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【弁護士解説コラム】有益なオープンイノベーションを実現する法務・知財面の留意点とは①

【弁護士解説コラム】有益なオープンイノベーションを実現する法務・知財面の留意点とは①

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1、はじめに

読者の皆さまはじめまして。弁護士の山本飛翔(ヤマモトツバサ)と申します。オープンイノベーションに取り組む大企業やスタートアップの皆さまにお役立ていただけるような記事をこれからご紹介していこうと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

本連載について説明する前に、筆者である私の経歴等を紹介させていただきます。私は、司法試験合格後、知財に強みを持つ中村合同特許法律事務所に入所し、国内外の大手企業を中心に知財・企業法務に関してサポートをして参りました。

また、弁護士になって以来一貫してスタートアップのサポートも続けてきており、東京都や神奈川県のアクセラレーションプログラムのメンター・講師を務め、2020年3月には「スタートアップの知財戦略」(単著)を出版し、同月には特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門にて奨励賞を受賞しました。

さらに、大手企業とスタートアップの両方をサポートしてきた経験を活かし、特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」に事務局弁護士として関与しております。

本連載では、日々の経験や研究結果を踏まえ、「大企業とスタートアップの両者にとって有益なオープンイノベーションを実現する上での法務・知財面の留意点」を皆さまにご紹介していきます。本連載は、各回以下のテーマで執筆することを予定しています。

第1回:オープンイノベーションの意義と課題

第2回:オープンイノベーションの検討開始段階の留意点

第3回:出資を伴わないオープンイノベーションの留意点

第4回:出資を伴うオープンイノベーションの留意点

第5回:M&Aによる場合の留意点

それに先立って連載第1回である今回は、オープンイノベーションの意義と課題について、具体例を交えつつ検討したいと考えています。

2、オープンイノベーションの意義

オープンイノベーションと一言に言っても、アクセラレーションプログラムの提供、業務提携や共同研究開発等といった出資を伴わない比較的ライトなもの、出資を伴うもの(事業会社本体又はCVCからの出資)、M&A等、様々なものがあり、例えば以下のものが挙げられます。

<緩やかな関与>

●ビジネスコンテスト

●アイディアソン・ハッカソン

●インキュベーションプログラム,アクセラレーションプログラム

●単純な売買取引


<中程度の関与>

●共同研究開発

●研究開発受委託

●技術提携

●業務提携


<高度の関与>

●出資(含むCVC、資本提携)

●M&A

このようなオープンイノベーションは、大企業・スタートアップにとってどのような意義があるのでしょうか。

まず、大企業は、自社の既存有力事業を破壊するような新規事業には容易に取り組むことができないというジレンマを抱えている(イノベーションのジレンマ)一方、スタートアップは、技術の発展等により、大きな資本と人手がなくとも新規事業を起こすことが容易になってきました。

このような中で、大企業が自社の既存事業を維持成長させつつ、将来のさらなる成長のために「次の一手」を打つためには、新規事業に挑戦するスタートアップと連携することが効果的な手法の1つであることは疑いないでしょう。すなわち、

①外部から優れたイノベーションを取り込む [1]

②新しいテクノロジーや事業の情報を得る [2]  

③自社のビジネスモデルをより盤石にするべく、自社の優良顧客となる(又は自社の優良顧客を増やす)スタートアップを育てる [3]

④(M&Aを目指す場合)アライアンスの程度を徐々に向上させていくことにより、M&A実行前に対象スタートアップのことを深く知ることができる(プレデューデリジェンスの役割を果たす)

等といった形により、大企業は、スタートアップと連携することにより、自社の既存事業や新規事業を強化することができるといえます。

このような背景もあり、オープンイノベーションについて、近時、スタートアップとの協業に取り組む(取り組もうとしている)大企業も増えてきています。また、国としても、大企業からスタートアップに対する投資の減税措置を検討したり(オープンイノベーション促進税制 [4])、経済産業省が大企業とスタートアップとのオープンイノベーションを促すため、留意すべき点を盛り込んだ契約書のひな型やガイドラインをまとめる動きもあり [5]、大企業としてもスタートアップとのオープンイノベーションから目を背けられない状況となっています。

他方、スタートアップとしても、人的物的リソースが限られる中で、IPO又はM&AというEXITまでの限られた期間 [6]内に事業を大きくしていくためには、大企業とのオープンイノベーションを活用していく必要があります。

このように、大企業・スタートアップどちらの立場から見ても、オープンイノベーションの必要性は高いといえますが、大企業とスタートアップでは、その性質や考え方が大きく異なるため、かかる相違点に留意して取り組まなければ、Win-Winの形でオープンイノベーションを成功させることはできません。

そこで、本連載では、両者の性質や考え方の違い等を踏まえ、いかにオープンイノベーションを成功させるか、という点について、法務・知財に取り組む弁護士として検討してみたいと思います。

[1] 例えば、セールスフォースは、自社内にクラウドのシステム・インテグレーターがいなかった頃、自社でシステム・インテグレーターの部署を新規で立ち上げるのではなく、同社のCVCであるセールスフォース・ベンチャーズを通じて、外部のシステム・インテグレーターに出資し、セールスフォースの中核的な製品を取り巻くエコシステムを作るのに役立てた。

[2] 自社の脅威となる事業領域で活躍するスタートアップに対し出資等を行うことにより関係を作り、同業界の動向を把握できる状態にしておくことも重要と言えよう。

[3] 例えば、セールスフォースが、同社のCVCであるセールスフォース・ベンチャーズを通じて、Force.comのプラットフォーム上でビジネスモデルと知的財産を生み出す企業に対して出資し、Force.comの利用者増と売上向上を図った例が挙げられる。

[4] https://www.nikkei.com/article/DGKKZO53075900X01C19A2MM8000/

[5] https://www.meti.go.jp/press/2020/06/20200630006/20200630006.html

[6] ベンチャーキャピタルから投資を受けるスタートアップは、当該ベンチャーキャピタルのファンドの運用期間内に、IPOやM&Aによる株式売却によるリターンを得る機会を提供する必要がある。

3、オープンイノベーションの課題

現状のオープンイノベーションへの取り組みについて、いかなる課題があるのでしょうか。

(1)大企業側の課題

例えば経済産業省が公開した「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き(第二版)」 [7] において指摘されているように、事業会社(大企業)がスタートアップを十分に理解できず、その結果、オープンイノベーションがうまくいかないケースも少なくありません。

この大企業によるスタートアップの理解不足について、例えば、経済産業省が公開する「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会 報告書」において、企業等にヒアリングした際の意見の1つとして、「事業部門があるベンチャー企業への出資と共同開発の構想を進めていたが、成果物の帰属割合につき、出資する以上は全て取得してしかるべきとの法務部門のこだわりにより、当該ベンチャー企業との間で契約条件が折り合わず、お互いの熱が冷めた。」との意見が掲載されていることが注目に値します。なぜ、このような現象が起きるのでしょうか。

現在、日本企業の法務部は、米国企業の法務と比較し、経営陣との距離の遠さが課題の1つとして挙げられており、また、これまでの法務機能の中心的な役割は「守り」にあったと分析されています [8]。すなわち、法務部の大きな役割の1つは、法務・知財リスクを最小化し、リスクを顕在化させないことであったといえるでしょう。

そういった背景もあり、法務部や法務部員の人事評価は、法務部が関わったプロジェクトの事業上の成功に基づくものではなく、法務・知財リスクを最小化し、リスクを顕在化させなかったかどうか、という点になっていた企業も少なくはなかったと思われます。そうだとすると、法務部にとっては、事業上のメリットは大きいものの、法務リスクが大きい取引を積極的に進めるインセンティブが大きくない、ということになってしまい、成果物がスタートアップ側に帰属することのリスクを過大に評価してしまうおそれがあります。

更に、契約交渉における法務部の役割の1つに、いかに有利な契約条件で契約を締結できるか、という点が挙げられます。この点のみを強調しすぎると、「当該取引を通じた事業上の成功<有利な契約条件」となってしまうおそれがあります。

しかし、大企業とスタートアップが長期的な目線でWin-Winの取引とするためには、両社が事業を成功させる必要があります。すなわち、大企業のみがスタートアップから「搾取」する形では、当該大企業はスタートアップコミュニティにおいて悪名高い存在となってしまい、その後有力なスタートアップとのオープンイノベーションに取り組むチャンスを失うこととなりかねません。

また、大企業が、自社のプロダクト・サービスを利用するスタートアップ等、自社の事業とシナジーの高いスタートアップとオープンイノベーションに取り組む場合には、スタートアップの成長が自社の事業の成長につながることとなり [9]、Win-Winの関係を構築して当該スタートアップに成長してもらえばもらうほど自社事業にもメリットが出てくることとなります。

他方、スタートアップばかりが成功する形では、大企業にメリットがなく、四半期毎に決算報告を行い株主からの厳しい意見に晒される上場企業としてスタートアップとのオープンイノベーションへの取組みを継続することはできません。そのため、大企業はスタートアップの性質や考え方を理解し、Win-Winの関係を構築するべく努力する必要があります。

[7] https://www.meti.go.jp/policy/tech_promotion/venture/tebiki2.pdf

[8] 経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会 報告書」

[9] 例えば、クレジットカード大手のVISAが、スマートフォンやタブレット端末をクレジットカードリーダーとして利用する技術を開発するスクエアというスタートアップに出資し、自社の売上基盤を拡大している例が挙げられます。

(2)スタートアップ側の課題

スタートアップとしても、大企業の性質や考え方に理解が足りない場合も少なくありません。大企業出身者のメンバーがいれば想像しやすいのでしょうが、決裁制度や事業部と法務知財部門との関係等、大企業内部のイメージが持てずにいると、大企業とのオープンイノベーションの取り組みに失敗するリスクが高まってしまいかねません。

スタートアップとしても、上述の大企業の法務部の論理等を踏まえ、当該協業案件について事業会社としての大企業(またはCVC)にとって自社がいかに大企業の利益になるのか(いかにWin-Winの関係を構築できるか)、ということを説得的に示しつつ、法務部が懸念するデメリットが(少)ないことを説明し、交渉していく必要があるでしょう。

それでは、スタートアップとして、大企業と交渉する際、いかなる点に留意すべきでしょうか。留意すべきは、上述の点及び大企業の決裁システムです。すなわち、大企業の組織を考えれば、スタートアップが大企業の担当者と商談を始めた場合、担当者が当該商談を進めるには、上長の決裁及び(特に提示されるひな型の契約条件を修正する場合には)法務部のチェックが必要となるでしょう。しかし、上述の理由から、法務部が、スタートアップとの契約で、一見自社に不利に見える、成果物のスタートアップへの単独帰属の条項を受け入れることは容易ではありません。

したがって、スタートアップとしては、商談時など早い段階から、事業側の担当者に対し、上述のようにスタートアップに単独で成果物の権利を帰属させる等の上述の条件で契約することの大企業側のビジネス上のメリットを丁寧に説明し、また、担当者が決裁の際に上長を説得しやすいよう、必要に応じて資料を作る等して、法務部に相談が行く前に話をある程度まとめておくべきでしょう。

さらに、法務部のチェック段階においても、担当者が法務部を説得できるよう、法務・知財面でのリスクが少ないことを説得的に示す準備は必要となるでしょう。

なお、大企業との契約交渉において、特許が有効に寄与しうる、と説かれることがありますが、この点をもう少し具体的に検討してみましょう。あるスタートアップが大企業と交渉を行う際、大企業の担当者がその商談を進めたい場合には、上長に対し、自社の利益のため、「そのスタートアップと」取引をする必要性を伝える必要がありますが、特許権を保有していれば、当該特許発明は、特許権者の許諾なしには実施することができないため [10]、大企業にとって「そのスタートアップと」取引をする必要性があると説明しやすいといえるでしょう。

逆に言えば、特許出願又は特許権がなければ、大企業から見れば、他の同種のスタートアップと取引するという選択肢が生まれることとなり、条件交渉が厳しくなることはもちろん、そもそも他のスタートアップにアライアンス案件をとられてしまう可能性もあります。大企業との契約交渉において、特許が有効に寄与しうる、と説かれる理由の1つは上記のような点にもあるでしょう。この意味でも、大企業とのアライアンスをうまく進めるべく、スタートアップにとって特許戦略は重要といえるのです。

[10] 侵害の回避が可能かどうかの検討がなされた上で、回避困難であったり、仮に回避ができそうだとしても、それには費用と時間がかかってしまう場合などである。


■コラム執筆:山本飛翔

※山本氏による著書「スタートアップの知財戦略: 事業成長のための知財の活用と戦略法務」発売中。

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