【弁護士解説コラム】有益なオープンイノベーションを実現する法務・知財面の留意点とは⑤
1、はじめに
前回は、出資を伴うオープンイノベーションの一態様として、CVCについてご紹介いたしました。連載最終回である今回は、出資を伴うオープンイノベーションの別態様として、M&Aの際の留意点をご紹介いたします。
2、デューデリジェンスの留意点
【1】大企業の留意点
(a)スタートアップの体制を踏まえた留意点
スタートアップを買収する場合、中堅・中小企業や大企業の買収の場合と異なり、(少なくとも現時点では)相対的に法務知財に関する社内体制が整っていないことが多いことに留意する必要があります。
このような現状を踏まえ、より建設的に買収を進めていくには、一般的なM&Aにおける法務知財デューデリジェンスでの調査項目を形式的にあてはめ、整えられていない事項を徒に投資契約の表明保証事項の対象に追加して、形式的にリスクヘッジすることはあまりおすすめしません。
それよりは、(協業の形態は問いませんが)PMIも踏まえ、買収前から対象のスタートアップと付き合い、いわばメンターとしてある程度支援し、買収前に致命的な点だけでもフォローできるようにサポートしておく、ということが現実的で望ましい解であるように思われます(自らサポートする形のみならず、適切な専門家等を紹介する等といった形でも良いと思われます)。
また、知財デューデリジェンスを行う際、特許出願がなされていれば当該特許発明については技術内容が文書化されているため、少なくとも調査のきっかけがあるといえますが、特許出願されていないノウハウや、そもそも特許出願がなされていない場合、CEOやCTO、その他主要なエンジニアのいわば「頭の中」にしか自社の強みの技術やノウハウが記録されていない、といったこともありえます。
その場合、友好的な関係を保ちつつ、CEOやCTO、その他主要なエンジニアと密なコミュニケーションをとって入念にヒアリングを行うことが考えられます。他方、特許出願がなされていた場合には、当該出願書類を調査することはもちろんのことながら、必要に応じて、当該出願代理人の弁理士に協力を依頼する等して、対象会社の保有する技術、知財を把握することが重要となるでしょう。
(b)知財をいかに評価すべきか
知的財産に関するデューデリジェンスにおいては、法務面や技術面のみならず、ビジネスとの関係性が重要となります。すなわち、仮に知的財産権の帰属や権利の有効性に瑕疵がなかったとしても、事業戦略と密接に関連した知的財産権でなければ、事業価値を評価する上で「価値のない知財」となってしまいます(※1)。
そのため、弁護士・弁理士による法務面・技術面の調査のみならず、事業戦略の当否や事業価値の算定ができる専門家も交えながら、慎重に知財の価値及びリスク評価を行っていく必要があるといえるでしょう。
また、対象会社へのインタビューにおいては、いかなる体制で知財戦略を構築・実行しているかについても確認をすることも有益かもしれません。
※1)知財戦略は「経営」と「知財」の両輪が揃ってこそ、良い戦略が構築・実行できるといえる。
【2】スタートアップの留意点
スタートアップとしては、デューデリジェンスにより事業価値を下げられないよう、また、そもそもM&Aの実行を見送られないよう、準備することが望ましいといえるでしょう。もっとも、かかる対応は、一夜漬けでできるものは少なく、M&AによるEXITを目指す場合には、創業期から徐々に準備をしていくことが重要といえるでしょう。
では、いかなる準備をすべきでしょうか。M&Aは、その目的や規模、対象企業の業種等、案件によって調査検討すべき項目が異なるため、完全な準備は難しいでしょうが、一般的なデューデリジェンスで調査・検討される項目を中心に整えていくことが有益でしょう。
このように、求められるものからの逆算による準備は、リソースの足りないスタートアップが、無駄を少なく状態を仕上げていくという意味で重要といえるでしょう(※2)。
例えば、知財デューデリジェンス、特に特許権のデューデリジェンスにおいては、概略、以下のような項目が調査・検討されることが多いです。
※2)そのため、大企業のセルサイド側でデューデリジェンスに関わった経験のある弁護士・弁理士にアドバイスをもらうことも有益といえよう。
(a)権利の帰属
まず、特許権のように登録制度のある権利については、権利が自社に有効に帰属していることを証明できる状態にする必要があります。
●自社単独で発明等を生み出した場合
・従業員から特許を受ける権利等を有効に譲り受けているか(職務発明規程の内容や、特許登録原簿謄本等による確認)
●第三者と共同で発明等を生み出した場合
・第三者との契約書(成果物の権利帰属がどうなっているか等)
●いずれの場合においても
・共有者の有無、担保権・実施権等の有無の確認
・権利の存続期間や、年金の支払状況
・(ライセンスアウトしている場合)自社の独占的実施が確保されているか
(b)権利の有効性
特に重要な権利については、その有効性を判断するべく、無効理由の有無の調査がなされることがあります。そのため、特に重要な権利については、自社の弁理士・弁護士と無効理由の有無や対抗策等について議論をしておくことも有益でしょう。
また、ライセンサーから知的財産権のライセンスを受けている場合には、許諾内容、ロイヤルティの支払条件、契約が容易に解除される条件になっていないか等が徴されることとなるため、事業の継続に問題がない内容になるよう、ライセンス契約を締結する際には、弁護士・弁理士をつけて納得がいくまで丁寧に契約交渉を行っておくことが望ましいです。
(c)権利範囲
願書、特許(出願公開)公報、出願経過、審判・訴訟等の有無・経過、引用例その他の参考文献、裁判例等の検討・分析により、対象特許(出願)等に係る特許権等の権利範囲が確認されます。
そのため、出願時から、事業戦略と紐づけて、必要十分な権利範囲と説明できるよう、弁理士・弁護士と十分にディスカッションすべきといえるでしょう。
(d)偶発債務の有無
第三者からの警告書や訴状の有無及び内容、インタビュー等により、第三者から特許権等侵害警告・訴訟の有無や経過等を検討し、自社の対象特許等に係る発明等を実施することにより第三者が保有する特許権等を侵害する可能性の有無や程度を検討することとなります。
そのため、創業間もない時期は難しいかもしれませんが、できる限り早い段階で、弁護士・弁理士をつけて第三者の権利侵害の可能性を調査・検討しておくことが望ましいです。なお、この点はIPOを目指した場合の上場審査においても重要となります。ちなみに、東京都においては、以下の補助金(※3)もあるため、うまく活用されたい。
※3)https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/chushou/shoko/chizai/jyosei/index.html
●要件
・東京都内に主たる事務所を持つ中小企業者、または中小企業を主たる会員とする団体等であること
●メリット
・助成率:1/2以内
●助成限度額:100万円
●助成対象費用:開発戦略策定のための他社特許調査、特許出願戦略策定のための他社特許調査、継続的なウォッチングのための他社特許調査、侵害予防のための先行技術調査
また、職務発明に関して、発明をした従業員に対して「相当の利益」(特許法35条4項)を付与しているか否かも重要なポイントです。この付与が適切になされていなければ、職務発明訴訟によって多額の金銭支払債務を負担するリスクがあると評価されるおそれがあります。
そのため、職務発明規程等、職務発明に関する社内制度を適切に整備し、運用する必要があります。この点については、できれば職務発明訴訟の経験のある弁護士・弁理士に相談の上、整えていきたいところです。
3、終わりに
今回は、出資を伴うオープンイノベーションの一態様としてのM&Aの留意点をご紹介しました。今回で連載は終了しますが、ご質問や特定のテーマでの連載のご要望等あれば、以下のTwitterやFacebookのアカウントにご連絡いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
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■コラム執筆:山本飛翔
※山本氏による著書「スタートアップの知財戦略: 事業成長のための知財の活用と戦略法務」発売中。
■連載一覧
・【弁護士解説コラム】有益なオープンイノベーションを実現する法務・知財面の留意点とは①
・【弁護士解説コラム】有益なオープンイノベーションを実現する法務・知財面の留意点とは②