
沖縄タイムス社×ファミワンが取り組む「オフィスのやさしい保健室誕生の舞台裏――OKINAWA Co-Creation Lab.採択プロジェクトインタビュー vol.1
沖縄県が主催し、eiiconが事務局を担う『OKINAWA Co-Creation Lab.』。沖縄県内企業と全国のパートナー企業が連携し、新たなビジネスやサービスを創出するためのオープンイノベーションプログラムだ。2024年度は補助事業と協働・共創事業の2つの取組で展開され、合計10チームが共創事業の立ち上げに挑むなど、盛り上がりを見せている(※参考記事:2024年度成果発表会レポート)。
TOMORUBAでは、今年度のプログラム開始にあたり、昨年度のプログラムに参加した2つの共創プロジェクトにフォーカス。前編・後編にわけて、参加企業のリアルな声を紹介する。共創事業の手応えや、プログラムの魅力、事業の現在の状況や展望について、実践者の声を通し、今年度の『OKINAWA Co-Creation Lab.』に参加するメリットをお届けしたい。
――前編となる本記事で登場いただくのは、「オフィスのやさしい保健室」という新規事業に取り組んでいる【株式会社沖縄タイムス社(ホスト企業) × 株式会社ファミワン(パートナー企業)】の共創プロジェクトチームだ。

【写真左】 株式会社沖縄タイムス社 営業局営業部課長 佐渡山倫子 氏
【写真右】 株式会社ファミワン 代表取締役 石川勇介 氏
女性の労働力率が全国2位の沖縄で、見落とされがちな健康課題に光を当てる
――まずは、沖縄タイムス社の事業概要を教えてください。
沖縄タイムス社・佐渡山氏: 沖縄タイムス社は1948年に創刊された、沖縄に本社を置く新聞社です。現在、沖縄県内外に向けて紙の新聞を約13万部発行。沖縄県内のニュースに力を入れるとともに、国内外のニュースも幅広く報道しています。近年は、自社サイトやSNSを通じた情報配信も積極的に行っており、紙とデジタルを活用した広告事業も展開中です。
また、沖縄戦直後に創刊された歴史的背景から、三線や舞踊など沖縄の文化や芸術の支援にも注力しており、さまざまなイベントや審査会も開催しています。さらに、スポーツイベントや総合美術展、展示会の招致のほか、コワーキングスペースの運営など、新聞業以外の事業も幅広く展開。那覇市のビジネス街の中心にある本社ビルでは、地域応援イベントや催しも多数開催している――そのような会社です。
――昨年度の『OKINAWA Co-Creation Lab.』に参加を決めた理由は?
沖縄タイムス社・佐渡山氏: 当社では2021年頃からSDGsに関連するさまざまな企画に取り組んできました。その中で、女性特有の健康課題に着目し、私自身が企画を提案して進めてきました。1年目は手探りの状態で進めていったのですが、2年目に入ると展開に行き詰まりを感じるように。私たち新聞社はすでにある課題を伝えることは得意ですが、その課題の解決方法に関しては専門的な知見がなく、大きな壁となったのです。
一方で、沖縄は女性の労働力率が全国で2位と高く、働く女性の割合が増え続けています。にもかかわらず、キャリアアップ研修はあるものの、働く上で必要な健康な体と心について知識を深める機会が県内でほとんどなく、情報も広まっていません。そこで、沖縄県の女性の健康問題に取り組み、社会を変えていきたいと考え、『OKINAWA Co-Creation Lab.』に参画することにしたのです。
――女性特有の健康課題に着目したきっかけは?
沖縄タイムス社・佐渡山氏: 私も以前は記者として働いていましたが、担当の取材を他の記者にお願いすることができなかったため、重い生理痛でも薬を飲んで取材に向かわざるを得ず、仕事中に倒れてしまうこともありました。そうした経験から自分をしっかりケアをして、働ける状態を保ったうえで、自分の状態を周囲に伝えることが必要だと気づいたのです。
自己ケアを適切に行っていれば、早期に病気に気づくこともできますし、休職期間も短く抑えることができます。パフォーマンスを落とさずに、仕事を続けられるのです。「知識と自己ケアで変われる」ということを多くの人に伝えたいという思いから、この企画を立ち上げました。
――ファミワンの石川さんにも、事業概要と本プログラムへの参加理由をお伺いしたいです。
ファミワン・石川氏: 当社は2015年に創業したベンチャー企業です。私自身が妊活や不妊治療を経験する中で、知らないことが多く、専門家のサポートがなければ解決が難しいと感じたことが、創業のきっかけとなりました。現在は、全国に70名ほどの専門家(看護師、心理士、薬剤師、カウンセラーなど)が在籍しており、LINEでのテキスト相談やウェブ通話など、オンラインを通じて相談できるプラットフォームを運営しています。
当初は妊活から始めましたが、現在は月経や妊娠・出産・育児、更年期、メンタルヘルスケア、親の介護など、さまざまな悩みに対応できるサービスに成長しています。これらのサービスを、一般の方向けに提供するとともに、企業の福利厚生や自治体の住民支援の委託事業としても展開しています。このプログラムに参加した理由は、佐渡山さんたちと話を重ねる中で、地域課題に合わせたしっかりとしたものを一緒に作り上げられると感じたからです。
――佐渡山さんがファミワンさんと一緒に取り組もうと思った決め手についてお聞かせください。
沖縄タイムス社・佐渡山氏: ファミワンさんのことは、この事業に参画する前から知っており、カンファレンスやセミナーにも参加していました。そこで取り上げられる議題が、沖縄の社会が抱える課題と重なるものが多く、ファミワンさんと一緒に取り組みたいと考えるようになりました。
勉強会やeラーニングで女性の働きやすい環境づくりを支援、健康経営に貢献する「オフィスのやさしい保健室」
――今回の共創プロジェクトでは、具体的にどのような取り組みをされましたか。
沖縄タイムス社・佐渡山氏: 『OKINAWA Co-Creation Lab.』の共創プロジェクトでは、「オフィスのやさしい保健室」という、女性を起点にした健康経営サポートプログラムを開発しました。沖縄でも多くの企業が健康経営に取り組んでいますが、現状は肥満対策や禁煙推進の取り組みが多く、女性特有の健康課題への対策は後回しになっていることがほとんどです。
そこで、立ち上げたのが「オフィスのやさしい保健室」です。このプログラムは、主に3つの内容で構成されています。まず、異業種の企業が集まり、勉強会を通じて知識を共有します。次に、学びを体感できるイベントを実施し、そこで得た気づきを実際の施策や行動につなげていきます。最後に、新聞やメディアを活用して企業ブランディングを行い、人材の採用や定着を支援します。
プログラム期間は、2025年9月から来年2026年3月までで、オンラインを含む4回の勉強会を開催し、ファミワンの専門家と沖縄県内企業をつなぎながら、成果を創出していくことを目指しています。

――リリースからまだ間もないですが、現状の反響はいかがでしょうか。
沖縄タイムス社・佐渡山氏: 7月から徐々にセールスやご案内を進めたところ、ローンチ約1カ月で通信系企業さま1社から正式に参加をいただきました。また、これまで同様の企画に参加いただいた企業からも「勉強会を通じて学べる」「異業種とも交流できる」などの評価を得ており、本サービスを好意的に受け止めていただいています。
また、従来の健康経営にはなかった視点が盛り込まれており、経営層にも提案しやすいという声も寄せられました。7月17日に、このプログラムのPRを新聞紙面に掲載したところ、これまで接点のなかった企業からもお問い合わせが数件あり、手応えを感じています。

――料金体系やサービスの特徴についても教えてください。
沖縄タイムス社・佐渡山氏: 料金は15万円~100万円の4種類で用意しています。すべてのプランに共通しているのは、勉強会への参加とファミワンさんが提供するeラーニング教材を全社員が視聴できること。私たち沖縄タイムスが実施してきた勉強会に参加できるのは各社2〜3名となっています。参加者が学んだ内容を社内に持ち帰って、全社的な施策へとつなげていくため、ファミワンさんのeラーニングを全社員に開放し、社内全体で共通認識を持てるようにしています。
――eラーニング教材の内容や強みとされている点はありますか。
ファミワン・石川氏: 現在、100本以上の動画をアップしており、定期的に開催するリアルタイムセミナーも含めて、すべて見放題になっています。内容は当事者向けだけではなく、周囲で支える人向けのコンテンツもあります。さまざまなタイプのコンテンツが並んでいることが、当社のeラーニング教材の特徴です。
――『オフィスのやさしい保健室』リリース後、御社に寄せられた反響はありましたか。
ファミワン・石川氏: これまでにも企業単体との連携や自治体単体への提供の実績はありましたが、今回は沖縄に地域を絞り、沖縄タイムスさんというメディアの力も借りて地場の企業さんと共に展開する、地域密着型の取り組みです。そのため、「新しい試みだね」といった声をいただくことがありますね。
プログラムをきっかけに沖縄を訪問、現地での交流で課題の輪郭がより鮮明に
――このプログラムに参加して良かった点は何でしょうか。
沖縄タイムス社・佐渡山氏: 外部企業と一緒に何かを作る取り組みは、当社にとって初めての経験でした。そのため、社内調整や進め方でとても苦労しました。一歩進んだと思ったら、十歩後退するようなことが続き、当社内の意思決定者もはっきりせず、議論が滞ったこともあり、「もう止めたい」とさえ思ったこともあったのです。
そんな場面でも、プログラムの運営を担当するeiiconのメンターさんからは「新規事業や共創事業にはこうした時期がある」とアドバイスをいただき、気持ちの面で支えられました。もしこの支えがなければ、途中で断念していたかもしれません。そうした意味で、このプログラムに参加して良かったと感じています。
――石川さんはいかがですか。
ファミワン・石川氏: 沖縄でのキックオフやワークショップでは、現地の方々と直接コミュニケーションを取ることで、オンラインでは得られない課題感や雰囲気を肌で感じることができました。オンライン完結のプログラムも増えていますが、現地での交流にはまた違った価値があります。私自身も早めに現地入りして交流会に参加したり、懇親会も3次会、4次会まで参加し、そこでの会話から課題の解像度が高まったと感じています。
――このサービスを形にするにあたり、県内企業の就業者を対象にヒアリングもされたそうですね。
沖縄タイムス社・佐渡山氏: はい。今年3月の国際女性デーにあわせて、さまざまなアンケートを実施しました。ファミワンさんと一緒に行い、女性特有の健康課題に対する企業の取り組みの現状を可視化しました。県内のシンクタンクとも、女性特有の健康課題への取り組みが進まなかった場合に想定される沖縄県内の経済損失を算出しました。また、当社の編集局とともに関連する記事も多数発信しています。
今回の企画では、それらのアンケート結果やデータを活用し、企業と社員の間にある認識のズレを示したうえで、「このミスマッチを少しずつ解消するためのプログラムです」と説明しています。どの企業にも人的課題はあるため、提案時も非常に好感触ですね。
――石川さんにお聞きしたいのですが、沖縄タイムス社と一緒に取り組んで良かった点は?
ファミワン・石川氏: 新聞という紙面をお持ちだという点は大きな強みですが、それに加えて、さまざまな県内企業や経営者の方と既につながりがあり、コミュニケーションを取っておられる点も大きなポイントでした。肌感覚で県内企業の現状・課題を把握しておられ、既に築かれたネットワークがあることが、この「オフィスのやさしい保健室」を、より実態に合わせた現実的な支援を行う取り組みにすることができていると感じています。
沖縄タイムス社・佐渡山氏: 県内企業との連携や関係性は、これまでイベントや報道などを通じて着実に積み上げてきたものです。ただ、近年は新聞社とあまり関わりのない企業も増えており、「広告は必要ありません」という企業も多いのですが、今回の企画を持ち込むと「新聞社がこんなこともやっているんですね」と興味を持っていただけることもありました。これまで接点のなかった企業とも接点ができ、新たな顧客開拓にもなっていると感じています。

▲「オフィスのやさしい保健室」では、eラーニング、勉強会・オンラインセミナー、イベントという3つのコンテンツが用意されている。
半年間のトライアル期間を経て、2026年度は1年通期の本格的なプログラムへ
――この先、どんな展開を見据えていらっしゃいますか。
沖縄タイムス社・佐渡山氏: 2025年度は9月から翌年3月までをトライアル期間と位置づけ、「健康経営にはこういう選択肢もある」ということを多くの企業に知っていただくことからスタートします。2026年4月以降は、1年間の本格的なプログラムとして、各企業に合った伴走支援の内容を、ファミワンさんと一緒に検討しながら進めていく予定です。
――石川さんは、今後の展望についていかがですか。
ファミワン・石川氏: 佐渡山さんと同様ですが、さらに先を見据えると、沖縄で地元のメディアや地元企業、そして自治体も巻き込んだモデルケースをまずは作れるといいなと思います。そして、それを日本各地に横展開していきたいです。例えば、「沖縄で成功したのであれば、次は北海道で試してみよう」といった具合です。日本ではよくある話かもしれませんが、モデルケースができることで「あそこでできたなら、うちでもできる」と感じてもらえる。そうした横展開を目指すことが、同じように課題を抱える方の支援につながっていくと考えています。
――今年度の『OKINAWA Co-Creation Lab.』に、パートナー企業としての参加を検討されている方々に向けて、一言メッセージをお願いします。
沖縄タイムス社・佐渡山氏: 新規事業を進めるときは、不安や悩みがつきものです。社内で誰にどう共有すればよいか悩んだこともありましたが、eiiconのメンターさんに相談すると、まるでその質問を待っていたかのように的確に答えてくださり、「よくあることなので大丈夫ですよ」と励ましてもらえました。さらに、一歩先を見据えたアドバイスまでいただけて、とても心強かったです。
新規事業を前に進めたくても、日々のルーティンワークに追われて、メンバーが少しずつ離れていくこともありましたが、共創パートナー以外にも頼れる存在がいたことが、大きな支えになりました。だからこそ、最後まで走り切れたのだと思います。ぜひ他の皆さんにも体験してほしいプログラムです。
ファミワン・石川氏: 世の中には多くの共創プログラムがありますが、「しっかり着地させたい」「確実に前に進めたい」という思いがある方には、このプログラムはとても合っていると思います。単に自社サービスを広げるのではなく、連携を通じて新しい価値を生み出したいという意欲がある方にとって、最初の一歩として最適な場です。各種の調整なども寄り添ってサポートしてもらえるので、ぜひ勇気を持って応募をしてみてください。
取材後記
今回の共創プロジェクトでは、沖縄タイムス社の地元ネットワークと、ファミワンの専門性が結びつき、女性の健康に焦点を当てた新たな健康経営サポートサービスが誕生した。沖縄では女性の労働参加率が高い一方で、女性特有の健康課題への理解や対策はまだ十分とはいえない。そうした現状に一石を投じる、企業が実践しやすい支援プログラムとなっている。今後は本格展開や他地域への応用も視野に入れており、プロジェクトの広がりに期待が高まった。
※『OKINAWA Co-Creation Lab.』の詳細についてはこちらをご覧ください。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子)