山梨県立スタートアップ支援拠点『CINOVA YAMANASHI』が本格始動!長崎知事も駆けつけたグランドオープンの1日に密着
スタートアップ支援に力を注いでいる山梨県。実証フィールドの提供や共創の仕組みづくり、スタートアップへの直接出資まで、挑戦者を受け止める環境が整いつつある。その象徴となる県立スタートアップ支援センター『CINOVA YAMANASHI(チノバ・ヤマナシ)』(以下、CINOVA)が、甲府市内にグランドオープンした。
県立青少年センター旧本館を改修して誕生したこの拠点には、イベントやものづくりのスペース、コワーキング、配信スタジオ、カフェなど、多彩な機能がそろう。起業家や県内外の企業、研究機関、学生、一般県民など、さまざまな人々の知恵が集い、ともに学び、創造する場を目指すという。
2025年11月5日に開かれたオープニングイベントには、山梨県知事も駆けつけ、「ここから世界に向けて羽ばたいてほしい」とメッセージを発信。先輩起業家によるトークセッションや、県事業を活用しているスタートアップ10社(一部は入居予定)のピッチも行われ、会場は熱気に包まれた。本記事では、その盛り上がりの様子をレポートする。
【オープニングトーク】山梨県知事「交流で新たな気づきと知恵が生まれる“梁山泊”のような場に」
冒頭、山梨県知事 長崎幸太郎氏が挨拶した。山梨県は挑戦に価値を置き、イノベーション創出を支援していることを強調。この『CINOVA』は、挑戦する人たちを支える拠点であり、「交流することで気づきを得たり、新たな知恵が生まれたりする“梁山泊”のような場所」だと語った。また、スタートアップ支援を目的とした施設でありながら、県民にも広く開かれた場所だと説明し、「この場に来て、新しい雰囲気を吸収し、体感してほしい」と呼びかけた。
▲山梨県知事 長崎幸太郎 氏
続いて登壇した山梨県議会 議長 渡辺淳也氏は、「この拠点を中心に、本県、ひいては日本、そして世界を革新的に牽引するさまざまな事業が生み出されることを願っている。ぜひ積極的に活用し、本県の経済を引っ張ってほしい」と述べ、『CINOVA』が今後の産業創出の拠点となることへの期待感を示した。
▲山梨県議会 議長 渡辺淳也 氏
『CINOVA』には、100名規模のイベントスペースをはじめ、ものづくりスペース、コワーキングや集中ワークエリア、配信ブース、シェアキッチン、カフェ、シャワー室、芝生広場など、多様な機能が集約されている。施設の運営は、県内で起業家支援の実績を積み重ねてきた株式会社フォネットと、オープンイノベーション支援で全国トップクラスの実績を持つ株式会社eiiconが担う。
▲山梨県 スタートアップ・経営支援課 課長 久保嶋昌史氏が登壇し、ドローン撮影映像とともに施設の機能を紹介した。
▲長崎知事も『CINOVA』館内の案内ツアーに参加。上写真は「ものづくりスペース」で、大判印刷機や3Dプリンターなどを完備している。
【トークセッション➀】山梨発・IPOを果たした先輩起業家とスタートアップ経営者らのクロストーク
『CINOVA』オープニングイベント前半では、先輩起業家とスタートアップによるトークセッションが行われた。ここからは、そのセッションで交わされた議論を紹介する。
<登壇者>
・株式会社オキサイド 代表取締役会長 古川保典 氏(パネリスト)
・株式会社ジザイエ 代表取締役CEO 中川純希 氏(パネリスト)
・INNFRA株式会社 代表取締役社長 川島 壮史 氏(パネリスト)
・株式会社eiicon 地域イノベーション推進部 1グループ マネージャー 曽田将弘 氏(モデレーター)
古川氏は2000年、工業製品向け酸化物単結晶の研究開発・製造を行うオキサイドを山梨県で設立。半導体やデータセンター、量子コンピュータ向け材料として展開し、2021年に上場を果たした。中川氏は東京大学 研究室発の技術をもとに2022年、ジザイエを起業。ロボットの遠隔操作に必要な低遅延・高画質映像圧縮技術を開発・展開。甲府市に支店も開設している。川島氏はエネルギーと水の自給自足を目指す技術開発を進め、2022年に北杜市で実証実験を開始。翌年、甲府市でINNFRAを設立した。
この3名をパネリストに迎えた本セッション。モデレーターの「創業・事業拡大の場として、なぜ山梨を選んだのか」という問いに対し、3名はそれぞれの視点から、山梨県の手厚い支援体制と担当者らの熱意を高く評価した。オキサイド・古川氏は創業当時、山梨県からあらゆる面でサポートを受けたと話す。必要な設備導入に1億円以上かかると判明した際も、やまなし産業支援機構より設備リースで支援を受けることができた。
▲オキサイド・古川氏
地銀グループからも「赤字の時期にも出資をしてもらえた」と古川氏は振り返る。資金面だけでなく、経理・契約・特許などの相談にも応じてもらえる環境があり、産業支援機構の制度利用は、上場までに100回を超えたそうだ。現在は、恩返しの想いを込め、ディープテック系スタートアップを中心に出資や経営ノウハウの提供も行っている。
一方、ジザイエ・中川氏が山梨と関わることになったきっかけは、創業まもない頃に参加したイベント。その場で山梨県庁や甲府市役所の職員と出会った。当時、大手企業とのPoC(実証実験)はできても、現場での継続利用に結びつかず、事業化に苦労していたと話す。
そんな中、イベントで県内企業の経営者や担当者から「こうすれば響くのでは」「こういう売り方ができるのでは」と、具体的で実践的なアドバイスを多くもらえたことで、自信が持てたという。「最初の応援者を得たような感覚があった」と中川氏は振り返る。現在は装置の量産化も検討しており、行政から製造パートナーを紹介してもらうなどの支援も受けていると話す。
▲ジザイエ・中川氏
INNFRA・川島氏は北杜市で実証実験を行っていた際、県庁職員から『TRY!YAMANASHI! 実証実験サポート事業』を紹介され、山梨県と関わるようになったという。当初は「補助金が出る制度」と軽く考えていたが、実際に参加すると、想像以上に伴走支援が手厚く、顔の見える担当者が自分事化して動いてくれる姿勢に驚いたことを明かした。
プログラム期間中は、山梨県庁との共催でメディア向け見学会も実施し、大きな反響を得た。実効性あるプロモーションを打つことができたという。支援を通じて生まれたネットワークが、現在の事業にも活きている。「起業前から事業として立ち上げるまでをシームレスに支援し続けてもらい、非常にありがたい」と語った。
▲INNFRA・川島氏
終盤には「山梨のイノベーションを発展させるために必要な要素」というテーマでトークが展開。オキサイド・古川氏は、相談する相手が分からず時間を要してしまうことを防ぐため、マンツーマンでの専属伴走支援を提案。ジザイエ・中川氏は、新規スタートアップの誘致と既存スタートアップからの成功モデル創出の両輪が重要だと述べる。INNFRA・川島氏は、県がスタートアップ支援にとどまらず、広く共創による「挑戦」を促す文化を醸成することの重要性を指摘し、行政・民間企業・スタートアップが一体となった連携が理想だと語った。
【トークセッション②】半導体製造装置の生産と検査を一体化、県庁主催の共創プログラムで始まった2社のプロジェクト
ネットワークランチの後、午後の部では国内有数のベンチャーキャピタル、株式会社サムライインキュベートより、渡邊真之助氏が登壇。地方銀行やVCと連携し、スタートアップの起業・成長を支援する『スタートアップランウェイ』を全国各地で展開していることを紹介した。
続いてトークセッションに移る。2つ目のセッションには、山梨県内企業と全国のスタートアップ企業による共創ビジネス創出プログラム『STARTUP YAMANASHI OPEN INNOVATION PROGRAM』で出会い、共創に発展した2社の担当者が登場。現在進めている共創プロジェクトの概要やプロセスを紹介した。
<登壇者>
・ファスフォードテクノロジ株式会社 ボンダシステムセンタ ソフトウェア設計部 第3設計課 大森僚 氏(パネリスト:県内企業)
・株式会社システム計画研究所/ISP 事業本部 IVA戦略事業ユニット 事業マネージャ 井上忠治 氏(パネリスト:パートナー企業)
・株式会社eiicon 地域イノベーション推進部 1グループ 岩根 隼人 氏(モデレーター)
ファスフォードテクノロジは、半導体製造工程におけるダイを樹脂基板や金属フレームに接着させる装置(ダイボンダ)を開発している。国内外で使用されるスマートフォンの3台に1台は、同社の装置が組み立てに関わっているという。一方、システム計画研究所は先端技術系のソフトウェア開発を行う企業で、画像1枚で学習できる画像AI『gLupe』を展開している。
両社が共創して開発するのは、生産から検査まで1台で完結できるダイボンダ装置だ。従来の装置では、生産設備とは別に品質検査用の設備を設置する必要があったが、今回の共創では、システム計画研究所のAI検査機能をファスフォードテクノロジのダイボンダ装置に組み込み、一体化することに挑戦。実現すれば、検査設備を削減でき、その分のスペースに新たな生産設備を追加可能だ。半導体需要の高まりに対応し、生産能力の向上にもつながる。
ファスフォードテクノロジが共創に踏み出したきっかけは、代表が参加している山梨県ニュービジネス協議会(YNBC)からの紹介だったという。これまで同社は大学との共同研究や、同グループ内での技術交流はあっても、今回のような共創は初めてだったと話す。大森氏は「戸惑いはあったが、県庁やeiiconさん(プログラム運営者)のサポートがあったためスムーズだった」と振り返った。
▲ファスフォードテクノロジ・大森氏
一方、システム計画研究所がこのプログラム参加で得たメリットは、「自社製品の技術開発が進んだこと」と「販売チャネルの拡大につながること」の2点だと井上氏は話す。特に技術開発面では、従来GPUが必要だったAI技術を、CPUだけで動作させる挑戦に取り組むきっかけになり、これまで先送りになっていた課題を一気に前に進めることができたと振り返った。
▲システム計画研究所・井上氏
製品はまだ完成していないが、ダイボンダ装置に検査機能を搭載する構想を顧客に示したところ、「早く実現してほしい」と好意的な反応が寄せられたそうだ。今回の共創は、ファスフォードテクノロジの製品の高付加価値化につながる可能性があるという。
セッションでは共創のプロセスにも話題が及んだ。困難だった点についてシステム計画研究所・井上氏は、技術的なハードルの高さと社内での開発体制の整備を挙げる。本業や既存の役割がある中で社内の優先順位を上げるには、「将来性を熱弁するしかない」と断言。企業は新しいことに挑戦しなければ縮小する一方であり、新たな取り組みの必要性を訴えたという。ファスフォードテクノロジ・大森氏も、自身が初めてシステム計画研究所のAI技術に触れた感動を、社内メンバーに伝えることで社内理解の獲得に努めたと語った。
オープンイノベーションの魅力について、ファスフォードテクノロジ・大森氏は、「新しい技術に触れるとワクワクするし、楽しく取り組める。こうした経験が、新しい良い製品を生み出す原動力になると思う」と伝えた。システム計画研究所・井上氏は今後の展望について「この縁を大事にしたい。このまま一緒に走り続け、ぜひ成功させたい」と熱意を示した。
【スタートアップピッチ】DXツールからロボット遠隔操作技術まで、多彩な挑戦が一堂に
いよいよオープニングイベントもクライマックス。最後のコンテンツは、『CINOVA』に入居するスタートアップ10社によるピッチだ。各社が日々磨いてきた事業アイデアや挑戦を披露した。
●codeless technology株式会社
同社は、社内で使われる申込書などの紙書類を、最短1時間で入力フォームに変換できるサービスを提供。入力データはデータベースで管理でき、社内のDX推進にもつながる。
▲codeless technology株式会社 代表取締役 猿谷吉行氏
●株式会社キュアディスク
同社は、腰椎椎間板ヘルニア治療剤を開発中のバイオベンチャー。山梨大学医学部教授の研究成果をもとに同附属病院で臨床試験を実施し、対症療法が中心の現状を打開する根治治療の実現を目指す。
▲株式会社キュアディスク 代表取締役 赤木徹哉 氏
●株式会社NIJIN
不登校の小中学生支援に取り組む同社は、メタバースとリアルを組み合わせた『NIJINアカデミー』を運営。多様性・主体性・選択性を重んじた学びを提供し、累計600名以上の子どもたちが参加。自治体や企業との共創も広がっている。
▲株式会社NIJIN 菊地世恋 氏
●株式会社堤水素研究所
同社は、電気と水素を相互変換できる装置『プロトン電池 やぶさめ』を開発中だ。この電池を使い、再生可能エネルギーのみで物質とエネルギーを安価に生産することを目指す。
▲株式会社堤水素研究所 代表取締役 堤香津雄 氏
●株式会社藤海産
豊洲市場から駆けつけた藤原氏は、水産物・農産物の流通DXに取り組む。生産者から卸売、小売・消費者までの納品書・見積書・発注書などの情報を一元管理できるアプリを開発し、山梨県で実証実験を行った。
▲株式会社藤海産 代表取締役 藤原邦仁 氏
●株式会社アイクリエイト
都市と里山の分断をなくし、地方課題の自分事化を促す仕組みを構想する同社。着目するのは「お茶」で、お茶を通じて森林保全や放棄地、食と農への関心を引き出す接点づくりを進めている。
▲株式会社アイクリエイト 代表取締役 粟田あや 氏
●エアロダインジャパン株式会社
マレーシア発のドローンサービス企業の日本法人である同社。ドローンによるデータ取得とAI解析を強みに産業DXを推進し、世界44カ国で展開。日本ではインフラ点検や物流分野での活用に注力している。
▲エアロダインジャパン株式会社 代表取締役 鹿谷幸史 氏
●10pct.株式会社
ホテル運営の受託サービスを手がける同社は、創業2年にも関わらず約13ホテルの運営を受託(開業準備、工事中含む) 。AI エージェントの積極活用でコスト削減と収益性向上を実現。ブランドに頼らず地域資源を活かしたホテル運営を特徴とする。
▲10pct.株式会社 代表取締役 中堀友督 氏
●INNFRA株式会社
エネルギーと水の自給自足を実現するオフグリッド・リビングラボを展開。北杜市をはじめ複数拠点にオフグリッド住居を設置し、実生活をしながら実証を継続している。水循環システムの開発にも成功し、無印良品との共創も進行中だ。
▲INNFRA株式会社 代表取締役社長 川島壮史 氏
●株式会社ジザイエ
東京大学研究室発のスタートアップである同社は、ロボット遠隔操作技術の核となる映像データを、低遅延・高画質で圧縮・伝送する技術を開発・提供している。同社によれば、既存の圧縮技術と比べデータ容量を最大95%削減できる。
▲株式会社ジザイエ 代表取締役 CEO 中川純希 氏
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『CINOVA』オープニングイベントの締めくくりとして集合写真を撮影した後は、ネットワーキングの時間が設けられ、県内企業やスタートアップが交流。会場は最後まで熱気に包まれた。
取材後記
今回のオープニングイベントに立ち会い最も印象的だったのは、「山梨は本気で挑戦を応援する土地だ」という空気感である。行政担当者が顔を見せ、スタートアップや企業と同じ熱量で伴走する姿が随所にあった。登壇者の言葉からは、制度や仕組み以上に、人の熱がイノベーションを動かしていることが伝わってきた。『CINOVA YAMANASHI』は単なる箱物ではなく、挑戦者が「知」を共有し、交流する場だ。ここから山梨県発の新たな価値創出が広がっていくことが期待される。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:齊木恵太)