山梨県発のスタートアップ支援拠点『CINOVA YAMANASHI』――開所から半年で見えた共創の成果と可能性を4人のキーパーソンに聞く
2025年11月、山梨県がスタートアップ支援拠点『CINOVA YAMANASHI』(チノバ ヤマナシ)を開所した。県内外のスタートアップや地域企業、支援機関、自治体など、多様なプレイヤーが集う共創の場として整備された同施設。地方発イノベーションの新たな起爆剤として、大きな期待を背負っての始動であった。
▲イベントスペース、カフェ、配信ブース、シェアキッチン、ものづくりスペース、個室オフィスなど、多様な用途に応じた環境を整備している『CINOVA YAMANASHI』(山梨県甲府市川田町)。
開所から半年あまり。同施設は短期間で具体的なつながりやこれまでにない変化を生み出し始めている。では、このわずか半年間で一体どのような動きがあり、地域に何をもたらしたのか。本記事では、そこから見えてきたリアルな成果と、現在直面している次の課題、そして現場で巻き起こる熱量の正体に迫る。
前半は、拠点の仕掛け人である山梨県庁・産業政策部の吉田氏と運営を担うeiiconの園原氏の対談を、後半では、同じく運営を担当するフォネットの赤池氏と志村氏の対談をお届けする。拠点推進の中核を担う4人の声をもとに、山梨から始まる未来のイノベーションの行方に迫りたい。
【山梨県庁 × eiicon】県内外のプレイヤーを包括的につなぎ、プラスとなる関係性を築いていく場へ
――なぜ、山梨県がスタートアップ支援拠点『CINOVA YAMANASHI』を立ち上げるに至ったのか。その狙いからお聞かせください。
山梨県庁・吉田氏 : 『CINOVA』の立ち上げは、県が長年進めてきたスタートアップ支援拠点の整備構想に基づくものです。私たちは県の産業政策部として、県内産業を将来に向けてどう発展させていくかをテーマに取り組んでいます。その強力な手段の一つがスタートアップ支援です。
新しい技術やアイデアを県外から取り込み、県内からも新たなスタートアップを生み出すことで、地域経済の活性化につなげていきたい。『CINOVA』は、その取り組みの中心となる拠点として整備しました。物理的な場所としてだけでなく、さまざまな支援事業を展開する中核としても機能させていく狙いがあります。
▲山梨県 産業政策部 スタートアップ・経営支援課 スタートアップ支援担当 主査 吉田健二氏
――実際に足を運んでみると、広々としていて非常に魅力的な空間だと感じます。この拠点の開設を進めるにあたり、吉田さんが特にこだわった点はどこにあるのでしょうか。
山梨県庁・吉田氏 : 建物の細かな仕様といったハード面にもこだわりましたが、それ以上に「開設後に人が集まりやすい拠点にするにはどうすればいいか」を重視してきました。「どのような体制で運営するのか」「どのような人たちが集う場所にしたいのか」という、具体的な活用のイメージを膨らませながら設計を進めてきたこと。これが、私の一番こだわったところです。
――昨年11月の開設から半年が経ちましたが、現在の手応えはいかがですか。
山梨県庁・吉田氏 : 一定の手応えと、改善すべき課題の双方が見えています。評価されている点としては、利用者から「行政施設のイメージを良い意味で覆す」といった好意的な声が挙げられます。建物のデザイン性や使いやすさ、開かれた空間であることについては、狙い通りの価値を提供できていると感じています。
逆に、課題は施設の認知度。イベント開催にとどまらず、この拠点の機能を活かした多様な取り組みを通じて、「ここに来る価値」を感じてもらうことが重要です。今年度は、この点に注力していきたいです。
▲2025年11月に開催された『CINOVA』開所式の様子。県内外から多数の関係者が足を運び、大きな注目を集めた。
――『CINOVA』の運営を担うeiiconの園原さんは、この半年の成果をどう捉えておられますか。
eiicon・園原氏 : 現状の成果については、大きく「イベント」と「関係機関との連携」の2つの観点があると考えています。まず、イベントについて、2月に開催したMeetupには多くの方にご参加いただきました。その後も継続的にMeetupイベントを開催中で、県外のスタートアップや地域のプレイヤー、それに自治体の皆さんにも参加いただき、少しずつではありますが、「共創やイノベーションを一緒につくる」という考え方が広がり始めています。
また、関係機関との連携も進んでいます。具体的には、やまなし産業支援機構や独立行政法人 工業所有権情報・研修館(INPIT)、山梨中央銀行、まちのtoolbox、山梨大学など、さまざまな支援機関との連携体制が構築され始めています。地域の支援機関が少しずつ『束』になりつつある、その動きが目に見える形になってきたことが、現時点での大きな成果の一つだと思います。
▲株式会社eiicon 地域イノベーション推進部 Account Executive / Consultant Unit Leader 園原惇史氏
山梨県庁・吉田氏 : 私も同じ認識です。金融機関や公的支援機関、大学、企業など、各地にさまざまなプレイヤーが存在し、それぞれの役割や方向性を持って活動しています。これまでも個別の接点はありましたが、それらを包括的につなぎ、関係性を築いていく仕組みは、県内において『CINOVA』のほかにありません。各活動にプラスとなる関係性を築ける場を開設できたこと。これこそが、現時点での最大の成果だと思います。
――少しずつ活動の輪が広がり出しているのですね。先ほどお話にあったMeetupは、具体的にどのような内容で開催されたのでしょうか。
eiicon・園原氏 : 今年2月に開催したMeetupでは、『CINOVA』の近隣にある石和温泉旅館協同組合の理事長をはじめ、関係者の皆さんをお招きして、県内外のスタートアップ9社によるピッチを行いました。石和温泉では今、新たな温泉地ブランディングの取り組みも進んでおり、スタートアップの提案の一部については「理事会でも検討したい」という前向きな声が上がるなど、具体的なビジネスの接点が生まれ始めています。
山梨県庁・吉田氏 : 実際に、そのMeetupに参加した企業のうち1社とは、その後もつながりが続いており、先日も、県内事業展開を見据え森林環境部の担当者に繋いだところです。このような動きが、他分野にも広がっていけばと考えています。
例えば、山梨には数々の伝統産業がありますが、そうした分野に携わる方たちはスタートアップと接点を持つ機会が多くありません。今まで接点がなかった業界の人たちにも『CINOVA』に来ていただき、新たな出会いや連携を生み出せるような仕組みを作っていきたいと考えています。
▲「温泉」をテーマに、実証実験や協業につながる出会いを創出した「CINOVA YAMANASHI 『ONSEN』× Startup Meetup!!」(2026年2月開催)
直接出資から伴走支援まで――挑戦者を全方位で支える『CINOVA』の支援体制
――県外スタートアップや県内企業、それぞれにとって『CINOVA』に関わるメリットはどのような点にあるのでしょうか。
山梨県庁・吉田氏 : いずれにとっても、新たな出会いやマッチングの機会を得られることが大きなメリットだと思います。そのためにも、私たちは単に場所を提供するだけではなく、コミュニティマネージャーによる伴走支援や、県の各種事業との連携、補助金によるバックアップなど、多角的なサポート体制を整えています。ぜひ、一歩を踏み出すためのきっかけとしてご活用いただきたいです。
――山梨県が今、特に力を入れているスタートアップ支援策はありますか。
山梨県庁・吉田氏 : 今年度は、「ビジネスマッチング強化事業」を拡充し、マッチング後のPoC(実証実験)や導入に対して補助金を出す仕組みにしました。また、新株予約権を引き受ける形でスタートアップへ直接出資する「資金調達サポート事業」も継続しています。資金提供だけでなく伴走支援もあわせて実施しており、資金面と事業面の両面からスタートアップを支援していることが、山梨県の特徴だと思います。
――山梨県がスタートアップ支援に力を入れていることがよく分かりました。最後に、今後の展望についてお聞かせください。
山梨県庁・吉田氏 : 中長期的には、『CINOVA』を山梨県のイノベーションの中心地にしていきたいと考えています。スタートアップや県内企業、支援機関などが集まるエコシステムの中心であると同時に、具体的なマッチングや共創が生まれる最前線にしていくことが目標です。その実現に向けて、各種施策や事業、イベントも組み合わせながら、継続的に場づくりを進めていきます。
また、開所したことで新たな可能性も見えてきました。これまで主に県外スタートアップや県内企業を対象に支援してきましたが、『CINOVA』には地域でスモールビジネスや個人事業に挑戦する方々も多く足を運んでくださっています。今後は、そうした地域の挑戦者も巻き込みながら、『CINOVA』ならではの取り組みを広げていきたいと思います。
eiicon・園原氏 : 同時に、実例をたくさん創出することが大事だと思っています。開業1年を迎えたときに、「この1年でこんなに実例が生まれたね」と振り返れる状態にしたいです。最初は接点づくりやメディア発信が中心になると思いますが、その先には事業創出や事業拡大、さらに県内企業の課題解決といったアウトカムにつなげていきたい。そのために、支援機関とも連携しながら、利用者の声を丁寧に拾い上げ、咀嚼したうえで支援を継続していきます。
山梨県庁・吉田氏 : 将来的には、『CINOVA』の入居企業や関係者の中から、上場や海外展開を実現する企業が生まれてほしいです。この場所が、その足掛かりとなる出会いや関係性を育む場になることを強く願っています。また、マッチングや共創を通じて、今までになかった新しい事業や製品、サービスが誕生することにも期待しています。「この場所があったからこそ生まれた」と誇れるような実績をここから作っていきたいと思います。
【フォネット】現場に常駐するからこそ見える、今までにない出会いと共創の加速
続いて、『CINOVA』に常駐し、日々利用者と接する機会の多いフォネットの赤池氏と志村氏にインタビューを行った。フォネットは、山梨県甲府市に本社を置き、情報通信関連事業や地方創生事業を軸に多角的なビジネスを展開する企業だ。そんな同社の2人に、現場から見た活用状況や利用者の反応、そして『CINOVA』が担う役割について聞いた。
――まず、『CINOVA』で担われている役割や業務内容について教えてください。
フォネット・赤池氏 : 私は『CINOVA』の施設運営全般を担当しています。立ち上げ当初は3名でこのプロジェクトをスタートさせ、まずは受付スタッフの採用など運営体制の構築から取り組みました。開所後は、入居企業の皆さんとコミュニケーションを取りながらニーズを拾い上げ、施設運営に反映していく役割を担っています。
▲フォネットグループ 執行役員 スタートアップ担当 代表室 室長 赤池浩一氏
フォネット・志村氏 : 私は基本的に毎日『CINOVA』に常駐し、来館者対応を行っています。また、山梨県やeiiconさんと連携しながら施設の方向性を検討する中で、現場目線でできることと難しいことを見極め、実現可能な形へ落とし込む役割も担っています。施設内のものづくりスタジオには専門的な機械も多くあるため、それらへの理解を深めながら、利用者が不自由なく使えるよう掲示や運用面を整備することも、私の役割のひとつです。
▲フォネットグループ 代表室 山梨県立スタートアップ支援センター 主任 志村旭氏
――『CINOVA』は、どのように活用されているのでしょうか。
フォネット・志村氏 : 例えば、オフィスフロアに入居している企業の皆さんは、24時間365日利用できる環境を活かし、じっくりと集中して仕事に取り組まれています。実際、スタッフが帰る時間になっても、オフィスの明かりがついていることは珍しくありません。また、施設で用意している電気自動車を、営業活動や移動に活用する県外企業も増えています。
それ以外にも、『CINOVA』に隣接する芝生設備を借りてドローンの試運転に活用する企業もあります。都市部では飛行できる場所が限られる中、広い芝生を活かして実証や検証が行われています。このように、オフィス利用にとどまらず、自社サービスの実証の場としても活用が広がっており、『CINOVA』の使い方が少しずつ浸透してきたと感じます。
――実際、『CINOVA』をきっかけに、どのような出会いや共創が生まれているのですか。
フォネット・赤池氏 : 一例ですが、山梨県の広報誌に、映像圧縮技術を持つ入居スタートアップが紹介されたことがありました。その記事の中に「僻地医療への応用も期待される」という一文があったのですが、それを見た県内の医師の方が、「ぜひこの会社の方と話をしてみたい」と来所されたんです。
お話を伺うと、僻地で遠隔医療を行う場合は電波環境が十分でないことも多く、鮮明な映像で診療するためには映像圧縮技術が欠かせないとのことでした。そこで、その医師と入居企業をおつなぎしたところ、両者から「こういう人に会いたかった」と喜んでいただき、とても手応えのある出会いになりました。現在は、両者で山梨県の実証実験サポート事業へのエントリーも検討されており、今後が楽しみです。
▲山梨県の広報誌をきっかけにマッチングが進むなど、『CINOVA』では多面的なマッチングや共創の支援を行っている。
――そんな素晴らしい出会いも生まれているのですね。志村さんはいかがですか。
フォネット・志村氏 : 館内の設備を活かした事例として、ものづくりスタジオで点字の魅力を伝えるアート作品を制作された方がいらっしゃいました。点字の制作物は専門性が高く、これまでは外部への依頼が難しかったそうですが、当館の設備を使って無事に完成。山梨県立美術館に出展され、「初めて自分の活動を知ってもらう機会ができた」と非常に喜んでおられました。こうした次のステップへつながるお手伝いができたことは、私たちにとっても嬉しいことです。
一方で、もっと身近な交流もたくさん生まれています。例えば、ある農業関連の会社が、ここの会議室を社内会議の場として、定期的にご利用されています。その際、手土産に採れたての苺をいただくこともあって(笑)。そんな和やかなやり取りが日常的にあるのも『CINOVA』の魅力です。山梨はもともと人と人との距離が近い地域。その良さを大切にしながら、堅苦しくない関係性を意識して、これからも運営していきたいと思います。
▲『CINOVA』のものづくり設備を活用して制作された点字アート作品。
「『CINOVA』に行けば、何かが変わる――そんな期待感を持って、気軽に来てほしい」
――『CINOVA』を中心としたコミュニティを盛り上げていくために、工夫されていることはありますか。
フォネット・志村氏 : 開所前から赤池が、スタートアップ関連イベントに頻繁に顔を出していたこともあり、「スタートアップ関係のことなら赤池さんだよね」という認識が県内に広がっていました。そのため、最初は赤池を目当てに来られる方も多い印象でした。そういった方たちに対して、まずは私たちが一次的な窓口となり、どんな小さなお悩みでも丁寧にお話を伺う姿勢を大切にしています。
――「山梨のスタートアップの父」といった存在でしょうか。
フォネット・赤池氏 : それは言い過ぎですが…(笑)。ただ、来所いただいた際は他愛もない話から入り、本題に入りそうなら「会議室でじっくり話しますか」と、対話の深さに応じて場を切り替えます。「やりたいこと」が溢れている方も多いので、お話をお伺いしながら「本当にやりたいことはどこなのか」を一緒に整理し、必要に応じて専門的な支援機関をご紹介するなど、次のステップへとつなぐようにしています。
フォネット・志村氏 : コミュニティの活性化という観点では、他の支援機関と連携したイベントの開催も始めています。例えば、6月には山梨県のよろず支援拠点と共同で、『よろずチャレンジマルシェ』(※)を開催します。これまで支援機関同士が連携してイベントを開催することは多くありませんでしたが、『CINOVA』ができたことで、新たな動きを起こしやすくなりました。
※『よろずチャレンジマルシェ』……単に商品を販売する場所ではなく、実際のお客様の反応や生の声を掴む「テストマーケティングの場」として開催されている。
――ビジネスでの共創から支援機関同士の共催イベントまで、『CINOVA』の現在地を詳しくお聞きできたところで、最後にこの拠点に興味を持つ方に向けてメッセージをお願いします。
フォネット・志村氏 : フリースペースで過ごしてもらうだけでも、何か変化のきっかけになると思います。私たちが常駐しているので、お話を伺いながら、相性の良さそうな方をご紹介することもできるでしょう。建物も設備も整っており、イベントなどさまざまな取り組みを行っています。「何かを始めてみたいものの、どこから手をつければいいかわからない」という方も、「行けば何かが変わるかもしれない」という期待を持って、気軽に来てもらえると嬉しいです。
フォネット・赤池氏 : 非常に入りやすい施設だと思うので、イノベーションを起こしたい方やチャレンジしたい方には、まず一度来ていただき、ご自身の考えをどんどんぶつけてもらえればと思います。それに対して、何ができるかを一緒に考えながら伴走していく形で対応していきたいです。
取材後記
『CINOVA』の建物の写真だけを見ると、無機質な空間にも映るかもしれない。しかし、取材を終えて強く印象に残ったのは、人の熱量が確かに息づくコミュニティの姿だった。開設からわずか半年。それでも『CINOVA』には、県内外の人の想いが混ざり合い、地域資源も掛け合わせながら、有機的なエコシステムとして呼吸を始めている。遠隔医療のテックな挑戦から、点字アートという社会性の強い活動、実験的なマルシェの開催まで、多様な活動が始まっている場所だ。「何かが変わるかもしれない」。そんな期待を抱きながら、まずはこの場所を訪ねてみてはどうだろう。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:齊木恵太)