大手企業が続々導入!感情分析で動画マーケティングを支援する、エストニア「Realeyes」の特許技術
2007年に創業し、ロンドンを拠点とするエストニア発のスタートアップ「Realeyes」(リアルアイズ)は、特許を取得した注目度・感情分析テクノロジーで、じわじわと日本市場でも存在感を広げる。
社名と同様のソフトウェア「リアルアイズ」は、ウェブカメラの映像に映った人物の目・鼻・眉毛・口の動きなどをトラッキングし、表情を分析。ユーザーの注目度や感情を読み取り、動画マーケティングの効果を測定する。
日本との関わりでは、NTTドコモ・ベンチャーズやグローバル・ブレインが同企業に投資しているほか、2020年10月にNECが同社との協業を発表している。世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第6弾では、リアルアイズを取材。感情分析技術のリーディングカンパニーが持つ技術の革新性、日本展開への期待感とはーー。CEOのMihkel Jäätma(ミケール・ヤットマ)氏に聞いた。
「注目度」と「表情」を分析し、動画広告を評価
リアルアイズは、ヤットマ氏、Martin Salo氏(CPO)、Elnar Hajiyev氏(CTO)の3名が、オックスフォード大学在学中の2007年に共同創業。感情分析を使ったマーケティング支援はMBA取得の一環としてまとめたビジネスプランであり、彼らは夢中になって、その技術を研究した。結果的に在学中にクライアントが現れ、起業の道が開いたのだ。
ヤットマ氏は、「私たちは、世界でもっとも優れた画像認識技術を持っている」と語る。
「弊社では、世界75ヵ国・のべ2,020億人の表情データを保持しており、このデータの豊富さこそアドバンテージです。全体の約14%はアジア人のものであり、文化の違いを超えて、緻密な感情分析結果を提供できます」
▲ヤットマ氏による感情分析のデモンストレーション
リアルアイズは、顔のパーツをトラッキングして映像への注目度を分析するほか、以下10の感情も分析する。Happy(幸せ)、Confused(混乱)、Disgusted(うんざりする)、Sad(悲しい)、Scared(怯える)、Surprise(驚く)、Engagement(愛着心)、Negative(ネガティブな)、Valence(誘発性)、Contempt(軽蔑)。
▲サンプル動画を感情分析した結果
上記画像の線グラフは視聴者の注目度を表しており、最初の数秒で急激に注意力が下がり、その後はゆるやかに下がり続けることが示されている。そのすぐ下の2つの棒グラフは、1秒ごとの注目度(グリーン:維持、オレンジ:低下)を表し、さらに下の棒グラフは、各感情の強さを表している。
性別、年齢層、デバイスタイプ(デスクトップ、タブレット、スマートフォン)など、条件を絞った分析も可能で、ターゲットに沿った分析結果を得られる。
あらゆる動画にフィットする3つのビジネスモデル
▲動画広告の品質を10段階のスコアで評価する「プレビュー」
同社が提供している現状のビジネスモデルは、3種類ある。1つは「PreView(プレビュー)」で、上述した注目度・感情分析をもとに動画の品質を10段階のスコアで表示するサービスだ。最初の数秒の注意力を測定する「Capture」、動画の継続的な注意力を測定する「Retain」、感情のピークによって関心レベルを測定する「Encode」の3つの指標で評価される。
利用者は、ビデオ1本あたりの使用料を支払い、平均単価は3〜4,000ドル(約33〜44万円)。ただ、利用本数が大量になる場合は、それに応じて単価も下がるという。大量購入の場合は、PreView APIを利用して、自社の分析ツール等への統合も可能だ。
2つ目は「RealView(リアルビュー)」で、Facebook、YouTube、Tik Tokといったプラットフォームごとの動画の品質をリアルタイムで評価するサービス。収益化を目的とする動画コンテンツと動画広告の両方を評価し、どのプラットフォームが効果的であるかを判断するのに役立つ。現在、ベータ版として提供されており、利用料金は1時間あたりのモバイルユーザーの数に応じて変動するとのこと。
3つ目は、あらゆるビデオプラットフォームに組み込むことが可能な「Experience SDK(エクスペリエンス エスディーケー」だ。例えば、動画学習サービス、ビデオ会議サービスなど、パソコンやスマートフォンなどカメラが付いたデバイスで利用するあらゆるサービスに組み込める。利用料金は、1時間あたりのユーザー数によって変動する。
いずれのサービスも、視聴者の同意を得たうえで映像を撮影し、注目度・感情分析に活用しているそうだ。
大手企業が続々採用。「資生堂」の事例も
リアルアイズは、動画マーケティングの効率性を高める目的で、多くの大手企業に導入されている。例えば、韓国のLGグループでは、クリエイティブなコンセプトで制作されたテレビ広告を複数国で感情分析、その結果に基づきターゲティングを最適化したことで、効率的な広告配信を叶えた。
「イギリスとアメリカで各300人を対象に測定したところ、若年層の反応が良いことがわかりました。その指示に従い、若年層向けのメディアに焦点を当てて配信したところ、開始から48時間以内に100万回以上の再生と10万5,000回のソーシャルアクションを獲得。以前の動画広告と比較した視聴数の伸び率は114%で、業界平均の3倍以上でした」
日本企業の事例を尋ねると、ヤットマ氏は資生堂の名前を挙げた。同社は、2020年7月に5つの広告を測定し、その結果をマーケティングに反映したことで、広告コストの削減を叶えたという。
「資生堂では、男性のナレーションより女性ナレーションを起用した動画、さらに出演者が視聴者の目を深く見つめた動画のほうが、評価が高いことがわかり、その指標を軸に編集を重ねました。結果的に、5本のうち品質が高い2本の動画広告のみを配信したことで、qCPM(※)が46.31ドル(約5,100円)から24.87ドル(約2,700円)に改善されました」
※qCPM……QCPMとはリアルアイズが独自で使っている基準で、高い注意力の指標に基づく表示1000回あたりの広告料を指す。
オランダのビール醸造会社のハイネケンでは、完全版の2分の動画と予告編の30秒の動画を、それぞれ測定。スペイン、アメリカ、オーストラリアの主要なターゲット市場で4,200人を超える視聴者からフィードバック得たところ、予告編の評価が著しく低いことに気付いたという。
「この結果を受けて、すぐに予告編のメディア費用を削減し、代わりに完全版に投資することに。すると、予告編に比べて完全版のクリックスルー率(表示回数に対するクリック回数の割合)が2倍、ソーシャルアクションが3倍、コンテンツアクションが6倍という結果が得られました。最終的に208ヵ国で視聴され、3,500万回以上も再生されました」
日本展開は、戦略的パートナーシップがカギ
さらに、NECとの共同開発も進行中だ。2020年10月、NECは自社が持つ生体認証・映像分析技術と、リアルアイズの感情分析技術を組み合わせ、新たな遠隔コミュニケーション向けのサービスを共同開発したと発表した。
残念ながら、NEC側のコメントを得ることはできなかったが、ヤットマ氏は2020年の日本進出から1年間を振り返り、日本市場への現在の期待感を語った。
「日本市場では、小さなステップを踏みながら、サービスの価値を段階的に証明していくプロセスが求められます。アメリカだと、何もしないか、最初から大々的にやるかのどちらかなので、かなり違いますよね。
私たちは東京にマーケティング拠点を持っていますが、それを大きく広げるのではなく、日本市場をよく知るパートナーと戦略的な関係を築きたいと考えています。現在、日本のいくつかの企業と積極的に交渉しており、年内には正式な代理店をご案内できそうです」
▲CEOのMihkel Jäätma(ミケール・ヤットマ)氏
現状は、リアルアイズにとって投資家にあたるNordicNinja(ノルディックニンジャ)が、日本展開の良きパートナーとして、機能しているそうだ。
「日本にルーツを持ち、数名の日本人スタッフも在籍するノルディックニンジャは、戦略的なパートナーを見つけるにあたり、とても協力的です。日本のローカライズの基準は他国と比較して非常に高いため、現地人の視点でのアドバイスは重宝しています」
最後に、ヤットマ氏はグローバル展開を加速したい意思にも触れた。
「長い時間をかけて構築してきた注目度・感情分析テクノロジーは、今や、SDKとしてどんなサービスにも組み込めるようになりました。このユニークなサービスを提供できることにワクワクしており、独自のデジタルサービス・プラットフォームを運営するあらゆる企業とパートナーシップを築ける可能性があります。
さらに、現在、デジタルウェルビーイングを目的にマインドフルネスのアプリを開発中です。スマートフォンにダウンロードすると、どのアプリで幸せになったり、イライラしたりするかを分析します。今後も、世界最高レベルの感情分析機能を武器に、日本を含めた世界各国でビジネスを加速させていくつもりです」
編集後記
数年前から動向に注目していたリアルアイズ社。今回の取材を通して、ますます加熱する動画業界で、同社の注目度・感情分析技術が欠かせない存在になっていくのかもしれないと感じた。NECとの協業が加速、あるいは有力な戦略的パートナーが見つかれば、同社の日本展開がより本格化しそうだ。IT先進国・エストニアから生まれたAIスタートアップの動向に期待したい。
(取材・文:小林香織)