小田急沿線の個性を発掘し、沿線全体をアップデート!デジタルイノベーションで挑む“地域価値創造型企業”への進化【BAK NEWNORMAL PROJECT 2022】
これまで私鉄といえば、鉄道の沿線に住宅地や、商業施設、観光・娯楽といった移動の「目的」となるスポットを開発し、「移動手段」としての輸送サービスで収益を得るモデルが主流であった。しかし、2020年から続くコロナ禍で、観光や通勤をはじめとした鉄道での移動需要が減少傾向にある中、大手私鉄各社は、このビジネスモデルの見直しを迫られている。
関東を代表する大手私鉄である小田急電鉄もまた、私鉄モデルの更新を図っている最中だ。同社は現在、今般の事業環境の変化への対応とさらなる事業成長を実現するため、新たな経営ビジョン「UPDATE 小田急」を策定し、“地域価値創造型企業”に進化していくことを目指している。
ビジョンの実現に向けて今回、神奈川県主催の「ビジネスアクセラレーターかながわ(通称:BAK(バク))」にパートナー企業として参画。共創パートナーとともに、沿線価値を高めるための取り組みを推進していきたい考えだ。
TOMORUBAでは、本プロジェクトを担当する経営企画本部 デジタルイノベーション部の佐藤氏、水落氏、和田氏にインタビューを実施。現状の課題や目指している世界観、プロジェクト推進にあたり使用可能なアセットなどのリソースについて伺った。
【上画像/左】小田急電鉄株式会社 経営企画本部 デジタルイノベーション部 課長代理 ICT戦略 担当 水落 大樹 氏
【上画像/中央】小田急電鉄株式会社 経営企画本部 デジタルイノベーション部 ICT戦略 担当 佐藤 茉奈 氏
【上画像/右】小田急電鉄株式会社 経営企画本部 デジタルイノベーション部 ICT戦略 担当 和田 清楓 氏
私鉄モデルの更新、キーワードは「DX」「共創」「ローカライズ」の3つ
――まず、御社の置かれている現状や課題からお聞きしたいです。
佐藤氏: 小田急電鉄では、鉄道事業を主軸に、沿線商業施設の運営をはじめとした不動産事業等を手がけてきました。そうしたなか、コロナ禍で浮き彫りになった課題の一つが、移動機会の減少です。特に、テレワークの普及による生活スタイルの変容は、当社にとって大きな環境変化でした。
加えて、観光事業についても、インバウンドの需要がストップしています。首都圏近郊にお住まいの方の観光需要も、コロナ禍前と比べるとその数は減少。経営は大きな打撃を受けている状況です。
当社はこれまで私鉄モデルといわれるような、鉄道事業を主体として、駅や周辺の不動産開発によって集客・居住を促進する事業を展開してきました。しかし、今後は従来の私鉄モデルにとらわれず、鉄道事業以外でも「お客さまにどういう価値を提供すれば、地域住民の満足度向上や来訪者の増加につながるか」をより一層追求していく考えです。
――従来の私鉄モデルの更新ということですが、小田急電鉄さんとして、目指している方向性はあるのでしょうか。
佐藤氏: 2021年に新たな経営ビジョン『UPDATE 小田急~地域価値創造型企業にむけて~』を策定しました。そのなかでも謳っているように、既成概念にとらわれず、常に挑戦を続けることで、地域に新しい価値を創造していく。副題にあるような“地域価値創造型企業”に進化していくことを目指しています。目指すにあたって、デジタルテクノロジーを活用した「DX」、多様なパートナーとの「共創」、地域の社会課題に向き合う「ローカライズ」の3つの発想を主軸に置き活動を推進中です。
――BAKに参画することを決めた理由は?
佐藤氏: 私たちの所属するデジタルイノベーション部は、当社の情報システム部門でありながら、部署の名前にあるとおり、デジタルを活用したイノベーション創出を役割としているため、デジタルに関するノウハウや最新のソリューションに関する情報は保有しています。ただ、事業部門ではないがゆえに、地域に密着した課題を吸いあげ、適切なソリューションを提供することには困難さを感じてきました。
そこで今回、BAKに参加して、改めて社内や社外との共創に取り組み、当社にとって非常に重要な事業基盤である神奈川県に、このプロジェクトを通じて向き合いたい。ベンチャーの皆さんとのオープンイノベーション・共創を通じて経営ビジョンを実現したい――そう考えて、BAKに参画することにしました。
――共創テーマである『沿線特性にあった「暮らす・遊ぶ」のアップデートを通じて、沿線価値を最大化する』には、どのような背景があるのですか。
佐藤氏: 共創テーマの背景には、鉄道事業を軸とした持続的な交通インフラの構築と沿線特性を生かした新規事業の創造をしたいとの考えがあります。小田急沿線には、観光地や住宅地、オフィス街など、さまざまな特徴を持ったエリアがあります。デジタルを活用して、それぞれの地域がもつ価値をもっと発掘・発信したり、新しいサービスをつくったりすることで、何か新たな楽しみやワクワク感を提供して、沿線価値を高めていきたいと思っています。
共創イメージ(1)「沿線の街や駅の魅力向上・発信」
――今回、3つの共創アイデアイメージを挙げていただきました。それぞれの背景にある考えについて教えてください。
佐藤氏: 1つ目の共創イメージとして掲げたのが、「沿線の街や駅の魅力向上・発信」です。現在、小田急には70の駅がありますが、これまで私たちは、中核駅と位置づける乗降客数が特に多い駅を中心として不動産の取得や開発に取り組み、街づくりを行うことで魅力向上を図ってきました。今後は、こうしたアセットの充実だけでなく、駅周辺におけるコンテンツの開拓や新たな魅力の発掘を行い、それを効果的に発信していくことが重要になると考えています。
さらに、中核駅における取り組みをフックとして、中間駅といわれる乗降客数が比較的少ない駅においてもそうした取り組みを広げていくことにより、地域の事業者も巻き込みながら、沿線エリア全体で暮らす方や訪れる方に新しい価値を提供していきたい。それが1つ目の共創イメージの背景にある想いです。
――各地域の個性を活かしながら、沿線エリア全体の付加価値を高めていこうということですね。
佐藤氏: はい。今まさに不動産開発中のエリアや、開発前・開発後のフェーズでそれぞれのエリアマネジメントに取り掛かる地域もあります。そういった駅のイメージづけや、街のブランディングにも取り組んでいきたいと思います。たとえば、海老名ではタワーマンションなどが並ぶ「ViNA GARDENS」の開発が進行中です。ファミリー層が多いので、子育てをキーワードにして「こどもの成長をみんなで見守る街」というブランディングを考えることもできるかもしれません。
地域のブランディングを行い、そこに住む方たちの街に対する誇り「シビック・プライド(Civic Pride)」を醸成していく。それが、私たちが実現したい街づくりです。
――たとえば、どのようなパートナーと、どのような取り組みが実現できそうですか。
佐藤氏: 中核駅以外に、普段降りないような駅でも、降りたくなるようなきっかけづくりができるパートナーと共創できれば面白いですね。たとえば、街の玄関口である駅の構内に、その駅や周辺エリアの個性で彩るデジタルアートを投影して集客したり、文字情報ではなくより多くのお客さまにとって受け取りやすい感覚的な情報で、地域の魅力を発信できる仕組みをつくったり…。そんなイメージを持っていますね。
共創イメージ(2)「子育てしやすい沿線の実現」
――2つ目の「子育てしやすい沿線の実現」には、どのような背景があるのでしょうか。子育て世代にフォーカスした理由は?
佐藤氏: 私たち小田急は昨年度、子育て応援ポリシーを定め、「こどもの笑顔をつくる子育てパートナー」になることを宣言しました。このポリシーを体現して取り組んでいるのが、小児IC運賃の全区間一律50円施策です。分かりやすく、ご利用いただきやすい運賃体系としたことで、お子さまやそのご家族のお出かけのきっかけづくりができているという実感もあります。
そのほかにも、「小田急の子育て応援車」の運用開始や、駅へのベビーカーシェアリングの導入など、子育て世代にフォーカスした取り組みも実施してきました。それらの施策も、こどもの「育つ」を手助けしたいという小田急の想いを具現化したものですが、今後はより当社と地域住民の皆さんとが一緒になって、子育てをしていく「繋がり」を生むような取り組みができないかというふうに考えています。
たとえば、駅の構内や改札付近の空きスペース、駅周辺施設などを使って、こどもと大人が一緒に楽しめる何かをつくるといったことを想定しています。最近だと、託児所のついた美術館も増えていますよね。大人もこどもも楽しめる仕組みづくりを通じて、子育て支援をしていきたいとの考えです。そうした小田急の街での思い出や体験が、こどもたちの未来に向かう原体験や原動力になると嬉しいです。
――どのようなパートナー像をお持ちですか。
佐藤氏: 子育て支援を目的とした情報発信サイトは、当社でもいくつか運営しています。リアルのアセットを使った子育て支援の取り組みとしても、運転士さんが、電車を紹介しながら運転の仕方を教える動画の配信などを行っています。
最近のこどもたちは小さい頃からスマートフォンに触れていて、デジタルが当たり前の世代です。そのため、デジタルを絡めたこども向けの教育支援コンテンツづくりや、デジタルとリアルのアセットを絡めた居場所づくりなどができる技術・アイデアをお持ちのパートナーを求めています。
水落氏:当社では沿線住民の地域愛着度について重要性を感じており、さまざまな取り組みを通じて愛着度の向上を目指しています。こどもの頃から、住んでいる街に愛着を持っていれば、将来的にも街に住み続けてもらえる割合も高まります。その点、どのように街に対して愛着を持ってもらうか。これに対して、アイデアをお持ちのパートナーと共創していきたいですね。
――「シビック・プライド」や「愛着」がキーワードになっていますが、現状だと小田急さんのどういう側面に、愛着を持たれている傾向がありますか。
佐藤氏: 特定のエリアではないのですが、小田急のロマンスカーに対しては、こどもに限らず大人にも愛着を持っていただいています。少し前に、VSEという白い車体のロマンスカーが定期運行を終了しました。定期運行終了日には、新宿駅のホームがいっぱいになるまで、多くの方にお集まりいただいて。もしかしたら、VSEが誕生して初めて走り出したときにはまだこどもで、その頃の思い出が蘇って惜しむ気持ちで見に来てくださった方もいたのかなと。ロマンスカーは当社にとって、ひとつのシンボルになっていますね。
共創イメージ(3)「新しい観光モデルによるエリア活性化」
――3つ目の「新しい観光モデルによるエリア活性化」についてはいかがですか。
佐藤氏: 小田急グループの沿線上には、箱根・小田原・江の島・大山といった自然豊かな観光地があります。こうした観光地において、新しい観光モデルを構築できないか検討しています。
たとえば箱根だと、小田原から箱根登山電車、ケーブルカー、ロープウェイ、海賊船、登山バスを乗り継いで回るいわゆる「ゴールデンコース」があり、このコースは箱根の代表的な観光スポットを巡ることができるため、賑わいの中心となっています。しかし、お客さまの好みが多様化するなか、鉄板コースにこだわらない新たな導線づくりも必要になるでしょう。
また、箱根以外のエリアでも、まだまだ魅力を打ち出せる余地がたくさんあると考えています。季節や時間帯によって異なる面白さや、地元目線での楽しみ方など、まだ多くの方に認知されていないエリアの魅力を、より適切に届けて実際に足を運んでいただくことが重要だと思っています。
こうした点を踏まえ、新しい観光モデルを構築することで、新しい周遊ルートのようなものを生み出したり、それを後押しするようなサービスをつくったりすることで、エリア全体の活性化につなげていきたいです。
加えて、小田急グループは電車やバスを中心に、交通手段は豊富に持っているのですが、そうした交通手段を使った移動時間も観光の一部として、移動を体験化するような取り組みも実現していきたい。それによって、今までとは異なる新たな観光モデルが構築できるのではないかと考えています。
――こちらについては、どのようなパートナー像をお持ちですか。
佐藤氏: 一つの例ではありますが、小田原城で歴史的風景の再現をするといったようなARやVRを活用した新しい体験設計や、目的地での体験だけではなく、目的地に向かうまでの道中で来訪者の動向や趣向に関するデータを取得し、好みに合わせたリアルタイムの提案をするサービスといったものを一緒に提供できるパートナーと出会いたいです。
一極集中型のコンテンツに限らず、より周遊を促せるような仕組みに期待しています。幅広い選択肢のなかから、自分の好みを見つけてもらえるようなサービスをつくりたいですね。
――観光先をパーソナライズしていくイメージですね。
佐藤氏: はい。観光客の皆さんは旅行前にあらかじめすべてプランニングする方ばかりではありません。「箱根の温泉に行く」というざっくりとした目的だけを決めて、それ以外の飲食店や観光スポットは、行ってから決めるという方もいらっしゃいます。そういった方でも、自分の好みを新しく発見できるような周遊プランニングのできるサービスがあるといいですね。
なおかつ、デジタルに対するリテラシーの高い方ばかりではないので、リテラシーの低い方でも手軽に使えるサービス提供を目指しています。
駅や商業施設、公園、ロマンスカーなどの活用が可能、XR専門チームとの連携も
――共創の実現に向けて、活用できるアセットやリソースには、どのようなものがありますか。
佐藤氏: 駅の施設やロマンスカーといった鉄道資産が活用可能です。ロマンスカーだと、今年の6~7月に、終電後のロマンスカーをお楽しみいただく「ロマンスカー・VSEで一夜を明かすナイトツアー」というイベントの開催を予定しています。過去にもロマンスカーイベントを開催した実績がいくつかあるので、そういった活用の仕方もできるでしょう。
また昨年、海老名に「ロマンスカーミュージアム」を開業しました。鉄道ファンやファミリー層など、幅広い層に楽しんでいただいている施設になっています。この施設を使った定常的な施策や、貸切イベントなどにも、積極的に取り組んでいきたいです。
加えて、開発を進めている海老名駅周辺エリアの商業施設の区画や開発予定地などで、街の愛着度を高めたり、地域課題の解決に寄与したりするような施策を行うこともできます。
また、神奈川県内には当社が指定管理者となっている公園があります。園内に川が流れていたり、クライミングを楽しめたりといった魅力的な公園もあり、そういった場所を活用することで、周辺地域からの集客や地域活性化にも取り組みたいです。
観光面では、箱根や小田原、江の島、大山など沿線観光地のエリア内で小田急グループが保有する施設等に関しては、協力をお願いすることもできます。
――デジタルイノベーション部として、現在、注力されている領域などはあるのでしょうか。
和田氏: 現在、XR事業に力を入れはじめています。社内から公募でメンバーを募り、新たな事業プロジェクトを立ち上げました。ですから、ARやVRなど、XRに関連するパートナーだと、当社側の体制も整っているので、共創をしやすいかもしれません。
――最後に、応募を検討する企業の皆さんに向けて、メッセージをお願いします。
佐藤氏: 経営ビジョンに掲げているように、私たちは地域とともに成長していくことを目指しています。これまで自分たちが手がけてきた施策だけではなく、既成概念にとらわれない新たな挑戦を続けていきたいです。そういったマインドをもとに、お客さまの体験価値の向上や環境負荷の低減、地域に新しい価値をもたらしていくような企業に進化したいと考えています。
今回のプロジェクトでは、私たちの実現したい世界観に共感してもらえるパートナーに出会いたいです。共創パートナーが決まった暁には、課題解決に向けて技術・アイデアをご提供いただくだけではなく、実現に向けて積極的に意見交換ができればと思っています。皆さんと一緒に、私たちもオープンイノベーションという新しい取り組みにチャレンジしたいです。たくさんのご応募をお待ちしています。
取材後記
「新宿副都心エリア」を出発し、「世田谷エリア」「川崎・多摩エリア」「町田エリア」「県央エリア」を通過して「小田原・箱根エリア」「江の島・湘南エリア」へと至る小田急電鉄。インタビューのなかでも語られたように、沿線には大都会もあれば閑静な住宅街もあり、にぎやかな観光地もある。それらの個性を引き出しながら、活性化へとつなげる共創プラン。考えはじめる前に、一度、沿線の街を散策してみるといいかもしれない。
●「BAK NEW NOMAL PROJECT 2022」の詳細についてはこちら(最終応募締切:7/11まで)
(編集・取材:鈴木光平、文:林和歌子、撮影:加藤武俊)