中部国際空港島及び周辺地域が実証フィールド!『あいちデジタルアイランドプロジェクト TECH MEETS』を通して解決したいニーズ企業9者の共創テーマとは?【後編】
中部国際空港(セントレア)は、2005年の愛知万博「愛・地球博」を機に開港した中部・東海エリアの空の玄関口だ。常滑焼の産地として知られる愛知県常滑市の人工島に位置し、空港に加えて周辺には大型展示場、ホテル、ショッピングモール、飲食店、病院などが立ち並ぶ。
2024年7月、この空港島および周辺エリアを実証フィールドとしたオープンイノベーションプログラム『あいちデジタルアイランド TECH MEETS』が始動した。エリア内の企業や自治体、施設など以下の9者がニーズを提示し、全国から共創パートナーを募り、課題解決に挑むプログラムだ。特に、先端デジタルサービスの実装に重点を置いている。主催は愛知県で、昨年度の取り組みをバージョンアップさせて、今年度も実施する。
<ニーズ企業9者>
中部国際空港、ANA中部空港、名鉄グランドホテル(中部国際空港セントレアホテル)、愛知国際会議展示場、常滑市、常滑市民病院、名鉄生活創研、イオンモール常滑、矢場とん
今回TOMORUBAでは、共創パートナーの募集に先立ち、主催者である愛知県の大橋氏と、ニーズを提示する企業にインタビューを実施。本プログラムの狙いや各企業の具体的なニーズについて、前編と後編に分けて詳しく紹介する。後編となる本記事では、ニーズ企業5社(常滑市、常滑市民病院、名鉄生活創研、イオンモール常滑、矢場とん)に取材した内容をお届けする。
【常滑市】観光案内所を、デジタル技術を用いて刷新する」
――まず、常滑市の特徴をお伺いしたいです。
常滑市・岩下氏: 常滑市の最大の特徴は、中部国際空港セントレアがあることです。空港建設に伴い、臨海部の開発が進み、現在ではショッピングモールやビーチも整備されています。
一方で、元々この地域は窯業の町として栄えていたため、「やきもの散歩道」を中心とした観光スポットもあります。こうした新旧の魅力が揃った街であり、市としてもこれらの魅力を観光につなげていきたいと考え、「常滑市観光戦略プラン2022」という計画を策定して、データに基づいた観光政策を展開しているところです。
▲取材対象者:常滑市 経済部観光戦略課 主任 岩下聡 氏
――「個々の来訪者に最適化した観光案内の実現」という募集テーマを掲げられました。具体的には、どのような共創を実現したいとお考えでしょうか。
常滑市・岩下氏: 具体的なソリューションのイメージはまだ固まっていませんが、観光案内所を運営する観光協会が人手不足で十分な対応ができていない状況です。ですから、観光協会の人たちの負担にならず、逆に負担が軽減されるようなデジタル技術が望ましいと思っています。なおかつ、人が対応するのと変わらない観光案内サービスを提供できるデジタル技術を模索しています。
▲「やきもの散歩道」は、中心市街地の小高い丘にある人気の観光スポット。常滑駅から徒歩で5~10分にある陶磁器会館が出発点となる。
――常滑市と協業するメリットについてもお伺いしたいです。
常滑市・岩下氏: 常滑市内の公共空間を実証フィールドに活用できます。電車を降りてすぐの場所ですから、観光案内の需要は間違いなくあります。そういう場所で実証実験に取り組めることが、メリットのひとつだと思います。また、(一社)とこなめ観光協会の皆さんと連携することもできますし、市役所の公式ホームページやSNSを使って、取り組みのプロモーション支援を行うこともできます。
――応募を検討しているパートナー企業に向けてメッセージをお願いします。
常滑市・岩下氏: 実証実験ではありますが、私たちとしては技術を試すだけでなく、現場への実装の可能性も含めて模索していきたいので、一緒に取り組んでいただける企業からの応募をお待ちしています。
【常滑市民病院】「医師や看護師のカルテ等の記録作成作業や情報連携の効率化」
――最初に、常滑市民病院の特徴を教えてください。
常滑市民病院・中村氏: 当院は266床を有するケアミックス型の中核病院で、一般病床、回復期病床、地域包括ケア、HCUなどを備え、急性期から療養期まで対応しています。
また、中部国際空港に近いため、全国に4ヶ所しかない特定感染症指定医療機関の一つとして、2床の特定感染症病床を保有し、災害訓練も行っています。感染症専門医も在籍し、コロナ禍中は、空港検疫所や県、保健所と連携して、コロナ患者を多く受け入れました。市内で唯一の病床を持つ医療機関であり、2次救急だけでなく1次救急も受け入れる地域密着型の運営を行っていることも特徴の一つです。
▲取材対象者:常滑市民病院 システム管理室・室長 中村統勇 氏
――このプログラムに参加を決めた理由や、現状の課題についても教えてください。
常滑市民病院・中村氏: 高齢者の増加に伴い、入院患者が増えています。入院時には医療スタッフが患者さんの身の回りの支援を行いますが、そうした業務の急増により、電子カルテの入力や診断書、紹介状の作成など、事務作業に割ける時間が圧迫されている状況です。
一方で、人口が少なく商業施設が多い常滑市では人員の確保が難しく、限られた人数で運営せざるを得ません。そこで、デジタル技術を活用して、記録や書類作成などの事務作業を効率化したいと考え、本プログラムに参加しました。
――「医師や看護師のカルテ等の記録作成作業や情報連携の効率化」という募集テーマを設定されましたが、具体的にどのような共創を目指しているのでしょうか。
常滑市民病院・中村氏: 例えば、診察時に患者さんとの会話内容を要約し、電子カルテに記録していますが、この要約をAIなどで効率化したいと考えています。また、医療情報システムは、20~30種類の部門システムが複雑に絡み合っており、紹介状などを作成する際には、電子カルテに加えて部門システムに保存されているレポート、検査結果などを複数立ち上げて情報を集めなければなりません。これらの作業を効率化できる技術も求めています。
このほか、24時間365日稼働している当病院では、交代勤務で働いているため、交代時に情報伝達の時間をとっています。そうした情報伝達についても、デジタル技術を活用して円滑にできればと思っています。
▲1959年に開設された常滑市民病院。病床数は、266床 (一般:264床、特定感染症:2床)。※令和6年1月現在
――御社と協業するメリットについてもお伺いしたいです。
常滑市民病院・中村氏: データの提供に加え、医療情報に関わるパソコンなどの資源も提供できます。また、医師や看護師などの医療スタッフの協力も、限定的にはなりますが可能で、現場の課題を直にヒアリングしながら進めることができます。
――応募を検討しているパートナー企業に向けてメッセージをお願いします。
常滑市民病院・中村氏: 診療や療養支援の時間を確保するため、その他の事務作業をできる限りスリム化し、患者さんに寄り添える地域密着型の病院を目指したいと思っています。該当するデジタル技術をお持ちの企業は、ぜひご応募ください。
【名鉄生活創研】「多様化社会における効率的な店舗運営と顧客への提供価値の向上」
――まず、御社の事業概要と特徴をご紹介ください。
名鉄生活創研・土橋氏: 当社は、名古屋鉄道グループの中で小売事業を担っています。名鉄の駅ナカでファミリーマートや成城石井、ロフトをフランチャイズで運営しており、さらに、自社ブランドのお土産屋である名鉄商店も展開しています。
▲取材対象者:【写真右】株式会社名鉄生活創研 経営企画部・係長 土橋 一矢 氏
――このプログラムに参加を決めた背景についても教えてください。
名鉄生活創研・土橋氏: 当社はこれまで他社ブランドの店舗をフランチャイズで運営してきましたが、2022年12月に初めて自社オリジナルブランドである名鉄商店を立ち上げました。これを契機に、企画したオリジナル商品を広域にわたって販売するなど、当社としては新たな小売領域への進出を始めました。その中で私たち経営企画部は、新規事業の立ち上げを使命としており、このプログラムを通じてリテールとテクノロジーを融合させた新しいサービスを形作る、その先駆者となりたいと考えています。
――このプログラムでは、中部国際空港内にあるファミリーマート セントレアホテルプラザ店を実証の場に設定されました。この店舗の特徴や抱える課題は?
名鉄生活創研・土橋氏: この店舗は、中部エリアで最多の来店客数を誇ります。日中は特に混雑し、商品の棚がすぐに空になりますが、店内の混雑により品出しが満足にできず、機会損失が生じています。また、外国人客が多く、多言語で質問されますが、外国語を話せるスタッフを確保することが難しく、満足のいく対応ができていません。文化の違いから列の並び方などでトラブルが起こることもあり、お客様へのサービスの質向上が重点課題です。
さらに、外国人客が多いことから「なぜこの商品が今こんなに売れるのか」ということが起こります。理由を調べてみても、明確な情報源にたどり着けることが少なく、海外も含めたトレンドを思うようにキャッチできていません。そのため、発注にすぐに反映できず、お客様のご要望にお応えできていないこともあります。こうした点を、デジタル技術を使って解決したいと思っています。
▲実証の舞台となる「ファミリーマートエスタシオ セントレアホテルプラザ店」。
――「多様化社会における効率的な店舗運営と顧客への提供価値の向上」という募集テーマを設定されました。具体的にどのような共創を目指しておられますか。
名鉄生活創研・土橋氏: 取り組みたいことの1つ目は、商品棚の在庫情報をセンサー等によって可視化し管理することで、効率的な品出しを行う仕組みの構築です。商品情報もあわせることで、品出し作業の優先順位をAIが決定しスタッフがスキマ時間ですぐに商品補充できる、そのような作業効率化とお客様の利便性向上を目指します。
2つ目は、訪日観光客のトレンド把握です。例えば、AIカメラを活用した来店客の属性分析と、各国のその属性における最新トレンドを組み合わせることで、来店客が求めるものを反映した売り場づくりを行いたいです。POPもその国の言語で作成されるとなおよいですね。そのためトレンドデータの収集・分析が可能な企業、需要予測技術などを持つパートナーさんと共創したいです。
――御社と協業するメリットについてもお伺いしたいです。
名鉄生活創研・土橋氏: 空港内にある売り場面積200平米のコンビニを実証フィールドに活用できます。また、サービス導入に際しては、店長を含む約30名のスタッフの協力が得られるでしょう。私たちは接客のプロと自負しているため、顧客インサイトを引き出すこともできると思います。
――応募を検討しているパートナー企業に向けてメッセージをお願いします。
名鉄生活創研・土橋氏: 中部国際空港内にあるファミリーマートファミリーマート セントレアホテルプラザ店は、旅の前後や途中など気分が高揚する場面で使われることが多い店舗です。ここにテクノロジーを融合させた新しい体験を加え、より楽しい思い出作りに貢献したいと思います。今回のソリューションを社内外に広げ、日本全体を席巻するような取り組みの第一歩にしたいと考えているので、ぜひご応募ください。
【イオンモール常滑】「顧客の買い物体験価値の向上」
――御社が運営する「イオンモール常滑」の特徴をお聞かせください。
イオンモール・田中氏: イオンモール常滑は、「海と空を120%楽しむエンターテイメントパーク」というコンセプトで、2015年12月に開業しました。エンターテイメント志向のショッピングモールで、約20万平米の敷地面積のうち、2.6万平米が「ワンダーフォレストきゅりお」という屋外パークです。空港に隣接しているため外国人客も多く来店されます。
新たな決済システムの導入にも積極的ですし、ロボットによる配膳やAIカメラを用いた危険行動の察知などにも取り組んできました。ダイバーシティ・インクルージョン施策も先行して進めています。一方で、常滑市の焼き物の歴史を活かし、地域団体や商工会議所と連携して、焼き物や歴史に関連するイベントなども多数開催しています。このように、新旧が融合したモールとして運営している点が特徴です。
▲取材対象者:イオンモール株式会社 CX創造ユニット 中日本支社 愛知事業部 イオンモール常滑 田中裕之 氏
――「顧客の買い物体験価値の向上」という募集テーマを設定されました。具体的にどのような場面で、顔認証技術を活用できそうですか。
イオンモール・田中氏: 昨年度も顔認証決済の実証実験に取り組んだのですが、その際に対象としたのが隣接するビーチに来られるお客さまです。財布や携帯を持たずに顔認証で飲食できれば便利だろうと考えました。
また、敷地内に温浴施設もあるのですが、ここでは身軽な格好で利用したいというニーズが想定されるため、顔認証決済が向いているのではないかと思います。さらに、自動販売機もスマホの操作や現金を投入する行為を減らすことで、より便利になるのではないかと思っています。
――昨年度の実証実験は、どのような結果でしたか。
イオンモール・田中氏: 昨年度は当社と応募企業のみでの実証だったため、セキュリティ面で課題があり、最終的に実現には至らなかったのですが、今回はイオン銀行に介在してもらっているので、その問題も解決できると考えています。昨年度に続く二度目のチャレンジとして、今年度は成功させたいです。
――御社と協業するメリットについてもお伺いしたいです。
イオンモール・田中氏: 当施設を実証の場として活用できるのが最大のメリットです。イオンモール常滑は年間700万から800万人が来店し、この臨海エリアでは最も集客力のある施設です。モール内には約150の専門店があり、これらの協力も得られます。さらに、通信回線などのインフラが整っており、新しい決済システムの導入も行いやすい環境です。今年度はイオン銀行も加わることで、スムーズに進行できると考えています。
▲自動車、鉄道、空港と、アクセスに恵まれた立地環境にある「イオンモール常滑」。
――応募を検討しているパートナー企業に向けてメッセージをお願いします。
イオンモール・田中氏: イオンモールでは、テクノロジーを活用したサービス事業に挑戦しています。特に、お客さまの思いを中心としたDXの実現を目指しています。また、私たちはマーケティングを大事にしており、今回の取り組みから得られた購入内容や金額、属性情報などを、決済自体の目的だけに使うのではなく、来店や購入促進にもつなげていきたいと思っています。長いお付き合いができると思うので、ぜひご応募をお願いします。
【矢場とん】「「待ち時間」のエンタメ化や効率的な運営の実現」
――御社の事業概要や『矢場とん』の特徴からお伺いしたいです。
矢場とん・栗原氏: 『矢場とん』はみそかつの専門店で、主に愛知県内に展開していますが、県外にも東京と大阪に各4店舗、富山と三重に各1店舗あります。当店はとんかつそのものというより、みそだれを美味しく食べるためのとんかつを提供しており、名古屋を訪れる観光客に人気で、特に土日は長い行列ができるほどです。「みそかつといえば『矢場とん』」と言われるほどの知名度を、全国的に獲得していることが私たちの強みになっています。
▲取材対象者:【写真左】株式会社矢場とん 総務部・部長 栗原耕二 氏
――このプログラムに参加を決めた理由や、現状の課題についても教えてください。
矢場とん・栗原氏: 課題として、長時間並ぶお客様の負担が大きいことが挙げられます。特に昨今のような暑い夏には、色々な意味でお客様の負担が増してしまうため、より快適に過ごしていただく方法を考える必要があると思っています。また、休日には多忙な状況が続き、従業員の接客レベルが低下するような状況もあり問題視しています。こうした点を解決できるデジタル技術を求めて、このプログラムに参加しました。
――「「待ち時間」のエンタメ化や効率的な運営の実現」という募集テーマを掲げられました。具体的にどのような共創を目指しておられますか。
矢場とん・栗原氏: 1つ目の行列の「待ち時間」のエンタメ化についてですが、本店ではスクリーンを使って映像を流し、行列中もお客様に楽しんでいただけるようにしています。ただ、全店舗で同様の対応をするのはインフラの面で難しいため、別の方法も検討しています。例えば、アバターを使ったAI店員の導入などを考えていますが、このアイデアに限らず一緒にゼロから考えていただけると嬉しいです。
2つ目の人手不足対策や人材育成に関しては、特にフロア業務において、店員が行っている業務を代替したり、プラスの価値を提供したりできる取り組みを考えています。例えば、配膳ロボットやAI店員の導入、あるいは、実際の店員とAI店員を組み合わせて、店員の業務負荷を下げたり、お客様に楽しんでいただいたりするようなイメージを持っています。
▲1947年に「矢場のとんかつ」として創業以来、名古屋名物として親しまれている。また、グッズを展開したり、SNSなどでの情報発信などにも積極的だ。
――御社と協業するメリットについてもお伺いしたいです。
矢場とん・栗原氏: 『矢場とん』の中部国際空港店を、実証の場としてご活用いただけます。この店舗は、2024年9月に移転予定で、同じフロア内ですが、現在より目立つ場所に移ります。店舗面積も1.5倍と拡張されますし、多くのお客様が訪れる人気店なので、実証の場として魅力的だと思います。
――応募を検討しているパートナー企業に向けてメッセージをお願いします。
矢場とん・栗原氏: 『矢場とん』には、観光客がたくさんご来店になります。頻繁には来ないお客様も多いので、そうした方たちに「また来たい」と感じていただける仕組みづくりを行いたいです。ぜひ私たちと共に、新しい取り組みを進めましょう。
取材後記
中部国際空港周辺の自治体・民間企業の合計9社が、オープンイノベーションで解決したい課題を提案した。課題は空港運営からホテル、小売、飲食、病院にまで及び、非常に多岐にわたる。これだけのテーマが揃っていれば、自社のビジネスに合った募集テーマを見つけることができるだろう。インバウンドの増加により来客数が急増するセントレア。ぜひこの開かれた実証フィールドを活用し、自社のさらなる発展につなげてほしい。
●『あいちデジタルアイランド TECH MEETS』の詳細は以下URLよりご覧ください。
https://aichi.eiicon.net/techmeets2024/
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:加藤武俊)