静岡市主催『知・地域共創コンテスト』二次審査会に密着!――『UNITE2024』&『BRIDGE2024』スタートアップ×行政・地域企業による地域課題解決のアイデアとは?【後編】
2024年、静岡市は「スタートアップと地域の共働による新社会システム共創コンテスト『知・地域共創コンテスト』」を始動させた。このコンテストでは、行政課題発信型の『UNITE2024』と、スタートアップ提案型の『BRIDGE2024』という、異なる2タイプのコンテスト企画が同時開催されている。
その二次審査会となるピッチコンテストが、11月13、14日の両日、静岡市のクーポール会館で開催され、1日目は『UNITE2024』、2日目は『BRIDGE2024』の二次審査会が行われた。100名を超える参加者が集う会場は熱気にあふれ、同時に行われたオンライン配信でも多数の視聴者が本イベントに注目した。
【後編】となる本記事は、2日目に開催された『スタートアップ提案型 BRIDGE2024』二次審査会のレポートとして、優秀賞に選ばれた5社のピッチを中心に紹介する。
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スタートアップがアイデアを提案し、静岡市内の企業と共創
『BRIDGE2024』には、2つの募集テーマが設定されている。1つは、「一般部門」として、静岡市が抱える社会課題の解決に資するビジネスアイデアを広く募集するもの。そしてもう1つは、「海洋産業(BX)部門」として、駿河湾に面した静岡市の地の利を生かし、海洋資源の持続的活用や海洋産業の高度化・高付加価値化につながるビジネスアイデアを募集するものだ。
この2つのテーマに対して、70を超える企業からアイデアの応募があり、一次審査の書類選考により9社が選ばれた。9社はそれぞれ、静岡市内の企業や団体とマッチングされ、共創プロジェクトを練り上げるための「共創事業ワークショップ」を経て今回の二次審査会でのピッチに臨んでいる。
二次審査を通過し「優秀賞」を獲得した各チームは、約100万円程度の実証支援金が交付され、来年3月まで専門家の伴走を受けながら実証実験を進め、デモデイ(成果報告会)で、その成果を発表することになる。なお、本イベントの審査員は、以下の4名が務めた。
<写真左から右>
●山田栄子氏(静岡市総合政策局DX政策監)
●伊井哲朗氏(コモンズ投信株式会社 代表取締役社長)
●篠原豊氏(一般社団法人静岡ベンチャースタートアップ協会理事長、エバーコネクト株式会社代表取締役)
●古市奏文氏(一般財団法人社会変革推進財団インパクト・エコノミー・ラボ インパクト・カタリスト)
社会課題を解像度高く意識していた、優秀賞を受賞した5チームのピッチ
イベントの冒頭では、静岡市長 難波喬司氏の挨拶があった。難波市長は、当初提案のすべてに目を通し、いずれも素晴らしいものであったとして、まず応募されたスタートアップへの感謝を示した。その上で、本日のイベントが終着点ではなく通過点であり、あくまで目標は静岡市の地域課題の解決であると強調。この場に参加したすべての人たちと共に、その課題に取り組んでいきたいと述べた。
その後、9チームによるピッチが行われたが、ここでは「優秀賞」を獲得した5チームのピッチ内容を紹介していく。
●発表タイトル 【しずまえアップサイクル 釣りの地域資源化】
(株式会社ウミゴー、Marine Sweeper)
海に面した静岡市には釣り人もたくさん訪れる。それは沿岸地域における経済活性化という面もあるが、近年はそれよりも、釣り人が出すゴミや騒音など、地域環境悪化の弊害のほうが目立っている。世界遺産となっている三保エリアの海中にも、ゴミによる生態系の悪化が及んでいるという。そのため、釣りを全面禁止にする地域もあるが、そうなれば当然来訪者が減り、それはそれで問題となる。
ウミゴーは、日本初の漁港の釣り場予約システム「海釣りGO!」を運営している。その特徴は漁港を公式に釣り場へと開放し、漁港の巡視を行うとともに、アプリを用いて釣人が漁港管理者に利用料を届ける仕組みを構築することで、適正な釣り場の維持に貢献していることだ。また、Marine Sweeperは日本で唯一、海洋ゴミから生産されたルアーを製造販売している潜水業務のイノベーターである。海洋ゴミから価値を生み出し、海洋環境美化にも貢献している。
今回の提案は、両者がタッグを組んで、釣りを禁止してきた漁港に対して、ルールに基づいて管理されており有料で利用される釣り場の運営を提案することで、その収益を漁港や港湾に還元し、釣り人に漁港の顧客になってもらうというもの。さらには、上述のように地域に雇用も生むものとなる。
また、収益は海洋環境を維持するための環境投資にも利用される。それは海底清掃や、漁礁の設置、稚魚の放流などだが、プロのダイバーではないと担えない業務もあり、Marine Sweeperの力が発揮される。そのようにして海洋環境が整備され、ゴミも減った釣り場は多くの釣果が望めるため、多くの釣り人が集まる。そうなれば収益も増え、巡視員やダイバーなど地域雇用の創出、飲食店の繁盛などで、地元経済への貢献も大きくなる。
事業収益の約3割を潜水士による環境保全作業に充当し、その半分を海底ゴミの回収、半分を藻場造成に使った場合、海底ゴミは4か年で35トン回収でき、海底ゴミ回収エリアにできた藻場が2万平米に迫る見込みだという。「魚が増え、港がきれいになり、地域が発展する。日本沿岸部復活の光となるベストプラクティスを共に創っていきたい」。ウミゴーの國村氏はそう熱く語ってピッチを終えた。
●発表タイトル 【若者のシビックプライドを醸成し人口80万人を目指すプロジェクト】
(特定非営利活動法人静岡ビジネスサポートセンター)
本ピッチでは、静岡市の人口減少問題に対する解決策が提案された。それが、投稿サイトの活用による「シビックプライド」の醸成だ。シビックプライドとは、地域への誇りと愛着を示す言葉だ。自分の住む地域について、自分がその構成員であると自覚し、より良くより誇れる場所にしていこうという想いを表すという。郷土愛と似ているが、異なるのは、必ずしも生まれ育った場所ではなくてもシビックプライドを持つことができるという点だ。シビックプライドの高まりは、地域への市民の満足を示しており、定住者の増加に結びつくと考えられる。
シビックプライド醸成のためには、市政への参加が必要だが、現状では市民が市政に参加する方法が限られる。そこで、本プロジェクトでは、市政に対して意見やアイデアが届けられ、反映されるような投稿サイトの運営が提案された。実際に、「だもんで静岡」と名付けられたサイトが、2023年の10月から試験運用が開始され、2024年4月から本格募集が行われている。
現在のアクティブユーザーは約3.4万人、YouTubeでのCM再生数は約18万回を数える。無登録でも利用可能だが、4月以降の登録会員数は約400人となっており、現在は月あたり約50人の純増が見られる。そして、これまでに180件のアイデアが投稿され、共感を示す「いいね」の数は約4400となっているという。
現在は基礎固めの段階で、まずは意見やアイデアを集めて、問題や課題をオープンにし、市民の共助による解決や、それが困難な場合は行政に伝える仕組みの構築を進めている。市民が共助により自律分散的に社会問題を解決し、市民自治が進んだ地域の実現をサポートすることを目指している。
一方で、「だもんで静岡」の現状での問題点は、問題意識が高く積極的な利用者は比較的高齢層に偏っていることだという。また、なんらかのフィードバックを市民に届ける仕組みを作ることも課題である。将来的には3年以内に1,000件のアイデアを集め、その3割を解決することを目指す。それによって、市民満足度調査の「これからも静岡市に住み続けたいと思いますか」の「そう思わない」を5年以下に5%以下にし、3%程度を「住み続けたい」に変え、人口80万人を目指すという目標が掲げられた。
●発表タイトル 【持続可能な観光交通と生活交通の共存】
(株式会社NearMe、静鉄タクシー株式会社)
NearMeは、ドアツードアの相乗りサービスを提供し、持続可能な観光交通と生活交通の共存を目指すスタートアップだ。本プロジェクトでも、静岡市における移動課題に取り組むとともに、観光と生活双方の利便性を高め、持続可能な新しい交通システムを作ることを目指している。
ピッチではまず、市民、行政、交通事業者、そして周辺産業という、4つの立場別の移動課題が確認された。
それぞれの立場で異なりながら関連する部分もある移動課題を総合的に解決するための提案が、利用者同士でタクシーに相乗りするサービスを展開し、交通の最適・効率化を目指すことだという。具体的な取り組みとしては、NearMeが持つAIマッチングシステムにより、利用者同士をマッチングし、それから配車手配の効率化、最適化を目指す。
まずは、最終バスが終わった深夜に、同じ方面へ帰る人たちの需要を束ねた相乗りタクシーを実現したいという。新静岡駅や新清水駅など相乗りが生まれやすい方面ごとに告知プロモーションを実施し利用を促す。また、こうした運行予定等をお客さんに公開して、相乗りへのモチベーションを高めていく。相乗りには待ち時間が生じるため、周辺飲食店への利用促進も副次的に行うことができる。
昨今、ライドシェアはよく聞くが、これにはドライバーの数を増やす「ライドへイリング」と、1台に複数人を相乗りさせる「ライドプーリング」の2種類に分かれるとNearMeの徳野氏はいう。一般的には「ライドへイリング」がライドシェアのようにいわれるが、需要の高い時点にドライバーの数を合わせると、他の時点では余剰が生じることになる。そこで、ドライバーが少なく需要が高い時期には「ライドプーリング」をあわせることで、輸送量の最適化が図れると説明された。静鉄タクシーとの共創により、「ライドプーリング」を活用したドアツードアの移動需要に応える取り組みを進めていく。
●発表タイトル 【食がつなぐ、聴くでつながる心身の健康増進プロジェクト】
(株式会社Lively、株式会社天神屋)
ピッチの冒頭、Livelyの岡氏から「現在、国民の5人に2人が孤独を感じており、また孤独は健康や幸福、寿命にも悪影響を与えている」と説明された。岡氏は自らが医療現場で働いていた経験から、孤独な人に寄り添って話を聞くことで、解決できることがたくさんあると感じており、オンラインで孤独な人の話を聞くサービスを提供するLivelyを創業した。話を聞いた人たちは、ストレスが解消したり、ポジティブな気持ちを引き出したりするといった効果が得られているという。
今回、静岡市が目指す「世界に輝く静岡」を実現していくためには、孤独対策を充実させることで、地域住民の心と身体の健康を守り、活力を維持することが必要不可欠だと考え、コンテストに応募した。
一方、共創パートナーの天神屋は、静岡では知らない人がいない地元に愛されている弁当屋だ。弁当屋は、孤食と呼ばれる、1人で食事をする顧客も数多く利用している。そういった人たちの孤独を防ぐには社会的な交流が必要であり、実は社会交流ができる場は地域にたくさんあるのだが、孤独な人にはそれが伝わっていないことが問題だ。
そこで、天神屋の顧客に対して、社会的な交流の場につなげていける起点となるAIチャットを案内して、登録をうながすというのが、本プロジェクトの骨子だ。利用者はAIとコミュニケーションを取ることで、社会的に交流に必要な情報にアクセスできる。
また、AIエージェントは、他にも様々な情報を利用者に伝えることが可能だ。例えば、天神屋が発信したい情報も、通常の広告のような一方的な形ではなく、会話で深掘りしながら、利用者ひとりひとりにパーソナライズされた情報を届けることができる。また、他の事業者がシステムに参加することもできる。ビジネスモデルとしては、参加する事業者が運営費用を負担し、市民は無料で利用できるようにする。
天神屋の有田氏によると、ただ話がしたいからという理由で来店する常連客は意外と多いという。「僕はそれを見るのが結構好きで、いい光景だなと思っていますが、つながりを求められている方々はたくさんいることを実感しています。そういう方たちとの接点が持てることにすごく大きな価値を感じます」と結んだ。
●発表タイトル 【「住まいと繋がり」提供スキームの静岡モデルの開発】
(株式会社LivEQuality大家さん)
欧米では、生活が困窮している人たちに低い賃料で快適な住まいを提供する「アフォーダブルハウジング」という考え方がある。GAFAもこの分野に数千億円を投資しており、多くのスタートアップが生まれている。
一方、日本では、県営などの公営住宅がこの分野を担ってきた。しかし、財政問題などから、公営住宅は減少の一途。他方では、民間の不動産市場は長らく価格上昇が続いており、家が借りられない住まいの困窮者が増えている。この傾向はコロナ禍以降、雇用を切られた非正規雇用の人たちの間で強まっており、特に困難な状況に置かれているのが、シングルマザーだ。1人親家庭の44.5パーセントが相対的貧困状態にあり、劣悪な環境の住居に住まざるを得ない状況におかれているという。
LivEQuality大家さんの岡本氏は、この状況を変えるため、日本版アフォーダブルハウジングを立ち上げようと決意し、賃貸住宅が借りにくいシングルマザーに住宅を貸す大家業を営んでいる。都心のアクセスがよいエリアで中古物件を取得し、リノベーションして、市場家賃よりも3割ほど安い賃料でシングルマザー家庭に入居してもらっている。
しかし住まいが得られるだけでシングルマザーの困難な状況をすべて解決することは難しいと感じたという。そこでシングルマザーが生活を立て直し自立できるまで母子に伴走するNPO法人を立ち上げた。相場より安く貸している賃貸住宅の賃料利回りは低くなるが、稼働率が上がり、伴走をすることで家賃回収率は100%となっており、経済的にも十分成り立つという。
その経験を踏まえ、日本でアフォーダブルハウジングの市場を広めるために、岡本氏は日本承継寄付協会と連携して、今回のプログラムに応募をした。まず、社会課題解決型の新しい不動産活用モデルをLivEQuality大家さんが提供する。また、遺贈寄付を活用して財政面の基盤を固める。さらに、社会的な信用やネットワーキングなどの面では行政の力を借りるという連携を構想している。
こうした座組により運営される「住まいと繋がり」の新しいモデルを、官民共創の「静岡モデル」として構築し、全国に普及させることが、岡本氏の目指すビジョンだ。
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また、二次審査は惜しくも通過しなかったものの、以下の4チームによるピッチも審査員より高い評価を得た。今後の活躍に期待したい。
●経血検査システムの開発(株式会社asai)
●インバウンド向け観光コンテンツ「イーグルツアー」(株式会社CSAtravel)
●【YUI YUIプロジェクト】空き家・民家活用による地域コミュニティ再生、ソーシャルビジネスモデル構築(一般社団法人しずおか民家活用推進協会)
●潜水士不足を解消するダム・港湾等水中インフラ点検向け ROV(水中ドローン)技術者および事業者の育成(一般社団法人日本ROV協会)
「行政でも珍しい熱量の高いイベント」――山田審査委員長による講評
すべてのピッチの終了後、二次審査を通過した5チームが発表され、審査員による講評がおこなわれた。審査委員長の山田氏は、まず前日のUNITEと本日のBRIDGEを通じて、「行政のイベントでこんなに熱量が高いイベントは初めて経験した」との感想が述べられた。
そして、今回選定された5チームは、今すぐに実現できる可能性が高そうなチームであって、審査を通らなかったチームもプロジェクトの内容的が劣っていた訳ではないと説明された。選定されなかったチームの各プロジェクトの優れた点がたたえられると共に、市としても可能な限りサポートを進めるように、関係部署に伝達しているとしてねぎらいの言葉がかけられた。
また、最後に難波市長が登壇。閉会の挨拶を述べ、『BRIDGE2024』の二次審査会は盛況の中、幕を閉じた。
取材後記
前日の『UNITE2024』が、市から与えられた「お題」にスタートアップが応えるものであったのに対して、『BRIDGE2024』はスタートアップの提案から発する形式であり、より自由な発想によるピッチが数多く見られた。いずれのスタートアップによるピッチも、いま現実に困難な状況に置かれていたり、悩みを抱えていたりする人たちを高い解像度で想定しながら、その問題を解決したいという強い意志が感じられるものばかりで、会場で見ている人をも感動させるものであった。これから乗り越えなければならない様々なハードルはあるはずだ。すべてのスタートアップがその意志を貫き、事業化を実現させて欲しいと感じられた。
(編集:眞田幸剛、文:椎原よしき、撮影:加藤武俊)