Intrapreneur’s Voice | パーソル・竹下壮太郎 「”ファミリー”を増やすことが成功のカギ」
社内起業家の育成に本腰を入れる企業が増えてきている。総合人材サービスを提供するパーソルグループもその一つだ。同グループでは、全グループ社員を対象に、「0to1」という新規事業起案プログラムを毎年開催している。1次選考、2次選考を通過し、最終選考で採択されたプランには、1億円を上限として初期投資され社内での起業が認められる。
今回取材をした竹下壮太郎氏は、2016年度の「0to1」で社内起業が認められ、「Sync Up」というアルバイトのシフト管理を最適化するサービスを立ち上げた。「Sync Up」は、現在大手企業を中心に約40社、約1000店舗で導入されている。営業経験しか持たない彼が、どのように社内で起業を果たし、プロダクトをリリース、そしてグロースしてきたのか――社内起業家の素顔に迫ると同時に、社内で起業するためのノウハウやテクニック、心構え、社内起業だからこそのアドバンテージについても紐解いていく。
▲パーソルイノベーション株式会社
Innovation Lab. Incubation Office Sync Up Company ゼネラルマネジャー
竹下壮太郎氏
2011年に新卒でインテリジェンス(現:パーソルキャリア)に入社。入社1年目は九州で営業としてアルバイト領域の採用支援に携わる。九州支社内では過去最多の月間取引社数を達成。入社2年目に首都圏へ異動し、大手企業をメインで担当するチームに配属。全国に展開する飲食店やコンビニエンスストア、物流会社などを担当。パーソルキャリア史上最高額の売上を達成し、全社表彰を受賞。同時に、「0to1」へのエントリーを重ね、2016年12月に採択。2017年4月より新規事業立ち上げのため、グループ内のパーソルイノベーション株式会社へ異動。
■新卒1年目の原体験が、事業の方向性を決める
――まずは、竹下さんが立ち上げた新規事業「Sync Up」の具体的なサービス内容について教えてください。
竹下氏 : 「Sync Up」は、複数店舗を展開する小売・外食大手を対象にしたシフト管理システムです。現場責任者のシフト作成工数を大幅に削減できると同時に、アルバイトスタッフはシフトに入りたい時に簡単かつ確実にシフトに入ることができます。
ポイントは、同企業内、他店舗とのシェアリングができる点で、たとえばA店舗で働くアルバイトスタッフにシフトの空きがあれば、近隣のB店舗で働くことも簡単にできます。「Sync Up」を導入すれば、LINEや電話で個別に連絡を取ることなく、簡単にシフト管理ができるのです。
▲店舗のヘルプ調整工数削減とアルバイトのシフト稼働アップを同時に実現という「Sync Up」
――「Sync Up」はアルバイト・パート領域の事業ですよね。この領域にフォーカスしたのは、どのような課題感や想いがあったのでしょうか?
竹下氏 : 僕は新卒でパーソルキャリアに入社してからずっと、営業としてアルバイトの採用支援に携わってきました。その中で、アルバイトの入社後の体験をもっとよくしたいという課題感があり、それが新規事業立ち上げの根底にあります。この課題感は、僕がまだ新卒1年目、九州でアルバイト向けの求人広告「an」を販売していた頃の、ある“原体験”が元になっています。
――どのような原体験ですか?詳しく教えてください。
竹下氏 : 当時、初めて受注したお客さまが、福岡県の久留米にある小さな、でも活気のある居酒屋さんでした。当時は新卒なりに魅力を伝えようと思って、「店長が元気いっぱい!」「スタッフが活き活き働いている!」といった内容を求人原稿に盛り込んで掲載したんです。
掲載して何日かたった頃、店長さんから「採用できたよ」と連絡をもらいました。うれしくなって、その居酒屋に飲みに行ったんです。席に座ると、いかにも「新人さん」という雰囲気の学生さんが、メニューを持って出てきます。「この子、もしかしてanで新しく採用された子なんじゃないか」と思って尋ねてみると、やはりそうでした。そこで、このお店を選んだ理由を聞いてみたんです。
すると、こんな返事が返ってきました。――「このお店ってすごく明るそうじゃないですか。私、将来アナウンサーになりたいんですけど、すごく地味なんで…。こういう場所で人と接し、明るい人にもまれて話せるようになったら、アナウンサーになれるんじゃないかなと思ったんです。トレーニングになると思って入りました」と。
その時、僕は「この子の人生をひとつ変えたな」と思ったんです。一番最初に経験するアルバイトが、その人の人生に与える影響を実感した瞬間でした。これが原体験となって、アルバイトの入社後の体験価値を高めるという、今の事業の方向性につながっています。
――なるほど。
竹下氏 : アルバイトは、その人にとって初めての社会人経験になることが多々あります。社会人としての第一歩を、その人の人生に対してより価値のあるものにしたい。アルバイトをその人にとって成長の機会となるような体験にしたい。これが僕の原体験をもとにした、アルバイト・パート領域の事業にフォーカスした根底にある想いです。
さらに、「Sync Up」のプランをまとめる準備段階で、コンビニエンスストアや外食チェーンに赴き、100名以上のアルバイトスタッフや店長さんにインタビューを行ったんですね。その中で見えてきたのが、シフトの課題です。アルバイトスタッフはシフト制で働くことが大半。でも、シフトの管理がものすごくおざなりになっている現場が多いということに気づきました。
アルバイトスタッフを数多く雇う現場責任者は非常に多忙ですから、スタッフひとりひとりに対してシフトの融通を利かせることができない。そのため、スタッフの働く体験も悪くなっています。そこで、まずはシフトに関する課題を解決しようと考え、「Sync Up」という具体的な事業内容に落とし込んでいきました。
■あるのは営業経験だけ、でもやるしかない
――2016年に新規事業起案プログラム「0to1」に採択され、「Sync Up」の事業化を進めていったとうかがいましたが、採択当時の率直な感想は?
竹下氏 : うれしさ半分、不安半分という心境です。実は「0to1」には3回目のチャレンジでしたし、その間に苦しい思いもたくさんしました。積み重ねてきたものが、やっと報われたといううれしさが、まずこみ上げました。一方で、不安も感じていました。僕は営業経験しかなかったので、「どう立ち上げるかまったく分からない」という不安です。何から手をつけていいのかも、分かりませんでした。
――起業経験がない中からの立ち上げ、どのようにやり方を見出していったのでしょう。
竹下氏 : 「0to1」の事務局から研修に行くように指示されました。――ですが、研修だけではイメージが掴めない。そこで、本をたくさん読みました。一番参考にしたのが「リーンスタートアップ」(日経BP社)という本です。そこから、新規事業の立ち上げ方を学びました。本以外では、「Slideshare」というWEBサイトですね。そこに掲載されている資料を読み漁りました。
また、類似サービスの研究もしました。僕たちが立ち上げようとしていたのは、サブスクリプションでモノを売るSaaS型のサービス。ですから、すでに同じようなサービスをリリースし、成功しているスタートアップを探し出し、その立ち上げにまつわる記事をたくさん読みましたね。
――竹下さんはエンジニア経験をお持ちではないですよね。SaaS型のプロダクトをどう形にしていったのですか?
竹下氏 : エンジニアを1名採用して、チームに入ってもらいました。でも、まったく会話にならない(笑)。僕はエンジニア経験がゼロでしたから。そこで、「CodeCamp」というプログラミング講座を受講しました。プログラミングのベースを学んで、簡単なゲームくらいなら作れるレベルになりました。
――新規事業を立ち上げる中で、とりわけ大変だったことは?
竹下氏 : 情報セキュリティです。パーソルグループは個人情報を数多く取り扱っている企業なので、セキュリティに関して非常に厳しいんですね。そんな中で、SaaS型のプロダクトをつくるわけですが、厳格な社内ルールがあって、なかなか許可がおりない。開発をストップしなければならない時もあって、非常に大変でした。ただ、たくさん壁はありましたが、詳しい先輩に相談しながら、なんとか乗り越えることができました。
また、チームメンバーと意見が対立することもありました。僕の描く未来とメンバーの描く未来がすり合わず、目指したい方向がバラバラになってしまったんです。残念ながら辞めてしまったメンバーもいます。そこで、採用方針を変えたんです。スペックやスキルだけで判断するのではなく、ハートを最重視する方針に変えました。僕の原体験やビジョンに共感してもらえるかを判断軸にして、同じ方向を向いて走れる仲間を集めました。少しくらい経験が足りなくても、ハートの部分で合致していれば、スキルは後からついてきます。新規事業の立ち上げという経験自体が、その人を成長させてくれるからです。
――ハートが一番大事だと。
竹下氏 : そうです。もうひとつ、準備段階で苦労したことがあります。大きなビジョンと小さなスタートのギャップです。起案する際は、経営陣に対して壮大なビジョンを語りますよね。構想のスケールは大きいわけです。一方で、昨今の新規事業の立ち上げ方は、リーンスタートアップやアジャイルと表現されるように、細かくつくって検証を重ね、爆速でPDCを回していくという方法が主流。つまり、最初はすごく小さい。壮大なビジョンを語った経営陣に対して、小さくスタートするプロセスを説明することになるんですね。
僕たちは社内で起業をしているので、出資者でもある経営陣との距離が近く、常に説明を求められます。ですから、進め方を丁寧に説明すること、生まれた成果を大きな声で言うことを心がけてきました。
■社内起業だからこそのアドバンテージ
――およそ9カ月間の準備期間を経て、2018年1月に「Sync Up」をローンチされましたね。ローンチ後はどのように事業を前に進めましたか?
竹下氏 : ローンチ直後は、メディアにも多数取り上げていただいて、順調なすべり出しでした。社内の営業メンバーも協力してくれました。「Sync Up」のメイン顧客は外食大手や小売大手です。そういった企業を担当している営業の訪問に同行させてもらい、サービスの案内をしました。もともと僕の所属していた部署が、外食や小売大手をメインに担当する営業部隊でしたから、一番協力してほしい部隊の中に、すでに人脈があったという点は、大きなアドバンテージでしたね。
もちろん営業活動以外も同時進行で進めなければなりません。プロモーションの仕掛け方や広告の打ち方・見せ方などは、社内で新規事業を立ち上げている先輩たちに相談しました。現在当社には、「0to1」で採択され、すでに走っている新規事業が複数あるんです。eiiconもそのひとつですね。同じ空間で仕事をしていますから、ご飯を食べながら相談することもありましたし、優れた点を勝手にまねたりもしました。すぐ近くに相談できる起業家の先輩がいる点は、イントレプレナー(社内起業家)だからこその魅力かもしれません。
――現在、ローンチから1年半ですね。現状の課題と今後の展開についても教えてください。
竹下氏 : 「Sync Up」は第二創業期を迎えています。これまでは、空いているシフトを共有するというサービスモデルで展開してきました。もう少し価値を広げるために、2019年4月にリニューアルを行いました。「Sync Up」上でシフトの作成から調整までがワンストップでできるようになったんです。このリニューアルは、お客さまからのご意見をもとに、競合と差別化を図りながら実装したものです。現在は、ニーズをもとに新しく生まれ変わった「SyncUp」が、しっかりと世の中に浸透するかを検証していく段階です。
――リニューアル後の反響は?
竹下氏 : おかげさまで、4月にリニューアルしてから、受注率が格段に上がりました。感覚値として、これだったらご契約いただけるとの手ごたえを得ています。一方で、要望もたくさん寄せられています。要望をしっかり整理して実装していくことを、今後進めていきたいです。
さらに、もう少し先にある未来の話をするなら、「外部調達」と「人材育成」のできる機能を追加しようと考えています。「外部調達」は、空きのあるシフトがあれば、社外の人を誘えるという機能をイメージしています。というのも、アルバイト領域では、友人紹介が非常に多いからです。空いているシフトがある時に、友達を誘えたら便利なのではないかと考え、現在アライアンス先を探しているところです。
「人材育成」は、「Sync Up」上でシフトに入っていくと、ひとつずつ仕事を覚えられて、いつのまにか一人前になっているという機能をイメージしています。育成カリキュラムを「Sync Up」上に組んで、個人の成長度合いと紐づけます。シフト管理ベースで、アルバイトスタッフが定着するまでのマイルストンをつくりたいのです。アルバイトスタッフの育成に関しては、グループ内にパーソル総合研究所というシンクタンクがあり、有効なナレッジやメソッドを保有しています。研究所の方々にも監修してもらいながら進めています。
■「Sync Up」をホワイトなバイト先の代名詞へ
竹下氏 : 僕が実現したい世界観は、アルバイトの体験価値を高めることです。そのために課題となっているシフト管理の煩雑さを、まず最初に解消し最適化を実現します。店長さんなどの現場責任者が、シフト管理で消耗することがなくなれば、アルバイトスタッフ一人ひとりにもっと目を向けることができるはずです。僕たちがつくりだすプロダクトを通じて、アルバイトスタッフを取り巻く環境をどんどんアップデートしていく、そんな未来を描いています。
そして、「Sync Up」を「ホワイトなバイト先」の代名詞ともなる存在にしたい。「Sync Up」を導入している企業は、どこも働きやすいし、成長できる。そんなブランドに育てていきたいです。「Sync Upを取り入れてる企業って、どこもホワイトなバイト先ばかりだよね」という認知が広がり、実質も伴っている状態が、僕の目指す世界観です。
――最後に、事業創出に踏み出そうとしている人に向けて、メッセージをお願いします!
竹下氏 : 僕は自分のことを「ポンコツ」だと思っているんですね(笑)。でも、事業の立ち上げにチャレンジしてみて、ポンコツでもできると感じています。努力さえすれば、必要なメソッドもノウハウも手に入ります。本やネット上には、数々の事例が公開されていますから。できる・できないではなく、やる・やらないの話だと、実際にやってみて改めて思いました。ですから、まずはアクションを起こすべきですね。
もうひとつは、関わる人たちをファミリーにしていくことが大事だと感じました。法務も広報もセキュリティ担当も、関わる人たちといかに人間関係を構築できるかがポイントです。周囲に協力者が増えれば、いざという時に助けてくれる人も出てきます。自分でインプットしてできることには限りがありますし、リソースが足りなくなるシーンは必ず訪れるでしょう。そんな時に、協力してくれるファミリーがどれだけいるか。ですから、ファミリーを増やしていくことが重要だと思います。
■取材後記
社内で起業するアドバンテージは、社内にいる営業メンバーや専門知識を保有するメンバー、さらに社内起業経験者の協力を得やすい点などが挙げられる。つまるところ「人」だ。竹下氏が最後に語った通り、ファミリーとも呼べる協力者を増やすことが成功の鍵なのかもしれない。協力者を増やすためには、自分は何を実現したい人なのかを明確に示し、共感を得ることが必要不可欠だ。取材の中で印象的だったのは、「僕が助けたいのは、居酒屋で出会ったあの子なんです」という言葉。方向が定まっているからこそ、周囲に共感の輪が広がっていると感じる取材だった。彼の足跡をたどれば社内起業における成功の道筋が見えてくる。ぜひ実践してみてはどうだろうか。
(構成:眞田幸剛、取材・文:林綾、撮影:齊木恵太)