イノベーションが生まれるまち”さがみはら”から新たに4つの共創事業が始動――2期目となる『Sagamihara Innovation Gate BUSINESS BUILD』に密着!
2024年11月に市制70周年を迎える神奈川県相模原市。同市が昨年度より始動させたのが、オープンイノベーションプログラム『Sagamihara Innovation Gate』だ。相模原市内の企業4社が新規事業開発のテーマを掲げて全国から共創パートナーを募集。審査を経て選ばれたパートナー企業と共に相模原市の支援も得ながら共創事業の立ち上げに挑むというプログラムである。
2期目となる今年度は、相模原市内の4社(カヤバ株式会社、株式会社デュプロ、東プレ株式会社、日本ゼトック株式会社、以下「ホスト企業」)がテーマを提示。多数の応募の中から、8社が書類選考と面談選考を通過した。そして、2024年10月7日・8日の2日間、応募企業8社とホスト企業4社が相模原市内の会場(杜のホールはしもと)に集結し、対面でビジネスアイデアのブラッシュアップや事業の骨組み作り(=BUSINESS BUILD)に取り組んだ。
この記事では、最終プレゼンテーションで披露された共創事業の内容を中心に、2日間のBUSINESS BUILDの様子をレポートする。相模原市を代表する製造業各社がどのような新規事業に取り組もうとしているのか。その概要をお伝えする。
課題の明確化から共創事業の未来図策定まで――走り切った2日間の成果を発表!
BUSINESS BUILD の2日間のゴールは、ターゲットと課題の明確化、そしてソリューションの方向性を両社で検討することだ。1日目は、ホスト企業と応募企業は、現状の課題について意見を出し合い、メンターからのアドバイスを得ながら顧客の解像度を高めることに取り組んだ。
2日目は、ビジネスモデルの骨子策定や今後の事業展開に向けたマイルストーン、PoC計画の策定についても議論を深めた。そして、最終的に決まった内容を参加者らの前で発表した。最終発表会では、各ホスト企業の決裁者4名とメンター4名の計8名が審査を行う。評価項目は①新規性、②市場性、③事業拡張性、④実現可能性、⑤事業趣旨との合致性の5項目だ。
【ホスト企業審査員(4名)】
<手前:左→右>
・保科 太 氏/日本ゼトック株式会社 執行役員 経営企画本部長
・石井 宏明 氏/東プレ株式会社 開発部長
・中村 良之 氏/株式会社デュプロ 開発本部 本部長
・伊藤 隆 氏/カヤバ株式会社 技術本部 基盤技術研究所 次長
【メンター・審査員(4名)】
<手前:左→右>
・下薗 徹 氏/株式会社eiicon インキュベーションクオリティ室 Quality of Open Innovation officer
・村田 宗一郎氏/株式会社eiicon 常務執行役員
・深田 昌則氏/カーマインワークス合同会社 代表 SUNDRED株式会社 エグゼクティブ・バイス・プレジデント兼CVO/CMO Future Food Institute Japan Local Executive
・常盤木 龍治氏/パラレルキャリアエバンジェリスト 株式会社EBILAB 取締役ファウンダー CTO CSO
――この記事では最終審査を通過して採択された4社の発表から順に、合計8社の発表内容を紹介する。
【カヤバ × フツパー】 「油の世界から、公共インフラ・あらゆる設備のメンテナンス無人化へ」
<ホスト企業>カヤバ株式会社(油圧機器メーカー)
<募集テーマ>油状態センシングによる工場・インフラ設備の故障予測の実現
●採択企業:株式会社フツパー
提案タイトル「油の世界から、公共インフラ・あらゆる設備のメンテナンス無人化へ」
この共創チームが注目する課題は、メンテナンス業界の人材不足。人材不足により収益悪化や災害復旧の遅れなどが懸念される。そこで今回、両者はそれぞれのセンシング技術を活用し、予知保全の確立に取り組む。具体的には、フツパーの持つ振動センサーによるセンシング技術と工場全体を分析できるAI技術、それに、カヤバの持つ油状態のセンシング技術や知見を掛け合わせて実現していくという。
PoCでは油状態と振動値を計測して数値の観測を行う。マイルストーンとしては、実証フィールドで測定後、そのデータを基に分析のためのAI構築や、ユーザー確認用のアプリ開発、客先での実証実験と進めていく考え。将来的には、工場だけに限らずインフラ全体のメンテナンス領域へとアプローチしていきたいと熱意を込めた。
<ホスト企業・受賞者コメント>
フツパーの大竹氏は「弊社はまだ5期目の会社で、色々なチャレンジをしている。そのチャレンジ精神を買っていただいたと思う」と述べたうえで、今後について「5年後、10年後も添い遂げられるような関係性を作っていきたい」との意欲を示した。一方、カヤバの伊藤氏は「これからどのような新しい価値を生み出すか、積極的に議論を深めていきたい」と今後の展望を語った。
【デュプロ × kitafuku】 「サスティナブル素材を活用したエシカル包装、パッケージの共同開発」
<ホスト企業>株式会社デュプロ(産業用機械メーカー)
<募集テーマ>印刷・パッケージ業界の変革に向けたサスティナブル、ロボティクス、高付加価値なサービスへの取り組み
●採択企業:株式会社kitafuku
提案タイトル「サスティナブル素材を活用したエシカル包装、パッケージの共同開発」
続いてのチームは「相模原から生み出すエシカルイノベーションを世界へ」を共創ビジョンに掲げる。注目する課題は、印刷産業全体の縮小と脱プラスチックによる海外での販売規制の2点。これらの課題解決に向け、デュプロの機械・技術とkitafukuのアイデア・プロダクトを掛け合わせて、新たな環境配慮型パッケージの共同開発を目指す。
具体的には、デュプロの加飾印刷技術とkitafukuのクラフトビールペーパー(廃棄モルト粕を混ぜた再生紙)を活用し、高品質な環境配慮型パッケージを開発する。また、プラスチックに代わる紙包装の開発にも取り組む。PoCでは技術と事業の検証を実施する。技術面ではクラフトビールペーパーへの加飾を試し、事業面では海外企業が集まる展示会に出展してニーズを探る予定。来年以降は海外展開を本格化し、さらに大きな市場を狙っていきたいと語った。
<ホスト企業・受賞者コメント>
kitafukuの松坂氏は「クラフトビールペーパーの次の展開を考えている。この相模原市の取り組みをきっかけに飛躍したい」と意気込みを述べた。一方、デュプロの中村氏は「将来への期待が持て、事業の広がりを感じられる内容だった。当社の弱みをkitafukuの強みが補完したことが、採択の決め手になった」と述べ、共創の成功に向けた期待を語った。
【東プレ × エイゾス】 「AIと空調技術による革新的空間デザイン」
<ホスト企業>東プレ株式会社(金属製品メーカー)
<募集テーマ>次世代省エネ機器の実現に向けた、新たな高性能送風技術の共同開発
●採択企業:株式会社エイゾス
提案タイトル「AIと空調技術による革新的空間デザイン」
この共創チームは、空調機の製造プロセスを変革するAI解析システムを発表した。エイゾスの河尻氏は、従来の空調機は設計の限界に近づいているが、一方で空調機の用途は多様化していると指摘。そこで提案するのが、実機を作らずにデジタル実験でオーダーメイドの最適設計を行うシステムだ。エイゾスの強みである少量データから多目的最適化を行えるAI技術と、東プレの技術やノウハウ等を活用する。
具体的には、空調機のエンドユーザーがWEB上で要望を入力すると、AIが自動的にファンの形状や素材、デザインを最適化し、システム全体の提案を行う仕組みを検討している。初期ターゲットは、データセンター。従来のファンは人がいる環境を前提としており静音性が求められたが、データセンターではその必要がない。「ある目的変数をカットすると、全く新しい形になる可能性がある」と、この取り組みの革新性と可能性に言及した。
<ホスト企業・受賞者コメント>
エイゾスの河尻氏は「こうした形で自社のビジネスアイデアを、もう一段階大きくできる経験は今までなかったので、大変勉強になった」と話した。一方、東プレの石井氏は「この2日間で非常にアイデアが育った」と述べ、エイゾスと共に新しい未来を築きたいと感じたことを伝えた。
【日本ゼトック × フュージョンワークス】 「“着るヘルスケア”で乗り越える更年期」
<ホスト企業>日本ゼトック株式会社(化粧品等のOEMメーカー)
<募集テーマ>衣類を通じたWell-beingな未来の実現
●採択企業:株式会社フュージョンワークス
提案タイトル「“着るヘルスケア”で乗り越える更年期」
この共創チームは、更年期女性(40代~50代)をメインターゲットとした新しい機能性ウェアの開発を提案。更年期における肌の乾燥や自律神経の乱れ、ホットフラッシュなどの課題に対し、生活改善に焦点を当てた製品開発に挑戦する。共創ビジョンは「呼吸をするようにウェルビーイングを実現」とした。
具体的には、日本ゼトックの持つ“あな空き繊維”や化粧品製造ノウハウと、フュージョンワークスの持つアパレル製造体制や更年期市場でのビジネス経験を用い、保湿効果の高いインナーウェアの開発を目指す。特徴は、有効成分を繊維に含浸させて肌へダイレクトに届けられること、繊維のリチャージ機能による半永久的な保湿効果を生み出せることだ。顧客ニーズに合わせたパーソナライズ処方のBtoC販売を考えており、両社で販売体制を構築していく。将来的に、インナーウェア以外にもラインナップを広げていく考えだ。
<ホスト企業・受賞者コメント>
フュージョンワークスの山下氏は「更年期女性のためのウェルビーイング実現に、一緒に取り組めることを非常に嬉しく思う」と伝えた。一方、日本ゼトックの保科氏は「一般顧客の方に向くためには、我々も努力しなければならない。最終的に『一緒にやっていきましょう』という点が決め手になった」と伝え、一般消費者向けの販売体制構築に向けた意欲を示した。
その他、独自の技術やアイデアを用いたビジネスプランの提案も
採択された4社に加え、株式会社Nobest、Quiny株式会社、AC Biode株式会社、株式会社オフィス雅も本イベントに参加し、それぞれ発表を行った。以下で簡単に発表内容を紹介する。
●株式会社Nobest(カヤバ株式会社への提案)
提案タイトル「油圧機器・工場のメンテナンスを全体最適化」
天気予報やIoTによる設備・点検管理システムや遠隔故障検知システムの提供を行うNobestは、センサーデータやAIを活用した予知保全システムの構築を提案。現状、工場で使用される油は劣化度に関わらず、定期点検ですべて交換されている。そのため、まだ使用可能な油も大量廃棄されている状態だ。この問題に対して、Nobestの技術を活用して機器の状態監視を行い、適切なタイミングで油交換を行うことで廃棄量を削減する。さらに、まだ使用可能な油については、リユースやリサイクルする仕組みも構築する展望も語った。
●Quiny株式会社(株式会社デュプロへの提案)
提案タイトル「週休3日・残業なしも実現、匠の技術を機械に継承する、ハイブリッド型ソリューション」
ロボットや自動化装置の開発から販売までを手がけるQuinyは、ヒトと機械のハイブリッド型ソリューションを提案。まずは、デュプロ社の顧客である印刷加工業者の省人化にフォーカスする。具体的には、①製本機に紙を投入する搬送関連のロボット化と、②熟練したマシンオペレーターの経験のデジタル化の2つに取り組み、工数50%削減を目指す。同社のロボット開発技術や画像解析、データ分析技術などを用いて実現する。これにより、週休3日や残業なしなど、現場の働き方の改善につなげていきたいと述べた。
●AC Biode株式会社(東プレ株式会社への提案)
提案タイトル「CO2削減活動に付加価値を。CO2吸着技術(DAC)によるサーキュラービジネス」
空気中の二酸化炭素(CO2)を吸着してガラスやセメントにするDAC(Direct Air Capture)技術を持つレブセル社とAC Biodeは、東プレの送風機・換気に付加価値をつける事業を提案。具体的には、空気清浄機のフィルターでCO2を吸着し、それをガラスの原料にするという。すでに小型空気清浄機では実績もある。PoCでは、DAC技術の知名度向上もかねて、東プレ製のキーボード『REALFORCE』とコラボし、声優やアイドルの息を吸着したガラスマウスパッドを試作する。中長期では、既存空調設備にCO2吸着フィルターを導入し、CO2削減によるブランディングやカーボンクレジット化に取り組みたい考えだ。
●株式会社オフィス雅(日本ゼトック株式会社への提案)
提案タイトル「“仕事の疲れをその場で解消”Working in Lifeのためのリカバリーウェア」
オフィス雅は繊維業界で40年の実績を持ち、アパレルのOEM生産に取り組んでいる企業だ。血行促進繊維の日本独占販売権も持つ。今回、同社と日本ゼトックが持つ“あな空き多孔質繊維”を活用して、遠赤外線効果で血行促進や疲労回復につなげるリカバリーウェアの開発を提案した。“あな空き繊維”を使うことで、遠赤外線効果が高まるのではないかという仮説を検証する。仕事・育児・家事と忙しい毎日を送る人たちに対し、高機能なウェアを通じて健康を届けたいと語った。
「ここで誕生した4つの取り組みが、良い共創事業に育つことに期待している」――閉会の挨拶
発表と表彰が終了した後、審査員の講評と閉会の挨拶が行われた。
審査員の常盤木氏は「このBUSINESS BUILDの中で培ったこと、この筋肉の鍛え方や考え方は、この後、日々の業務に戻った中でも活かしていける。この相模原の地から世界を目指すようなプレーヤーがより育つことを願っている」と期待を込めた。
▲常盤木 龍治氏/パラレルキャリアエバンジェリスト 株式会社EBILAB 取締役ファウンダー CTO CSO
深田氏は「これまでは、技術開発や人材育成、人材確保、資金調達など、すべて社内のリソースでビジネスを進める時代だった。しかし、今は変化しており、こうした座組で社外の人たちと今まで社内になかったアイデアを生み出し、想定をしていなかった市場に進出する時代になっている」と述べ、「さまざまな組み合わせを試していくチャンスがあるので、ぜひ挑戦してほしい」と呼びかけた。
▲深田 昌則氏/カーマインワークス合同会社 代表 SUNDRED株式会社 エグゼクティブ・バイス・プレジデント兼CVO/CMO Future Food Institute Japan Local Executive
下薗氏は「この取り組みに参加している皆さんは全員仲間なので、新規事業の悩みや外部の方とのコミュニケーションの苦労などを、この後の交流の中で共有していただければと思う」と伝え、相模原におけるコミュニティの発展に期待を寄せた。
▲下薗 徹 氏/株式会社eiicon インキュベーションクオリティ室 Quality of Open Innovation officer
村田氏は「オープンイノベーションは単なる受発注ではないとお伝えしたが、こうして実際に経験することが非常に重要だと思っている」と述べ、「ここがスタート地点なので、ぜひここから前進させてほしい」と促した。
▲村田 宗一郎氏/株式会社eiicon 常務執行役員
最後に、このプログラムの主催者である相模原市より髙野氏が登壇。閉会の挨拶を行った。髙野氏は、参加者らに謝辞を述べたうえで「印象的だったのが、メンターからのアドバイスの中で『小さくまとまるのではなく、もっと上を目指せ』という言葉が繰り返し出ていたことだ」と話す。また「一度、出来上がりそうなものを壊して、さらに大きくしていく作業があったとも聞いている。そうした中で4つの共創事業がここに決まった。2025年3月末までとプログラム期間は短いが、良い事業に育つことを期待している」と伝え、BUSINESS BUILDの2日間を締め括った。
▲髙野 弘明氏/相模原市 環境経済局 経済担当部長
取材後記
2日間のBUSINESS BUILDでは、ホスト企業と応募企業が共に課題解決に取り組む姿勢が際立っていた。また、メンターからのアドバイスや意見交換が新規事業アイデアの進化に寄与していると感じられた。今回採択された4社とホスト企業は早速、年度末に開催される成果発表会に向けて次のステップに取り組んでいる。ここから生まれた共創事業が相模原の地域経済をどのように活性化させていくのか、今後の展開に期待が高まる。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:齊木恵太)