静岡県が挑む「スポーツ×他産業」――初開催するオープンイノベーションプログラム『FIELD』の全貌とは?県担当者とホストチーム(静岡ブルーレヴズ&ベルテックス静岡)に聞く
昭和の時代から「サッカー王国」として知られている静岡県だが、実はサッカー以外にもラグビー、バスケットボール、バレーボール、フットサル、女子ソフトボール、自転車など、県内で18のスポーツチーム/団体が活動しており、各チーム/団体の活躍が地域に大きな活力を生み出しているという。
このように様々なスポーツとの強い結び付きを持つ静岡県が、今年度より開始したのが『FIELD - SHIZUOKA SPORTS OPEN-INNOVATION -2024』(フィールド シズオカ スポーツ オープンイノベーション、以下、『FIELD』)」だ。
『FIELD』は、静岡県内のスポーツチーム/団体と全国の企業/スタートアップによるオープンイノベーションを通じ、新たなスポーツビジネス創出や地域の活性化を目指すオープンイノベーションプログラム。初開催となる今年度は、県内18チームのスポーツチーム/団体の中から、次の2チームがホストチームに採択され、共創パートナーの募集を開始する。
1.静岡ブルーレヴズ(ジャパンラグビー リーグワン所属)
募集テーマ 「ファン、地域、環境にもやさしいサステナブルな試合の実現に向けたチャレンジ!」
2.ベルテックス静岡(プロバスケットボールBリーグ B2西地区所属 )
募集テーマ 「日本一愛されるマスコットキャラクター「ベルティ」の実現と、市民一人ひとり生活しやすい多様性が尊重される街を目指す!」
TOMORUBAでは、本プログラムのスタートに先立ち、プログラムの運営主体である静岡県の倉石氏にインタビューを行い、プログラム開催の背景や狙いについて伺った。また、ホストチームとなる静岡ブルーレヴズとベルテックス静岡の担当者にもそれぞれ話を伺い、チームの特徴やプログラムへの参加背景、解決したい課題などについて詳しくお聞きした。
【静岡県】 スポーツチームのポテンシャルを十分に引き出せていない課題感があった
最初に、『FIELD』の運営主体である静岡県 スポーツ・文化観光部の倉石圭人氏に、本プログラムの開催背景や目的、静岡県を取り巻く環境、さらにはホストチーム2団体への期待、パートナー企業に求めるものについてお聞きした。
――『FIELD - SHIZUOKA SPORTS OPEN-INNOVATION -2024』と題し、プロスポーツチームと連携したオープンイノベーションプログラムを開催するに至った背景についてお聞かせください。
倉石氏 : これまで静岡県では競技力向上や生涯スポーツ振興などのスポーツ政策を中心に進めてきました。その中で昨年度にスポーツ庁と経産省が合同で開催した第2期スポーツ未来開拓会議にて、「2030年以降を見据えたスポーツ産業のあり方」に関する検討が開始されました。このような国の方針を受け、静岡県としてもスポーツを「産業」として捉え直した上で県内の各スポーツチームをサポートしたいと考え、今回のような事業を進めることを決定しました。
▲【写真中】静岡県 スポーツ・文化観光部 スポーツ局 スポーツ政策課 企画班 主任 倉石圭人氏
――スポーツを産業として育成するにあたり、県として抱えていた課題感はありますか?
倉石氏 : 静岡県内では18のプロスポーツチーム/団体が活動しています。東京・大阪・名古屋などの大都市圏を除く地域の中においては、かなり多くのプロスポーツチームを抱えている県であり、競技別にみてもサッカー、ラグビー、バスケ、バレー、自転車、フットサル、ソフトボールといった多様なチームがあるほか、昨年度からは野球と卓球のチームも新しく加わりました。このように様々な競技のチームが活動している県でありながら、これらのプロスポーツチームのポテンシャルを、県として十分に引き出せていないという課題感を持っています。
まずは今回のプログラムを通じて全国の企業/スタートアップの皆様の力をお借りすることで、各チームが抱える課題の解決を目指し、さらに各チームが持っているポテンシャルを十分に引き出したいと考えています。また、将来的には各チームに関わる地域や社会全体の課題解決にもつなげていくことを見据えつつ、今回の事業を進めています。
――本プログラムの舞台となる、静岡県を取り巻く環境について教えてください。
倉石氏 : 静岡県の人口は全国10位であり、356万人の人々が暮らしています。地理的には東京と名古屋の中間地点に位置し、新幹線を使えば首都圏にも1時間程度でアクセスできます。世界文化遺産である富士山、ユネスコ世界ジオパークに登録されている伊豆半島、さらには駿河湾、浜名湖など、美しい景観を有しており、山の幸・海の幸といった豊富な食材にも恵まれています。
また、静岡県はものづくりの県でもあり、浜松市を中心とする西部地域は、二輪車や輸送機器などの製造業が強い地域として知られています。今年の5月に就任した鈴木知事は、産業の育成やスタートアップの誘致に力を入れており、私としては、このような追い風を活かしながら『FIELD』などの取り組みを通して、スポーツ産業の育成を進めていきたいと考えています。
――『FIELD』で実現したい短期的な目標と中長期的なビジョンについてお聞かせください。
倉石氏 : 短期的には、今年度末までにホストチームとパートナー企業のマッチングを完了し、課題の解決につなげていきたいと考えています。また、中長期的なビジョンとしては、今回のようなプログラムを通じて、静岡県内のスポーツチームにオープンイノベーションに関する様々なノウハウを蓄積してもらい、自分たちの力で課題を解決するとともに、その成果などを活用し、地域を盛り上げていってほしいと考えています。そのためにも、今回ホストとなる2チームの取り組みを成功させ、他のスポーツチームが参考にできるようなモデルケースを作っていきたいと考えています。
――『FIELD』に関する静岡県のバックアップ体制について教えてください。
倉石氏 : 私が所属するスポーツ政策課が中心となってバックアップをさせていただきます。また、経済産業部など他の部局との連携についても、必要に応じて調整させていただく方針です。
――今年度のホストチームである2つのチームに期待することはありますか?
倉石氏 : まずは、前例も何もない今年度からの新しい事業に対し、失敗を恐れることなくチャレンジいただけたことに感謝しています。両チームの課題については、チーム固有の課題というよりも、地域や社会の課題にもアプローチする内容であるため、非常に意義深い取り組みになるのではないかと期待しています。
――最後になりますが、『FIELD』へのエントリーを検討しているパートナー企業の方々へのメッセージをお願いします。
倉石氏 : パートナー企業の皆様には、今回のプログラムを通じて「静岡県のことを好きになってほしい」と思っています。ホストチームとの共創を進めていく過程で、ぜひ静岡県を訪れていただき、県民の方々と触れ合い、美味しいものをたくさん食べ、できれば観光地などにも足を運んでいただきながら、静岡県の様々な魅力を知っていただきたいと考えています。
また、あくまでも私の個人的な希望ではありますが、今回のプログラムが終了した後も、静岡県に支社・支店を設けていただくなど、何らかの形で静岡県に関わり続けていただけると嬉しいです。
【ホストチーム①:静岡ブルーレヴズ(ラグビー)】 ファン・地域・環境に優しいサステナブルな試合の実現を目指す
続いて、ホストチームの1チーム目である静岡ブルーレヴズの谷俊一郎氏に、自チームの特徴やプログラムへの参加意図、解決したい課題、パートナーに提供できるリソースやアセットなどについてお聞きした。
――はじめに、静岡ブルーレヴズの紹介をお願いします。
谷氏 : 静岡ブルーレヴズは2021年に設立されたラグビーのプロチームです。前身は、実業団チームであるヤマハ発動機ジュビロであり、2022年1月からスタートしたジャパンラグビー リーグワンに参入する際に、ヤマハ発動機株式会社から独立分社化して誕生した経緯があります。ちなみに静岡ブルーレヴズは日本初のプロラグビークラブですが、リーグワン発足以降、プロ化している国内のラグビークラブは、私たちも含めて3つしかありません。
また、静岡ブルーレヴズは、静岡県全土をホームタウンとして活動しており、ラグビーを通じて人々に感動を与えながら、10年後に売上高世界一のラグビークラブとなることを目指しています。
▲静岡ブルーレヴズ株式会社 ベニュー・イベント事業部 部長 谷俊一郎氏
――今回、静岡ブルーレヴズが『FIELD』に参画した背景・理由を教えてください。
谷氏 : 静岡ブルーレヴズのホームスタジアムであるヤマハスタジアムは、静岡県磐田市にあり、ほとんどのお客様が車で来場されるという特徴があります。スタジアムが満員になる試合の前後には3,000台ほどの車が集まるため、周辺の道路が混雑して渋滞が発生するほか、ラグビーを観戦していない周辺住民の方々にまでご迷惑をかけてしまうような事象も発生しています。また、多くの車が集まることでアイドリングによるCO2排出量も増えるなど、環境面においても少なからずネガティブな影響があると考えています。
このような課題を解決し、スタジアムに来場するファンや地域住民の方々、さらには環境にも優しいサステナブルな試合開催を実現したいと考え、今回の『FIELD』に参画することを決めました。
――『FIELD』を通じて、パートナー企業と一緒にどのようなゴールを目指していきたいと考えていますか?
谷氏 : まずは、皆さんがストレスなくスタジアムに来て、試合を楽しんでいただけるようになることが第一のゴールイメージとなりますが、磐田市のような地方都市では、車が唯一の交通手段になりつつある問題もあります。そのため、ゆくゆくは私たちの試合だけに限らず、地方の新しい交通手段の提供・創出につながるような取り組みにしていきたい思いがあります。
また、環境面に関しては、最終的にはCO2排出量の削減を目指していくつもりですが、まずは「どのくらいの環境負荷を与えているか」を可視化することからスタートしていこうと考えています。
――どのような技術・サービス・プロダクトを持った企業との共創をイメージされていますか?
谷氏 : 交通アクセス面で言えば、ライドシェアやシェアサイクルなど、様々な形態のシェアリング・エコノミーが挙げられると思います。そのようなシェアリング・エコノミーの活用はCO2の排出量削減にもつながると思いますが、さらに積極的な削減施策については、様々なアイデアをいただきたいと考えています。
――静岡ブルーレヴズとして、パートナー企業の方々に提供できるリソース・アセットを教えてください。
谷氏 : 年間6〜8万人が来場するホストゲームを9試合行っており、そのうち6試合程度はヤマハスタジアムで開催するため、実際の試合開催を通じたトライアンドエラーができると思います。また、約30,000人のファンクラブ会員と有料会員3,000人に支えられており、そのようなファンの方々にリーチすることもできるはずです。
クラブとしては静岡県内の13自治体と連携協定を結んでいるほか、親会社のヤマハ発動機をはじめとする約130社のスポンサーがいるので、私たちを通じて自治体やスポンサーのネットワークを活用いただくこともできます。共創の内容次第にはなりますが、静岡ブルーレヴズ所属選手の協力を得ることも可能です。
▲ヤマハスタジアム。静岡県磐田市に立地しており、ラグビーやサッカーといった球技専用のスタジアムとなっている。
――最後になりますが、『FIELD』へのエントリーを検討しているパートナー企業の方々へのメッセージをお願いします。
谷氏 : 私たちは今回の『FIELD』を通じて、スタジアムへの交通アクセス改善とCO2排出量の削減に関する課題解決に取り組みたいと考えていますが、これらは静岡ブルーレヴズだけの課題ではなく、日本中や世界中に存在する課題であることは間違いありません。
まずは私たちと共に磐田市・ヤマハスタジアムでの課題解決に取り組んでいただきたいと思いますが、この取り組みを通して完成したソリューションは、日本国内だけでなく世界中に横展開できるような価値の高いものになるはずです。そのような社会・地球規模での貢献も視野に入れながら、高い目標に向かって切磋琢磨できることを期待しています。
【ホストチーム②:ベルテックス静岡(バスケ)】 チームマスコット「ベルティ」を活用した街づくり・コミュニティづくりに挑む
最後に、2つ目のホストチームであるベルテックス静岡を運営する株式会社VELTEXスポーツエンタープライズの下出恒平氏に、自チームの特徴やプログラムへの参加意図、解決したい課題、パートナーに提供できるリソースやアセットなどについてお聞きした。
――はじめに、ベルテックス静岡の紹介をお願いします。
下出氏 : ベルテックス静岡は、2018年に運営会社を立ち上げ、2019-20シーズンからBリーグに参加しているプロバスケットボールチームです。創設以来、「スポーツで、日本一ワクワクする街へ。」というミッションを掲げているように、街づくりへの貢献を目指して誕生したチームでもあります。また、バスケットボール以外のスポーツでの活動も視野に入れているため、あえて「バスケットボールで」ではなく「スポーツで」という言葉を選んで使用しています。
ミッションの中には「日本一ワクワクする街へ」という言葉もありますが、ここでの「街」は、静岡県全体を指しています。本拠地も本社も静岡市内にあり、静岡市内でのホームゲームが多いのですが、私たちとしてはベルテックス静岡というチームを通じて、「静岡県が一つになるような瞬間をたくさん作っていきたい」という思いで活動を行っています。
また、年間30試合のホームゲームを通じて「ワクワク」を届けるだけでなく、試合以外の日常でも「ワクワク」を生み出すための様々な活動を行っており、その中心的な存在を担っているのがマスコットキャラクターのベルティということになります。
▲株式会社VELTEXスポーツエンタープライズ 常務執行役員 下出恒平氏
――今回、『FIELD』に参画した背景・理由を教えてください。
下出氏 : 今年度、静岡県さんが主体となって県のスポーツ産業を盛り上げようとされている話をお聞きしたので、私たちも「これを機会にイノベーティブなサービスを生み出せるのではないか」という期待感を持ち、参画することを決めました。
私たちとしては、マスコットキャラクターであるベルティを「日本一愛されるキャラクター」にしたいと考えていますが、自分たちだけで思案していてもアイデアの量や質に限界があります。パートナー企業の方々から様々なご提案をいただける今回のプログラムに参加することで、思いも寄らないアイデアが生まれるのではないかと期待していますし、ベルティのことだけに限らず様々な気づきが得られるのではないかと考えています。
――今回の共創テーマの中心的存在であるマスコットキャラクター・ベルティの特徴について教えてください。
下出氏 : ベルテックス静岡の大石慎之介という選手(現在はコーチ)が、富士山の麓で迷子になっていたベルティを保護し、そのお礼としてベルティは、ベルテックス静岡が日本一を目指すことを応援してくれています。
現在、ベルティが呟くX(旧Twitter)とInstagramのアカウントを運営しており、Xでは約8400人、Instagramでは4300人のフォロワーがいます。Bリーグマスコットの総選挙でトップ10入りした頃から人気が上がり、ここ最近はフォロワーの数もかなり増えてきたという印象です。
一方で、ベルティのフワッとした見た目で多様性を表現したいと考えています。また、ベルティは日本語を話せるキャラクターなので、ファンの方と一緒にチームを応援し、寄り添ったりする延長で、それ以外の日常でもいつでも側にいられる存在になれればと思い、昨年からは、ベルティが結婚式やオフ会のイベントなどに出張するサービスも開始しました。
▲「Bリーグ」のマスコット総選挙「マスコット・オブ・ザ・イヤー」において、念願のトップ10入りを果たしたベルティ。
――『FIELD』での共創イメージとして、「親子で多様性を学ぶ学習プログラム」「働く人材が尊重される企業向け社員研修」「多様性が尊重される学生向けコミュニティ組成」を提示されていますが、具体的にはどのようなことを実現していきたいのでしょうか。
下出氏 : 「ベルティと一緒に学ぼう」といった切り口で、まずは当社のバスケススクールやチアスクールに通っているお子さんを対象にした学習プログラムの企画・運営や、スポンサー企業の社員研修・福利厚生の一環としてチャレンジを進めていきたいと考えています。ただし、リアルで実施できる回数にも限度があるので、オンライン上にアーカイブをまとめるなど、より多くの方々に活用いただくためのサービス展開も視野に入れています。
また、「多様性が尊重される学生向けコミュニティ組成」については、小学生・中学生・高校生などを対象に、多様な価値観に気づき始めた子どもたちのためのコミュニティを作ってあげたり、ベルティが出向いて子どもたちと交流を図ったりする中で、不安を感じている子どもたちをケアするような活動をイメージしています。
――ベルテックス静岡として、共創パートナーの方々に提供できるリソース・アセットを教えてください。
下出氏 : ベルテックス静岡は、1試合平均2,500人以上が来場するホームゲームを年間30試合開催しているほか、1400名が登録するファンクラブと60,000アカウントのフォロワーがいるSNSを運営しており、多くのファンの方々へのアプローチ手段を有しています。また、静岡県内11の自治体、静岡県バスケットボール協会、静岡市茶商工業組合、さらには200社を超えるスポンサー企業とのネットワークを活かすこともできますし、アンダーカテゴリーチームやバスケスクール、チアスクールの協力も得られると思います。
――最後になりますが、『FIELD』へのエントリーを検討しているパートナー企業の方々へのメッセージをお願いします。
下出氏 : 国内のバスケット界全体がアップトレンドにあるものの、ベルテックス静岡はB2リーグに所属しており、Bリーグトップ層のチームとは、まだまだ大きな差があります。私たちとしては、数年内にトップ層のチームに追いつきたい思いで様々な活動を行っており、今回のプログラムにおけるオープンイノベーションを通じて、その差を少しでも埋めていくつもりです。
そのような意味でもベルテックス静岡には、まだまだ伸びしろが残っているはずです。今回のプログラムで私たちと共創いただくことで、「あのベルテックス静岡をスケールさせた」というわかりやすいエビデンスをご提供できると思います。ぜひとも今回のプログラムで得た成果・実績を、ご自身のビジネスに還元し、存分に活かしていただければと考えています。
取材後記
今回が初の開催となる『FIELD - SHIZUOKA SPORTS OPEN-INNOVATION -』。静岡県の倉石氏は、インタビュー中に「スポーツには人々を元気にする力や感動を与える力がある」と語っており、地域の人々や多くのファンに愛されているスポーツチームは大きな影響力を持っていると言えるだろう。今回のホストチームと共創を行うことは、各チームの課題解決やイノベーション創出のみならず、パートナー企業にとって価値ある実績を手にする機会にもなる。静岡県やスポーツ産業に興味のある企業は、ぜひ積極的にエントリーを検討してほしい。
(編集:眞田幸剛、文:佐藤直己)