東京都『Tokyo NEXT 5G Boosters Project』採択の開発プロモーターeiiconによる『Next 5G Social Innovation Program』が始動――次世代通信技術を活用したイノベーション創出に挑む支援スタートアップ2社(Cellid・森未来)が描く未来像とは?
東京都は、5Gをはじめとする次世代通信技術を活用し、新たなビジネスやイノベーションを創出するスタートアップを支援する事業「次世代通信技術活用型スタートアップ支援事業 (Tokyo NEXT 5G Boosters Project)」を実施している。同事業は、次世代通信技術の力で都民の暮らしをより豊かにすることが目的であり、同時にその取り組みに資するスタートアップの成長支援も狙いとしている。
本事業で掲げる目的を具体化するため、開発プロモーターとして選ばれた株式会社eiiconは、『Next 5G Social Innovation Program』という共創プログラムを始動した。3か年で5社以上のスタートアップと、共感したパートナー企業をつなぎ、実証から事業化までを伴走するもので、2025年度には2社が採択された。
本記事では、東京都が主催する『次世代通信技術活用型スタートアップ支援事業 (Tokyo NEXT 5G Boosters Project)』と、eiiconが立ち上げた『Next 5G Social Innovation Program』の概要を紹介する。さらに、本プログラムの支援スタートアップ2社(Cellid株式会社/株式会社森未来)へのインタビューを通じ、共創で実現を目指す取り組みや描く未来像についても明らかにしたい。
「次世代通信技術」を使って暮らしを豊かに――『次世代通信技術活用型スタートアップ支援事業 (Tokyo NEXT 5G Boosters Project)』とは
●東京都が『次世代通信技術活用型スタートアップ支援事業 (Tokyo NEXT 5G Boosters Project)』で目指す姿
東京都が実施する「次世代通信技術活用型スタートアップ支援事業」、通称『Tokyo NEXT 5G Boosters Project』は、5Gをはじめとした次世代通信技術を活用し、新たなビジネスやイノベーションを創出するスタートアップを支援する取り組みだ。都民のQOL(Quality of Life)向上に寄与する有益なサービスを創出するとともに、この事業に参画するスタートアップの企業価値向上を目指している。
●スタートアップの挑戦を加速させる、「開発プロモーター」の役割
『次世代通信技術活用型スタートアップ支援事業 (Tokyo NEXT 5G Boosters Project)』の事業スキームは以下のようになっている。
▲画像出典:東京都HP
本事業で掲げる目的を現場での実装につなぐ役割を担うのが「開発プロモーター」である。東京都は毎年開発プロモーターを選定する。選ばれた開発プロモーターは3カ年度にわたり、5社以上の支援先のスタートアップのプロダクト開発や事業化を後押しする。通信事業者や実証フィールド提供者、研究機関、VC・金融機関などと連携し、資金面や技術面、マッチング支援などを提供するのが役割だ。
これまで、2023年度(令和5年度)から各年度3社ずつ選定されており、2025年度(令和7年度)の採択企業として名を連ねたのが、eiiconだ。
●eiiconが仕掛ける共創プログラム『Next 5G Social Innovation Program』
開発プロモーターとして選ばれたeiiconは、東京都が本事業で掲げる目的を具体化するため、2025年度に新たな共創プログラム『Next 5G Social Innovation Program』をスタートさせた。
次世代通信インフラへの投資は進んでいるものの、その価値を実感できるユースケースがまだ十分に広がっていないという課題意識がある。次世代通信に関わる実証実験は各所で行われているが、「超高速・大容量・超低遅延・多数同時接続」といった特徴を活かした活用シーンの開拓は追いついていない。そこで、スタートアップ・現場での課題を有する事業者や自治体・共同でデバイスやソフトウェア開発を行う企業等と連携したうえで、次世代通信技術の強みを活かし、現場で役立つプロダクトやサービスの創出につなげていくのが狙いだ。
すでに、Cellid株式会社と株式会社森未来のスタートアップ2社を支援先とし、次世代通信技術を使った事業開発をサポートしている。
Cellid(セリッド)は、普通の眼鏡と同じ感覚で装着できる軽量ARグラスを開発するスタートアップで、取得した映像をリアルタイムで遠隔地に共有することも可能である。静止画であれば4Gでも十分だが、動画を送信するには5Gなどの高速通信が不可欠だ。本プログラムとの親和性は非常に高い。
また、森未来(しんみらい)は、“Sustainable Forest”をミッションに掲げるスタートアップ。日本全国の木材情報を網羅したデータベースを保有しており、設計者やデザイナーが必要な木材を効率的に探せる仕組みを提供している。本プログラムでは、森林管理と次世代通信技術を組み合わせた取り組みに挑戦する。
今後、この2社の共創パートナーを募り、ユースケースを創出していく方針だ。ここからは、2社へのインタビューを通じて、取り組みたい内容や求めているパートナー像を具体的に見ていく。
【Cellid】 軽量・薄型のARグラスを次世代通信と掛け合わせ、現場で活きるプロダクトに
――はじめに、御社の事業内容についてお聞かせください。
Cellid・山本氏: 当社は、ARグラス向けのレンズ(ウェイブガイド)、マイクロプロジェクター、空間認識エンジン「SLAM」などを開発する次世代技術のスタートアップです。これらの技術を通じて、現実世界とデジタル世界を融合させる新しい体験を提供し、多様な現場の業務効率化や利便性向上、情報アクセシビリティの拡充などに貢献することを目指しています。
▲Cellid株式会社 ビジネスデベロップメント部 ソフトウェアサブジェクトマターエキスパート 山本駿 氏
――御社のプロダクトの特徴や強みもお伺いしたいです。
Cellid・山本氏: 昨年の12月、ARグラスのリファレンスデザイン(検証モデル)をリリースしました。当社のディスプレイモジュール製品を実際にARグラスの形にし、様々なユーザーが使えるようにした製品になります。特徴は、軽量・薄型、透過率が高いこと。それでいながら、Android OSも内蔵しているため、さまざまなソリューションを開発する事業者と広く連携できる製品です。
▲ソフトウェアの企画開発を手がけるjig.jp、眼鏡枠企画販売のボストンクラブと協働し、鯖江デザインのARグラスを企画・開発中。2026年4月以降の販売を目指している。
――現在、本プログラム以外にどのようなプロジェクトが動いているのでしょうか。用途の事例を教えてください。
Cellid・岡部氏: これまでの取組としては、2025年の大阪・関西万博では、特許庁とともにARグラスを使った翻訳・文字起こし体験を提供しました。難聴の方でも、ハンズフリーで相手の顔を見てコミュニケーションできる点などが評価され、数千人規模の来場者アンケートでは、約96%が「良い取り組み」と回答するなど、手応えを得ています。
また、SMBCグループさん、セブン‐イレブン・ジャパンさんとは、購買体験の実証実験を実施。商品に連動したレコメンデーション表示や虹彩決済などに挑戦しています。本プログラムとは別に、渋谷区さんとは、建設・港湾関連の現場でARグラスの実証を行っており、フィードバックをもらいながら改善を進めているところです(※関連記事)。
▲Cellid株式会社 ビジネスデベロップメント部 ストラテジックアカウントチーム シニアマネージャー 岡部真輔 氏
――他事業での取組を踏まえ、今回の『Next 5G Social Innovation Program』への参画は、どのような理由からなのでしょうか。
Cellid・山本氏: ARグラスは通信環境に大きく依存するデバイスです。5Gなど次世代通信が持つ低遅延・大容量の特性を活かすことで、重い処理をクラウド側に任せることができ、端末を軽量に保ったまま利用できます。その結果、ARグラスが日常的に使えるデバイスとなり、社会実装が加速すると考えています。
特に、当社のARグラスに搭載している8Mピクセルの高解像度カメラは、次世代通信との相性が非常に良く、目線の映像・画像を活用した生成AIや画像認識ソリューションとの連携、さらには当社が保有する空間認識ソフトウェアとの連携にも大きな可能性があります。こうした理由から、本プログラムに参画しました。
――高解像度カメラの特徴や、それが搭載されていることで実現できることは?
Cellid・山本氏: このカメラのスペックや品質は、スマートフォンに搭載されているものと同等です。ARグラスならではの特徴は、「実際にかけたときに、どんな映像や画像が撮れるか」という点にあります。例えば、会話をしている最中でも、相手の顔が自然とフレームに収まります。スマートフォンの場合、意識的に構えて撮影しない限り、こうした映像を残すのは難しいですよね。
一方でARグラスでは、ユーザーが特別な操作をしなくても、目線に沿った映像や動画が取得できます。さらに、少し視線を下げるだけで、手元の作業の様子も映像として残すことができます。現場で「どのような作業が、どのように行われているのか」をそのままデータとして保存できるのです。こうした点に可能性があると考えています。
――本プログラムではどのようなパートナーと出会いたいとお考えですか。
Cellid・山本氏: ARグラス単体では、現場の課題解決につなげることは難しいと考えています。ですから、ソフトウェアアプリケーションを開発しているSIerや、実際に現場で使われるプロダクトを開発されている企業などと連携をしていきたいと思っています。
Cellid・岡部氏: 加えて、AIとも非常に相性がよい製品なので、AIベンダーとも連携していきたいです。また、山間部などでは通信が不安定で使えないことがありますし、セキュリティの観点からローカル5Gへの対応が必要な場合もあるため、通信インフラ会社とも一緒に取り組みたいです。
Cellid・山本氏: このARグラスは、あくまでリファレンスデザインであり、完成した製品ではありません。アプリケーション開発者や利用現場から寄せられる要件、課題を集約し、PDCAを回しながら、より価値のある形へと進化させていきたいと考えています。こうした点が、一般的なARグラス製品やデバイスメーカーとは異なるアプローチだと思っています。
また当社はハードウェアメーカーでありながら、社内に数十人規模のソフトウェアエンジニアを擁しています。ハード・ソフト、そして現場の視点に立つ私たちという体制で、構想を具体化できる点もユニークな強みです。
――最後に、今後の展望や、連携したいパートナー企業へのメッセージをお願いします。
Cellid・山本氏: 当社は、ARグラス・AR技術を単なる技術開発にとどめず、現場での具体的なユースケース創出を伴う「次世代デバイス」「現実とデジタルの融合ツール」として社会実装していくことを目指しています。今後、普及が予想されるARデバイスの先行知見は、パートナー企業の皆様の差別化要素や競争優位性の源泉にもなり得ると考えていますので、ぜひ、お気軽にご相談ください。
【森未来】 エシカル消費時代の森林管理を、次世代通信と最先端技術でDXする
――まずは、御社の事業概要について教えてください。
森未来・浅野氏: 当社は2016年に創業した、持続可能な森林づくりを目指すスタートアップです。もともと私はIT業界で働いていましたが、起業に向けて準備を進める中で、林業が抱える課題に出会いました。ある大工の棟梁が書いた本を通じて、「日本の森林率は70%にもかかわらず、国産材自給率は約20%にとどまっている」という事実を知ったのです。
現在、日本は木材の多くを海外からの輸入に頼っています。その本には、海外の木を伐採することへの問題提起も書かれていました。私自身は国産材に特別悪い印象を持っていなかったので、「なぜ国産材が使われないのだろう」と疑問に感じたんです。そこで、その背景には川上(供給側)と川下(需要側)の間で情報のミスマッチがあるのではないかと考えました。木材流通のサプライチェーンが分断されているのではないかと思い、その課題を解消するために立ち上げたのが、森未来です。
▲株式会社森未来 代表取締役 浅野純平 氏
――代表的なサービスとして、国産木材の情報プラットフォーム『eTREE』を展開されています。2018年にスタートした本事業の現状についてはいかがですか。
森未来・浅野氏: 『eTREE』は現在、主に法人向け(toB)で展開中です。建築家や内装デザイナーを対象に約1万点の木材情報を提供しており、当社が扱う木材はホテルやオフィスなどの非住宅分野で多く採用されています。
『eTREE』を運営する中で、木材情報を並べるだけでは、その中から最適な木材を選んでいただくのは難しいことが分かりました。そこで社内に木材コーディネーターを配置し、ニーズに合わせて提案する形へと転換。さらに昨年より、蓄積されたノウハウや商談データを基に、AIが質問に回答するサービスも開始しています。
▲森未来の社内には、『eTREE』で取り扱っている様々な木材をストック。最適な木材を提案できる環境を用意している。
――今回、『Next 5G Social Innovation Program』に参画されました。その理由についてもお聞かせください。
森未来・井口氏: 現在、当社ではAIを活用して必要な情報を引き出せる基盤が整いつつあるのですが、そうした中でお客様から多く寄せられているのが、「再造林は適切に行われているか」「GHG(温室効果ガス)排出への対応状況はどうか」「どのようなサプライチェーンを経ているのか」といった質問です。木材選定においても、サステナビリティを重視する傾向が強まっているのです。
一方で、こうした環境情報を取得して提供するには課題もあります。日本の山は急峻ですし、林業の現場は町から離れていて、現地に行くだけでも大きな負担がかかります。電波の届かない場所も多く、定期的に人が出向いて、メジャーを使ってモニタリングすることにコストがかかってしまうのです。
▲株式会社森未来 AWDプロダクトマネージャー 井口光 氏
――相当な負担になりそうですね。
森未来・井口氏: そうなんです。さらに、持続可能な森林管理を確認する手段としては、FSC(R)などの森林認証制度がありますが、木材事業者が認証を取得するためには、登録費用に加えて、継続的なモニタリングコストもかかります。認証制度そのものは意義のある仕組みですが、コスト負担が重く、結果として認証を取得した木材事業者の廃業が進んでしまっています。
そうすると、認証材を使いたいと考えるお客様がいても、木材の選択肢が限られてしまいます。せっかくエシカルな消費行動が広がっているにもかかわらず、提示できるのは価格の高い木材に偏ってしまうのです。この問題を突き詰めると、モニタリングやサプライチェーンを担保する部分に、大きなコストがかかっていることに帰結します。
そこで興味を持ったのが、本プログラムでした。DXが遅れている森林分野に最先端の通信技術を活用し、森林のモニタリングを効率化しながら、その情報をお客様に届けていけるのではないかと考えました。こうした仕組みをローコストで実現したいとの思いから、本プログラムに参画しています。
――その課題を解決するため、本プログラムではどのようなパートナー企業と出会いたいとお考えですか。
森未来・井口氏: このプログラムでは、森林のモニタリングなどに要するコストを下げたいと考えている事業者さんと出会いたいです。また、林業の現場では長らく機械化が遅れてきましたが、近年は林道の整備が進み、大型機械が入れる環境が整いつつあります。林業機械が導入されることで、機械の遠隔操作や車載カメラを用いたモニタリングなども可能になるはずです。そうした分野で研究を進めている方々とも連携していければと考えています。
――本事業を通じた今後の展望や、連携したいパートナー企業へのメッセージをお願いします。
森未来・井口氏: 川上にいる林業や森林に関わる方の中には、誰かに言われたからではなく、自分なりのこだわりを持って「良い森づくり」を続けてきた人が大勢います。ただ、そうした取り組みが、これまで川下まで十分に伝えられてこなかったと感じます。
今回の取り組みを通じて、これまで日の目を見てこなかった人たちの隠れた努力をきちんと評価し、川下に伝えていきたい。「自分の森を持っている」「こだわりを持って木を守ってきた」という方がいれば、ぜひ一緒に取り組んでいきたいです。
森未来・浅野氏: IoT分野も重要ですが、通信・データ活用という観点ではICT分野の役割も大きいと捉えています。持続可能な取り組みを行っている林業家の情報を、いかにシームレスに届けていくか。そのためには、デジタル技術や通信技術が欠かせません。林業や木材の分野はデジタル化が遅れているので、活かせる技術を持つ方々と連携しながら、日本の林業をより持続可能なものにしていきたいです。
取材後記
「次世代通信技術」という大きなテーマを軸に、スタートアップ2社が自社の強みを活かし、共創に踏み出した。Cellidは軽量ARグラスで現場の課題解決を目指し、森未来は森林管理のデジタル化に挑む。次世代通信技術を活かしたユースケースの実装イメージも見え始めている。その成果が社会へ広がり、暮らしの質の向上へと結びつく日も近いはずだ。
なお、本プログラムの一環として、3月3日(火)14時から、「Next5G 事業共創マッチングフォーラム ー次世代通信を活用したスタートアップとの共創による事業創出に向けてー」と題したイベントが開催される。同イベントにはCellidと森未来が登壇し、ピッチを行う予定だ。詳細はこちらを確認いただきたい。
■「次世代通信技術活用型スタートアップ支援事業(Tokyo NEXT 5G Boosters Project)』とは
東京都では、都内スタートアップ企業が、都心部から郊外・山間部、離島を持つ東京というフィールドを活かしながら、世界で通用する競争力を磨き、5Gをはじめとした次世代通信技術を活用した新たなビジネスやイノベーションを創出し、都民のQOL(Quality of life)向上に寄与する有益なサービスを創出するとともに、各スタートアップ企業の企業価値向上を目指しています。
本事業は、東京都と協働して支援を行う事業者を開発プロモーターとして募集・選定し、スタートアップ企業に対し多角的な支援を行います。開発プロモーターは、3ヶ年度にわたり支援先スタートアップ企業等の開発・事業化を促進するため、連携事業者(通信事業者や実証フィールド提供者、研究機関、VC・金融機関等)と連携しながら、資金的、技術的な支援やマッチング支援等を行います。支援先スタートアップ企業は、開発プロモーター等の支援を受けながら、次世代通信技術等を活用した製品・サービスの開発及び事業上市を目指します。
▼詳細はこちらをご参照ください(本事業Webサイト):
https://next-5g-boosters.metro.tokyo.lg.jp/
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:加藤武俊)