19世紀末に“ベンチャー”として誕生した東京電力。国内最大の電力会社が持つ、人々の生活に不可欠なインフラを活用したオープンイノベーションに挑む。
電力やガスの自由化に加え、デジタル化/グローバル化を背景とした産業構造の変化もあり、エネルギーのあり方が大きく変わろうとしている。国内最大の電力会社である東京電力は、新たなビジネスモデルの創造や事業化を見据え、ベンチャーやスタートアップも含めた多様なパートナーとの共創を推進中だ。同社においてイノベーション活動の中核を担う組織である「新成長タスクフォース」を統括する見學氏に、社外パートナーとの共創を進める背景、「新成長タスクフォース」の組織概要や今後のビジョン、現在進行しているオープンイノベーションの事例などについて詳しく伺った。
▲東京電力ホールディングス株式会社 常務執行役 新成長タスクフォース長 見學信一郎氏
1988年東京電力入社。営業、燃料購買、国際、企画部門に在籍。トルコにてインフラ輸出のプロジェクトを手がけていた最中、福島第一原子力発電所事故が発生し、以降は危機対応に専念。経営改革本部にて同社の経営改革や組織改革、復興プロジェクトを担当。2016年春、当時の代表執行役社長から新成長タスクフォースを引き継ぎ、欧米ベンチャー投資やベンチャー事業開発を実行しながら、新たなインフラ事業の創造、持続可能な社会の実現を目指す幅広い活動に携っている。
国内外から集まった多士済々なメンバーが、新規事業の開発を推進
――2016年から新成長タスクフォース長を担当されていますが、東京電力が積極的に社外パートナーと連携し、新たな事業創出を目指している背景についてお聞かせください。
見學氏 : 電力事業は約140年前にトーマス・エジソンとニコラ・テスラの2人が生み出したビジネスモデルからほとんど変わることなく、現在まで続いてきました。巨大な発電所を造り、大規模な送電を行い、配電で小分けにして電気を送り届けるというワンウェイでマスプロ的な20世紀型のビジネスだったのですが、それがここ数年、IT化、デジタル化、分散化などによって、ビジネス構造が大きく変わろうとしている兆しが見えてきたのです。 欧米の電力会社は、こうした流れに対応するための施策を早期に打っていたのですが、当社は福島の原発事故対応に専念する必要があり、出遅れていた感もありました。私自身は2016年以降、幸運にも新規事業開発に携わる「新成長タスクフォース」を担当する機会に恵まれ、早急に欧米の企業に追いつかなければならないと考えていました。
――新成長タスクフォースという組織について具体的に教えてください。
見學氏 : 福島で事故を起こしてから数年間、当社の新規事業開発は完全凍結されていました。その間に事業開発の知見を持った人材が流出してしまうという状況があり、まずはこの組織で事業開発ができる人材を育てたいと考えたのです。そこで、社内公募で志のある人材を募ったほか、社外からも国内外を問わず私たちの考えに共鳴いただけるメンバーを集めました。現在、新成長タスクフォースは約60名の組織ですが、そのうち1/3は中途入社です。中途入社比率の低い当社では珍しい組織であると言えます。
――中途入社の方々も多いということですが、どのような業界から、どのような職種の方々が集まっているのでしょうか?
見學氏 : 海外から入社したメンバーは、ベンチャーキャピタリスト、シリアルアントレプレナーのほか、ブロックチェーンの専門家も在籍しています。国内の中途入社メンバーに関しても、ベンチャー出身者、通信キャリア出身者、コンサルティングファーム出身者、マーケティングの専門家など、多士済々です。
――ベンチャーやスタートアップの方々と事業を起こす場合、意思決定にスピード感が求められると思います。新成長タスクフォースは、意思決定のスピードを早めるような組織的特徴があるのでしょうか?
見學氏 : 意思決定については、現状の当社のプロセスに従わざるを得ないのですが、2018年の夏に組織改革を行う予定があり、ベンチャー型経営を進めやすい仕組みに変えていく方針です。
電柱、鉄塔、コンセント。圧倒的なアセットを活用したさまざまな取り組み
――既に企業や自治体と共創してさまざまな事業を進められていますが、渋谷区と取り組まれている「宅外見守りサービス事業」についてはどのようにスタートされたのでしょうか?
見學氏 : 当社のアセットのひとつに関東エリアを中心に設置されている570万本の電柱があります。この電柱を利用したインフラサービスを提供できないかということで、「小学生のランドセルにビーコンを付け、電柱の受信機でキャッチした情報をクラウド経由で親御さんに送る」という見守りサービスの着想に至り、若手が中心となって事業化を進めました。渋谷区にご提案したところご賛同いただけたため、現在は実証事業を進めている段階です。
――570万本という電柱の数はかなり魅力的ですね。他にも強みとなるアセット、リソースがあれば教えてください。
見學氏 : 電柱の他には鉄塔があります。通信キャリアさんと話を進めているところですが、今後は鉄柱に電力線を這わせるだけでなく、基地局を設置するなどして情報通信サービスのためのインフラ、「インフォタワー」「インフォポール」として活用できるのではないかと考えています。 また、将来的にはこれまで以上に細かな地域別の天気予報が求められると考えられており、ある程度の高さがあって電気も取れる当社の鉄塔にセンサーを付けることで、新しいタイプのサービスを提供できる可能性もあると考えています。
――株式会社ゼンリンとの「ドローンハイウェイ構想」も鉄塔などのインフラを活かした取り組みになりますね。
見學氏 : 現在は人が目視で操縦することの多いドローンですが、2020年代以降は自立自律飛行がメインになると言われています。ただ、GPSでコントロールされるドローンにとって、電磁波が出ている東京電力の電柱や鉄塔は非常に危険な物体です。ドローンの衝突・墜落を回避するためにも電柱や鉄塔の位置をデジタルマッピングしてドローンに読み込ませる仕組が必要だろうということで、ゼンリンと組んでインフラの整備を始めました。
――なるほど。
見學氏 : ここからは発想の転換になるのですが、障害物として考えられていた東京電力の鉄塔などを管制コントロールに使うことでドローン専用の空の道を作ることはできないか、鉄塔や送電線には飛行機やヘリコプターも近づいてこないので、むしろドローンにとっては安全な空路(ドローンハイウェイ)になるのではないかということで、中堅・若手社員を中心にアイデアを膨らませていきました。
――逆転の発想、まさにイノベーションですね。
見學氏 : アセットは他にもあります。PLC (Power Line Communication)、電力線通信と呼ばれるもので、各家庭にあるコンセントを使って情報通信ができるという技術です。古典的な技術ではあるのですが、これまではPLCで発生する漏洩電波が一部の方の利用帯域と重なってしまうことが問題でした。しかし、ノッチという技術によって一部帯域の通信を抑えることができるようになり、利害関係者との調整もできるようになったため、私たちとしてはこれを広めていきたいと考えています。
――PLCを利用して、具体的にどのような事業をイメージしているのでしょうか。
見學氏 : Wi-Fi環境が普及して久しいですが、実際の普及率は全世帯の約半数程度と言われており、現在でも高齢者や低所得者層の方々にとって、通信環境の整備は必ずしも簡単な話ではありません。PLCを活用すればあらゆる家庭にあるコンセントにデバイスを挿すだけで情報通信ができるようになります。社会全体に毛細血管のように張り巡らされている電線を通信インフラとして使えるため、事業としてのポテンシャルはかなり高いと思いますし、私たちはこのPLC用のアプリケーションを開発していただける担い手も探しています。
ベンチャーの草分けであるという自負を胸に、新しい事業を生み出したい
――さまざまなアセット、リソースを持っている東京電力ですが、今後はどのような技術、マインドを持ったベンチャー、スタートアップと共創したいと考えていますか?
見學氏 : 当社は電柱、鉄塔など屋外に多くのアセットを持っているので、それらを活用したサービスの展開を考えられている方々との相性は良いと思います。あとはPLCを使ったサービスですね。あらゆる家庭、事業所に備え付けられている電源コンセントを使って価値を提供できるアイデアを生み出したいという方も歓迎です。 当社はエネルギーの会社ですが、デバイスやエッジに関連する技術に当社のアセットを絡めていくというケースが多くなると考えられるので、さまざまな企業と共創するチャンスがあると思っています。
――必ずしもエネルギーベンチャーである必要はないということですね。
見學氏 : その通りです。また、私たちは福島で重大な事故を起こしており、福島復興を担う使命、宿命があります。それを果たしていくために力をお貸しいただける企業とも提携していきたいと考えています。その一方で、電気を安定的にお送りしてきたことに対する消費者の皆様からの一定程度のご信頼は残っていると思うので、約2700万件というお客さま様に新たなサービスをご提案できるプラットホームを活かしていただきたいという気持ちもあります。
――最後になりますがベンチャー、スタートアップの方々へのメッセージなどがありましたらお願いします。
見學氏 : 東京電力の前身はベンチャーと言えます。エジソンがニューヨークで電力会社を設立した5年後である1883年(明治16年)、銀座に一本の電燈を立ち上げるところからスタートしました。彼らはきっと「日本中を明るくしよう」という、溢れかえるようなベンチャースピリットを持って事業を始めたのだと想像できます。私たちもベンチャーの草分けであるという自負がありますし、もう一度、創業当初の息吹を取り戻すつもりで、ベンチャーやスタートアップの方々と一緒に新しい事業を起こしていきたいと考えています。
取材後記
国内最大規模のエネルギーインフラ企業として、あらゆる社会活動の基盤を作り、人々の生活を支え続けてきた東京電力。送電を支える電線、電柱、鉄塔、コンセントなど、社会の隅々に行きわたっている同社のアセット、約2700万件という顧客規模は圧倒的であり、社会に大きなインパクトを与えるだけのイノベーションを生み出せるポテンシャルがあることは間違いない。
「宅外見守りサービス」や「ドローンハイウェイ」といった、現在進行している取り組みの事例を見ても、エネルギーや電力といった既存事業の枠を超えたイノベーションが生まれており、アイデアと技術次第でさまざまなベンチャー、スタートアップに共創のチャンスがありそうだ。
(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己、撮影:佐々木智雅)