「think 2030」 vol.3 | 守屋実氏
東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年を目前に控え、日本社会・経済は大きなターニングポイントを迎えようとしている。そうした中、日本国内ではオープンイノベーションが徐々に浸透し、大企業やスタートアップの共創による新規事業創出が形になってきた。――しかし、米中貿易摩擦、イギリスのEU離脱、消費税増税など、明るいニュースばかりとも言えないのが現状だ。
シリーズ企画「think 2030」では、激動を予感させる2020年のその先、「2030年に向けた企業×オープンイノベーションの未来」という視点から、日本の企業・ビジネスパーソンの進むべき道を考えていく。
今回は、数々の事業立ち上げに携わってきた「新規事業の専門家」である守屋実氏にインタビューを実施。これから2030年にかけての日本企業の行く末について、守屋氏自身が大企業と接する中で感じていること、オープンイノベーションの未来について話を伺った。
■株式会社守屋実事務所 守屋実氏
明治学院大学卒業後、1992年に株式会社ミスミ(現ミスミグループ本社)に入社、新市場開発室で新規事業の開発に従事する。メディカル、フード、オフィスの3分野への参入を提案後、自らはメディカル事業の立上げに従事。
2002年に新規事業の専門会社である株式会社エムアウトを、ミスミ創業オーナーの田口氏とともに創業。自社で案件を立ち上げ、その後イグジットさせるというビジネスモデルで、複数の事業をイグジット。
その後、2010年に守屋実事務所を設立。設立前および設立間もないベンチャーを主な対象に、新規事業創出の専門家として活動。ラクスル株式会社、ケアプロ株式会社の立ち上げに参画、副社長を歴任後、ブティックス株式会社、株式会社博報堂、宇宙航空研究開発機構(JAXA)のほか、多数の企業の経営に参画、現在に至る。
“量稽古”をしてきた人が、新たな価値を生み出す。
――変化の激しい時代だと言われていますが、これから2030年の日本経済・企業の動向はどのようになっていくと考えていらっしゃいますか?
守屋氏 : 普通に考えると、残念な方向に行く、ということになるんでしょうね。少子高齢化は一層進んで、国全体の活動量が落ちていく。それは確実に訪れる未来であって、淡い期待を抱いてはいけないと思います。しかし、だからといって、何をやっても駄目だと思ってしまってはつまらない。少しは良い時代にすることができるはずだ、とも思っています。
――この時代に、何を見出していけばいいのでしょう。
守屋氏 : 現状、我が国の課題は、2つしかないと思っています。1つは、人口総量の激減、もう1つは、人口構造の激変、です。この2つが同時に起こっているから、日本はさまざまなことに見舞われているのだと思います。これだけ環境が変わると、新規事業も既存事業も、これまでとは違う何かしらの工夫をしなければならないでしょう。でも、何をどう工夫したらいいのか、誰も分からない。とにかく前提がこれまでとはあまりにも違うので。
――既存事業であっても、道なき道を進まざるを得ないということですね。
守屋氏 : 道なき道を進まざるをえない時代になってくると、とにかく、そういった状況の場数を踏んで“量稽古”をしてきた人が何とかして踏ん張るのが、価値を生み出す一つの活路なのではないかと思っています。たまたまですが、僕はずっと新規事業特化型でやってきましたので、そういった意味では、道なき道ばかり、な感じでした。
我々は生き物であり、生き物は本能として存続しようと頑張るから、今後はそういう、どうにかして活路見出そうと踏ん張る人間が増えていくのではないかと。
今までの延長線上ではない、新しい何かを生み出す人たちが増え、そして踏ん張って、未来につながる明るい何かを作る。僕自身が、その中の1人であれたらいいなぁ、と思っています。
新規事業に取り組む相手は、ビジネスモデルよりも「人」で見極める
――守屋さんは、これまで新規事業をたくさん立ち上げていらっしゃいますが、これから注目している領域というのは?
守屋氏 : はい、3つ、あります。1つ目は、ミスミやラクスル的なビジネスモデル。――B2Bの「シェアリングプラットフォーム」です。2つ目は、ビジネスモデルではなく、ドメインと言う感じなのですが、「医療・介護・ヘルスケア」市場です。3つ目は、大企業の新規事業で、とくには、「オープンイノベーション」と言う感じでしょうか。
――なぜ、その3領域なのですか?
守屋氏 : 単純に、僕が“量稽古”してきたのが、この3分野だったからです。ながいこと量稽古をしつづけているので、この3分野に関しては常にアンテナを張ってきた、という感じなんですよね。それに、1つ事業を始めたら、その周辺でどんどん気になる領域が増えていったりして、手掛ければ手掛けるほど未着手案件が増える、と言う感じなのです。それで、結果として、この3つになった、と。
――でも、「3領域に当てはまったら何でもいい」というわけではないですよね?どう見極めていらっしゃるのですか?
守屋氏 : 一言で言うと、「人」です。ビジネスモデルに関しては、極端なことを言うと検索すれば過去の取り組みはいくらでも調べられるじゃないですか。前人未到、前代未聞のビジネスモデルというのは、そんなにないと思っているんですよね。新しいビジネスの出現は、そういった世紀の発見的なものではなく、いろんな人が手掛けているんだけど、それをとことんやり尽くして、やり切れた人がいたときに生まれるのではないかと。それも、矢印が自分ではなく、ちゃんと世の中や顧客に向いたうえで、やり尽くし、やり切る人。
――使命感に燃えている、世の中をより良くしたいという人ということですか?
守屋氏 : そうですね。その方が、自分にとっても満足度が高いんですよね。例えば、事業としての規模はそんなに大きくないのですが、ケアプロという会社があります。指先から血液を1滴取って健康診断を行う「セルフ健康チェックサービス」を展開する会社で、いわゆるソーシャルベンチャーです。大規模に資金調達してガンガン成長して、という派手さはないのですが、社会の課題に挑み、結果、法改正まで実現させることが出来たのです。これは、僕にとって大きな誇りになっています。
――法改正というのは?
守屋氏 : ケアプロの事業を始めたころは、「セルフ健康チェック」はグレーゾーンだったんです。5つの法律に違反しているのではないか、と事業展開の制約を受けていました。苦労苦難の連続で、行政のとの争いにおいては全戦全敗でした。それでもケアプロは、健康診断に行けないような「健診弱者」を救うサービスとして、そういう制約の中でも戦い続けてきました。そしてサービス開始から6年が経った2014年、「グレーゾーンの解消」という規制緩和の時代の流れの助けもあり、法改正を実現することが出来たのです。
――なぜそこまで大変な想いをして、新規事業を手掛けるのですか?
守屋氏 : 最初に申し上げたように、世の中の環境が劇的に変わってきているなか、これまでの事業も、そしてこれからの事業も、すべからく変わっていくことが求められているからです。
例えば、ケアプロの事業領域であった、「医療介護ヘルスケア市場」は、岩盤規制に守られ続けてきた結果として、世の中の普通なことが、想像さえつかないようなことになっていたりします。いま、我が国の診療所(クリニック)は10万件ほどあるのですが、普通どこの産業でもトップシェアは1割くらいあるものなので、それに当てはめた、「1万店舗くらいのクリニックチェーン」なんて、想像もつかないですよね?
なんでも規模化すればいい、とまでは言いませんが、それでも現状ほど細かく分断され過ぎていると、既得権益の温存と非効率な経営が許されたりする。こうしたおかしいことがあると、がぜんやる気がでてくる。(笑)
僕の中では、1万店舗くらいの診療所のチェーン店を作って、そのうち5000~7000店舗を医師のいない、遠隔診断&セルフチェックの無人店舗とかにしたいなぁ、と。しかしながら、それは、いまの我が国の医療風土には合わないし、法的にもアウト。だから、当然足元ではできませんが、でも、いつの日かの近未来には、あってもイイのではないかと。
カネ・意思決定・評価を本体から切り離す、“三つの断捨離”が新規事業には必要
――色々な企業が、「新しいことをやらねば」と焦りを抱えています。しかし、なかなかうまく行かないということも事実です。
守屋氏 : 根気強くやる。それしかないですね。だって基本的には、企業の上の人になればなるほど、今のままで逃げ切ろうとするじゃないですか。その会社が変わることって、自分の不利にしかならないから、やらない。僕だって、その立場だったらやりませんよ(笑)。みなさんも、そうだったりしません?
――うーん…確かにそうかもしれません。
守屋氏 : だから、大手企業から新規事業の相談をいただいたときには、まず最初、案件の詳細を聞く前に、「何をやってもどうせうまく行きませんよ」、ととんでもなく失礼なことを、わざと意地悪く言ったりしています。どういうことかということ、大企業はすべからく本業が強すぎるのです。だから、どんな新規事業の種を蒔こうが、本業の汚染で全部枯れてしまうのです。
本業は、その企業が創業来、この道何十年とやってきている熟練の事業構造、組織体制です。すべてが「大人」なのです。一方、新規事業は生まれたばかり、もしくは生まれる前なので、すべてが「赤ん坊」なのです。赤ん坊に、いきなり大人のルールを押し付けても、無理ですよね?
――無理ですね(笑)。では、どうすれば「新規事業」という赤ん坊はスクスクと育つのでしょうか?
守屋氏 : 僕は、大企業に、3つの断捨離をして欲しい、と言っています。3つは、「資金」と「意思決定」と「評価」で、これを大企業の本体とは別に切り離した、新規事業のための「出島」をつくる必要がある、と。
まず資金ですが、一番切り離しておきたいのは、「単年度会計」だと思っています。例えば、ラクスルはお陰様でベンチャーとして高い評価をいただいていますが、それでも上場までに8年かかっていて、しかも創業から4年間は、いまの上場のビジネスモデル(印刷EC、シェアリングプラットフォーム)と違うビジネスモデルだったりしています。これ、単年度会計的に見るとアウトですよね。
また、意思決定で言うと、四半期毎に会社への何かしらの報告を求められていたとすると、4年×四半期で16回、事業検討会議的な、「何かしらの会議」を突破しなければならなかったことになる。これ、相当難しいことなのではないかと。
おそらく、その会議では、「やったことのない人が、やったことのない人に、やったことのないことをやらせようとする」なんて、冗談のような意思決定が行われたりするのだと思います。しかも、評価で言えば、「最初から大成功!」みたいなことを求めてくる。普通に考えて、おかしいのではないかと。だから、「資金」「意思決定」「評価」の3つは、断捨離してしまった方がイイのです。
ちなみに、こういったことは、最初は言っても聞く耳をもってもらえず、それでもずっと同じことを1年くらい言っていると、「確かにそうかもしれない」となるんです。だから、根気強くやるしかない。
――1年かかるんですか!?
守屋氏 : 1年だと早い方なんじゃないですかね?大企業はリーダーシップでは変わらない、空気で変わるものですから。そして、そういう空気を作ることは、すぐにはできません。だから、根気強く言い続ける。すると、1年後くらいに、時々ちょっとだけ変わる大企業が出現したりするんです(笑)。
大企業×ベンチャーは、自然の法則から見て好相性
――なかなか変わらないけれど、根気強く接していけば少しずつ変わる。長い戦いになりそうです…。
守屋氏 : でも、大企業をあきらめてはいけない。だって、日本の大企業の人材は本当に優秀じゃないですか。ただ、すごく優秀なのに、一人ひとりが担っている役割は恐ろしいほど狭いから、その優秀さをうまく発揮することが出来ない。
僕がアドバイザーをしている大企業に、入社10年目で同期トップの、すごく優秀なAさんという人材がいます。Aさんが何をやっているかというと、ある部品の摩擦係数を限りなくゼロに近づける、という仕事をしていた。来る日も来る日も、そればかり、です。これ、もっと広い視野の仕事を担当してもらってもイイと思いませんか?
――確かに、もったいないですね。
守屋氏 : Aさん本人は事業全体を見るような仕事をしたいと思っている。ただ、大企業でそれがいつできるのかというと、あと25年くらいかかるというんですよ。なんだか人生の迷子になりそうですよね。
――それでも、大企業をあきらめないんでしょうか?
守屋氏 : はい、諦めないです。諦めずに、僕は、自分が参画しているとあるベンチャーに、Aさんを出向させてもらおうと、頑張りました。結果、とっても柔軟な考えを持つ上司の英断で、なんとそれが実現したのです。そして、実現して起きたことは、「出向した瞬間」にAさんの視野が、格段に広がったのです。
大企業の社員であれば、働こうがサボろうが、毎月給料日に給料が振り込まれるじゃないですか。しかし、Aさんが出向した先のベンチャーでは、「あと何カ月したら資金がショートするから、いついつまでにお金を作らねばならない」、ということだったんですよね。だから、時間とお金の感覚がガラッと変わったわけです。大企業の人材はもともと優秀だから、そういう経験をすると、劇的に変わっていきますね。
――世の中は、オープンイノベーション特需だと感じますが、今後、大企業はどうオープンイノベーションを使いこなせばいいと思いますか?
守屋氏 : 誰もが使いこなせる、というわけではないと思います。しかしながら、トップランナーが結果を残せば、必ず追随してくる企業が出てくるはずです。
もちろん、独立起業家が成功するのは分かりやすくていいのですが、我が国には、大企業の組織力を活かした勝ちパターンがあってもいいのではないかと思うのです。ベンチャーがちょっとでも芽が出せたら、大企業がすかさず寄り添って、組織力を加えた上で手伝っていく。
ただし、“出島”として本業からある程度切り離す必要はあるのかもです。そうやって、大企業とベンチャーが力を合わせていくのが、日本らしいオープンイノベーションの在り方だと考えています。
――日本ならではのオープンイノベーションの形ですね。
守屋氏 : 新しいものを生み出す時に重要なのが、生き物同士がそうしているように、違うもの同士がくっつくことだと思うんですよ。真逆の存在である大企業とベンチャーは、じつは相性が良くて、何か新しいものが生まれる可能性が高い。自然の法則に則った、すごく良い組み合わせではないでしょうか。だから、大企業×ベンチャーのオープンイノベーションはどんどん進むべきだと思います。
取材後記
2030年に向けて、さらに先の見通しが難しい世界になっていくことは間違いない。大企業の本業であろうが、スタートアップであろうが、新しいことをしなければならない、という点では共通している。しかし、守屋氏は未来に対して悲観的ではない。未知なる領域に挑むという場数を踏んで“量稽古”することの重要性を感じ、自らが新規事業のプロフェッショナルとして、量稽古を続けている。そして、これからの時代はそうした新しい何かを生み出す人たちが増えていくと希望を持っている。
新規事業を立ち上げるには、どんな環境で行うのかが非常に重要だと、守屋氏は言う。本業の呪縛がある状態では、なかなか芽は出ない。そこで守屋氏が提言するのが、「三つの断捨離」だ。本体から「資金」「意思決定」「評価」を切り離す。大企業が一朝一夕で変わるわけではない。しかし、守屋氏は、大企業をあきらめない。優秀な人材を抱える日本の大企業×ベンチャー企業という日本型オープンイノベーションは、未来への希望となるだろう。
(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:古林洋平)