち上げることになった経緯から教えていただけますか。
TOPPAN・石本氏: 『シンケツゴー!フクオカ』は、福岡を拠点に九州電力、西日本鉄道(以下、西鉄)、TOPPANの3社で立ち上げたオープンイノベーション推進のためのコンソーシアムです。福岡や九州全域を対象エリアとして活動していく予定です。
この組織を立ち上げた背景についてですが、福岡では行政や大学、事業会社がそれぞれでオープンイノベーションを推進しています。行政は、2012年にスタートアップ都市宣言を行い、スタートアップを支援していますし、大学も2023年度に『PARKS』というコンソーシアムを結成しました。事業会社は事業会社で、各社がビジネスコンテストの開催を活発化させています。特に事業会社同士は、一緒に飲みに行くぐらい仲が良い(笑)。にも関わらず、各社のビジネスコンテストやスタートアップとの共創に関して、外部に情報共有を積極的に行ってこなかったんですね。
このことに課題感を持ったのが、私たち3社でした。今年の2月頃、ある交流会で「何か組織を作ったほうがいいのではないか」という議論になり、そこからトントン拍子で話が進んで、この6月に『シンケツゴー!フクオカ』を立ち上げることになりました。3社で立ち上げた組織ですが、今後コンソーシアムのメンバーを増やし、メンバー間で情報を共有しあい、イノベーションを推進していきたいと考えています。
▲TOPPAN株式会社 九州事業部 第3営業本部 第3部 課長 石本康久 氏
――プレスリリースによると、本コンソーシアムは主に「コミュニケーションの場の創出」「コンソーシアムメンバーが持つアセットやフィールドの相互活用」「オープンイノベーション推進のための情報連携」の3つを実施していくそうですね。具体的にどのような活動を推進していく予定なのですか。
TOPPAN・石本氏: 現在、3社それぞれがビジネスコンテストやオープンイノベーションプログラムを開催して、スタートアップや事業会社などの参加企業を募っています。しかし、これからは3社へ応募する手前に大きな窓口を設けようとしています。この窓口で企業の募集を行い、3社共同で実証の内容や規模拡大の可能性、事業推進の方法を検討していく予定です。私たちから見ると、イノベーションを一緒に起こすメンバーを増やすようなイメージですね。
――なるほど。3社のアセットやフィールド、ノウハウを掛けあわせると、大きな推進力になりそうですね。3社でお持ちのアセットやフィールドのなかで、特に本コンソーシアムの強みとなりそうな部分はどこでしょうか。
TOPPAN・石本氏: 当社から見た場合、九州電力さんや西鉄さんは、BtoCのフィールドをお持ちです。この点は、コンソーシアムの優位性になると考えています。
――森永さんと稲葉さんにもお聞きします。本コンソーシアムには、どのような特長や魅力があるとお考えですか。
西鉄・森永氏: 石本さんがおっしゃったように、当社の強みは福岡を中心に多様なアセットを保有している点にあります。これまで、福岡で開催されてきたオープンイノベーションプログラムでは、実証実験の場所が見つけられないこともあったと聞いています。しかし当社は、様々な商業施設やオフィス、鉄道やバス、その関連施設などを持っているため、これらを実証実験の場所として提供できると考えています。それが、本コンソーシアムの強みにもなるのではないでしょうか。
▲西日本鉄道株式会社 新領域事業開発部 課長 森永豪 氏
九州電力・稲葉氏: スタートアップや事業会社などの参加企業側から見た場合、各社がオープンイノベーションプログラムを開催していると、それぞれに応募しなければならないですよね。窓口をまとめれば、1回の応募で済みますし、3社で協力したほうが大きな取り組みにできます。ご応募いただく企業にもメリットがあると思います。加えて、私たち3社のグループ間でも連携を深め、相互に課題を解決しあえるような関係も築いていきたいと思っています。
▲九州電力株式会社 テクニカルソリューション統括本部 DX推進本部 イノベーショングループ長 稲葉太郎 氏
九州電力・西鉄・TOPPANの3社が築いてきた、オープンイノベーションの軌跡と実績
――ここからは、3社それぞれのオープンイノベーション活動についてお伺いします。九州電力では、これまでどのようなプログラムを進めてこられたのでしょうか。
九州電力・稲葉氏: 当社では2022年度より、『ひらめきと共創』というオープンイノベーションプログラムを開催しています。2022年度採択企業であるKEYesさんとは、『スマート南京錠』を用いた共創活動を進めています。『スマート南京錠』とは、物理的な鍵ではなくスマートフォンで鍵の開閉ができると同時に、入退社の管理も行うことができるサービスのこと。プログラム期間中に実証実験を行い、現在はビジネススキームを共同で検討しているところですね。
――『スマート南京錠』を現場に導入してみて、どのような課題やフィードバックが得られたのでしょうか。
九州電力・稲葉氏: 実際に導入してみて、山間部などの電波の届かない場所で使えないという課題が明らかになりました。そこで現在、携帯の電波の届かない場所でも鍵を開閉できるよう、ローカルの通信ネットワークを活用した技術開発を、KEYes社と共同で進めています。
また別の共創事例として、スマートメーターを活用した高齢者の見守りサービスも事業化しています。これは、九州電力をご契約されているお客様の電力使用量を分析し、その結果をもとに高齢者の見守りにつなげるサービスです。現在、高齢者向け不動産賃貸サービスを提供しているR65さんと一緒に、お客様に提供していけないか検討をしています。
――西日本鉄道のオープンイノベーション活動についてもお聞きしたいです。
西鉄・森永氏: 当社は2016年頃に、『西鉄Co+Lab(にしてつコラボ)』というオープンイノベーションプログラムを開始しました。最初の2年はビジネスコンテスト形式で、デジタルパスの発行や台湾企業との共創に取り組みましたね。その後、形式をビジネスコンテストではなく、明確な課題を提示して共創パートナーを募集する課題解決型に変更したんです。
――どのような課題を提示されたのですか。
西鉄・森永氏: 『スマートバス停』をご存知でしょうか。デジタルサイネージを使用して、公共交通機関の時刻表、路線図、広告、お知らせなどをリアルタイムで表示できるバス停のことです。この『スマートバス停』を活用した新たなビジネスというテーマで募集をしました。すると、テーマを絞ったにも関わらず、ビジネスコンテスト開催時と同じくらいの応募数があって。すべての採択企業とPoC(概念実証)を行うことができ、非常に大きな成果も上げることができました。
その後、コロナ禍の影響で、当グループもオープンイノベーション活動を控えていましたが、コロナ禍が収束して移動や観光需要が戻ってきたため、オープンイノベーションを再開することに。『Join up with Nishitetsu』に名称を改め、もう一度、課題解決型で再出発することにしました。
久しぶりの活動再開ですから、この分野で幅広いコネクションをお持ちのTOPPANさんや他社の力も借りながら、このプログラムを推進していきたいと思っています。
▲森永氏は、『スマートバス停』を切り口としたプログラム開催の発案者でもあるという。
――TOPPANでは『co-necto(コネクト)』という共創プログラムを開催されていますね。
TOPPAN・石本氏: 『co-necto』は2017年度に開始したプログラムです。2020年度までは社内のビジネスコンテスト形式で進めており、その際には、登山アプリのYAMAPさんや食事指導サービスのMealthyさんと一緒に取り組みました。
しかし、広がりが出せなかったため、2021年度からはパートナー企業に参画いただき、応募企業、パートナー企業、当社の3者で、共創を推進する体制に変更。2021年度からパートナー企業とのタイアップ色が強いプログラムとなっています。
――タイアップを開始してからは、どのような共創事例が誕生していますか。
TOPPAN・石本氏: 例えば、ARに強みを持つpalanさん、福岡地所グループ、当社の3者で、キャナルシティ博多や櫛田神社周辺にARコミックを配置し、回遊性を高める実証実験を行いました(※関連記事)。また、尿検査アプリを開発する名古屋のスタートアップ、ユーリアさんが、本プログラムをきっかけにソフトバンクさんと知り合い、ユーグレナさんも加わって共同でサービスを展開しようとしています。
2023年度のプログラムでは、酸化を防ぐ逆止弁技術を持つインターホールディングスさんが、九電工さんのオリーブオイル事業で、共創できる可能性を探っているところです。また、西鉄さんは、食品残渣を使ってミールワーム(機能性昆虫)を育てる長崎のスタートアップ、Booonさんと共に、スーパーから出る食品廃棄物を活用し、飼料用昆虫を育てる実証実験を検討中です。その昆虫を陸上養殖の餌に使い、サーキュラーエコノミーの実現を目指しています。
――『co-necto』の応募状況はいかがでしょうか。
TOPPAN・石本氏: 2023年度は、応募の量と質の両面で向上させるよう工夫しました。まず、量に関しては、JETRO(日本貿易振興機構)やKOTRA(大韓貿易投資振興公社)との連携を強化することで、海外からの応募を増やすことに成功。2023年度の総エントリー数は135件で、国内企業からの応募も増加していますが、海外企業からの応募は60件と飛躍しました。
応募の質も年々高まってきているため、今年はどんな企業が応募してさるのか、とても期待しています。
2024年度に開催される3つのプログラム―『ひらめきと共創』『Join up with Nishitetsu』『co-necto』
――過去の共創実績についてお聞きしましたが、次に各社の今年度のプログラムの特徴や、特に注力しているテーマについて教えてください。
九州電力・稲葉氏: 今年度の『ひらめきと共創』では、2つのテーマでスタートアップや事業会社などを募集します。これまで、当社のオープンイノベーションプログラムは、新規事業創出を目的として幅広く参加企業を募集していました。しかし、それでは当社の課題に合ったスタートアップを見つけにくいという課題があったのです。そこで今年度は、西鉄さん同様に、当社の具体的な課題を提示し、それを解決できる企業を募集する形に変更しています。
――具体的には、どのような募集テーマになりますか。
九州電力・稲葉氏: 新規のテーマとしては、再生可能エネルギーを用いたエネルギーマネジメントやカーボンニュートラル。それに、ウェルビーイング、デジタルトランスフォーメーション(DX)、フィンテック、教育、事業承継などです。特にDXに関しては、工事現場といった現場のデジタル化によって、業務を効率化していくようなアイデアに期待しています。
――西鉄さんの『Join up with Nishitetsu』については、いかがでしょうか。
西鉄・森永氏: 『Join up with Nishitetsu』の特徴は、課題解決型のプログラムであることです。今年度は久しぶりの再開となるため、主要な事業部門とグループ会社に絞って課題を提示しています。具体的には、バス事業、鉄道事業、不動産事業、ホテル事業、都市開発事業(商業施設やオフィス等の開発・運営)、流通事業(スーパー等の開発・運営)の6つの事業から課題を挙げています。
特にホテル事業では、ホテルや旅館の客足が急速に回復したこともあり、「課題を出してください」と依頼したところ、120件以上もの課題が集まりました。さすがにすべて提示することは難しいので、ホテル事業部門と何時間も話し合いを重ね、十数件にまで絞り込んだのです。こうした背景もあり、ホテル事業部門は特に本プログラムに大きな期待を寄せてくれています。
――そのホテル事業の課題は、集約するとどのような種類のものが多いのでしょうか。
西鉄・森永氏: 全般的に、省人化ソリューションを求める声が多いですね。ホテルはどうしても人手が必要ですし、お客様対応も丁寧さが求められます。そうしたところを考慮しつつ、省人化していくようなソリューションをお持ちの企業とは、ぜひ一緒に取り組みたいです。
――今年度の『co-necto』は、どのような特徴があるのでしょうか。
TOPPAN・石本氏: 3つの特徴があります。まず1つ目は、募集対象をスタートアップに限らず事業会社も含めたことです。もともとスタートアップに限定していなかったのですが、こうしたプログラムにはスタートアップからの応募が多く寄せられる傾向があります。一方で、ここ数年は事業会社からの応募も増えてきました。そのため、事業会社からの応募も歓迎する旨を打ち出しています。
2つ目の特徴は、すでに申し上げた通り、西鉄さん、九州電力さん、当社の3社協業体制にしたことです。これも大きな変更点だと考えています。そして3つ目が、対象エリアを拡大したこと。従来、関西以西を対象エリアとしてきましたが、今年度より中部エリアも追加して中部以西エリアに変更しました。ですから、中部エリアのパートナー企業にも、アプローチしているところです。
――昨年度は「カーボンニュートラル」「行政DX」「小売・流通DX」「ジェネレーティブAI」など、多種多様なテーマで募集をされました。今年度はいかがですか。
TOPPAN・石本氏: 昨年度から大幅な変更はありませんが、新たに「モビリティ」を追加しました。また、テーマを前回よりも具体的にしています。例えば、「カーボンニュートラル」では、「CO2吸着」や「脱プラ」といったレベルまで具体化しています。具体性を持たせたほうが、応募企業にとってイメージしやすいだろうと考えたからです。
――なぜ、新たに「モビリティ」を追加されたのですか?
TOPPAN・石本氏: MaaSやコミュニティハブなどのテーマは、これからさらに進化していく段階にあると思い、このタイミングで追加しました。また、西鉄さんがパートナー企業に参画されたことも大きな理由です。西鉄さんはイノベーション創出に積極的な企業です。私たちは本気で取り組む企業に寄り添いたいと考えているため、西鉄さんの主要事業でもあるモビリティを追加することにしました。
――最後に皆さんから応募企業に向けてメッセージをお願いします。
九州電力・稲葉氏: 今回はスタートアップだけではなく事業会社、それぞれのグループ会社からの応募も歓迎しています。地域の皆さまに共感していただけるような課題解決方法を、このプログラムから生み出したいと考えているので、ぜひご応募ください。
西鉄・森永氏: 当社の『Join up with Nishitetsu』では、明確な課題を提示していますので、その課題をピンポイントで解決できる企業からの応募を期待しています。一方で、コンソーシアムである『シンケツゴー!フクオカ』の活動では、TOPPANさんや九州電力さんの新規事業から多くのことを学べることを楽しみにしています。
TOPPAN・石本氏: 私が応募企業に求めるものは「やる気・元気・本気」です。精神論のように聞こえるかもしれませんが、「やる気・元気・本気」に内容が伴えば、必ず成功すると思います。たとえ内容が少し足りなくても、私たちが本気で伴走して一緒に改善していくこともできます。ぜひ、この3つの要素を持ってご応募ください。
取材後記
福岡・九州エリアにおいて、特色のある共創プログラムを開催している九州電力、西日本鉄道、TOPPANの3社。それぞれの企業が持つアセットとノウハウを結集させた新しいコンソーシアムは、間違いなく大きな推進力を持つだろう。九州でビジネスを成功させたい企業は、この3社のプログラムに応募してみてはどうだろうか。自社ビジネスの成長や拡大につなげられるはずだ。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子)