「メディアに忖度する必要はない」 イノベーションを加速させるPRのコツ
企業がオープンイノベーションを推進していく上で、情報発信は重要なポイントだ。しかしながら、経済産業省の調査によると、「対外的な発信をしている」企業は、わずか13.8%に留まる。「共創パートナーが見つからない」原因の1つは、こうした対外的な情報発信の面にありそうだ。――そこでeiiconは、プレスリリース配信サービスを提供する「PR TIMES」と共催し、オープンイノベーションにおける有効な情報発信ついてのイベントを10月18日に開催した。
会場は大手町SPACES。イベントは二部構成で、第一部では広報・プレスリリース配信の基礎的な知識や概念、オープンイノベーションの取り組みを周知させるための実務的な方法、ツールなどを紹介。続く第二部は、実際にPRを戦略的に進めながらオープンイノベーション活動を積極的に実践する企業を迎え、PR活動におけるハードルや成功の秘訣についてのパネルディスカッションを行った。
「オープンイノベーション」取り組みの告知における”コンセプトメイク”方法
イベント第一部のテーマは、「イノベーションを加速させる広報戦略」。最初にeiicon 代表の中村が登壇し、オープンイノベーションの取り組み告知におけるコンセプトメイクについて話をした。
【オープンイノベーションが注目された背景と課題】
中村は「新規事業創出の難度が上がっている今の時代、オープンイノベーションは有効な手段としてグローバルで注目を集めている」と語る。確かに、多くの企業が新規事業創出にオープンイノベーションが有効だと認識しており、共創相手を探している。しかしながら、「なかなか共創パートナーに出会えない」という声も多い。その理由として中村は経済産業省のデータを示しながら、「オープンイノベーションを推進しているにも関わらず、『特に発信していない』『経営計画等PRを目的としていない資料には明記している』と回答した企業は83%にも上る」という現状を紹介。日本でオープンイノベーションがうまく進まない理由の一つに、情報発信の課題があることを述べた。
【オープンイノベーション実践におけるコンセプトメイクとは】
続いて中村は、共創相手を探す前にまず自社のオープンイノベーションにおける「コンセプトメイク」の重要性を強調、コンセプトメイクにおける5つのステップを示した。
<コンセプトメイクにおける5つのステップ>
STEP1:目的の明確化(なぜやるのか)
STEP2:参入領域の明確化(どのような領域に参入するのか)
STEP3:ターゲットの明確化(どんな企業にアプローチしたいのか)
※まずはSTEP1~3を定めた上で、次にターゲットに響く内容を考えるフェーズに進む。
STEP4:事実に基づく自己紹介(自社特徴や提供リソースなど、定量的なデータ)
STEP5:ビジョンを伝える自己紹介(実現したい世界観やメッセージなど、定性的な内容)
中村は、「対外的なリソースを求める目的と、ターゲットの絞り込みが重要」だと話し、このコンセプトメイクは、事業戦略の段階で行う必要があると述べた。
【目的とターゲットを明確にする方法】
オープンイノベーションを推進するためのポイントは、目的を明確にすることだ。そして、その目的は大きく3つに分類できると中村は話し、それぞれにおける成功事例を紹介した。
1.飛び地の新規事業創出
2.既存事業の延長にある事業拡大のスピード化
3.日進月歩の技術に追いつく次世代技術の獲得
では、企業はどのようにしてオープンイノベーションの目的を明確化していけばいいのか。中村によると、そのポイントは4つ。
1.自社の不足を洗い出す。ウイークポイントを知る
2.成し遂げたいビジョンを明確にし、協力部署も決める
3.外部と共創したい技術領域・事業領域を明確にする
4.途中でその目的・ゴール・領域をぶらさず邁進する
さらには製品・市場マトリックスを示しながら、「市場」と「製品」×「既存」と「新規」それぞれのケースにおけるパートナー探索の方法について紹介した。最後に中村は、改めてコンセプトメイクの大切さを強調し、「共創相手に探され、選ばれる企業になることが非常に大切です」と、結んだ。
オープンイノベーションを加速させるプレスリリースの効果的な活用方法
「みなさんが抱くプレスリリースのイメージとは?」と会場に問いかけたのは、次の登壇者である株式会社PR TIMESの村田氏。「記者が読む資料と思われているかもしれないが、SNSやデジタルデバイスが発展した今、一般生活者がプレスリリースに触れる機会が急速に増加している」と、プレゼンテーションをスタートさせた。
▲株式会社PR TIMES マーケティング本部 営業戦略第1グループ グループマネージャー 村田悠太氏
エンジニアを経験後、デジタルPR黎明期の2008年4月に株式会社PR TIMES入社。 現在は上場企業からスタートアップまで幅広い業界を担当し、デジタルマーケティングPRの提案を行う。 セミナー講師として宣伝会議や企業内研修会でも多数講演実績。 ※プレスリリース配信「PR TIMES」
【PR TIMESのトピックスとPRの概況】
「行動者発の情報が、人の心を揺さぶる時代へ」をミッションとするPR TIMES社。従来のプレスリリースの枠を超え、企業とメディア、そして潜在的・顕在的ステークホルダーをニュースでつなぐ、新しいインターネットサービスを標榜している。PR TIMESの月間PV数は1,200万。その半数以上の約650万PVが、スマホからのアクセスだという。「記者だけではなく、一般の人がスマホからアクセスしているのではないかと想定できる」と村田氏は語る。
PR TIMESの利用企業数は、25,000社を突破し、そのうち上場企業は1,250社超。国内上場企業の1/3が利用しているという計算だ。一方で、スタートアップ企業の利用も急速に増加しており、設立2年以内のスタートアップは累計で4,351社にものぼる。大企業もスタートアップ企業も、情報発信のために積極的にプレスリリースを活用しているということが分かる。
さらに村田氏は、「プレスリリースを活用している部署も広がっている」と話す。従来は、広報やIR、ブランド戦略室などが発信することが多かった。しかし実際は、「例えば製造業で言うと、技術本部、IoT通信事業本部、新規事業部など、様々な事業部門の情報発信に活用していただいている」という。
【オープンイノベーションにおけるプレスリリースの役割】
◆プレスリリースは、誰に向けた資料なのか
インターネットが普及していなかった時代、私たちは多くの情報をテレビ・新聞・雑誌といったトラディショナルメディアを通じて取得していた。それがインターネット時代になると、Yahoo!をはじめとするネットニュースからも情報を取得するようになった。さらに近年、ソーシャルメディアの台頭により、誰でも興味・趣味・感覚に合致する企業情報を発信・取得できる時代になった。ただし、情報は世に溢れているものの、すべてが100%信頼できるものばかりだとは限らない。そうした中で、「プレスリリースは企業が公式に発信した信頼できる情報」だと村田氏は話す。
続いて、「プレスリリースは、メディアに情報を届けることだけが目的なのではなく、正確で心揺さぶる情報をメディア含め様々なステークホルダーに届けるものだ」と、村田氏は強調する。企業のステークホルダーは、メディアだけではない。株主、顧客、ビジネスパートナー……様々なステークホルダーと良好な関係を築くためにも、正確で心揺さぶる情報を伝えていくことが重要だ。「たとえプレスリリースがメディアに記事として取り上げられなくとも、“未来の”ステークホルダーを含めて届けることができないだろうか?」と、村田氏は説く。「プレスリリースの多くは記事にならない。しかし、スマホが普及しSNSが発展した今の時代、記事にならなくてもプレスリリースをステークホルダーに直接届けることができる。プレスリリースの役割は時代とともに変わってきており、価値は今後さらに高まっていく」と語った。
◆オープンイノベーションを加速させるためには?
そして村田氏は、今回の核心であるオープンイノベーションにおける情報発信に話題を展開する。「展示会や論文・学会、アクセラレータプログラムといった方法で提携先を探索することは確かに重要。ただ、そうしたクローズドな場での活動は、限られたプレーヤーだけの世界になる」と、村田氏は問題を提起した。
さらに、「オープンイノベーション加速のためには、アクセラレータプログラムなど“技”のマッチングと共に、“情報”もオープンに発信していく必要がある」と述べた。せっかくイノベーションを興そうとしているのに、コーポレートサイトなど自社が直接伝達できる範囲の情報発信に留まってしまうのは、もったいない。「優れた技術を持つ中小企業が自ら情報発信する土壌をつくり、大手企業も協業情報をオープンにする、『情報開示のイノベーション』こそが、今求められている」と、村田氏は熱を込めて語る。
既存のビジネスパートナーだけではなく、新しい共創パートナーと出会うには、自社の動きをどんどん対外的に発信していく動きが必要。そんな、“未来の”ステークホルダーとのコミュニケーションプラットフォームとして、PR TIMES活用の有効性を説いた。
【プレスリリース事例】
「今やプレスリリースは、“メディア限定”の資料ではなく、あらゆるステークホルダーへの発信ツール」だと、改めて語る村田氏。その具体的な事例を、いくつか紹介した。
その中の1つが、東京メトロのアクセラレータプログラムのプレスリリースだ。まずはエントリー開始前のタイミングで、プログラムの実施について発信。その半年後に、最終審査通過企業が決定したことを報告した。ここでポイントなのは、東京メトロ側だけではなく、共創パートナーとして採択された企業も同タイミングでプレスリリースを発信したということだ。これにより、スタートアップ企業の技術やサービスについても対外的に注目が集まることとなる。
村田氏は他にも、「案件受託」「共同開発」「技術開発」「イベント出展」などの事例を紹介。「メディアに取り上げられるかだけではなく、当該領域に関心のある“未来の”ステークホルダーに知らせる手段の1つとして、ぜひプレスリリースを活用して欲しい」と、締めくくった。
パネルディスカッションで語られる、効果的なPRノウハウとは?
第二部は、「有効なプロモーション実践編」として、富士通株式会社 徳永氏を招き、PR TIMES村田氏、eiicon中村の3者によるパネルディスカッションが行われた。
オープンイノベーション活動を積極的に実施している富士通。アクセラレータプログラムを3年間で5回実施し、協業検討に至ったのは77件、実績は約40件という目覚ましい成果を上げている。さらには、プレスリリースも巧みに活用していることも特徴的だ。
▲【写真中央】 富士通株式会社 マーケティング戦略本部 ビジネス開発統括部 シニアディレクター 兼 ベンチャー協業推進部長 徳永奈緒美氏
データベースエンジニアとしてキャリアを積んだ後、社内ベンチャー/カーブアウトによる新規事業支援部門にて10社以上のベンチャー会社の事業立ち上げや資金調達支援などを実施。 その後、ビッグデータ関連の事業開発部門でスマホアプリサービス開発やスタートアップ連携による新事業立ち上げにも携わる。 2015年よりマーケティング戦略本部にてスタートアップ企業との連携推進を担当し、40件以上の提携案件を創出。
【1】イノベーション活動におけるプレスリリースのメリット・デメリットは?
まず1つ目の設問について、徳永氏は「メリットしかない」と言い切る。どんどん発信していくことで、先ほど村田氏が述べた“未来の”ステークホルダーに情報を届けることができるからだという。徳永氏はさらに、「当社の広報は、プレスリリースを『無料で使える広告』として考え、出せる時に積極的に出している。事業部門としても、まずは情報を出してみて市場の反応を探るという、マーケティング的な狙いもある」と語った。
プレスリリースにデメリットはあるのだろうか?中村が尋ねると、村田氏は「デメリットというわけではないが、出すタイミングの見極めは重要」だと答えた。メディアに取り上げられるのは、新しい情報だ。さらに、「プレスリリースは広告と異なり、出せるタイミングが限られている。新しいことを発信するタイミングで、プレスリリースを積極的に出して欲しい。また、共創パートナーとリリースのタイミングを握ることも大切」と語った。
また、「メディア掲載を狙ったプレスリリースのタイミングはあるのか」という中村の問いに対して、徳永氏は「メディア掲載は大きなニュースがあれば飛んでしまったりするため、コントロールしにくい。比較的コントロールしやすいのは、1社リーク」と言う。
【2】広報活動で一番難しかったハードルは?
続いて2番目の設問について、徳永氏は「関係者の情報統制にハードルを感じる」と話す。特にオープンイノベーションの場合は関係者が多く、足並みを揃える必要があるため難しいという。続けて徳永氏は「事業担当者が記者と別件で話をしていた時、うっかりプロジェクトに触れてしまった。すぐに気付いてスタートアップ企業の名は出さず誤魔化したが、結局記事に『富士通が何か新しいことをしようとしている』と出てしまった。後でスタートアップ企業と共に大々的にプレスリリースを打つ予定だったのに、台無しになってしまった」と失敗事例を語り、「事業部は不慣れだったりするため、『プロジェクトの存在そのものについて、一切触れないように』意識合わせをしっかりしなければならない」と述べた。
村田氏は、「広報以外の事業部門の方々にPR TIMESを使っていただくケースが増えていると先ほどお話したが、事業部門の方々はプレスリリースに慣れていないため、外部からみて伝わりにくい内容になってしまうことがある」と、最近の傾向から来るハードルを語った。実際に、内容の書き方やタイトルの付け方などアドバイスを求められることも増えているという。
それに対して徳永氏も理解を示し、「メーカーとして、一生懸命開発したものが世に出るとなると、自分たちの苦労や力を入れた機能について一生懸命語ってしまったりする。しかし、世の中が知りたいことはそこではない、ということはよくある」と話した。
また、「メディアに取り上げてもらうためのコツはあるのか?」と中村が質問を投げかけると、徳永氏は「オープンイノベーションは、今注目されているため取り上げられやすい。その中でも特に大事なのは、普段からイノベーション系の担当記者の方々とリレーションを築いておくこと」だという。
そして、記者と懇意になるきっかけとしては、「イノベーション系のイベントに来る記者さんの顔ぶれは、だいたい決まっている。そういう記者さんを捕まえておくことが大事」と語った。――記者やメディア関係者に、過剰な遠慮や忖度することなく、積極的に関係性を構築していくことがオープンイノベーションを加速させるPRノウハウの一つと言えそうだ。
【3】イノベーション活動を加速させる広報の秘訣とは
3つ目の設問について中村が、「富士通さんがアクセラレータプログラムを始めた当初は、社内協力部署も少なかったと聞いている。今のような協力体制を築きあげる上でポイントとなったことは?」と投げかけると、徳永氏は「プレスリリースやメディアへの露出が、結果的に社内の協力体制構築に役立った」と答えた。今でこそ23部門の協力体制があるが、アクセラレータプログラムがスタートした3年前はわずか4部門。その中でも、まず実証実験や提携が決まったら、どんどん成果として情報をリリースしていったという。すると、最初は懐疑的だった社内の目も、様々なメディアに取り上げられるうちに好意的になっていったというのだ。「メディア掲載実績が増えていくことで、社内の協力者も増えていった。今では、オープンイノベーションで”エネミー”と言われがちな法務・購買・知財からも、仲間が増えている」と、徳永氏は対外的な情報発信の重要性を実感していることを語った。
【4】質疑応答
続いて、会場との質疑応答が行われた。
「大企業とスタートアップが協業する場合、プレスリリースを出すタイミングは揃えた方がいいのか」
この質問に対して、村田氏は「揃えて出すことをお勧めする」と回答。以前は、大企業だけが情報を出すことが多かったが、現在は“共創”を押し出していることが多い。そのため、タイミングは合わせて出した方がいいという。
「対外的な発信だけではなく、まず社内で発信する時の巻き込み方や気を付けていることは?」
これに対して徳永氏は「社内報に載せることは1つの手。社内広報の部門と仲良くなり、ピッチコンテストなどのタイミングで取材してもらう」と答えた。
「企業として情報を出すと、ふんわりとした内容になってしまう。そうならないコツは?」
この問いかけに、村田氏は「情報の切り口やタイミングなど、ストーリー立てた発信も大切。まずは決まったら第一報を出す。次に、途中経過を発信するなど、タイミングごとに最良の情報を考えていくのがいい」と述べた。
パネルディスカッション終了後は、登壇者も交えた懇親会を開催。オープンイノベーションを加速させるための広報について、様々な議論が繰り広げられた。
取材後記
いくら良い商品を作っても、どれだけ優れた技術やサービスを持っていても、知られなければ意味がない。これは、オープンイノベーションにおいても同じことだ。「共創パートナーを探している」ことや、「新しい取り組みをしている」情報を、声の届く範囲だけで留めておくのはもったいない。プレスリリースの活用で、もっとオープンに、よく通る声で“未来の”ステークホルダーに伝えていくことが重要なのだろう。
また、対外的なメディア掲載実績が社内広報にも繋がるという、徳永氏が話した事例も面白かった。本業と比較すると、新規事業の規模は微々たるものかもしれない。しかしながらメディアに大々的に取り上げられると、「すごいことをやっている」「面白そうだ」と、興味を持つ事業部が仲間に加わってくる。メディアを巧みに活用した富士通の事例は、大きなヒントとなりそうだ。
(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:加藤武俊)