【弁護士解説コラム】有益なオープンイノベーションを実現する法務・知財面の留意点とは④
1、はじめに
前回は、特許庁・経産省のモデル契約にも言及しながら、出資を伴わないオープンイノベーションの一態様としての共同研究開発契約の留意点についてご紹介いたしました。
今回は、出資を伴うオープンイノベーションの一態様としてのCVCの留意点についてご紹介します。
2、CVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)の特徴(※1)
出資を伴う関与については、①(間接的な出資ではあるものの)他社のファンドにLP(Limited Partner)として出資する場合(※2)、②事業会社本体から出資する場合、③CVCを設立し、CVCを通じて出資する場合等が考えられます。
以下では、③を念頭に検討しますが、以下の検討は②においても共通する事項も多いと思われます。
CVCは、特にVCとの違いを踏まえ、自社の強み(スタートアップにとってのCVCと付き合うメリット)を活かしてスタートアップとのアライアンスを成功させていく必要があります。
なお、スタートアップとしても、CVCと付き合う場合には、VCとは異なる以下の特徴を踏まえた上で、CVCとの間でWin-Winの関係構築を目指していくことが有益といえるでしょう。
【1】自社の事業を活かしてスタートアップの成長を大きくサポートできること
例えば、CVCの場合、母体となる事業会社がCVCの出資先スタートアップの顧客になることにより、大きな取引実績と売上を提供し、同社の企業価値を向上させることができます。
また、自社の営業力・製造量産等のノウハウを提供すること等により、スタートアップが不足しているピースを埋め、スタートアップ単独ではなし得なかった成長をサポートすることもできます。
さらに、母体となる事業会社が培ってきた社外におけるビジネス上のネットワークもスタートアップにとって非常に価値の高いものになる可能性を秘めているでしょう。
【2】M&Aの前段階として
CVCによる出資後、母体の事業会社等を通じて、出資先スタートアップをその後M&Aする場合も存在し、その場合にはCVCによる出資及びその後の付き合いが、スタートアップとのパイプラインづくりやプレデューデリジェンスとして有効に機能する場合もあります。
【3】戦略的リターン
CVCの場合、後述のように①財務的リターンの獲得と②戦略的リターン(例えば事業シナジー)の獲得が考えられ、①財務的リターンをおろそかにすべきではないことはもちろんです。
しかし、VCとは異なり、出資に対する直接的な金銭的なリターンがなくとも、②戦略的リターンを生み出せることもCVCの成功の1つといえるでしょう。
※1)なお、CVCについては、アンドリュー・ロマンス(著)、増島雅和・松本守祥(監訳)『CVC コーポレートベンチャーキャピタル』(ダイヤモンド社、2017年)や倉林陽『コーポレートベンチャーキャピタルの実務』(中央経済社、2017年)等において詳細に検討がなされているため、参照されたい。
※2)スタートアップに出資したいものの、スタートアップの業界にまだ精通していない、目利きのキャピタリストに投資先を選定してほしい、等の理由から、スタートアップへの出資の第一歩としてまずはLPとして既存のVCのファンドに出資することを選択するケースも少なくない。その際には、各VCの投資先リスト(ポートフォリオ)を参照しつつ、当該VCの投資の傾向と自社がつながりを持ちたいスタートアップとの関係性(自社の事業領域と親和性が高い領域か、全く異なる領域か、その両方を含む場合か等)を検討する必要があろう。
3、CVCの目的
大企業がCVCを設立する場合、その目的は、大きく、①財務的リターンの獲得と②戦略的リターン(例えば事業シナジー)の獲得の2つに分けられます。
①は投資先のスタートアップによるEXITによる金銭的なリターンを獲得することが目的となり、他方、②はスタートアップへの投資を通じて、事業シナジーの実現によって大企業自身の戦略を達成することが目的となります。
そして、日本ベンチャーキャピタル協会の調査(※3)によれば、日本のCVCの目的は、51%が②、①・②の双方を目的とする場合が39%、その余が①、となっており、欧米のCVCと比較して、戦略的シナジーの獲得を重視する場合が多いことが特徴といえます。
CVCの目的は以上のとおりですが、CVCの目的に応じて、CVCとしてどのように関与すべきか留意するべきかという点について、共通する点もあれば、異なる点もあります。
また、目的の明確化は、CVCとしての成果の測定やCVCに携わるメンバーの動機付けの観点からも重要といえるでしょう。以下、それぞれの目的における留意点について検討します。
なお、大企業に関与するスタートアップも、大企業がいかなるスタンスで自社との協業を検討しているのかを把握し、自社の事業戦略にマッチするか否かをよく確認しておく必要があるといえるでしょう。
【1】共通した留意点
CVCが出資する場合、通常のVCと比較して強みとなるのは、(特に事業領域等が近い場合には)自社のリソース(技術・設備・販路等)を用いたサポートを効果的に行いうる、という点です(※4)。
スタートアップは様々な面でリソースが足りないため、スタートアップが望んでいるリソースをCVCが母体となる事業会社等を通じて提供できれば、スタートアップの成功可能性は高まり、結果として財務的リターンを得られる可能性を高めることもできるでしょう。
もっとも、留意しなければいけない点としては、早期のフェーズで多くの出資をすると、出資先スタートアップに色が付き、自社の競合先及びその関係会社からの出資やアライアンスが避けられる可能性もあり、その後のシリーズで投資家を募る際の足かせになりかねないという点が挙げられます(※5・6)。
【2】財務的リターンの獲得の場合
財務的リターンを求めてCVCが出資する場合、初期フェーズである程度の割合で出資する必要性もある程度高いといえるでしょうが、その場合、上述の早期のフェーズにおける多額の出資に伴うデメリットが直接あてはまってしまいます。
そのため、財務的リターンの獲得を目的としつつ、早期に多額の出資を行う場合には、長期的に自社で率先して出資していく覚悟をしておく必要があるでしょう。
また、自社と競合する領域のスタートアップに出資する場合は、自社の事業と食い合う可能性も否定できません。したがって、関与の仕方次第では、当該スタートアップの成長=自社の利益減となりかねないため、総合的に見て自社とスタートアップがWin-Winになりうる形としてどういった関与の仕方がありうるか、よく検討しておく必要があるでしょう。
なお、米国では財務的リターンを出していないCVCは悪評が立ち、良いスタートアップを紹介してもらえず、他方、財務的リターンも出せるCVCであれば、よいベンチャーを紹介してもらいやすいのみならず、「当該CVCが資金を入れているなら大丈夫だ」等といったようなことが起きています。
このように、当該CVCが出資したこと自体がブランド化し、良質な投資家が更に集まってきやすくなる(その結果スタートアップの成功可能性が高まる)というメリットもあります(出資を受けるスタートアップとしても、CVCの実績や評判を十分に検討する必要があります)。
【3】戦略的リターンの獲得の場合
戦略的リターンの獲得を目指す場合、その後のM&Aの前段階として行われる場合(※7)や、スタートアップとの関係構築や対象マーケットの理解等のために行われる場合(※8)があります。
また、戦略的リターンの獲得を目的とする場合、必ずしもスタートアップに急いで上場や他社へのM&Aをさせる必要もないため、スタートアップとしては、より長期的な戦略を構築することができます。
したがって、プロダクト/サービスのローンチまで時間がかかるモデルや、市場の形成や拡大に時間を要するモデルのスタートアップと相性が良いように思われます。
さらに、CVCの母体となる事業会社が多数の知的財産権を保有している場合には、無償又は比較的安価でライセンスを行うことや、出資先スタートアップが他社から知的財産権の侵害を理由に警告や訴訟提起を受けた場合に、CVCの母体となる事業会社の保有する知的財産権等を活用して紛争解決の支援を行うことも考えられ、この点はVCにはできないCVCならではの強みのあるサポートとなるでしょう。
※3)「我が国のコーポレートベンチャリング・ディベロップメントに関する調査研究 ~CVC・スタートアップ M&A 活動実態調査ならびに国際比較~」6頁
※4)もっとも、自社のリソースとスタートアップが望むものがマッチするか否かはよく確認する必要がある。
※5)KDDIは、スタートアップへのマイノリティ出資を、「KOIF(KDDI Open Innovation Fund)」を通じて行っている。あえてリードインベスターにならず、マイノリティ出資をメインとしているのは、出資先のスタートアップに早いフェーズから色が付くことを回避することを意図したものと推測できる。
※6)実際には、持分法の問題から、出資比率を20%未満に抑える場合が多い。
※7)KDDIは、これまで約10社程度スタートアップを買収してきたが、そのうち4社程度がKOIFにて出資をしていた企業である。他方、脚光を浴びた2017年のソラコムの買収については、KOIFによる出資をしていなかった。CVCが出資することによるメリットもデメリットもあることを踏まえれば、買収前に出資すべきか否かは、ケースバイケースといえよう。
※8)ソニーのCVCへの出資方針について、「投資対象となる企業は、『ソニーの事業の周辺にあって、社員が評価できる、よい会社』。『周辺の事業』であるから、すぐにソニー本体の事業とシナジーを生むものではなく、基本的M&Aを前提とした投資は行っていない。あくまでも『どんどん成長するスタートアップとの関係を築いていく』(土川氏)のが目的だ。ただし、関係を深めていくなかで、その業界のこともよく理解できるようになるので、事業フェーズが進展してきた時点でM&Aを検討することも選択肢の一つとなる。また、ベンチャー投資を通じて対象マーケットを理解していれば、関連領域での M&A のデューデリジェンスにその知識を役立てる事もできる。」との記載がある。「我が国のコーポレートベンチャリング・ディベロップメントに関する調査研究 ~CVC・スタートアップ M&A 活動実態調査ならびに国際比較~」62頁。
4、終わりに
今回は、出資を伴うオープンイノベーションの一態様としてのCVCの留意点をご紹介しました。次回は、出資を伴うオープンイノベーションの一態様としてのM&Aの場合の留意点を中心にご紹介しようと思っています。
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■コラム執筆:山本飛翔
※山本氏による著書「スタートアップの知財戦略: 事業成長のための知財の活用と戦略法務」発売中。