コロナ禍でも最高売上。小さなケーキ屋が価値観を覆す、新たな共創と挑戦とは?
2020年、世界は新型コロナウイルスに翻弄された。特に打撃を受けたのが、外食産業をはじめとする実店舗を収益基盤とする事業だ。繁華街から人が消えたうえに、休業要請や時短営業要請も追い打ちをかけた。今でこそ、Go Toキャンペーンがスタートしているが、それまで耐えられず、コロナ倒産も多い。
そうした中で、「緊急事態宣言下で、過去最高の売上を記録した」という洋菓子店がある。西武池袋線で池袋から1駅、「椎名町」にあるビルソンローラーズだ。店構えは小さいが、実は“人気YouTuber”としての顔も持つ。ケーキ製作動画などを週1ペースで配信し、チャンネル登録者数は28万人にもなるというのだ(YouTubeチャンネル)。
なぜYouTubeを始めたのか。コロナ禍でも好調な理由は何か。さらに、食品・飲料業界の大手メーカーとの共創にも着手しており、新規事業も模索しているという。――このように、常に”新たな一手”を仕掛ける根底にある想いとは?――ビルソンローラーズの運営会社である株式会社bilsonの代表 門傳智彦氏に話を聞いた。
■株式会社bilson 代表取締役 門傳智彦氏
1977年東北生まれ。大学卒業後に上京し、金融機関に就職。その後、占い事業で起業。2009年、豊島区椎名町に洋菓子店「bilson rollers」を開店。YouTube、メルマガ、通信販売やデリバリーなど多彩な収益チャネルを展開。店舗のYouTubeチャンネルは、現在27万人以上の登録数を擁する人気チャンネルに成長。
街の洋菓子店が大手メーカーとの共創に着手
――ビルソンローラーズさんはオープンイノベーションプラットフォーム「AUBA」に登録いただいており、食品・飲料業界の大手メーカーさんとの共創にも着手されていると伺いました。まずは、街の洋菓子店であるビルソンローラーズさんが共創に取り組もうと考えた契機についてお聞かせください。
門傳氏 : AUBAに登録したのは、新型コロナ感染拡大がひとつのキッカケです。ビルソンローラーズから程近い池袋エリアで飲食店を経営している知り合いも多いのですが、コロナ禍によって客足が遠のいてしまい、厳しい状況にあります。そうした飲食店とYouTubeを駆使したコラボレーションによって新しい価値を生み出し、支援もできたらなと考え、AUBAを活用し始めました。
――なるほど、コロナがキッカケだったんですね。
門傳氏 : そうですね。AUBA登録してから、飲食店や食品・飲料メーカーなど様々な企業にメッセージを送る中で出会ったのが、新たな飲食体験の創出を目指している大手メーカーさんです。今は、そのメーカーさんが製造している飲料の原材料を使った斬新なスイーツ作りに挑戦しています。
スイーツに使用するような原材料ではないので、はじめはなかなかうまくできなかったのですが…。およそ2ヶ月間、パティシエと試行錯誤を続けた結果、メーカーさんの担当者も認める美味しいスイーツの開発に成功しました。
実際にどのような形で市場に提供するかはこれからですが、大手メーカーさんと共に新たな価値の商品作りは貴重な経験となりましたね。これからは、ブームになっているプロテインを使ったスイーツなどを共創していきたいと考えていて、AUBAを使って色々な企業にアプローチしています。
金融、占い、そしてケーキ屋、異色の経歴
――AUBAを活用し、共創の取り組みにも積極的なビルソンローラーズさんですが、そもそもどのような思いで洋菓子店をオープンしようと考えたのでしょうか?門傳さんはこのお店のオーナーパティシエなんですか?
門傳氏 : いえ、パティシエは他にいます。私は経営や広報などケーキ作り以外のところを見ています。新卒で入社した会社も金融系でしたし、ケーキ屋の前は占い屋を経営していました。
――占い!占い師というわけではないですよね?
門傳氏 : はい、占い師ではありません。占い屋も担当していたのは経営まわりですね。大学卒業後上京して、金融会社で1年少し働いた後、2002年に電話で占いをするビジネスで起業したんです。
――もともと起業したいと考えていたんでしょうか。
門傳氏 : そうですね。小学4年生くらいの時の文集に、「将来の夢は社長」と書いていました。金融系で働いたのも、将来を見据えてのことです。
――占いから、なぜ洋菓子店の経営に?
門傳氏 : 人とのリアルな接点に飢えていました(笑)。占い屋は無店舗で、外に出ることもなく限られた人としか話さない毎日でした。そのうちに30歳を迎えて、このままじゃヤバいと、危機感が芽生えてきたんです…。人とちゃんと接していかないと、ダメになるぞって。
そこで考えたのが、ケーキ屋です。甘いものは元々好きだし、当時はパティシエブーム。それにお店を持てば、色んな人と接することができます。「これだ!」と思って、開業に踏み切りました。
――ただ、洋菓子店経営の知識は必要ですよね。どうやって身に付けたんですか?
門傳氏 : 占い屋を続けながら1年間専門学校に通いました。そこで、基礎の習得と、起業後の人脈を築いたんです。在学中から物件も探して、卒業して半年後の2009年にビルソンローラーズをオープンしました。
YouTubeで、世界中にファンができた
――2009年からこれまで、お店の経営は順調でしたか?
門傳氏 : 順風満帆ではなかったですね。立ち上げ当時のパティシエとはコミュニケーションがうまくいかず…。その人が欲しいと言ったものは高価な機材でも全部購入して、お金はかなり出ていきました。その方の代わりに入ったパティシエはまともな人で、それからやっと経営しやすくなりましたね。
――紆余曲折あったんですね。
門傳氏 : 本当に、最初は大変でした(笑)。2代目パティシエになってからは、オンラインでケーキを販売したり、駅ナカとかで催事出店をしたりして、どんどんケーキ屋の経営が面白くなってきました。そうそう、Uber Eatsが来る前には、自分たちでデリバリーもしていました。
――販売チャネルをどんどん広げているんですね。その2代目シェフパティシエさんが、現在も続けていらっしゃるのですか?
門傳氏 : いえ、その人は独立して、もうここよりも大きな規模のお店を経営していますよ。現在は6代目シェフです。将来独立を目指す人を意識的に募集するようにしていて。その方が、意欲の高い人が来てくれますからね。実際にこれまで働いていたパティシエの半数が独立しています。
――YouTubeチャンネルは、いつ頃から始めたんですか?
門傳氏 : 2014年くらいからかな?まだYouTuberが今ほどメジャーじゃなかった頃からです。僕は新しいもの好きだから、取りあえずやってみようという気持ちで始めました。だから、最初は収益化までは考えていなかったんですよ。だから一般向けの動画だけではなく、研修用の動画も撮影していました。
――なるほど、社員教育という目的もあったんですね。本格的に収益化しようとなったのは、何かきっかけがあったんですか?
門傳氏 : しばらくは広告付かない状態で放置しましたが、ある時気付いたらチャンネル登録数が3,000くらいになっていたんですよ。これなら少し収益が上がるかも、と思ってやってみたら、数千円入ってきて。小さな金額だけど、衝撃でした。「動画でお金が入るんだ!」って。2016年ごろから本腰を入れ始めました。
――それから現在のチャンネル登録者数28万人、すごいですね!
門傳氏 : サクサク見れる短い動画をアップするようになって、急に火が付きましたね。影響力のあるサイト運営者の方がシェアしてくださったのも、閲覧数が急増したきっかけです。
あと、うちのチャンネル登録者の方って、多国籍なんですよ。日本国内は20%で、他は海外。今はコロナ禍で気軽に行き来できる状態ではありませんが、コロナ前はYouTubeを見て韓国やオーストラリアから店舗を訪れてくださった方がいらっしゃいました。日本国内の様々な地域からも、お客様がいらっしゃいます。
――世界中にファンができるのも、YouTubeならではですね。本格的に始めてから、収益は上がりましたか?
門傳氏 : 店舗全体の売上に占める割合は1割程度ですが、動画をアップすれば何もしなくても収益が上がりますから、経営面でとても助かっています。
▲「【短縮版】芸能人の豪華なバースデーケーキ:特大ケーキの作り方」という動画が一番人気となっており、1,200万回以上の再生回数を誇る。
「ビビり」が功を奏した、コロナ禍での過去最高売上
――コロナ禍で様々な業界が影響を受けるなかで、特に影響が大きいのが食に関わる実店舗だと思います。ビルソンさんはどうでしたか?
門傳氏 : ありがたいことに、緊急事態宣言下の4月〜5月は、過去最高と言える忙しさでした。ケーキ屋にとって、クリスマスが1年の中で飛びぬけて売上が高いのですが、それ以上でしたよ。
――それはすごい!オンラインショップやデリバリーなどが跳ね上がったのでしょうか?
門傳氏 : そうですね、オンラインショップは過去最高の売上、Uber Eats経由の注文が鳴りやまない状態でした。また、店舗の来客数も増えました。これは立地が大きく影響しています。
店舗がある「椎名町」は、池袋や新宿にアクセスがいいため、この辺りにお住まいの方は普段デパートでスイーツを買って帰る方が多いんです。しかし、緊急事態宣言下で百貨店が休業となったことから、近所の方々がご来店するようになったのだと思います。
――なるほど、色んなチャネルを持っていたことだけではなく、立地もあって売り上げが伸びたんですね。
門傳氏 : あとは、もともと固定費をなるべくかけない経営をしています。経営者としてビビりなんですよ(笑)。占いも無店舗でしたし、今のお店も池袋から1駅ですが家賃がかなり安いです。このお店は元パン屋さんの居抜きで、厨房が広いんですよ。当時から「ゆくゆくは店舗以外の収益基盤をつくりたい」と考えていたのでここに決めたのですが、実際に店舗・工場・スタジオと、機能を拡大できています。
――ビビりが奏功したと。固定費をかけないという教訓は、どこから得たのでしょう。
門傳氏 : 強烈な失敗体験があるんですよ。占いで起業した時、女性誌の占い特集に合わせて広告を出しました。でも全然ヒットしなくて、売上は上がらず広告費が出ていくだけで、そのうち借金がものすごく膨らんじゃったんです。
――そんなことがあったんですか…
門傳氏 : 本当に苦しかったですよ、ご飯も食べられなくて。それで広告を何とか手直ししていって、あるときやっとヒットして。なんとか借金を返すことができました。このお店も、その時の収益を貯めて、現金払い借入ゼロで出したんです。以降、無借金経営を続けています。
僕の実家は東北の米農家で、「借金はするな」と子供の頃から言い聞かされていたのですが、「やっぱり借金は怖い」と刻み込まれました。もう二度とこんな恐怖経験はしたくないですね。
▲2018年の登場以来、ビルソンローラーズの人気スイーツとなっている「バスクチーズケーキ」。
従来の価値観を覆す、新たな挑戦を!
――健全な経営体制をベースに、YouTubeなど新しいことに挑戦していることが成功のポイントだということが分かりました。今後はどんな展開を見据えていますか。
門傳氏 : 将来的には、YouTubeやオンラインショップで、実店舗の売上を超えていきたいです。今やろうと思っているのは、オンラインのケーキスクール。もう撮影は8割くらい終わっています。それをYouTubeで広報して、会員を募ろうと考えています。
あと、オリジナルTシャツなどを作っているのですが、これからブランド力が上がれば、YouTube経由で販売したいです。目指すは、「ケーキを売らないケーキ屋」です!
――ケーキを売らないケーキ屋、新しいですね!
門傳氏 : といいつつ、ケーキは売り続けると思うんですけどね(笑)。それ以外でもしっかり収益を上げられるようになろうと、YouTubeチャンネル登録者数がぐっと伸びた時に決めました。
――今、飲食店など苦境に立たされているところも多いと思います。そういった方々にメッセージをお願いします。
門傳氏 : 今お話しした、「ケーキを売らないケーキ屋」という概念を、他の業態にも展開できたらと考えています。飲食店などのリアルな店舗は、単にモノを仕入れて売るというだけでは、なかなか価値に変えられない時代です。
でも、プロが料理を作っている様子というのは、それだけで価値になります。僕なら、それを撮影してYouTubeにアップしますよ。今、YouTubeで主流なのは、素人の方の簡単な料理です。だからこそ、プロの技で差別化できるはずです。
料理を作って食べてもらうという従来の価値以外のところで、料理を食べてもらわなくても収益を上げられる方法は何かを考えていくと、色々なアイデアが生まれると思います。
取材後記
固定費を極力かけないという「ビビり」な一面と、YouTubeなど新しいことに積極的に挑戦する大胆さ、そして集客チャネルを複数持つ戦略性、これらをバランスよく併せ持つ門傳氏氏が経営するからこそ、ビルソンローラーズは普通の“街のケーキ屋さん”とは一味も二味も違う立ち位置を築いているのだろう。
株式会社bilsonは、AUBAに登録し、新しい取り組みに挑戦する共創パートナーを探している。「ケーキを売らないケーキ屋」というビジョンに興味を持ったら、ぜひコンタクトして欲しい。
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:齊木恵太)