資金調達ピッチ「The Commit Day」を徹底レポート!スタートアップ3社に対する10名の投資家の評価はいかに
これまで数多くのオープンイノベーション支援をしてきた株式会社eiiconは、2024年1月より、スタートアップを支援する新事業「AUBA for Startup」をスタートした。「AUBA for Startup」では、資金調達ピッチ「The Commit」とオープンイノベーションピッチ「The Scale」という2つのプログラムを通じて、スタートアップのロケットスタートを支援する。
今回、TOMORUBAでは、去る7月26日に行われた「The Commit」6回目のピッチにして、初のオフライン開催(東京・有楽町/Tokyo Innovation Base)となった「The Commit Day」の取材を実施した。本記事では、ピッチ前に行われた公開講義の様子や、10人のVC・CVC・エンジェル投資家に対して自社の事業を熱量高くアピールしたスタートアップ3社(株式会社STANDAGE、ai6株式会社、株式会社LX DESIGN)によるピッチの模様をお届けする。
【はじめに】AUBA for Startup発足背景と資金調達プログラム「The Commit」について
「The Commit Day」のスタートに際して、イベント全体のモデレーターを務めるeiiconの粕⾕琢実(地域創⽣・イノベーション 創出事業本部)が、「AUBA for Startup」の発足背景と「The Commit」のプログラム内容について解説した。
eiiconが今年1月にスタートした「AUBA for Startup」は、東京都が今年度より開始したスタートアップ支援展開事業「TOKYO SUTEAM」の関連事業だ。東京都は2022年11月に策定した「Global Innovation with STARTUPS」の中で掲げた、「10×10×10(5年で東京発ユニコーン数10倍、東京の起業数10倍、東京都の協働実践数10倍)」を達成すべく、多様な主体による多彩なスタートアップ支援策の実施を目指して「TOKYO SUTEAM」を開始している。
eiiconはこの「TOKYO SUTEAM」の協定事業者に選定されており、東京都と共に、これまでにないスタートアップ創出を目指す新規事業として「AUBA for Startup」を立ち上げることとなった。
▲株式会社eiicon 地域創生・イノベーション 創出事業本部 粕谷琢実
そのような経緯で始動した「AUBA for Startup」では、スタートアップの資金調達ピッチ「The Commit」、大企業との共創マッチングを促進するオープンイノベーションピッチ「The Scale」という2つのプログラムを通じてスタートアップに挑戦の機会を提供し、ユニコーンとなり得るスタートアップの成長を支援していく。
今回のイベントのメインコンテンツとなっている資金調達ピッチ「The Commit」に関しては、VC・CVC・エンジェル投資家を審査員に招聘し、年12回のピッチイベントを予定している(今回は6回目)。
粕谷は「単なる資金調達ピッチにとどまることなく、私たちeiiconがピッチまでの1カ月以上の期間を通じて、ビジネスモデルのメンタリングやピッチデックのブラッシュアップを実施するなど、スタートアップの皆さんが調達を実現し、メディアやプレスに発信するところまでしっかりと支援していきます」と熱意を込めて語った。
【公開講義】スタートアップの成⻑戦略における資⾦調達の考え⽅とは?
続いては、本プログラムのメンターを務めるeiiconの下薗徹(Quality of Open Innovation officer)が登壇し、「成⻑戦略における資⾦調達の考え⽅」をテーマとする公開講義を行った。ここでは講義の一部分を紹介する。
▲株式会社eiicon Quality of Open Innovation officer 下薗徹
●エクイティによる資金調達のメリットと注意点
最初に下薗は、エクイティファイナンスのメリットについて語った。エクイティによる資金調達は、投資家からの信頼が得られなければ成立しない。そのためエクイティによる資金調達を実現できた時点で、社会から一定の信頼を獲得した証となり、その後の資金調達や他社との取引、人材の採用などで大きなメリットを享受できるという。更に、エクイティで得た資金をもとに事業のスピードを加速させることで、外部環境の変化や競合に対するアドバンテージを得るなど、スピーディーな資金調達によって獲得できる「時間」や、外部の視点が入ることによる経営や組織運営の「統制」にも大きなメリットがあると述べた。
●投資家はスタートアップの何を見ているのか
次に、投資家たちが「スタートアップの何を見て投資判断を行っているか」など、投資家の視点・観点について説明した。プレシードやシード期のスタートアップに関しては、経営者の胆力やコミット力、チームの推進力といった言語化されにくい要素も重視される。一方で、ミドル、レイター以降のフェーズでは、上場に向けてよりドライに「金融商品」としての目線で判断されるようになる。また、海外の投資家に関しては、それらに加えて創業のストーリーや経営者のメッセージなども重視する傾向にあるという。
最後に下薗は、過去にキャピタリストとして活躍していた経験も踏まえ「今回お話したような投資の力学を理解することは非常に重要ですが、投資家の方々に迎合するような事業を作ってほしいわけではありません。魂を売らずに市況の波に乗る。この感覚を皆さんにお伝えしたいです」と語り、会場に集まったスタートアップ関係者にエールを送った。
【資金調達ピッチ】10名の投資家に向けて行われたスタートアップ3社のピッチをレポート
スタートアップの資金調達ピッチを開始するにあたり、今回の「The Commit Day」に審査員として参加する10名の投資家の紹介が行われた。
<The Commit Day 参加投資家>※五十音順
■鎌⽥和博⽒(Spiral Innovation Partners General/Partner)
■河合将⽂⽒(株式会社ジェネシア・ベンチャーズ/パートナー)
■⽊下太郎⽒(UntroD Capital Japan株式会社/グロースマネージャー)
■繁村武尊⽒(グローバル・ブレイン株式会社/Investment Group Director)
■篠原豊⽒(エバーコネクト株式会社/代表取締役)
■藤⽥豪⽒(株式会社MTG Ventures/代表取締役)
■関寛明⽒(三菱UFJキャピタル株式会社/投資第四部⻑)
■常盤⽊⿓治⽒(株式会社EBILAB/取締役ファウンダーCTO CSO)
■林⿓平⽒(ベータ・ベンチャーキャピタル株式会社/代表取締役パートナー)
■守屋実⽒(新規事業家)
<資金調達ピッチの流れ>
最初にスタートアップによるピッチ(6分間)を行った後、投資家からの質疑応答(10分間)を実施。質疑応答終了後、投資家がその場で意思決定を行い、継続協議を希望する場合は「組みたい!」と書かれた赤い札を挙げ、協議を見送る場合は「興味あり!」と書かれた青い札を挙げる。継続協議が決まった投資家とスタートアップについては、プログラム終了後にeiiconが両者を接続するという流れだ。
●【資金調達ピッチ①】 株式会社STANDAGE 取締役副社長COO 大森健太氏
「ブロックチェーン・AIを活用したデジタル貿易プラットフォーム」
創業8年目、2年後の株式上場を見据えるSTANDAGEは、ブロックチェーン・AI技術を基盤とするデジタル貿易プラットフォームの開発・提供を行っている。日本では国策として企業の海外展開(貿易)を支援しているものの、現状では385万社あるとされる日本企業のうち、わずか1%となる3.5万社しか貿易を行っていない。貿易を行うには販路開拓・交渉/契約・決済・物流など様々な懸念点があり、製造業をはじめとする多くの企業にとっては、依然として高いハードルがあるという。
同社では、そのような貿易事業における様々な課題を解決する「デジトラッド」というサービスを提供している。「デジトラッド」は、社外の商社部門代行(BPO)と貿易クラウド(SaaS)を組み合わせたサービスであり、ユーザー企業は貿易のすべてを社外に“まるなげ”できるという。
しかし、STANDAGEは単にユーザーにとっての商社的な役割を担うわけではない。同社はデジタル貿易プラットフォームを構築しており、貿易業務を一気通貫でデジタル化する様々なツールを開発している。たとえば貿易に特化したSalesforceのように活用できる「貿易クラウド」は、貿易のすべてのプロセスを可視化できるほか、対象製品をAIに読み込ませることで各国の関税やレギュレーションも即座に調べることができる。
また、国内の大半の貿易決済では、金融機関が提供するL/C取引(信用状取引)が使われているものの、途上国との取引や小ロットの取引では使用できないことがほとんどだと言う。このような課題を解決すべく、同社では途上国との取引や小ロットの取引でも安全に使用できるブロックチェーンを活用した決済システムを開発している。大森氏は「すでに複数の総合商社との実証実験も進めており、これまでのL/C取引で1カ月かかった手続きが1日で実現するなど、スピード面で大きな評価をいただいている」と説明した。加えて物流面に関しては、貿易版の「Trip.com」のような感覚で使用できる即時概算比較見積システムを提供しており、荷主や物流会社の業務時間・人件費の大幅削減に貢献している。
現在、同社の「デジトラッド」は累計200社以上に導入されており、顧客単価は600万円程度になるという。最後に大森氏は「幸い黒字化はできているので、今後はサービスの共同営業やシステムの無償トライアルといった、新たな事業連携につながるような資金調達ができると嬉しいです」とアピールし、ピッチを締め括った。
ピッチ後の質疑応答では、参加投資家から「さらに事業がスケールするタイミング」「今後の展開エリア」「サービスの詳細な料金体系」「競合に対する優位性」などといった質問が投げ掛けられ、大森氏が一つひとつの質問に対して丁寧に回答した。
●【資金調達ピッチ②】 ai6株式会社 CEO・CFO 丸茂正人氏
「超高齢化社会における健康寿命の延伸と社会保障費用の抑制」
ai6は、Wi-Fiセンシングの社会実装を中心に様々な課題に取り組んできた会社であり、現在はこれらの技術を活用して、高齢者の健康寿命延伸・社会保障費の抑制を目指した事業を推進している。
ピッチ冒頭で丸茂氏は、「団塊世代が後期高齢者になる2025年問題をそのまま放置しておくと、独居高齢者が800万人以上に増え、医療・介護費は89兆円に達し、32万人の介護職が不足する2040年問題に発展する可能性がある」と問題提起を行った。また、このような問題を本質的に解決するためには、現在世の中で提供されている緊急時対応型の「見守り」サービスに加え、平常時から食事・運動・睡眠・服薬などに介入したり、疾病の予兆を検知して早期診察を促したりするような「寄り添い」サービスが必要であると述べた。
ai6では、このような「寄り添い」サービスを大規模かつ迅速に普及させるべく、高齢者の屋内での活動をWi-Fiセンシングを活用して把握する「AiCare Platform」の開発を行っており、現在は開発段階に応じた3段階の事業化を進めている。
第1段階は、屋内動作の検知・解析結果のAPIでの提供であり、すでに中堅キャリアとサービス開発契約を締結済みで、年内の商用サービス開始が決定している。第2段階は、Wi-Fiセンシングで得られたデータと動作解析エンジンを活用した介護施設向け転倒防止サービスの提供であり、こちらも年内の商用化を見込んでいる。第3段階は、屋内で検知した動作に対して医療・介護の専門家の支援を提供する行動推奨エンジンの開発であり、現在は順天堂大学と共同研究開発契約を締結して開発を進めている。今後も医療・介護業界を中心とするドメインパートナーの多様なナレッジを「AiCare Platform」に導入しつつ、様々なチャネルパートナー経由で販売・展開を行っていくことにより、幅広いユーザーにアプローチしていくという。
現状、商用化までの開発に関する資金調達は完了しており、補助金で追加開発や開発スピードの向上を図っているほか、来季にはシリーズAを目指し、組織拡大や特許拡充、事業のスケール化に資金を投入していく方針であることも説明された。
ピッチ後の質疑応答では、「医療・介護の専門家の支援を提供する際のUIの形態」「行動推奨エンジンのアウトプットによる具体的な行動変容の促し方」「販路・顧客ターゲット」「Wi-Fiセンシングのカバー範囲」など、サービスやビジネスの具体に迫る様々な質問が寄せられた。
また、新規事業家の守屋氏は「自分も板橋区の病院に携わっているので、ぜひ具体的な話をお聞きしたい」と意欲を見せた。
●【資金調達ピッチ③】 株式会社LX DESIGN 代表取締役社長 金谷智氏
「「複業先生」を起点に教師不足と教育の問題を解決する」
LX DESIGNは、人手不足に悩む学校と複業で先生をしたい外部人材をつなぐ、出前授業のマッチングサービス「複業先生」を展開している。現在、「複業先生」には約2000名以上の登録者が参加しており、キャリア教育、起業教育、IT教育に関する学習のほか、一部教科学習などにまで幅広くカバーしている。学校の先生は「複業先生」を通じて授業の依頼を行えるほか、授業案生成は生成AIを使って自動化することができ、登録者側もチャットで学校とやり取りができるなど効率的に授業に臨めるようなシステムが確立されている。
また、同社は「複業先生」によるワークシェアに加え、教育現場のDXにもチャレンジしている。具体的には「複業先生」で得られた学習データを活用した授業準備負荷の低減、保護者向け・教育委員会向けレポート作成の自動化機能などを提供しており、多くの学校の先生、保護者、生徒から好評を得ているという。
すでに導入学校は300校を超えており、導入待機中の学校は全国に広がっている。さらには熊本市との連携協定を結んだことをきっかけに、全国各地でも実証事業・授業を推進中だ。ベネッセといった大手企業からも資本・業務提携をしており、今後も成長が見込まれる。
金谷氏は「複業先生」による出前授業のマッチングサービスを皮切りに、今後は教育業界全体の人材不足・採用難の解決にチャレンジしていくと説明。結びに、「業務負荷の低減や人手不足の解消は、あくまでもエントリーの課題に過ぎません。今後はそのさらに先にある学校の先生たちの在り方や、学校文化そのものを一緒にDXしていきます」と語り、今後の事業展開に対する意欲をアピールした。
ピッチ後の質疑応答では、参加投資家から「より具体的な事業構想」「複業者の授業内容の質の担保を含めたリスクマネジメント」などに関する質問が寄せられた。また、「さらなるマネタイズの可能性」や「越境人材育成事業との接続」など、現状のビジネスのスケールにつながるような意見・提案を皮切りに、単なる質疑応答にとどまらない熱い議論も交わされた。
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――スタートアップ3社の資金調達ピッチ終了後は、オーディエンスとしてイベントに参加したスタートアップ関係者と投資家によるネットワーキングが実施され、会場の至るところで熱量の高いコミュニケーションが交わされた。
取材後記
今回取材した「The Commit Day」は、登壇したスタートアップ3社には資金調達の大きなチャンスの場となったことはもちろん、会場で見守っていたオーディエンスにとっても投資家の判断基準や考え方を肌で感じられる貴重な機会になったはずだ。今後も「The Commit」は、8月29日(木)、9月19日(木)、10月17日(木)と1カ月に1回のペースで開催を予定している。資金調達に挑むスタートアップのピッチや投資家のリアルな意思決定を間近で見届けたい方々は、積極的に参加してみてはいかがだろうか。
●資金調達ピッチ「The Commit」についての詳細は以下特設ページをご覧ください。
https://corp.eiicon.net/startup/thecommit
(編集:眞田幸剛、文:佐藤直己、撮影:前手秀紀)