日本製造業の労働生産性は米国の3分の1――2026年版ものづくり白書では製造業の競争力強化に向けた「投資・AI・経済安全保障」が焦点に
経済産業省、厚生労働省、文部科学省の3省は2026年5月、「2026年版ものづくり白書(令和7年度ものづくり基盤技術の振興施策)」を公表した。本白書は、1999年に制定された「ものづくり基盤技術振興基本法」に基づく法定白書であり、今回で26回目となる。日本の製造業を取り巻く環境変化や人材、研究開発、設備投資、AI活用、経済安全保障など幅広いテーマを扱っている。
白書を通して見えてきたのは、日本経済の基盤として製造業が引き続き重要な役割を果たす一方で、サプライチェーンの強化やAIの導入、生産性の改善といった喫緊の課題に直面している現状だ。
※出典:2026年版ものづくり白書(ものづくり基盤技術振興基本法第8条に基づく年次報告) (METI/経済産業省)
GDPの2割を支える製造業 依然として日本経済の中核
日本の製造業は2024年時点でもGDPの19.0%を占めている。これはドイツの19.9%とほぼ同水準であり、米国の9.8%を大きく上回る。一方、中国では製造業比率が25.0%に達しており、依然として「世界の工場」としての存在感を示している。
日本の製造業が抱える積年の課題として繰り返し言及されているのが、その「労働生産性」の現状だ。日本の製造業における1人当たり名目労働生産性は全産業平均を上回るものの、国際比較では依然として低い水準にある。日本は約7.5万ドルで、中国の約2.3倍ではあるものの、米国の約22.6万ドル、ドイツの約11.7万ドルを大きく下回る結果となった。
▲図110-3:業種別GDP構成比の国際比較(「2026年版ものづくり白書(全体版)(PDF形式:22,830KB)」p.16)
▲図110-5:製造業の1人当たり名目労働生産性の国際比較(「2026年版ものづくり白書(全体版)(PDF形式:22,830KB)」p.18)
日本製造業の最大の課題は「生産性向上」
生産性の高い企業にはどのような特徴があるのだろうか。
白書がその鍵として注目するのが「設備投資」だ。概要版のデータによると、収益力の高い企業ほど省力化・省人化やシステム投資に積極的な傾向が見られる。また、資本装備率(従業員1人あたりの設備資産)が高い企業ほど労働生産性が高く、それに伴って賃上げ率も高い。
つまり、生産性向上と賃上げを両立するためには、単なるコスト削減ではなく、積極的な設備投資や成長投資が不可欠だということだ。
▲第4章 我が国製造業の競争力強化に向けた視点(経済産業省) (2026年版ものづくり白書(概要)(PDF形式:4,299KB)」p.2)
実際、製造業の業況判断DIは2026年3月時点で大企業が16ポイント前後、中堅企業も同水準まで回復しており、中小企業もプラス圏で推移している。企業の業績は総じて底堅く推移しているものの、営業利益は2024年の21.2兆円から2025年には20.4兆円へ減少しており、自動車産業を中心に収益環境の変化も見られる。白書では、政府が推進する「大胆な投資促進税制」などを活用しながら、省力化投資や成長投資を後押ししていく必要性を強調している。
AI活用の鍵は「製造データ」の蓄積
製造業の競争力強化に向けたもう一つの重要テーマが、AIとデジタル技術の活用だ。
白書では、サプライチェーンリスクや地政学リスク、サイバーセキュリティなどの経営課題への意識が高い企業ほど、AIやデジタル技術を積極的に活用していることが示されている。
▲第4章 我が国製造業の競争力強化に向けた視点(経済産業省) (2026年版ものづくり白書(概要)(PDF形式:4,299KB)」p.3)
一方で、多くの企業がAI活用に踏み切れない理由も明らかになった。
最も多かった課題は「知識・ノウハウの取得」(57.2%)で、次いで「導入に必要な人材確保」(47.9%)だった。そのほか、「データ連携による効果が不明確」(28.9%)、「費用負担が大きい」(27.4%)、「既存システムとの連携が難しい」(26.0%)などが続く。
こうした課題を踏まえ、経済産業省は「製造AX(AI Transformation)拠点」構想を打ち出している。製造現場で蓄積される加工データや稼働データをデータベース化し、それらを活用したAIモデルや製造プラットフォームの開発を支援する取り組みだ。
生成AIの普及によってAIそのものへのアクセスは容易になった。今後の競争優位性を決定づけるのは単なる「AIの保有」ではなく、「AIの学習に不可欠な高品質な製造データ」をいかに保持しているかという点にある。
経済安全保障は経営課題へ
近年、製造業を取り巻く環境として存在感を増しているのが経済安全保障だ。
経済安全保障への取組を進める企業は増加しているものの、その多くは情報収集やリスク分析の段階にとどまっている。調達先の多角化や国内生産体制の構築、サイバーセキュリティ強化など、実践的な対策まで踏み込めている企業はまだ少ない。
特に収益力の低い企業ほど、こうした対応が進んでいない傾向も明らかになった。
▲第4章 我が国製造業の競争力強化に向けた視点(経済産業省) (2026年版ものづくり白書(概要)(PDF形式:4,299KB)」p.4)
背景には、重要鉱物や原材料の供給リスクがある。半導体や自動車の高機能化に不可欠なレアアースやガリウムなどは中国への依存度が高く、石油化学産業も中東地域への依存が続いている。石油化学の原料となるナフサは2024年時点で44.6%を中東から輸入している。
こうした背景から、政府や企業はサプライチェーンの多様化を推進するとともに、重要物資の国内生産能力の拡充を最優先の経営課題として掲げている。経済安全保障はもはや一部の企業だけの問題ではなく、製造業全体の競争力を左右する経営課題になりつつある。
2026年版ものづくり白書が伝えたいメッセージ
2026年版ものづくり白書が一貫して伝えているのは、「不確実性の高い時代だからこそ、平時から自社の課題を正確に把握し、中長期視点で成長投資を進めるべき」というメッセージだ。
白書では、国際経済秩序の揺らぎや保護主義の拡大、AI・デジタル技術の急速な進展によって、製造業を取り巻く環境が大きく変化していると指摘する。その上で、競争力強化には設備投資やAI活用、経済安全保障への対応を個別の施策として捉えるのではなく、経営課題の解決や収益力向上につながる成長戦略として推進することが重要だとしている。また政府としても、「危機管理投資」と「成長投資」を産業競争力強化の両輪と位置づけ、製造現場のデータ蓄積やフィジカルAIの実装支援などを通じて、日本のものづくり全体の競争力向上を後押ししていく方針を示している 。
編集後記
2026年版ものづくり白書から見えてくるのは、日本の製造業が「コスト削減の時代」から「投資の時代」へ移行しつつあるということだ。設備投資による生産性の向上や次世代人材の育成、AI活用の基盤となる「製造データ」の蓄積、そして経済安全保障を見据えたサプライチェーンの構築――、これらは中長期的な競争力を維持するための戦略的な布石といえる。
地政学リスクの高まりなど不確実な世界情勢の中、日本の製造業が持続的に成長するためには、従来の「コスト削減」という守りの発想を越え、未来への投資をいかに決断できるかが問われている。
(構成・取材・文:入福愛子)