FA×農業×建設で取り組む新規アイデアを実用化へ。三菱電機名古屋製作所がスタートアップとの共創で目指す世界観
三菱電機・名古屋製作所は、世界94か国の製造現場にFA(ファクトリーオートメーション)機器を提供し続け、業界トップシェアを誇る。その一方で、2019年からアクセラレーションプログラムを開催したり、愛知県企業と全国のスタートアップとのビジネスマッチングプログラムである「Aichi Matching」にも参加したりするなど、積極的に共創パートナーを募り、新規事業創出を目指してきた。
その成果として、過去のプログラムからは、FA×農業×建設という異色な掛け合わせによる「IoT緑化シェード」が誕生し、着々と本格的事業化への歩みを進めている。
このたび、同社4回目となるアクセラレーションプログラム、『MITSUBISHI ELECTRIC ACCELERATION 2023』の開催が決定。このプログラムを主導しているのは、三菱電機・名古屋製作所内で、事業横断的に自由な発想を生み出すために創設された「事業戦略グループ」だ。今回TOMORUBAでは、同グループマネージャーの田中哲夫氏、およびメンバーの岡根正裕氏、池田剛人氏、茅野遙香氏に、これまでのプログラムの振り返りや成果事例、今年度のプログラムで実現したいことなどを伺った。
熱意を持つスタートアップ300社以上とのディスカッションを重ねて起こった社内の変化
――三菱電機・名古屋製作所は、2019年から3度にわたりアクセラレーションプログラムを開催する一方で、「Aichi Matching」にも参加するなど、積極的にオープンイノベーションに取り組まれています。これまでの活動を振り返って、どのような成果が生まれているのかお聞かせください。
田中氏 : これまでの3年間の活動は、当社のFA技術を生かしつつ、既存の枠を超えたつながりを重視した活動を推進していくというテーマがありました。その中から生まれたのが、「IoT緑化シェード事業」です。
IoT緑化シェードは、昨年(2022年)に、京都府や大阪府の公園でPoC(実証実験)を行いましたが、日ごろから公園を利用されている方のほか、不動産業界関係者の方や自治体の方からも注目され、期間中4,000名以上の方にIoT緑化シェードを体験していただくなど、大変好評を博したPoC(実証実験)になりました。
▲事業戦略グループマネージャー 田中哲夫 氏
2000年入社。2006年から2009年まで中国・上海市で3年間駐在するなど、国内外でインバーターの開発を担当したのち、2021年に事業戦略グループに参加。
――そのような共創が生まれることで、貴社内にも変化は生じたでしょうか?
田中氏 : これまで3年間で、300社以上のスタートアップの皆さまと打ち合わせなどをしてきました。もちろん、全てが共創フェーズに移行できたわけではありません。しかし、定期的に情報交換したり、スタートアップのイベントに私たちが参加したりするなど、三菱電機・名古屋製作所においてスタートアップとの関係構築が拡大、深化しているのは確かです。
つい先日も、あるIT系スタートアップの方が、製造系のソリューションを考えているということで、当社工場を見学したいという話があり、実際に見学してもらったという機会がありました。そういう申し出をしてもらえるようになったことはとても嬉しいですね。
茅野氏 : やはりスタートアップの方の熱量がすごく、刺激になります。IoT緑化シェード事業に参加いただいている鈴田峠農園さんは、「このままでは気候変動で地球は滅亡する、なんとしてもそれを防がなければ」という信念をお持ちで、様々なアクセラレーションプログラムに応募して、落ちてもまったくへこたれずに突き進んでいる。その熱量に私たちも引っぱられて、IoT緑化シェード事業もここまで走ってこられた面があります。
▲開発部 事業戦略グループ 茅野遥香 氏
2017年入社。情報技術総合研究所でソフトウェア開発や大学との共同研究などに携わる。2020年より事業戦略グループに参加。
アクセラで出会ったスタートアップとの事業アイデアを、3社間の共創で実現
――そのIoT緑化シェードですが、どのようなものなのでしょうか。
茅野氏 : 簡単にいうと、公園などによくある、骨組みと屋根だけの日よけシェードです。ただし、屋根部分には全体にパッションフルーツのつるを這わせており、その葉と実で覆われた屋根が日陰を作るようになります。そこに、シェード全体にミスト(霧)を散布する散水機能が設けられており、シェードの内部を気化熱で冷却します。夏季に設置・稼働させることで、人々への涼しくて快適な休憩空間を提供するとともに、都市のヒートアイランド化の緩和にも役立ちます。
さらに、鉢に埋め込んだ土壌センサにより、鉢の土の状態を判断して自動で水やりしたり、AIカメラによりパッションフルーツの成熟度を確認して収穫時期を管理したりと、IoTシステムにより都市緑化に資する仕組みが設けられています。これらの仕組みは、ビジネスモデル特許も取得しています。現在は、IoTシステムの更なる改善や、シェードをコンパクトに運搬して簡単に設置できる方法を検討しつつ、事業化に向けて取り組んでいるところです。
▲京都の「けいはんな記念公園」(2022年7月〜10月)と、大阪の「うめきた外庭 SQUARE」(2022年8月〜10月)の2カ所で実施された実証実験の様子(※画像はニュースリリースより抜粋)
――どのような経緯で、IoT緑化シェード事業の共創が進められるようになったのでしょうか。
田中氏 : 直接のきっかけは、2019年に開催した『MITSUBISHI ELECTRIC ACCELERATION 2019』です。ご応募いただいた約50社のスタートアップから、最終的に4社が選ばれたのですが、そのうちの1社が鈴田峠農園さんでした。パッションフルーツによる緑化シェードというアイデア自体は鈴田峠農園がお持ちだったのです。その後、鈴田峠農園さんと当社メンバーで何度もディスカッションを行い、最終的に、鈴田峠農園さんのアイデアに当社FA技術を掛け合わせることで、IoT緑化シェードが誕生しました。
――開発はスムーズに進んだのでしょうか。
茅野氏 : まず2020年には、鈴田峠農園さんと当社の2社でPoC(実証実験)を実施しました。そのとき、は、シェードの見栄えがあまり良くなく、水回りにトラブルが生じやすいなどの問題がありました。
その後、鈴田峠農園さんが2021年に青木あすなろ建設さんのアクセラレーションプログラムにエントリーされたことをきっかけに、3社の共創体制が構築されました。青木あすなろ建設さんの架台設計・施工技術、そして当社デザイン研究所や営業部隊が加わったことにより、都会にも馴染む優れたデザインや、水回りの問題もないシェードに改良されました。
――2022年のPoCは、京都府は「けいはんな記念公園」、大阪府は「うめきた外庭SQUARE」という公共空間で実施されましたが、これは貴社の働きかけで実現したのですか?
田中氏 : 京都のほうは、鈴田峠農園さんからのご紹介によるものです。大阪のほうは、当社の営業メンバーがPR巡回を行って獲得した成果ですね。
――PoCの結果、どんな成果が得られましたか?
茅野氏 : PoC(実証実験)の回数を重ねるにつれ、AIカメラによる利用者数カウントなどの精度も上がって、だんだんと定量的なデータが増えてきました。導入したいというお客様のところに、定量的なデータに基づくプレゼンを行うことができるため、PRしやすくなってきています。
また、PoC(実証実験)から得られた土壌データやパッションフルーツの枝葉の成長スピードのデータなどの収集・解析を行い、パッションフルーツの最適育成モデルを開発するなど、実用化に向けて着実に進んでいます。
――IoT緑化シェード事業は、今後どのように事業展開なさっていくのでしょうか?
茅野氏 : IoT緑化シェードの第一の意義は、都市に集まる人々へ涼しくて快適な空間を提供することですが、それだけでなく、パッションフルーツの実を活用したイベント開催などでの、集客やPRにも貢献できると考えています。
今後、関西エリアでの一大イベントとして、2025年の大阪・関西万博が予定されています。それを1つの契機として、不動産デベロッパー、ショッピングモールやその他の商業施設運営者、オフィスビルオーナーなど、多くの事業者様にこのIoT緑化シェードをご活用いただけると考えています。実際、すでにそういった事業者様からのお問い合わせも多数受けています。
製造業でもそれ以外でも、様々なアイデアの掛け算でイノベーションを促進させたい
――次に、『MITSUBISHI ELECTRIC ACCELERATION 2023』についてお伺いします。今回は、下記の3テーマが提示されています。各テーマにおいて、どういった世界を実現していきたいか、あるいはどういった提案を求めていきたいのかなどを、お聞かせください。
・テーマ1:FA技術でさまざまな産業をもっと面白く
・テーマ2:最先端の技術・サービスで製造現場をアップデート
・テーマ3:人と地球にやさしいサステナブルな製造現場の実現
池田氏 : テーマ1については、業界を広げてFA技術を適用することで、より素晴らしい成果を見出せるはずだという思いがあります。まったくの飛び地に挑むのは難易度が高いかもしれませんが、当社の思いもよらない、気がついていない領域で、FA技術によって新しい風を起こせる可能性があるのではないでしょうか。例えば「金融とFAはつながらないか?」など、斬新なアイデアがあれば嬉しいですね。
▲開発部 事業戦略グループ 専任 池田剛人 氏
1995年入社。20年以上にわたりLSI設計・開発に携わり、2021年より事業戦略グループへ参加。
岡根氏 : テーマ2は、テーマ1とは反対に、異業種の技術を製造現場に取り入れられるものはないだろうかという意図で設定しました。既存の製造現場において、最先端の技術やサービスを導入して新しい“ものづくり”ができないかということを見据えています。
例えば、デジタルツインを活用し、現場での人や物の動きを事前シミュレーションすることで、トライアンドエラーを劇的に減らすような試みがおこなわれています。そこから一歩進んで、設備や装置の磨耗・劣化なども事前シミュレートできれば、さらにモノづくりの世界は変わってくるはずです。アイデアレベルでもいいので、そういった技術的な視点での提案をぜひお願いしたいですね。
また、いまメタバースは、とても話題にはなっていますが、製造業での活用事例というのはあまり聞いたことがありません。メタバースを製造業にどう結びつけるのかといった提案もあると素晴らしいですね。
▲開発部 事業戦略グループ 専任 岡根正裕 氏
2002年入社。放電加工機の開発に携わり、2021年より事業戦略グループへ参加。
――テーマ3の「人と地球にやさしいサステナブルな製造現場の実現」は、かなり広範な概念だと思うのですが、今回のプログラムでは具体的にどんな提案を求めますか。
池田氏 : 弊社としてはカーボンニュートラル、サーキュラーエコノミーなど5つの課題を設定しており、それらの社会課題を解決していきたいと考えています。中でも、喫緊の課題はカーボンニュートラルです。私たちは、「2030年度 工場・オフィスからの温室効果ガス排出量50%以上削減」「2050年 バリューチェーン全体での温室効果ガス排出量実質ゼロ」を目標に、企業としての責任を果たし、貢献しなければなりません。
ちなみに、サーキュラーエコノミーについては、IoT緑化シェード事業ではPoC(実証実験)後のパッションフルーツの枝葉を廃棄せずに、セルロースナノファイバーにアップサイクルするPoC(実証実験)もしています。そういったアイデアにアイデアを掛け合わせる提案も求めます。
――次に、今回、ご応募いただくパートナーの方に使っていただける、御社のアセットやリソースがあればご紹介をお願いします。
岡根氏 : 私たちが所属する事業戦略グループは、当社名古屋地区の各部門のエンジニアが集結している部門です。いわば、名古屋製作所全体が凝縮されているイメージで、多様なエンジニアが集まっています。その多様なエンジニアの協力が得られることは、アセットとして挙げてもよいでしょう。
また、事業戦略グループはPoC(実証実験)用の予算を年度初めに確保しています。例えば、なにかPoC(実証実験)をやりたいときには当然予算が必要ですが、一定金額内であれば、その予算を活用してスピーディーにPoC(実証実験)を行うことができます。
――最後に、応募を検討なさっている企業に向けてのメッセージを、お一人ずつお願いします。
岡根氏 : 今回のテーマとは異なりますが、「人にやさしいFUNな工場の実現」というテーマでPoC(実証実験)に取り組んだスタートアップの方からは、「三菱電機のような大企業が、こういうことを考えていることが、とても嬉しい」という声をいただいたのが印象に残っています。ぜひ「大企業だから」といった固定概念を持たずに、応募してください。スタートアップ企業の皆さまの想いを一緒に実現したいと願っています。
池田氏 : 今や、社会課題は多様化しており、その解決はますます難しくなっています。それを解決するためには、多数のプレイヤーが協力関係を築いて取り組むことが欠かせないと考えています。ぜひよりよい社会を目指すために、多くの企業の方と手を取り合い、ともに素晴らしい夢のある未来を創っていくことができればと思います。
茅野氏 : 私たちの会社は自前主義で長い間やってきました。その意味で、オープンイノベーションについては、まだ初心者です。ひとつの会社ではできないことを共に創りあげていくために、皆さんと一緒にオープンイノベーションを謙虚な姿勢で学びながら、進めさせてもらえればと思います。
田中氏 : 既存事業の事業拡大だけでは、企業価値が上がりにくい世の中になっています。私たちは既存事業の延長線上にない、新しい発想や視点を切実に求めています。イノベーションは掛け算であり、これまでにない出会いが多ければ多いほど、成果も出しやすいと考えています。これまで製造業にまったくかかわっていなかった企業様からの応募を、ぜひお待ちしています。
取材後記
「三菱グループ」の冠は、数ある日本企業の中でも、特別なステータスがある。それゆえ、スタートアップにとっては、逆に距離の離れた存在だと感じられてしまうことがあるかもしれない。しかし、今回お話をお聞かせいただいた事業戦略グループが持つ共創への意欲と熱量は確かなものであり、しかも、製造業にとどまらない「意外な出会い」を本気で求めていると感じられた。自社のノウハウや知見と三菱電機・名古屋製作所の技術力を組み合わせ、ダイナミックなビジネスを創造するチャンスをぜひ活用していただきたい。
※『MITSUBISHI ELECTRIC ACCELERATION 2023』の詳細は以下特設ページをご覧ください。応募締切は5/21(日)となります。
https://eiicon.net/about/mitsubishielectric-acceleration2023/
(編集・取材:眞田幸剛、文:椎原よしき、撮影:加藤武俊)