OKI | 伝説の技術者が挑む社内文化改革―『イノベーション塾』の中身とは?<前編>
イノベーション創出活動「Yume Pro」(ユメプロ)を推進する沖電気工業株式会社(以下、OKI)。同社はSDGs(持続可能な開発目標)で掲げられた社会問題を起点とし、【医療・介護】・【物流】・【住宅・生活】という3つの領域において積極的にオープンイノベーションを仕掛けている。さらに、2019年度からは【海洋資源・保全】もテーマとして追加する予定だという。
同社は、スタートアップ・大企業・地方自治体・大学など社外パートナーとのコラボレーションにより、新たなイノベーション創出に挑む一方で、社内の文化改革にも余念がない。その代表的な取り組みが、OKIの技術者として数々のイノベーションを牽引してきた千村保文氏が塾長を務める『イノベーション塾』だ。
2018年度には既に1000名以上のOKIグループ社員が同塾のプログラムを受講し、社内には少しずつ変化があらわれているという。――実は千村氏は、2019年2月で同社を定年退職。同社の理事・兼イノベーション塾長として、再スタートをきっている。今回は、2018年春から始まった『イノベーション塾』の具体的な中身について、千村塾長にお話しをお伺いした。
▲沖電気工業株式会社 OKIイノベーション塾 塾長 千村保文(ちむらやすぶみ)氏
1981年入社。海外向けデータ通信システムのソフトウェア開発を担当。1990年代よりVoIP(Voice over Internet Protocol)システムの開発を牽引。後に「VoIPのOKI」と称される礎を築き、著書も多数。2019年2月の定年退職後は、イノベーション塾・塾長として社内文化改革に取り組んでいる。
次の時代を見越して開発に挑む
――まず始めに、千村様のご職歴と、千村様がイノベーション塾の塾長に就任された背景について、お伺いできればと思います。
OKI・千村氏 : 私は、1981年(昭和56年)にOKIに入社し、2019年の1月に60歳を迎えました。現在は、退職後の再雇用という形で、イノベーション塾の塾長を担っています。
これまでの職歴ですが、入社後、最初に配属となったのは海外向けデータ通信システムのソフトウェアを担う部署でした。そこでは、主に中国のデータ通信を担当し、北京に約3年間駐在。中国政府に対して通信システムを提供していました。その後は、ジュネーブや米国などで進められたVoIPの国際標準化にも取り組みましたね。
その後、「インターネットに関連する製品をつくろう」という話になり、IP電話(VoIPシステム)の開発に挑戦。まだ1990年初頭でしたから、インターネットアクセス回線のスピードが遅く、「こんなもので音が送れるのか」という時代でした(笑)。
ただ、「インターネットが高速化する時代は必ず来る」との確信を持っていました。その確信をもとに、若手数名の開発チームで研究を重ね、ブロードバンド回線を用いたVoIPのゲートウェイ装置を設計、売り込みもしたんです。その結果、大手通信キャリアに採用され、日本中にIP電話が一気に普及しました。
――00年代前半に、街のあちこちでブロードバンド(IP電話)のPR活動が盛んでしたが、その根幹ともなる技術を開発されたわけですね!
OKI・千村氏 : 仰る通りです。街で配られていた音声通話もできるアダプタ装置を覚えている方もいるでしょう。あの黒い箱の設計を担当していたのが私です。この技術(VoIP)は、みなさんが現在お使いのスマートフォンの音声通話アプリケーションにも活用されているんですよ。
その後は、「無線の時代が来る」と予見し、セキュリティに配慮した無線LANシステムや900MHz帯を使ったIoTシステムの研究開発を行いました。しかし、900MHz帯の周波数の割当が決定していない時期でしたから、思うように実用化が出来なかったのです。「もうやめようか」という時期に、総務省に周波数変更を相談。多くの研究会にOKIのメンバーが参加し、働きかけを行った結果、周波数割当が変更されました。これが突破口となり、現在の920MHz帯のIoTシステムが開発出来ました。
これまで私は、誰かがやったことではなく、お客様から依頼されたことでもなく、「これからはこういう時代になる」ということを考え多くの提案をしてきました。――このように先を見越して、日本初、世界初とも言われる技術革新を牽引してきた実績を評価していただいたこともあって、現在、イノベーション塾の塾長を任されています。
もう60歳を過ぎましたので、自らが技術革新を担うというよりも、これからは後進の育成という形で、イノベーションの興し方や、失敗した時の対処の仕方、周囲の加速支援の必要性について伝えていきたいというのが、今の私の想いです。
――イノベーション塾を企画するに至ったきっかけは、何かあったのでしょうか。
OKI・千村氏 : イノベーション塾は、当社のイノベーション創出活動「Yume Pro」(ユメプロ)の一環です。Yume Proを進めていくにあたり、「自らイノベーションを興す活動」と「イノベーションを社内に広げる文化改革」の両軸で進めようという話になりました。社内文化改革を担う取り組みとして、イノベーション塾が誕生しました。これがイノベーション塾創設の背景です。
OKIでは、「お客様の要望を受けてから考える文化」が根付いています。それを、「お客様の先にある社会問題から考え、自ら解決していく文化」に変えていくことが、イノベーション塾の目的です。考え方の原点はSDGs(※)で掲げられた社会問題。SDGsを起点に、自らイノベーションを創出していける会社になることを目指しています。
※SDGs(持続可能な開発目標)=2015年に国連が採択した国際目標。持続可能な世界を実現するための17の目標、169のターゲットから構成されている。
『イノベーション塾』が取り組む5つの内容
――社内文化改革を標榜して生まれたイノベーション塾。その中身が気になります。2018年春に塾がスタートしてから約1年と聞いていますが、この1年で具体的にどのようなことを実施されてきたのでしょうか。
OKI・千村氏 : イノベーション塾は、主に以下5つの施策で構成されています。
(1) イノベーション研修
(2) イノベーション・ダイアログ
(3) Yume Proチャレンジ
(4) 社外アイデアソンなどへの参加奨励
(5) 駆け込み寺
まず、1つ目のイノベーション研修ですが、これについては、イノベーションに関する基礎研修という位置づけです。イノベーションの創出の仕方について、まる一日かけて研修を行っています。
午前は、当社執行役員でイノベーション責任者を務める横田からの主旨説明から始まります。その後、一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)の西口専務理事をお招きしての講義を行います。講義の後は、ワークショップです。講義で学んだことをもとに、過去実際に起こったイノベーションについて議論をしたり、OKIと外部企業とのコラボレーションによって起こるイノベーションについて議論を行っていますね。
研修で学べることは、イノベーションの考え方、お客様のジョブ(潜在的なニーズ)の理解の仕方、ジョブからお客様の課題を見つける方法、見つけた課題をビジネスモデル化する方法などです。全体を通して、これらへの理解が深まる研修となっています。
――まずは、イノベーションの起こし方について知ってもらおうという狙いですね。研修の参加者はどのような方々なのでしょうか。
OKI・千村氏 : この研修は、役員が率先して参加し、部門長や部課長クラスへと、トップダウンで進めています。参加者には、新規事業を担当する者だけではなく、営業や管理部門の社員、グループ会社の社員も含まれます。イノベーションを起こすためには、当事者の努力だけでは困難で、周囲の加速支援が欠かせません。だからこそ、管理部門を含めて、全員がイノベーションについて理解を深めることが重要だと考えています。
――なるほど。2つ目のイノベーション・ダイアログはどのようなことを行っているのでしょうか。
OKI・千村氏 : イノベーション・ダイアログは、社長の鎌上と一緒にお昼ご飯を食べながら、OKIのイノベーションについてざっくばらんに語り合う場です。これは、社長の想いが現場に十分に伝わらない、現場の状況が社長になかなか上がってこないという状況を変え、フラットに語り合える社内文化づくりのために始めました。「イノベーション」とは新規事業と既存事業野革新と位置付けていますので、間接部門を含めた業務の課題や改革について、幅広い意見交換を行っています。
各回10名程度で、これまでに合計200名強の社員が参加しました。当初は、1時間半で始めたダイアログでしたが、社長の鎌上から「時間が足りない」という指摘を受けて、今では2時間コースになっているんですよ(笑)
研修、ダイアログいずれについても、部門の垣根を超えて参加メンバーを選択しています。そのため、参加者同士の交流が生まれるという、副次的な効果も狙っています。
――コミュニケーション活性化にも一役買っているわけですね。3つ目はどんな内容でしょうか。
OKI・千村氏 : 3つ目のYume Proチャレンジは、公募制の社内コンテストです。新規事業案や既存事業の改革案などを募集しています。応募するにあたって、チームに必ず一人はイノベーション研修の受講生がいることを条件としています。
応募された事業案については経営会議のメンバーが審査を行い、選ばれたチームは社長の前でプレゼンを行います。審査にはJINの西口専務理事もご参加いただきます。採択された事業案に対して、事業費として最大で1億円の予算を用意しています。また、社内から一緒に取り組みたい仲間を集めて、チームを組成することができるなどの特典もあるんです。
――研修で学んだことを実践できる機会ということですね。しかも最大1億円という大きな予算がつくというのは、本気度の高いコンテストだと感じます。4つ目の施策(社外アイデアソンなどへの参加奨励)もその一環ですか?
OKI・千村氏 : 社外のアイデアソンやハッカソンへの参加も実践の一環だと言えます。実際、社外で開催されたアイデアソンで、OKIのメンバーが最優秀賞を受賞するといった事例も生まれてきました。今後も引き続き、社外活動の奨励には、力を入れていきたいですね。
5つ目の駆け込み寺は、「研修内容を仕事に活かそうとしても、なかなかうまくいかない」といった受講生の声を受けて始めました。相談できる場をつくるというのが狙いです。
具体的には、「研修後に作成した事業案を見てほしい」という相談を受けて添削を行ったり、「SDGsについての勉強会を実施してほしい」という相談を受けてワークショップを企画したりしました。このように、受講生からの相談を受け、さまざまな取り組みを行っているのが駆け込み寺です。
『イノベーション塾』の課題と次なる一手
――5つの施策をまとめてイノベーション塾というわけですね。5つの取り組み以外で、今後、取り組もうとされていることがあれば教えてください。
OKI・千村氏 : 2019年度は、イノベーション塾をグループの地方拠点にも広げていきたいと考えています。当社には約2万人の社員が在籍していますが、イノベーション研修を受講した人は現時点(2018年3月)で1056人。まだ全体の5%程度です。残りの95%の社員にどう広げていくかが課題だと捉えています。
2019年に注力したい施策の一つが「Yumeハブ」です。グループ内の至る所にイノベーションのハブとなってくれる人をつくっていく計画を立てています。ハブとなる人たちとの間にネットワークを構築し、全国に点在するOKI社員、関連会社社員に、イノベーションの輪を広げていきたいのです。
また別軸では、実践型の研修を増やしていくことも検討中です。たとえば、各事業部の人たちに、それぞれが持つ事業テーマでアイデアを考えてもらい、その加速支援を行っていくといった内容ですね。
――イノベーション塾を約1年間運営してみて、千村様が感じていらっしゃる手ごたえや変わってきたという感覚はありますか。
OKI・千村氏 : 受講生に研修後のヒアリングを行っていますが、現場に戻ると手前の仕事に追われて、イノベーションの「イ」の字も出てこない、という声を数多く聞きます。一方で、社内コンテスト「Yume Proチャレンジ」には20〜30名程度の応募が集まるようになりました。少しずつじわりじわりとですが、広がっている手ごたえは感じています。
社長には「文化改革なので、5年はかかる。5年は我慢してください」と伝えています。社長からは「じゃあ、65歳まで頑張れ」と言われました(笑)。イノベーション塾の究極の目標は、5年間でイノベーションが日常的な活動になる状態をつくることです。お客様の要望を受けてからではなく、自ら考えてイノベーションを興せる人を社内に数多く生み出すことで、目標の実現につなげていく考えです。そして、最終的にはOKIイノベーション塾の教育体系を確立し、後進に引き継げたらいいですね。
取材後記
社内の文化改革や意識改革は、その事業規模が大きければ大きいほど難しいと言われる。今回お話をお伺いしたOKIは、社員数が2万人にも及び、拠点は国内のみならず海外にも広がっている。そんな中で、千村氏が強調された「5年以内で日常的にイノベーションが起こる状態を作る」という力強い言葉――この言葉から、OKIの文化改革に対する本気度を感じることができた。
明日掲載する記事後編では、塾の受講生である3名の方にお集りいただき、受講後の感想や、塾に参加したことによってご自身の業務にどんな変化がもたらされたのかについてお伺いした。
(構成:眞田 幸剛、取材・文:林綾、撮影:古林洋平)