Honda 3つの技術シーズ公開!クルマ・バイクに捉われない共創に取り組む理由とは?
日本を代表する四輪・二輪メーカーとして、全世界で3000万台以上(昨年度)の製品を提供しているHonda。同社は、【①製造前に実物同等のクオリティをCG上に再現する技術】・【②どんな場所でもバリアフリー化するスロープ】・【③高強度×衝撃を吸収する鋼板】という3つの技術シーズを公開し、業界・業種を問わず広くパートナー企業を募ることを決定した。
――そこで今回は、世界的なモビリティーカンパニーとして業界をリードし続けているHondaが貴重な技術情報を公開し、オープンイノベーションの推進を決定するに至った背景、さらには新たな技術を次々と生み出すHondaの研究開発・技術開発を取り巻く独自の環境やカルチャーなどについて、同社の知的財産・標準化統括部 統括部長である別所氏に伺った。
また、3つの技術シーズの開発担当者である井出氏、西山氏、興津氏の3名には、それぞれの技術の特徴や想定される具体的な製品イメージ、共創パートナーなどについて詳しくお聞きした。
▲本田技研工業株式会社 知的財産・標準化統括部 統括部長 別所弘和氏
1983年株式会社本田技術研究所入社。特許出願など特許技術分野の業務に従事。1996年より本田技研工業株式会社知的財産部にて、米国特許訴訟や中国・アセアン諸国における特許・意匠訴訟を担当。2001〜2006年には本田技研工業(中国)投資有限公司知的財産部長として、中国内関連会社の知財業務を統括。2010年以降は本田技研工業株式会社知的財産部門の要職を歴任し、2017年4月より現職。
Hondaの研究所はエンジンを研究する場所ではなく、「人を研究する場所」
――今回、貴社が技術シーズを公開し、オープンイノベーションを推進しようと決断された理由についてお聞かせください。
別所氏 : Hondaはクルマ、バイクを中心に最近ではジェット機といった製品も扱っていますが、そうした主力製品に適用するための技術開発に加え、それらの基礎となる基盤技術・要素技術の研究も並行して推進しています。さまざまな研究開発にチャレンジしている会社なので、そうした“技術の塊”のようなものが社内にたくさん点在しているのですが、私たちHondaの頭だけで考えているとクルマやバイク周辺の応用ぐらいしか思いつかないわけです。
それならば広く技術シーズを公開して、様々な業界の方からアイデアをいただき、皆さんと一緒に新しい技術の活用方法を見出すことで、世の中の役に立っていきたいと考えたのです。
――貴社はこれまでにも家具メーカーとの椅子の開発やイネの研究など、クルマやバイク以外の領域で共創を行われていますが、共創の事例について詳しく教えていただけますか?
別所氏 : 家具メーカーへの技術提供ですが、もともとはHondaが表皮材メーカーと共同開発した技術・製品であり、社内ではアレルクリーンシートと呼んでいます。シート表皮に付着したアレルギー物質やインフルエンザウイルスを不活性化する特性があり、既に『N-BOX』という車種にも採用されているのですが、こんなに素晴らしい技術であればクルマ以外にも用途があるだろうと考えて外部に公開したところ、お声がけをいただきました。
――イネに関してはHondaの本業から考えるとかなり意外ですね。なぜイネの研究に着目されたのでしょうか?
別所氏 : 実は、継続的にイネについて研究をしており、背が低くて雨風に強く、尚且つ収穫量が多いという品種を名古屋大学と共同で開発しました。Hondaはガソリンを使うクルマやバイクを開発しているため、以前からエネルギーや燃料に関する研究を進めており、バイオエタノールの酵素の開発などにも取り組んできました。エネルギー問題や食料問題の解決、持続可能な社会、SDGsに着目した取り組みの一環として、イネなどの食料に関する基礎研究も行ってきたのです。
――今回公開される3つの技術シーズは社内の技術者から公募で募ったということですが、Hondaの技術者の方々は他社と比べてどのようなタイプの方が多いと感じられていますか?
別所氏 : 意欲的でチャレンジング、常識に捉われない技術者が多いと感じています。Hondaの場合、生産と販売を担う本田技研工業(株)、研究・開発を担う(株)本田技術研究所がそれぞれ別会社になっており、技術者は(株)本田技術研究所に所属しています。生産・販売と研究・開発が分かれている体制なので、技術者としては自由な発想で、自由な研究ができる環境が担保されています。だからこそ、そうしたマインドの技術者が多いのかもしれませんね。
――商売、ビジネスと離れた組織にいるからこそ、技術者は自由な発想ができるということですね。
別所氏 : 商売、ビジネスは大事なものですが、Hondaの技術者はビジネスだけに捉われずに「世の中をもっと便利にしよう」という発想で仕事をしていますし、そのこと自体がHondaの強さにもつながっていると思います。その点は創業者である本田宗一郎も変わりません。奥さんが自転車で買い物に行くのが大変そうだから「自転車にエンジンをつけよう」という発想から会社がスタートしていますからね。
そもそもHondaの研究所はエンジンを研究する場所ではなく、「人を研究する場所」であるという考え方で運営されています。現在のデザインシンキングに近い考え方であると言えるでしょう。
――Hondaと聞くとどうしてもクルマやバイクを連想しがちですが、「人を研究する」ということであれば、先ほどの椅子やイネの話も理解しやすいですね。
別所氏 : (株)本田技術研究所、本田技研工業(株)という社名には“自動車”という文字は入っていません。本田自動車ではないんですよ。確かにHondaはモビリティを得意としているし、何にでも手を出せばいいというものでもないのですが、根底にはそうした考え方が流れているんです。
“ワイガヤ文化”――制限を設けることなく、柔軟なスタンスでアイデアを出し合いたい
――貴社の技術シーズを公開することで幅広い企業から問い合わせがあると思いますが、具体的な共創イメージなどはお持ちでしょうか?
別所氏 : 正直なところ、手探りで走りながら考えていくことになるだろうと想定しています。Hondaがこれまでに培ってきたクルマやバイクに関する技術の話とは異なるので、状況によって柔軟に、ケースバイケースで進めていった方が良い結果が生まれるのではないかと考えています。
Hondaには“ワイガヤ文化”というカルチャーがあります。みんなでワイワイガヤガヤとアイデアを出し合っていくという発想手法であり、要はブレインストーミングなのですが、共創パートナーの方々とも、そんな風にアイデアを出し合えればいいなとイメージしています。最初から「こうしなければならない」と決めてしまうことで発想に制限がかかってしまう可能性もあるので、初めは柔軟に進めていくべきでしょうね。
ただし、ある程度の形が定まってきた段階からの事業化、モノにしていくというフェーズに関しては、私たちも豊富なノウハウを持っていると自負していますので、そこからはスピーディーに進められると思います。
――皆さんで“ワイガヤ”をするためのスペースなどもあるのでしょうか?
別所氏 : 研究所の中にワイガヤベースというガラス張りの部屋を作った部署があると聞いています。社員であれば誰でも自由に出入りして議論に加われるようなスペースですね。また、六本木や赤坂にAIなども絡めた新しいクルマを開発する拠点を作っているのですが、そちらにもオープンな議論ができるスペースを作っているところです。
――いつ頃までに製品化・サービス化するという期限のようなものは設けているのでしょうか?
別所氏 : 技術によって足の長さも違うと思うので、明確な期限は設けていません。繰り返しになりますが、固め過ぎてしまうことによって発想が広がらないこともありますから。ただし、「旬な時期」というものは必ずあると思うので、それを外さずに可能な限り早く進めていきたいとは考えています。“ワイガヤ”も大切ですが、世の中に出していくことが重要だと考えているので、ゴールを見据えて進めていくつもりです。
――最後になりますが貴社が公開する技術シーズに興味を持って応募してくださる企業の方々へのメッセージをお願いします。
別所氏 : 私たちHondaだけで考えられることには限界があると思うので、さまざまな方々と一緒に考え、互いにアイデアを持ち寄ることで技術の可能性を多方面に広げていきたいと考えています。特に私たちが今までお付き合いをしたこともないような業界・業種の方々であれば、互いに新しい発見ができるのではないかと期待しています。とにかく業界や業種を問わず、幅広い方々とお会いしたいですね。
さまざまな業界・分野・製品への応用が期待される3つの技術シーズ
――以上のように別所氏からはオープンイノベーション実施に関する背景やHondaの持つ独自の技術文化について伺った。ここからは、今回公開される3つの技術シーズについて、それぞれの開発担当者から話を聞いた。
【技術シーズ1】 実物同等のクオリティを再現するCGプログラム化技術(TOPS)
▲開発担当者 デジタル開発推進室 CISブロック 研究員 井出大介氏
井出氏が開発したTOPS(トップス)システムは、Hondaが独自で開発を進めてきたテクノロジーであり、実素材の見え方をCG上で再現するための要素技術だ。映像業界で活用されているCGそのもののアウトプットを目的とするようなソフトウェアと異なり、実際の素材や評価環境、CADデータなど反射特性を多角度から計測したデータを取り込むことにより、現物のあるがままの見映えを再現することが可能となる。クルマの外装塗板の複雑な反射特性をシミュレートできるため、Honda社内ではすでにさまざまなクルマの開発・評価で活用されている。
<井出氏インタビュー>
「この技術で実現される『現物のあるがままの見映えを保証するCG』によって、現物がない状態でも現物を正確に評価することが可能になるため、Hondaの自動車開発においてもリフレクションや素材合わせのイメージといった細部の確認ツールとして活用されています。
応用分野としては自動車業界や製造業全般、建築業界など、現物再現のテクノロジーを活かせる領域、顧客体験をバーチャルで提供することに価値が生まれるような業界・サービスでの活用が見込めると思います。また、高度なスキルや属人的なノウハウに依存することなくCGを簡単に作成できるので、現物をもとに物理的に正しい方法で映像を作っていくPBR(フィジカルベースドレンダリング)のトレンドが主流になりつつあるエンタテインメント業界でも活用いただける可能性が高いと考えています」。
<応用・製品化が想定される業界>
●自動車業界、製造業界全般
●建築業界、不動産業界、インテリア業界
●CGソフトウェアベンダー
●エンタテインメント業界(映画、コンサート、ゲーム、旅行体験)
●医療業界
【技術シーズ2】 どんな場所でもバリアフリー化する可変勾配スロープ/軽量かつ高強度・高剛性なアルミ接着積層パネル
▲開発担当者 第9技術開発室 第2ブロック 研究員 西山公人氏
可変が可能な勾配スロープにより、施設の大改造を行うことなく車いすなどの移動の不自由さを解消することができる要素技術だ。現状、最大50cm程度の段差であってもリモコン等を操作するだけで簡易に角度の緩やかなスロープを作ることができるため、高齢化社会における車いす利用者の積極的な屋外活動促進、介護者の負担軽減にも貢献できる技術となる。また、可変勾配スロープ用の部品として開発されたアルミ接着積層パネルは、高強度・高剛性を有しているほか、低コストであり、高い生産効率が期待できる。
<西山氏インタビュー>
「可変勾配スロープシステムに関しては、これからの高齢化社会を見据えて『人の移動をもっと便利にしたい』という想いを実現するために開発した技術です。自動運転が実現したとしても、人や車いすをクルマに乗せる、クルマから下ろすといった動作が必ず必要になりますが、このシステムを活用いただくことによって介護者側の負担を大きく低減することができると考えています。
また、可変勾配スロープシステムの軽量化を目指して開発したアルミ接着積層パネルは、ダンボール構造を応用した上で高い強度・剛性を実現した部材です。軽くて丈夫なパネルなので、自動車キャンパーのベッドや重量物を載せる車内の物置棚、頻繁に棚の取り外しを行う小売店の商品棚、学校の机の天板や椅子の座面など、さまざまな用途への応用イメージを持っています」。
<応用・製品化が想定される業界>
●可変勾配スロープシステム
・車いす利用者の移動に関係する事業者(病院、公共機関、交通機関)
・バリアフリー化を推進するハウスメーカーなどの企業、自治体
・物流、運輸、倉庫、小売店など重量物を扱う業界
●軽量かつ高強度・高剛性なアルミ接着積層パネル
・ベッドや物置棚などを製造する家具・インテリア・オフィス用品メーカー
・建材・内装材メーカー
・学校教育用机・椅子等のメーカー
【技術シーズ3】 高強度×衝撃を吸収する鋼板
▲開発担当者 第9技術開発室 第4ブロック 研究員 興津貴隆氏
高強度かつ降伏伸びと加工硬化を併せ持つ特異な応力ひずみ線図を示すナノDP鋼板を、軸圧潰にて衝撃吸収する中空部品に適用する要素技術。高い強度と潰れやすさを両立した素材であり、破断することなく潰れることにより小ストロークで衝撃のエネルギーを吸収できるため、電車やトラック、バスの車体、航空機のシートといった製品に活用することで、衝突時の安全性を高めるといった活用方法を想定している。同様の特性を示す素材は鉄鋼メーカーや大学での研究開発も進められていますが、Hondaではいち早く試作品を完成させている。
<興津氏インタビュー>
「乗用車に関しては法規や設計の問題もあって適用が難しいのですが、電車やトラック、バスに関しては比較的導入しやすい要素技術であると考えています。さらには飛行機やヘリコプターの座席、部材に活用できる可能性もあります。
また、車両だけではなくガードレールや道路の側壁、橋梁といった交通インフラにショックアブゾーバーのような形で挿入しておくことで、事故や災害、天災の際に被害を最小限に食い止めるといった使い方も想定しています。破断せずに潰れることで衝撃を吸収するという技術から、さまざまな方向へアイデアを膨らませていただける方々と共創したいと考えています」。
<応用・製品化が想定される業界>
●鉄道車両メーカー
●トラック、バス等の輸送機器メーカー
●航空機メーカー
●鉄鋼・素材・建材メーカー
●官公庁、自治体、建設コンサルタント、ゼネコン
取材後記
現物を忠実に再現するCG技術、高齢化社会を見据えた勾配スロープとアルミ積層パネル、モビリティ社会における安全性への貢献が期待される衝撃吸収部品など、今回公開された技術シーズの方向性、想定される応用分野はそれぞれに異なる。しかし、いずれの技術も現代社会が抱える多様な社会課題を解決に導くイノベーションの源泉になり得ることは間違いないだろう。
別所氏がインタビューで述べた通り、Hondaの技術者の皆さんは高い技術力を持っているだけでなく、目の前のビジネスや同社の得意領域である四輪・二輪だけにこだわらず、「世の中をもっと便利にしたい」という思いを持って基礎研究に打ち込まれている。そんな高い志を持った方々と共創し、社会に大きなインパクトを与えるようなイノベーションを起こしたいと考えている企業の方々は、ぜひ今回のチャンスを活かしていただきたい。
※3つの技術シーズの詳細についてはコチラもご覧ください。
(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己、撮影:佐藤淳一)