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Intrapreneur’s Voice | アコム・齊藤雄一郎「5年に渡って社内起業のために土壌を耕した」

Intrapreneur’s Voice | アコム・齊藤雄一郎「5年に渡って社内起業のために土壌を耕した」

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これから急速な市場拡大が期待されているフィンテック市場。その中でも大きな存在感を放つのが「エンベデッド・ファイナンス」(Embedded Finance)です。「組み込み型金融」とも呼ばれ、非金融事業者が既存サービスに金融機能を”組み込んで”金融サービスを提供することを指します。

近年、フィンテック領域ではない企業が「〇〇ペイ」などのキャッシュレス決済サービスをリリースしているのも、裏側にこの「エンベデッド・ファイナンス」があるからです。投資ファンド「Andreessen Horowitz」のゼネラル・パートナーであるAngela Strange氏が「Every Company Will Be a Fintech Company(全てのスタートアップがフィンテック企業になる)」と述べた背景にも、このエンベデッド・ファイナンスの存在があります。

消費者金融業界の先駆者であるアコムグループのGeNiEもエンベデッド・ファイナンスを提供する一社。代表の齊藤 雄一郎氏は新卒でアコムに入社した叩き上げであり、イントレプレナーでもあります。

今回は齊藤氏へのインタビューを実施し、なぜエンベデッド・ファイナンス市場に参入したのか、社内起業のためにどのような下準備を行ってきたのか話を聞きました。フィンテック領域に興味がある方、イントレプレナーとして社内起業を目指している方はぜひ参考にしてください。

▲GeNiE株式会社 代表取締役社長 齊藤 雄一郎 氏

2005年にアコム株式会社に新卒入社し、支店勤務を経て経営企画部へ。以後、企画部門を中心に全社戦略の立案やマーケティング業務に従事。2016年、イノベーション企画室を立ち上げ。デジタル領域におけるサービス企画・立案、新規事業開発などに取り組む。マーケティング部門の責任者を経て、2022年4月、アコムの社内起業家としてGeNiE株式会社を設立した。

5年越しの事業計画で社内起業を決意

ーーまずはアコムでのキャリアについて聞かせてください。

齊藤氏 : 私がアコムに新卒入社したのは2005年のことです。当時は全国に100以上の店舗が存在し、私もそのうちの一つに配属され、お客様の顔を見ながら応対する仕事をしていました。

店舗で2年働いた後に経営企画部に異動になり、経営戦略に携わることに。全社の売上予測や組織変革などを任されたのですが、当時は法改正によって業界全体が『冬の時代』とも言われ、私の仕事も希望退職者を試算するなど後ろ向きなものでした。

その直後にアコムが三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の傘下に入り、私もMUFG内の組織変革などに携わることになります。経営企画の仕事としてM&Aなども経験しました。

ーー事業作りに携わる機会もあったのでしょうか。

齊藤氏 : 事業作りのきっかけになったのは、2016年にイノベーション企画室を立ち上げたことです。当時は金融業界に新たな技術が次々と生まれていた時代で、それを活用した事業を作っていくための部署でした。

実は当時企画したのが、現在GeNiEで事業展開している「エンベデッド・ファイナンス」です。アメリカではAppleがApple Cardをリリースするなど、エンベデッド・ファイナンスを利用したビジネスが現れ始めていました。日本でも同じようなサービスを展開できないかと計画書を作ったのです。

しかし、当時はアコムが冬の時代を乗り切っている真っ最中で、新しい事業に大きな投資をする余裕がなく、企画はお蔵入りに。2021年に、その計画書を再び取り出して事業化したのがGeNiEのスタートです。

ーー2021年に再び事業を立ち上げようと思ったきっかけを聞かせてください。

齊藤氏 : アコムを取り巻く経営環境が徐々に良くなり、新しいことに挑戦するフェーズに突入したと感じたからです。2019年からマーケティングの次長を任され、Web機能のアップデートやアプリの改善を手掛けていました。当時はWebサービスの整備が追いついていなかったため、より使いやすいものにする必要があったのです。

それらの仕事をやり終えた時に、次にやりたいと思ったのがエンベデッド・ファイナンスでした。2016年に計画を頓挫した時も「いつかこの事業を形にする」という想いが強くあったのです。

約5年の月日が経って、日本でもエンベデッド・ファイナンスの認知が広がり市場ができつつあるタイミングだったので、満を持して事業化することにしました。

ーー2016年に事業化しようとした時との違いはありますか?

齊藤氏 : 2016年の時は事業を作りたいという想いだけで、社内起業に挑戦しようとは考えていませんでした。しかし、5年間で様々なことを学び、2021年には明確に社内起業しようと思いましたね。

アコムは150万人の既存顧客を抱えており、お客様に安定したサービスを提供するために”守り”の姿勢が必要です。一方で、新しい事業を立ち上げるためには積極的にリスクをとる”攻め”の姿勢が欠かせません。

アコムという大企業の中では、これまでにない発想の事業を立ち上げるには制限が多いと感じたため、社内の新規事業ではなく子会社を立ち上げようと思ったのです。

社内勉強会に役員との1on1、、、社内起業に向けた下準備

ーー子会社を立ち上げることに対する社内の反応を聞かせてください。

齊藤氏 : 「何を言っているんだ」という反応でしたね。しかし、それは決してネガティブな意思表示ではなく、前例のないチャレンジに対する純粋な疑問でした。これまでアコムにイントレプレナーがいなかったため、私の提案に驚いていたのです。

しかし、私はアコムにはイノベーションのDNAがあると信じていました。今でこそ消費者金融のイメージしかないアコムですが、かつては多角化経営や業界初の試みで革新を起こし続けていたのです。

若い方はご存知ないかもしれませんが、昔はレンタルビデオ業や旅行業にもチャレンジしていましたし、年中無休・24時間営業のATMや自動契約機「むじんくん」は日本で初の取り組みです。私自身も、そのような「業界の革命児」の姿に憧れて入社を決めたため、社内起業が受け入れられると信じていました。

ーーどのように社内を説得していったのでしょうか?

齊藤氏 : 実は子会社の立ち上げを提案する前から、下準備を進めていました。2016年に新規事業を立ち上げようと思った時に、社内に新しい技術やサービスの知見がないことがハードルになると感じていたのです。当時は全社一丸となって冬の時代を乗り切ることに集中していたため、業界のトレンドなどをインプットする余裕がありませんでした。

そのため、いつか事業化する時のために社内での下準備を始めたのです。社外の有識者を呼んで役員勉強会や社員勉強会を開催したほか、役員一人ひとりと話す時間をもらい、どんなことをやりたいのかディスカッションして回りました。直接的には事業と関わりのない役員とも話すことで、社内に味方を作りアドバイスをもらっていたのです。

ーー回り道のようにも感じますが、社内起業にこだわった理由があれば聞かせてください。

齊藤氏 : 私が立てた事業計画は、アコムだからこそできる事業であり、アコムがやるべき事業だと思ったからです。アコムはこれまでの長い歴史の中で、膨大な貸倒れの情報を記録しており、そのデータから”返済してくれる人を見極めるノウハウ”を蓄積しています。

そのデータやノウハウは、ゼロから起業して手に入るものではありません。私が考える事業はアコムのアセットを前提としていたため、社内起業しか選択肢はありませんでした。

イントレプレナーに必要な“攻め”の姿勢

ーー事業を立ち上げる上でアントレプレナーの違いがあれば聞かせてください。

齊藤氏 : イントレプレナーとして事業を立ち上げるなら、既存事業のリソースをうまく組み合わせなければなりません。会社に革新を起こすのは大事ですが、既存事業とのシナジーがなければ社内起業する意味はありません。いかにして社内リソースをうまく活用できるかが、イントレプレナーの成功のカギだと思います。

それはGeNiEを立ち上げてからも一緒です。イントレプレナーもあくまでグループ経営の一部であることは忘れてはいけません。個社の経営者でありながらも、イントレプレナーは常にグループが進む方向を意識しながら事業計画を作っていく必要があります。

私は今でも四半期に一度は本社の経営陣と話しながら、ビジョンのすり合わせを行っています。スタートアップは日々計画が変わっていくものですが、それがグループが進む方向性とマッチしているのか定期的にすり合わせているのです。

ーー制約がある分、ゼロから起業するよりも難しいように感じますが、イントレプレナーとして起業するメリットはありますか?

齊藤氏 : 一番のメリットは会社のアセットを使えることです。GeNiEの事業はアコムのデータや人的リソースを最大限に活用しています。ゼロから起業しては実現に何年もかかることが、イントレプレナーなら短期的に実現できるのです。

また、蓄積された信用を活かせるのも利点だと思います。アントレプレナーもVCから資金調達をする際には、事業計画だけでなく人としての信用を見られますよね。起業家は短い期間で信用を勝ち得なければなりませんが、イントレプレナーは数年または数十年に渡って信用を積み上げられます。

逆に言えば、それまでの社会人生活の中で信用がなければ、デメリットになるかもしれません。私も2016年に事業を立ち上げようと思った時に信用がまだまだ足りないと感じたため、それから社内で信用を勝ち取れるよう意識して動いてきました。

ーーこれからイントレプレナーとして起業する方にアドバイスがあればお願いします。

齊藤氏 : ”守り”から”攻め”に考え方を変えてください。大企業で働いていると、既存の事業があるため常に守りを考える必要があります。新しいことを始める時でさえ、既存ブランドを守ることを前提に考えなければなりません。

一方でゼロから事業を立ち上げる際には、リスクをとる攻めの姿勢が必要です。大企業にいると、リスクをとることに慣れていない方も多いですが、起業するならリスクをとる覚悟を固めてください。その姿勢があれば、社内からも応援する人があらわれ周りを巻き込んでいけるはずです。

アコムだから実現できる“ローン初心者”に優しいエンベデッド・ファイナンス

ーーGeNiEが手掛ける「エンベデッド・ファイナンス」について聞かせてください。

齊藤氏 : エンベデッド・ファイナンスとは、金融機関以外の事業者が既存サービスに金融機能を組み込んで金融サービスを提供することです。たとえば近年、メルペイやユニクロペイといった非金融企業によるフィンテックサービスが増えていますよね。あれらのサービスは、自社のみで開発しているのではなく、金融機能を提供しているイネーブラー(後方支援をする立場)の存在があります。

本来、金融サービスを提供するために金融ライセンスを得る必要がありますが、エンベデッド・ファイナンスを活用することで、ライセンスを取得しなくてもサービスを提供できるのです。

ーーGeNiEのサービスは競合と比べて、どんな差別化ポイントがあるのでしょうか?

齊藤氏 : 私たちのサービスは個人ローンに特化しているのが特徴です。幅広い金融サービスを提供するのではなく収益性の高い個人ローンに特化することで、提携パートナーへ利益をもたらします。その利益を使って、他の金融サービス、例えばウォレットや決済などの開発・運用に必要なコストを賄っていただければよいと考えています。

また、アコムはローン会社の中でも、比較的若い顧客が多いブランドです。初めてローンを活用されるお客様が多く、安心して利用できるサポートに力を入れてきました。ローンを組む際には返済が遅れた時のデメリットを丁寧に説明したり、カウンセラーが返済の動機づけをしたりして、初心者に優しいサービス作りをしています。

そのノウハウがあるからこそ、アコムは若い人でも返済する人の割合が多いのが特徴です。

このノウハウは、提携パートナーを通してローンを組むお客様にも適用されます。GeNiEのサービスはアコムのバックアップを受けているため、貸倒れリスクを減らせるのが大きな特徴です。

ーー他に提携パートナーのメリットがあれば教えてください。

齊藤氏 : 貸倒れ率が少ないということは、借り入れのハードルを下げられるということ。貸し倒れる人が多ければ、借り入れをお断りする可能性も高くなりますが、断られたお客様はブランドへの印象が悪くなります。私たちの場合、提携パートナーのブランドでお金を貸し出すため、借り入れをお断りする確率を減らすことでブランドを守ることにもなるのです。

また、データを活用することで、提携パートナーのビジネスを加速させることも可能です。ローンを組む際に勤務先や家族構成などのデータを入力してもらうことになり、そのデータは私たちと提携パートナーで共有します。よりお客様の理解が深まれば、レコメンドなどの解像度も高まるため、提携パートナーのビジネスにも大きなメリットがあるでしょう。

さらには高額商品の購入をスムーズに行えるようになります。わざわざ消費者金融でローンを組む必要がないため、心理的抵抗を大きく下げられるのです。これまで消費者金融に抵抗があった人も、馴染みのブランドでローンが組めれば、安心してショッピングを楽しんでもらえるでしょう。

ーー提携パートナーからお金を借りられるようになると、アコムからお金を借りる人が減るのではないでしょうか。

齊藤氏 : その議論は経営陣と何度も交わしました。たしかにアコムからお金を借りる人は減るでしょうし、それはアコムにとって不利益になるかもしれません。しかし、それは私たちが事業を行わなくても同じことです。エンベデッド・ファイナンスの市場は年々拡大しており、その流れを止めることはできません。

私たちがサービスを始めなくてもアコムの顧客が減るならば、自分たちで新しい市場を取りに行った方が賢明です。それに、消費者金融からお金を借りるのに抵抗がある人も、馴染みのあるブランドからなら安心して借りられるため、結果的に個人ローン市場が拡大すると見込んでいます。

“新しい信用の形をデザインする”GeNiEが掲げるビジョン

ーー今後の戦略を聞かせてください。

齊藤氏 : 今期の目標は、様々な産業の事業者とパートナーシップを組むことです。産業ごとにベストプラクティスを作ることで「この業界なら、こんな組み方ができる」というイメージができるため、来期以降に展開しやすくなります。

その中でも、特に優先度の高いのが既にフィンテックサービスを展開している企業。たとえば家計簿アプリなどを展開している企業は私たちのサービスとの相性がいいはずなので、様々な組み方を考えられると思います。

また、変わった業界でいえばフリーランスや日雇いバイト関連のサービスを展開している人材業界です。これまでフリーランスなどは、信用がないためローンを組むのが大変でした。しかし、提携先でスキルセットや勤務態度がデータになっていれば、それを与信に活用してお金を貸せるような仕組みを作りたいと思います。

ーーそのような戦略の先にどのようなビジョンを描いているのでしょうか。

齊藤氏 : 新しい信用の形をデザインしたいと思っています。これまでサラリーマン金融は、お客様が所属している企業の規模や勤続年数を見てお金を貸してきました。それはお客様本人ではなく、名刺を見て評価してきたということ。

インターネットのない時代にはそれも仕方ありませんが、今は様々なデータが与信に活用できます。仕事以外の側面にも目を向ければ、よりお客様のことが理解できますし、これまでお金を貸せなかった人たちにもお金を貸せるようになるのです。

また、金融の形もより柔軟によりスマートに変革できる余地があります。今はゴルフをする日に一日だけ入れる短期保険やスマホの故障を補償してくれる保険などがありますよね。さらに技術が進歩すれば、より私たちの生活導線上に金融サービスが存在し、日々の暮らしをサポートしてくれるものになるはずです。

提携パートナーたちと共に、そのような金融サービスを目指していきたいですね。

取材後記

齊藤氏の話を聞いて一貫して感じたのはアコムへの愛社精神でした。既存の貸金業とカニバリズムを起こすリスクを負ってでも、新規事業を立ち上げたのは、会社の次の世代を見据えていたからこそ。GeNiEのサービスは、アコムを愛し知り尽くした齊藤氏だからこそ作れたと言えるかもしれません。

(取材・文:鈴木光平)

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