大企業×スタートアップが共創事例を競い合う“コラボバトル”――白熱したピッチの優勝チームとは?
去る6月4日、5日の両日、eiiconの主催によるオープンイノベーションの祭典「Japan Open Innovation Fes2019」(JOIF2019)が、東京ミッドタウン日比谷「BASE Q」にて開催された。両日共に多くの来場者が訪れ、多彩なゲストを迎えて行われた両日のセッションでは、会場をまじえた熱い討議がなされた。また、出展企業ブースでは熱心な商談が交わされる姿もあちこちで見られていた。
そんなフェスの中でユニークな企画として注目されたのが、大企業とスタートアップが共創の内容を会場にプレゼンテーションして競い合う「Collaboration Battle2019」(1日目)と、大企業のオープンイノベーション担当者を前にアピールを行う「JOIF STARTUP PITCH」(2日目)だ。今回は、初日の最終セッションとして行われた「コラボレーションバトル2019」の様子をお伝えしていく。
(※JOIF2019のレポートについては順次【コチラ】にてアップしていきます)
■リアルな共創事例を作った6チームが、深センツアーを賭けて競い合う
「Collaboration Battle2019」は、実際に共創を行った大企業とスタートアップとがチームとなり、そのコラボレーションの内容をプレゼンテーションし、会場参加者の投票によって優劣が競われるという内容。
出場は6チーム(12社)で、それぞれ8分の持ち時間が与えられて、会場参加者にプレゼンテーションを行う。会場参加者は、それぞれの発表内容を「優位性」「課題解決力」「コラボレーション」の3つの観点から評価し、良いと思ったチームに投票する。そして、もっとも多くの投票を集めた優勝チームには、中国・深センへの視察ツアーがプレゼントされる。今回出場したのは、以下の6チームだ(発表順)。
▼JR東日本スタートアップ株式会社×サインポスト株式会社
▼オムロン株式会社×株式会社XSHELL
▼日産自動車株式会社×ダブルフロンティア株式会社
▼富士通株式会社×株式会社みらい翻訳
▼株式会社LIXIL×株式会社Shinonome
▼森トラスト株式会社×株式会社アクアビットスパイラルズ
【1】忙しい駅でもスマートな買い物を実現。人手不足も解消するソリューション「無人決済店舗」
(JR東日本スタートアップ株式会社×サインポスト株式会社)
最初に登場したのは、自らアクセラレータープログラムを主催しているJR東日本スタートアップと、そのプログラムで2017年に最優秀賞を受賞したサインポストのチーム。両者が取り組んだJR駅での無人決済店舗についてのプレゼンテーションがなされた。
現在、コンビニ店舗などでの人手不足は広く社会課題になっている。駅構内に多くのコンビニを抱えるJR東日本でも同様だ。その課題へのソリューションとなるのが、レジ業務を不要とした「無人決済店舗」である。これは、サインポストが持つAI画像解析技術によって実現された。
店内で移動したり、棚から商品を取り出したりする利用者の動きを、ディープラーニングと画像処理技術を組み合わせたAI画像処理で解析。利用者が運んだ商品がコンピュータに認識されており、出口でのSuicaによる決済で買い物が終わる。副次的な効果として、万引きの防止にもなる。JR大宮駅での1週間の実験を経て、さらに多くのデータを集めるため、赤羽駅ホームのキオスクの店舗で2か月実施。確かな手応えが得られたという。
サインポストの波川氏は、「様々な人が数多く利用する駅という場所での実験により、解決すべき課題もあったが、社会的な価値があると確信できた。今後、合弁会社設立を目指しており、日本全国、また世界へ無人決済店舗を広めていきたい」と抱負を語った。
【2】IoT時代のセンサー価値をユーザーに届ける、エバンジェリズムで実現した価値共創
(オムロン株式会社×株式会社XSHELL)
オムロン株式会社は、5センチ単位で高さの変動を感知できる絶対圧センサーや、サーモセンサ、感震センサーなど、優れたセンサー商品を多数開発している。これらのセンサーとIoT技術を組み合わせれば、活用場面は限りなく拡がることが考えられる。しかし、制御技術を含めて、製品のプロトタイプをゼロから開発しようとすると、膨大なコストがかかり、気軽に試すことができないのが難点であった。
そこで、オムロンはGitHubへのプログラム公開や、Raspberry Piへの対応などを進める一方、IoTプラットフォームとして有名なXSHELLと手を組み、多くのエンジニアやデベロッパーの声を直接聞きながら、センサー活用の共創を進めている。
「私たちはオムロンから、高い技術アセットを提供してもらい、我々は豊富なエバンジェリズム経験に基づいた利用環境の整備を提供しました。互いのアセットを持ち寄って、掛け算によるオープンイノベーションを起こしたと思っています」と、XSHELLの瀬戸山氏が語るとおりに、共創スタートから6か月ほどで、オムロンのセンサーを利用してGoogle HomeやSORACOMと連携した製品のプロトタイプができ、さらに20件ほどの製品採用検討が進行中だという。これだけのスピードで共創の展開が進められたのは、XSHELLが持つIoTプラットフォームisaaxを通じての開発が可能であったからこそだろう。この共創プラットフォームから、今後どのような新しい未来が生まれるのか楽しみである。
【3】地域密着型買い物代行サービスとカーシェアリングの共創
(日産自動車株式会社×ダブルフロンティア株式会社)
ダブルフロンティアが提供しているTwidy(ツイディ)は、地域密着型の買い物代行サービス。今後、日本でも確実に成長が予測されるeコマース市場で、「地域密着」をキーワードに、日本型のサービスを展開している。東京電力や日経新聞からの協力により、電力検針員や新聞配達員をクルーとして活用しすることで、最短60分と、短い待ち時間で日常の買い物代行を依頼できることが大きな特徴となっている。
Twidyと、日産自動車とが、品川区のマンションを舞台にして共同で実証実験を進めているのが「Twidy Mansion(ツイディ マンション)」だ。日産自動車が提供したTwidy専用の自動車を用いて、電力検針員やマンションの住民が、他の住民の買い物を請け負う。
日産自動車では、カーシェアリングサービス「e-シェアモビ」をすでに展開しているが、その利用者の半分以上は買い物目的であることから、Twidyとの連携による新たな「買い物+カーシェアリング」のサービスも視野に入れている。
「私たちは国土交通省とも話をしており、業務用としての黒ナンバー、緑ナンバー車両(全国26万台)に限らず、一般の白ナンバー(同8000万台)での運用が可能とされています。そのためインフラとしての潜在能力が非常に大きいのです」(ダブルフロンティア・八木橋氏)とのこと。
このところ、自動車事故関連の痛ましいニュースが続いている。高齢者の運転による危険性が指摘される一方で、身体が弱っている高齢者だからこそ車が必要になるという矛盾があり、両者の共創は社会問題解決型のイノベーションとしても注目を集めそうだ。
【4】AIによる機械翻訳で言葉の壁を取り払い、企業の生産性を高める。
(富士通株式会社×株式会社みらい翻訳)
翻訳市場は、世界で4兆円の市場規模(2016年)を持っているが、これまでは翻訳者の人手に頼っていた労働集約型産業であった。そのため、業務利用する際の生産性を飛躍的に高めることが難しかった。一方、機械翻訳はすでにグローバルIT企業もサービス展開をしているが、訳出の品質が実用レベルに達していなかったり、また外部アプリケーションの利用による情報流出の危険性もあったりした。それらを解決するのが、みらい翻訳による、ニューラルネットワーク技術を用いた多言語翻訳のエンジンとアプリケーションだ。
みらい翻訳の翻訳エンジンによる訳出品質は、英文和訳でTOEIC960点の日本人ビジネスマンと同等程度、和文英訳ではそれを超えるまでになっているという。また、中国語の翻訳でも、和文中訳ではネイティブビジネスマン程度、中文和訳では、プロ翻訳者とほぼ同等までの品質に、ここ半年ほどで到達しているとのこと(いずれも、内容はビジネスコミュニケーション、経済系ニュース)。さらにそのエンジンを社内システムに置けるため、外部流出の危険がなく、社内外ドキュメントの翻訳業務の生産性を飛躍的に向上させることが可能だ。
実際、「富士通には14万人の社員がおり膨大な翻訳作業が生じますが、社内実践では、翻訳業務にかかる時間が40%も短縮されました」(富士通・松尾氏)とのことである。スライドでは、パワーポイントファイルをリアルタイムで翻訳する様子も、デモンストレーションされた。社内実装で大きな成果がえられたため、今後は、この高精度な翻訳エンジンを富士通のプロダクトやサービスと組み合わせることで、より広範囲に提供していく予定だ。
【5】大学発のスタートアップと企業とが、アカデミックなリソースを活用して共創
(株式会社LIXIL×株式会社Shinonome)
Shinonomeは、東京理科大学から出資を受けている大学発ベンチャー。大学と提携をして、学生にテクノロジー教育を提供する一方、その中から優秀な学生を組織して外部企業と研究開発をしている。
LIXILは、トイレやキッチン、窓などの建材を扱っているが、リフォーム事業における課題があった。これまで、たとえばトイレのリフォームの際には、工務店の担当者が施主の家に行き、トイレの採寸や配管の確認をして、それを元に見積りを行っていた。しかし、施主にとっては、そのための時間を確保することや、家に他人が入ることへは抵抗がある。また、見積り担当者の確保の点から、ビジネスをスケールさせにくいという問題もあった。
それらの課題を解決するために、Shinonomeが開発したのが、利用者がスマホで数枚の写真を撮って送信すればそのデータを元に3Dモデリングを実施し、サイズなどを算出、見積りが出せるオンライン見積りシステムだ。家に他人が入る必要がなく、また、見積り時間も短縮できるため、ユーザーエクスペリエンスが大幅に向上した。
この共創が成功した背景として、Shinonome側では、「アカデミックなバックグランドを持つ大学発ベンチャーとして、サービスありきではなく、課題解決のためのテクノロジーを開発した」(Shinonome・高橋氏)ということと、LIXIL側でも実際の現場に学生を同行させて、現場作業者の話、活用している資料などのナレッジを提供したことが挙げられる。
「学生ならではの率直な意見が、すごく新鮮でした」(LIXIL・原田氏)ということで、今後もその視点を活かして、よりアプリを進化させるなどの共創を続けていく予定である。
【6】スマートプレートで、リゾート体験をアップデート。さらに共創の中から新技術を開発
(森トラスト株式会社×株式会社アクアビットスパイラルズ)
アクアビットスパイラルズが提供しているスマートプレートは、スマホをかざすだけで、そこに書き込まれた情報を閲覧できる製品だ。アプリをインストールする必要もなく、また、スマートプレートにはバッテリーも必要なく、ただかざすだけで欲しい情報が得られる斬新性は、世界中で高く評価されており、海外でのアワードも多く受賞している。そのアクアビットスパイラルの持つ技術の可能性がさらに拡張されたのが、森トラストとの共創事例だ。
森トラストでは、同社が運営するラフォーレ修善寺で、スタートアップの新しいアイディアやテクノロジーを投入してスマートな宿泊体験を提供するため、アクセラレータープログラム「Future Accerate Program」を3月に開催した。アクアビットスパイラルズは、そこに参加しスマートプレートによる「情報にもてなされる宿泊体験」をテーマとした提案を行い、クリエイティブ賞を受賞。
そこから共創がスタートしたが、その中で、森トラストから提示されたアイディアのひとつに、スマートプレートのシステムを客室のカギ代わりに使えないかというものがあった。――「アクアビットスパイラルズさんの『ググらせない』情報提供は素晴らしいが、それだけでは物足りない。さらに進んで、お客様のすべての困りごとを解決してもらいたいと思いました」という森トラスト側からの「無茶ぶり」に対して、アクアビットスパイラルズは、さっそく新たな技術を創案。ドアにスマホをかざすだけでカギが開くシステムを開発した。
「スタートアップの提案をそのまま採用するだけなら、単なる受発注です。互いの持ち玉を投げ合って、ともに作り上げて行くのがオープンイノベーションでしょう。大企業に無理難題を言ってほしい。負荷をかけられれば、それを元にスタートアップは超回復していきます」(アクアビットスパイラルズ・萩原氏)との言葉通り、新たな価値を生む共創事例であった。
■コラボレーションバトルの優勝チームは、【森トラスト×アクアビットスパイラルズ】!
すべてのプレゼンテーションが終わった後、会場参加者による投票が行われた。優勝は、最後に登場した【森トラスト株式会社×株式会社アクアビットスパイラルズ】のチームだった。
互いのアセットやアイディアを出し合うことで、よりよい製品が開発されていくという、オープンイノベーションの理想的な姿が、会場参加者に評価されたのであろう。見事に中国・深センへの視察ツアーを射止めたアクアビットスパイラルズ・萩原氏は、「中国でも『ググらせない』を普及させたいので、中国語でなんというのか、勉強してから行きたいと思います」との言葉で、喜びを語ってくれた。
■編集後記
サービスや技術など、6チームがさまざまなタイプの共創を提示しており、一口にオープンイノベーションといっても、その企業や事業の性格ごとに多くの進め方があるのだと、改めて確認させられた。しかし、どのチームにも共通していたのは、「新しいプロダクトやサービスで世界を変えて行きたい」という想い。その想いこそがオープンイノベーションの本質なのかもしれない。
※JOIF2019のレポートについては以下ページにてアップしていきます
(構成:眞田幸剛、取材・文:椎原よしき、撮影:加藤武俊)