「青森だからできる」オープンイノベーションで描く新たな未来――宮下知事×TOUCH TO GO・阿久津氏×eiicon・中村氏によるトークセッション&共創プログラム『Blue Ocean』中間報告会をレポート!
青森県は、2023年から「AX(Aomori Transformation)」を基本理念として掲げ、県が抱える課題に立ち向かい、新しい青森県づくりを進めるための様々な施策を推進している。その一部に位置づけられる県民の所得向上に向けたイノベーション創出を推進するために活動しているのが、青森県内の産学官金を横断型に結ぶネットワーク組織「イノベーション・ネットワークあおもり」(代表・青森県知事)だ。
去る2024年12月18日、「イノベーション・ネットワークあおもり」の主催による、「あおもり産学官金共創フォーラム」が開催された。同フォーラムは、青森県内でのイノベーション創出に向けた機運を高めることを目的とするもので、当日の主なプログラムは下記の4つであった。
(1)あおもり若手起業チャレンジプログラム #あおチャレ ピッチコンテスト
高校生・大学生による起業アイデアのピッチコンテスト。
(2)「あおもり産学官金連携イノベーションアワード2024」授賞式
県内企業によるイノベーションの取り組みを表彰し、受賞企業を紹介。
(3)トークセッション「オープンイノベーションで挑む新たな価値の創造」
青森県知事の宮下宗一郎氏、株式会社TOUCH TO GO代表取締役社長の阿久津智紀氏、および株式会社eiicon代表取締役社長の中村亜由子氏の3名による、オープンイノベーションをテーマとしたトークセッション。
(4)AOMORI OPEN INNOVATION PROGRAM 2024『Blue Ocean』中間報告会
青森県内企業と全国のパートナー企業を結びつけるオープンイノベーションプログラム、AOMORI OPEN INNOVATION PROGRAM 2024『Blue Ocean』に参加した県内3企業による共創ビジネスモデルの中間報告。
――そこで今回、TOMORUBAでは現地にて「あおもり産学官金共創フォーラム」を取材。プログラムの中から、本記事では「(3)トークセッション」と「(4)AOMORI OPEN INNOVATION PROGRAM 2024『Blue Ocean』中間報告会」の模様をレポートしていく。
トークセッション「オープンイノベーションで挑む新たな価値の創造」
トークセッションの登壇者は、宮下宗一郎青森県知事(写真中央)、株式会社TOUCH TO GO代表取締役社長の阿久津智紀氏(写真右)、および株式会社eiicon代表取締役社長の中村亜由子氏(写真左)の3名。それぞれの経験を踏まえて、地方におけるオープンイノベーション事例や、実際にオープンイノベーションを推進した体験談などが語られた。
●課題先進県だからこそ、青森にはイノベーションが必要
セッションの最初に、登壇者のそれぞれから、オープンイノベーションに対する取り組みが説明された。まず、宮下知事がマイクを握り、なぜ青森県がイノベーションの創出を重視しているのか説明した。青森県では、2040年に向けて「若者が、未来を自由に描き、実現できる社会」を構築していきたいと考えており、そのために「挑戦」「対話」「DX」の3つのキーワードによる地域振興施策を推進している。
他方、現状では県の労働生産性や賃金、所得、多様な働き方などの統計数値が、全国の各県平均と比べて低い状況にある。それを解決するためには、多くのイノベーションを起こしていくことが必要であるという。
「青森を大きく変えていくためには、イノベーションを待っているのではなく、自ら起こし続けていかなければなりません。そのきっかけとなる県民との対話をしていきたいと思います」と、強い課題意識を背景として、本日の企画が設けられていることが述べられた。
●日本でオープンイノベーションが広まった背景と事例
宮下知事の話を受けて、eiiconの中村氏からは、なぜ今、日本全国でオープンイノベーションが広がっているのかといった現状認識と、具体的な取り組み事例が紹介された。現在の日本は国際競争力が低下しグローバルなプレゼンスに陰りが見える。一方では、産業に変革をもたらす技術進歩の速度が加速している。
そのような状況下で、多くの企業では新規事業に取り組む必要性を感じ、その意欲も持っている。しかし、リソースがない、取り組み方がわからないといった理由で、実際には着手できない企業も多い。そこで、他社と組むことでリソースを補いあい、スピーディーかつ低い投資額で新規事業開発が可能となるオープンイノベーションに注目が集まっているのだという。最近では、オープンイノベーションに取り組んだ企業の収益が高いというデータも出始めているとのことだ。
さらに、中村氏が実際に支援に関わった企業の具体的なオープンイノベーション事例が3件紹介された。1件目は、「おにぎりせんべい」で有名な伊勢のIXホールディングス(マスヤ)とフューチャースタンダードが共創して、せんべい焼き工程を自動化するシステムを開発し、両社でそのシステム自体をソリューションとして販売するジョイントベンチャーも設立している。
2件目は、宮崎県の浅野水産というカツオの一本釣りをしていた水産企業と、フューチャースタンダード、ライトハウス、オーシャンアイズという3社のスタートアップが共創した事例だ。地上にいながら、カツオ漁場の状況を把握して、漁船を操舵できる技術を確立、実装したことによって過去最高売上に達したという。3件目は、秋田県の美郷町が交通系スタートアップであるNearMeと共創して、二次交通問題を解決するための実証実験を重ねている事例が紹介された。
●大企業とスタートアップ、両方の立場でオープンイノベーションに関与
TOUCH TO GOの阿久津氏はJR東日本出身だが、現在では自らスタートアップ企業を立ち上げて経営しており、大企業の立場とスタートアップの立場の両方でオープンイノベーションに携わってきた経験を持つ。JR東日本時代には、2010年から2015年まで、単身で青森に住み、地元の人たちとのオープンイノベーションで、飲食・物販複合施設の「A-FACTORY」を立ち上げた。そこでは、青森の六花酒造株式会社や弘前工業研究所の協力を得て、地元の若者を採用して一からの酒造りも成功させた。地元のりんごを用いた「アオモリシードル」を開発し、ヨーロッパのシードルコンテストで金賞も受賞している。
阿久津氏はその経験を踏まえて「青森にはキラキラ光る宝物がすごくいっぱいあるなというふうに思っています」と、青森推しを熱く語った。A-FACTORYの立ち上げを成功させて東京に戻った後には、JR東日本の中で、大企業側もスタートアップも一緒に汗をかき、果実は按分するという理念を掲げた「JRスタートアッププログラム」を立案。
同プログラムによる具体的な事例としては、コロナ前に増加していたインバウンド客に対応するため、荷物を配送する事業や、新鮮な魚をECで流通させる事業、また、駅で捨てられる傘を再利用できるようにする事業などを、スタートアップとの共創でJR東日本のフィールドで展開している。
また、阿久津氏はTOUCH TO GOという会社を起業し、JR東日本をはじめ、ファミリーマートや東芝テックなどの大企業と組んで共創を進めている。大企業とスタートアップの両方での事業創出経験から、大企業は困っていることが案外多いので、「生半可なものでも売りに行く」ことが大切だと述べた。
●青森県でオープンイノベーションを実現するには
各人のオープンイノベーションへの関わりが語られた後、トークのテーマは「青森県でオープンイノベーションを実現するには」に移った。宮下知事からは、県内産業でイノベーションを生むためには、行政が果たす役割が大きいことが述べられた。そして、行政が民間のイノベーションを阻害しないよう、前例に捉われない支援を実施していく必要があると述べた。
一方、人手不足が深刻化している青森県では、中小企業がイノベーションに取り組む際にも人材不足がハードルとなりがちだ。それに対して阿久津氏は、先の発言とも重なるが、完璧なものを最初から目指すのではなく、生半可なものでも売りに行くという気持ちで取り組むことがポイントだと述べた。7割程度の完成度で、まずは売りに行って外部の話を聞きながら改善していく方法が有効だという。
また、中村氏は、共創パートナーは自分たちが得意ではない分野を得意とする相手と組むことが成功の秘訣だという。そして、青森県の県民性の1つに我慢強さがあるといわれることがよくあるが、オープンイノベーションの際には、苦手なことなどを我慢することなく吐露しあうことで、お互いを補える良好なパートナーシップが結べるのではないかと語った。
●オープンイノベーションが持つ可能性
次に、壇上はオープンイノベーションが持つ可能性についての話題に移った。宮下知事は、みんなで力をあわせて課題を解決するための方法がオープンイノベーションであり、できないことはないはずだと見解を述べた。
実際にできないことがあるのは、途中であきらめているケースが多く、そうならないためには、成功事例を見せて自分もできると思ってもらうことがとても大切になるという。「『青森だからできません』ではなく、『青森だからできる』という発想を持たないとやっぱり駄目だと私は思います」と、会場に向けてアピールした。
阿久津氏も、A-FACTORY立ち上げの際、弘前工業研究所のメンバーや六花酒造株式会社の社長に話をしたとき「面白い。やろうよ」と積極的に協力してくれた経緯に触れて、「青森の人は新しいきっかけを作ると、すごく動いてくれます」と同意した。
また、中村氏は、多くのオープンイノベーション支援をしてきた経験から、地域をよくしたいという強い想いを持つ職員がいる地域は成功しやすいといい、青森県庁には本気で取り組む職員が多いことから、成功の可能性が高い手応えを感じているという。それを受けて宮下知事も、本日のようなイベントを契機に、今後の支援をどう続けるかがポイントだとうなずいた。
●青森県でオープンイノベーションを目指す人へのメッセージ
最後に、本日の参加者に対して登壇者それぞれの言葉でメッセージが伝えられた。
阿久津氏は、「青森県は素晴らしいものがあるので、個人の事業者さんも含めてもっと情報発信をした方がいいと思っています。どこでなにが結びつくか分からないので、恥じることなく外に向けて皆さんが自社のPRをしていけば、素敵な青森になるのではないかと思います」と呼びかけた。
中村氏は、事例を挙げながら「悩みや課題というのは、本当に日々いろいろな中で出てくるものですが、オープンイノベーションはそこに向き合うことができる手段だよというところを最後にお伝えできれば」と、オープンイノベーションの意義を語って締めくくった。
最後に宮下知事が、「青森県には、いろいろな研究所、プラットフォームなどのツールがたくさんあります。これからそれらをどんどんリニューアルしていき、オープンイノベーションのプラットフォームにしていくつもりなので、新しい事業を考えている皆さんは、ぜひ県庁を頼りにしてください」とアピールして、トークセッションを締めくくった。
「AOMORI OPEN INNOVATION PROGRAM 2024 『Blue Ocean』」中間報告会
イベントのトリを飾ったのが、「AOMORI OPEN INNOVATION PROGRAM 2024 『Blue Ocean』」の中間報告会だ。これは、県内企業が持つ地域ネットワーク、ノウハウ、アセットなどと、全国のパートナー候補企業が持つ革新的な技術やノウハウ、サービスなどを掛け合わせることで、青森県内産業全体の活性化と持続的な経済発展を目指しており、青森県が主体となって取り組む、初めてのオープンイノベーションプログラムとなる。
プログラムの具体的な内容は、自社の課題解決や新規事業開発に取り組む県内企業3社をホストとし、各社が提示した募集テーマと共創して取り組むパートナー企業を全国から募集。書類選考、面談を経て、3社を選定し、2024年11月からインキュベーションを実施してきた。その事業構想やビジョンの現状を報告するのが、この報告会の主旨だ。以下、ホスト企業3社のプレゼン内容を、発表順に紹介していく。
●摘果りんご由来の「美容成分」で新たな価値創造
有限会社まごころ農場 常務取締役 斎藤早希子氏
共創パートナー企業:株式会社インフィニートインターナショナル
有限会社まごころ農場は、りんご栽培、ドライフルーツなどの加工、そして国内外への販売と、6次産業化に取り組む農業法人だ。今回の共創テーマとなったのは、未使用の摘果りんご(良い実を育てるために摘み取られる果実)から高機能の美容成分を抽出するというもの。りんごの持つポリフェノールには、肌の保湿、美白、しわ・たるみ予防、しみ・そばかすの抑制、育毛などの効果が期待されるというデータがあるという。一方、共創パートナーである株式会社インフィニートインターナショナルは、化粧品事業に取り組んでおり、独自の開発技術を持つ。
両社は大学・研究機関との共同開発により、摘果りんごから得られる美容成分の「成分特許」取得を目指している。さらに、成分抽出技術を確立し、エキス抽出に特化した設備を導入し、最終的には「あおもり摘果りんごエキス」を海外市場へ輸出するなどの事業化を構想している。
「これまでは、摘果りんごは捨てるものという概念があり産業化が考えられてきませんでした。しかし、その摘果りんごを産業化して高付加価値化を図ること、そこから、青森県の基幹産業であるりんご産業を『美容領域』でも発展させて、県内の研究者や若者が誇りを持てる『新青森ブランド』として発信することを目指していきます」と、斎藤氏はビジョンを示した。
●あおもり藍の抗菌性を活用したソリューション
あおもり藍産業株式会社 総務企画部長 高橋晃央氏
共創パートナー企業:HONESTIES株式会社
あおもり藍産業は、あおもり藍による藍染めや、藍から抽出される成分を活用した事業を手がけている。あおもり藍染めには抗菌効果があり、スペースシャトルの船内着にも採用されたという。同社は藍の抗菌成分であるトリプタンスリンの効率的な抽出に成功し、特許を取得。消臭抗菌スプレーや石けんなどを商品化している。
今回は、その抗菌性を活かして、①肌ケアソリューション、②消臭ソリューション、③(匂いや菌などの)可視化ソリューションの、3つの課題に対応できる企業を募集した。その結果、裏表のないシャツ(スマートウェア)の製造など、バリアフリー衣服により介護領域などで事業をしているHONESTIES株式会社が選定された。
「弊社が参入を希望していた介護分野で事業をされていること、肌に直接触れる下着で私たちの技術が活かせること、フェムテック分野にも通じていることなど多くの共通項があるのが決め手となりました」と高橋氏はいう。
共創事業として実現していきたい内容は3点ある。1つは、あおもり藍染めをした下着やTシャツをHONESTIESのラインナップとして販売すること。これは主にあおもり藍の知名度向上が狙いだ。2点目はあおもり藍抽出エキスで抗菌消臭加工を施した下着やTシャツを開発すること。そして3点目は抗菌加工効果を持続させるために、クリーニング業者やリネンサプライ業者と提携して、洗濯の過程にエキスを組み込むことだ。今後、抗菌効果の試験などを進めて、事業化を推進していきたいという。
●貝殻廃棄ゼロを目指し「ほたて貝殻パウダー」による新たなソリューション開発
株式会社山神 専務取締役本部長 穐元美幸氏
共創パートナー企業:甲子化学工業株式会社
株式会社山神(やまじん)は、青森市でほたての養殖から加工までを行う企業だ。毎年大量に排出されるほたての貝殻も大切な資源だと考え、シェルサイクルプロジェクトを社内で立ち上げたが、活用される貝殻は全体のわずか数パーセントに過ぎなかった。
そこで今回のプログラムでは、貝殻廃棄ゼロを目指して共創できるパートナーを募集。出会ったのが、東大坂で廃貝殻とプラスチックを原料にエコプラスチックの製造に取り組む甲子化学工業株式会社だ。両社は廃貝殻という社会問題を解決したいという想いで一致し、オープンイノベーションに取り組むこととなった。
現時点では、2つの共創事業を構想している。1つ目は、廃貝殻を使った食器の製造開発だ。「山神は食品会社なので、食を大切に考えています」と穐元氏はいう。子どもたちが使う学校給食用の食器に廃貝殻を使った食器が採用されれば、青森の地場産業であるほたて産業や、環境への関心も育くむことができる。もちろん、美しい器を用いることでおいしい食事ができる喜びも感じてもらいたい。
2つ目として、廃貝殻を用いた新たな青森県のランドマーク設立というアイデアもある。ランドマークを訪れた人々が癒される空間となり、またインスタ映えをしそうな新たな観光スポットとして人気を集めることが期待される。穐元氏は、「廃貝殻の新たな価値を創造して人々が笑顔となれるような社会へ貢献したい」と報告を結んだ。
取材後記
行政組織がオープンイノベーションに取り組む際には、トップの姿勢が大きな影響を与えるものだ。その点、トークセッションにも登壇して、熱を込めてイノベーションへの期待を語る宮下知事の姿は、今後の青森県発のイノベーションに十分な期待を持たせてくれた。
また、「AOMORI OPEN INNOVATION PROGRAM 2024 『Blue Ocean』」で発表したホスト企業3社はすべて、りんご、あおもり藍、ほたてと、青森ならではの地域資源を活用したオープンイノベーションを志向している点が注目される。どの地域にも、その地域ならではの資源があるだろう。そのような意味で、本プログラムは産業活性化を目指す他地域の地場産業や行政にとっても注目すべきものだと思われた。2025年2月21日(金)に予定されている最終成果発表会(DEMODAY)が楽しみになる中間報告会であった。
※AOMORI OPEN INNOVATION PROGRAM 2024 『Blue Ocean』の詳細はこちらをご覧ください。
(編集:眞田幸剛、文:椎原よしき、撮影:佐々木智雅)