共創で200のサービスを生み出す。「SaaSの総合商社」を目指す兼松のオープンイノベーション戦略
1889年に創業し、羊毛輸入からビジネスを発展させてきた兼松株式会社。現在は、電子・デバイス、食料、鉄鋼・素材・プラント、車両・航空など、多種多様な製品・サービスを扱う総合商社として地位を築いている。同社は、中期ビジョンの重点施策として「先進技術を軸とした新規事業の推進と拡大」を掲げており、2021年にはオープンイノベーションによる事業共創を推進するチーム「Business Co-Creation Center(BC3)」を創設した。「SaaSの総合商社」を目指し、既に共創の実績も出ているという。
今回TOMORUBAでは、同社でオープンイノベーションを推進している取締役 上席執行役員(先進技術・事業連携担当)・蔦野哲郎氏と、BC3センター長(新事業創造課長)・稲岡崇氏の2名を取材。具体的な取り組みや今後の展望などについてお伺いした。
▲兼松株式会社 取締役 上席執行役員(先進技術・事業連携担当) 蔦野哲郎氏
1992年、兼松に新卒入社。アメリカ現地法人でM&Aなどの経験を積む。現在は上席執行役員として企画、IT企画、先進技術・事業連携を統括。さらに、投資委員会のメンバーとして投資案件の審議も担当している。
▲兼松株式会社 Business Co-Creation Center センター長/電子・デバイス部門 電子統括室 新事業創造課 課長 稲岡崇氏
大学卒業後、大手メーカーなどでシステムエンジニアや新規サービスの企画・開発を経験。2019年、兼松に入社。新事業の創出をミッションとし、Business Co-Creation Centerのセンター長を担う。
10年20年先を見据えたDXビジネスの創出を目指す
――はじめに貴社の事業の特徴や強みを教えてください。
蔦野氏 : 当社は総合商社として幅広い領域のトレーディングビジネスに携わっています。大きな特徴は、商社のビジネスに代表される資源権益を有さないことです。背景として、1990年代にかさんだ有利子負債を圧縮するために、事業の集中と選択を行い、アセットを多く必要としない電子・デバイス領域等に注力しました。その結果、現在では同領域は連結ベースの利益の実に7割を占めます。約20年を経て、現在の財務状況は非常に健全で、バランスシートも安定しています。
――そうした状況の中、中期ビジョン「future 135」では先進技術を軸とした新規事業の創出が明記されています。なぜ新規事業に注力するのでしょうか。
蔦野氏 : 新規事業に注力する背景には、トップの危機感がありました。お伝えしました通り、当社は利益の約7割を電子・デバイス領域が占めていますが、一方で、昔ながらのトレーディングも行っています。そうした事業はこれから先も長く続いていくのか。大きく変化する時代の中で、その答えは不透明であり、「新しいことを始めなければならない」と意思決定したものです。その中でも、ここ数年の重大なキーワードである「DX」であれば、当社の得意とする電子・デバイス領域とも親和性が高く、一定の知見もあります。そこで、DXを新規事業創出の中心に置き、10年先20年先を見据えながらビジネスの中身を変える方針になったのです。
「future 135」は、2019年3月期にスタートした6カ年の中期ビジョンです。目先の利益だけを追うのではなく、6年先に収益化の目処が立てばいい。そうした考え方で先行投資が柔軟にできるようになったことも、新規事業やイノベーション創出への舵切りが出来た、大きな要因と言えるでしょう。
――それでは、貴社とのイノベーション創出に向けて連携・共創するメリットについて詳しく教えてください。
蔦野氏 : 当社は幅広い事業領域を持っており、そのひとつひとつに深い知見とネットワークがあります。加えて、今年10月にはベンチャー企業や新規事業を対象とした投資制度を設けました。連携先の状況に応じて当社の持つリソースを提供したり、案件の内容によっては投融資で対応したりすることも可能です。そうしたものを活かしながら、ビジネスを拡張していただけます。
また、当社は以前からM&Aなどを行い、多くの企業とパートナーシップを結んできました。私自身もM&Aに関わる中で、パートナーとなる企業様からは「兼松とは非常に仕事がしやすい」との評価をいただいています。連携には慣れている面もありますし、不利になるようなことは絶対に行わないと断言します。安心してパートナーシップを結んでいただけるのではないでしょうか。
幅広いネットワークを活かして「SaaSの総合商社」を目指す
――続いて、稲岡さんにお伺いします。稲岡さんは、2021年3月に新設されたBusiness Co-Creation Center (BC3)のセンター長を務めていらっしゃいます。BC3の特徴や意気込みを教えてください。
稲岡氏 : 私はエンジニア、新規事業の立ち上げ・事業運営などの経験を経て、2019年に兼松に中途入社しました。会社から与えられた「新事業の創出」というミッションを達成すべく全社を見渡すと、幅広い領域でビジネスを展開しており、エンドユーザーとの距離も近い。加えて、私自身も立ち上げの経験があったことから、BtoBのSaaSに本格的に乗り出そうとなったのです。目指しているのは「SaaSの総合商社」です。
一方、当社はトレーディングビジネスが基盤ですので、技術的なノウハウや知見があるわけではありません。必然的に、オープンイノベーションを採用し、パートナーを広く募ることになります。そこで、対外的なPRやベンチャー企業の方々に訴求する意味を込めて、BC3の立ち上げを提案し、実現したのです。
――BC3はどのような組織体制になっているのでしょうか。
稲岡氏 : エンジニア経験者や、新事業立ち上げに携わったメンバーが在籍しています。加えて、大手企業でSaaS事業の技術責任者であった外部の専門家も、アドバイザーという立場でプロジェクトに参画してもらっています。やはり、事業創出に携わった経験があるのとないのとでは、スピード感や対応の仕方が異なりますので、経験を持つメンバーの存在は欠かせません。各プロジェクトについては、BC3のメンバーがプロジェクトマネージャーとなり、社内の様々な部門と連携しながら進めます。
――BC3がオープンイノベーションの窓口の役割を果たすのでしょうか。
稲岡氏 : はい。ベンチャー企業からの提案をまずBC3が受け付けて、一次調査を行います。その後、総合商社ならではの幅広いネットワークを活かして、関係する方々に実際に使ってもらい、ニーズや課題をヒアリングします。必要に応じて機能改善を行い、兼松ブランドとして市場投入することもあれば、そのままマーケットに出すこともあります。
初回コンタクトからリリースまでわずか4か月。兼松のスピーディーな共創体制
――BC3で既に立ち上がっている新規事業もあるとお聞きしました。
稲岡氏 : 2021年10月にリリースした「AIPENET」(アイペネット)ですね。AI技術を活用して画像の検査を行うものです。AIプラットフォームを開発したベンチャー・ソホビービー株式会社と共創しました。また、カワダロボティクス株式会社とも共同で、彼らの開発する人型ロボットと連携するソリューションを開発しました。
当社は供給者と需要者を結び付けるトレーディングビジネスを行っていますが、商品の外観検査は従来から大きな課題でした。複数の営業にヒアリングしたところ、お客様から商品の外観検査を求められ、当社が手作業で外観検査を行っているケースがあること、沢山の取引先でも同様に人の目視による外観検査を行っていることがわかりました。そこで、AIとロボットで代替できないかということで検討を始め、画像検査サービスの発売に至りました。
――反響はいかがですか?
稲岡氏 : おかげさまで、非常に多くの引き合いをいただいております。当初、商品のパッケージ等の外観検査工程を自動化するソリューションの引き合いが中心になると想定していたのですが、このAI技術を様々な用途や利用シーンで使いたいというお声を沢山いただいております。それらのお声に対応するため、新たなソリューションを提供する予定で開発を進めています。
――AIPENETの事例を通じ、共創する上で貴社の強みはどこにあると感じましたか。
稲岡氏 : エンドユーザーとなるお客様との関係が非常に深いのが、当社の強みだと感じています。最前線で常日頃からお客様と接している社員は、担当領域に関する専門性は深いものがあり、お客様の課題もよく認識しています。しかも、当社の社員はひとりひとりの感度が高いです。DXへの意識も高く、全員がキーパーソンと言っても過言ではありません。
当社の社員にサービスの顧客提供価値や、コンセプト等を伝えると、「このような用途や目的で使えないか」といった反応がすぐに返ってきます。グループ会社や関係の深い取引先の協力を仰ぎながら、その業務に精通したキーパーソンに実際に使ってもらい、売れるか売れないかの判断を素早く行えます。また、売るために何が必要かといった生の声も短期間で集められます。
当社は2022年1月に、株式会社ZAICOとのオープンイノベーションで、在庫管理サービスをリリースする予定ですが、これが実現したのも、ファーストコンタクトを取ってからわずか4カ月のことです。既に正式導入を決定したグループ会社もあります。非常にスピーディーにマネタイズができるのは、パートナーとなっていただける企業様にとっても大きなメリットではないでしょうか。
SaaSモールの実現により、顧客とパートナー企業の双方に好循環を生み出す
――今後の展望についてもぜひお聞かせください。オープンイノベーションを通じて、どのような世界を実現したいでしょうか。
稲岡氏 : 当社は、「BtoB SaaS モール構想」を打ち立てています。お客様が何かしらの課題を抱えている時、BC3のサイトを訪れれば、課題解決につながるSaaSやツールが見つかる。そんな立ち位置になれることが理想です。さらに、複数のSaaSを連携させ、さらなる価値を提供することも視野に入れています。例えば、在庫管理と受発注管理、物流管理を連携させるなどです。
現状、それぞれに有用性の高いSaaSがある一方で、それらが別々のものとして提供されています。私たちが仲介役となって、それらをつなげることができれば、兼松ならではの付加価値を提供できるはずです。お客様にとっては、ワンストップでソリューションを手に入れることができ、パートナーとなるベンチャー企業様にとっては、兼松とのパートナーシップによって一気に顧客展開ができる。双方に好循環を生み出すことができるのです。
――最後にパートナーになり得る企業様にメッセージをお願いします。
稲岡氏 : 私たちはチャレンジャーです。イノベーション創出は私たちにとっても新たな試みですが、今後勢いを持って市場展開するために、5年間で約200のサービスをリリースするという心づもりでいます。互いに信頼関係を築きながら、力を合わせ一緒に前に進んでいければと思っています。少しでも興味を持っていただけたら、ぜひお声がけください。
蔦野氏 : 当社はDXにも非常に力を入れており、DXに関して課題を持つ企業を見つける意味でも、当社を活用していただければと思います。
やや補足になりますが、総合商社というと古い世代も多く、フットワークの面で疑問を持つことがあるかもしれません。しかし、当社の平均年齢は30代で、20代が全体の4割を占めます。若いうちから幅広く業務に携わるのが特徴で、早い段階で重要なポジションに付く社員も少なくありません。そうした面からも機動力の高さ・フットワークの軽さを感じていただけるはずです。イノベーションを起こしやすい土壌は整えられていますので、ぜひお力添えいただければと思います。
取材後記
総合商社の兼松は、電子・デバイス領域を主力に利益を伸ばし、近年は全社を挙げてDXを推進してきた。さらには新規事業・イノベーションの創出を目指し、活発な動きを見せている。同社には独自の幅広いネットワークとスピード感がある。全社的にデジタルへの関心も高く、短期間でサービスをリリースした実績も既にある。こうした状況が整っている同社であれば、共創パートナーが享受できるメリットは大きく、「SaaSの総合商社」となることも十分に実現可能なのではないか。これからの同社の動きにますます注目したい。興味を持ったら、まずはBC3に問い合わせてみてはいかがだろうか。
(編集・取材:眞田幸剛、文:中谷藤士、撮影:加藤武俊)