meet ▶[AiCAN]:逼迫する児童相談所の業務を圧縮し、すべての子どもたちが安全に暮らせる世界を構築する
2023年、警察が児童虐待の疑いがあるとして、児童相談所に通告を行った18歳未満の児童数は12万2806人となり過去最多を記録した(「令和5年の犯罪情勢」警視庁発表)。近年増加傾向にあり、児童相談所の対応も追いついていないのが現状だという。
こうした課題に立ち向かおうとしているのが、産総研発のベンチャーである株式会社AiCANだ。同社は、すべての子どもたちが安全に暮らせる世界をつくることをビジョンに掲げ、児童相談所や自治体で使用する業務支援SaaSやデータ分析サービス、研修サービスなどを提供している。
eiiconのオリジナルピッチ企画「eiicon meet up!!」登壇企業に話を聞くインタビュー企画『meet startups!!』。――今回は、株式会社AiCANでCEOを務める髙岡昂太氏にインタビューを実施。起業に至った背景や同社サービスの強み、今後の方針などを語ってもらった。
▲株式会社AiCAN 代表取締役 髙岡昂太 氏
2011年、東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース博士課程修了。教育学博士、臨床心理士、公認心理師、司法面接士。千葉大学子どものこころの発達研究センター特任助教、学術振興会特別研究員PD、海外特別研究員(ブリティッシュコロンビア大学)、産業技術総合研究所人工知能研究センター主任研究員、株式会社AiCAN取締役(CTO)を経て、2022年4月に株式会社AiCAN代表取締役(CEO)就任。
すべての子どもたちが安全に暮らせる世界をつくるため、研究者から起業家に転身
――起業前、髙岡さんは産業技術総合研究所(産総研)で研究者としてご活躍されていました。まず、研究者から起業家へと転身された理由からお聞きしたいです。
髙岡氏: もともと実務者 兼 研究者(Scientist Practitioner)の道を歩んできたので、起業に対する憧れはありませんでした。というのも、私は専門職としてキャリアを重ねてきたので、ビジネスや経営に関しては、その分野に詳しい人が手がけた方が良いと思っていたからです。こうした考えから、産総研で仲間と共同開発した技術やアプリも、経営ノウハウや資金を持つ企業と協力して広げていくほうが効率的だろうと思い、様々な企業と会って議論をしたこともありました。
しかし、私たちが目指す「社会問題の解決」と「ビジネス」の両立を考えてくれる企業は少なく、ビジネス寄りの議論が多かったことから、「これでは本質的な現場の課題解決ができず、企画倒れになる」と思ったんです。私は海外での研究経験があり、海外にいるときに「社会課題の解決は、民間との共同が鍵だ」と学んだのですが、日本では少し状況が異なっていた。
同時に海外で「社会課題解決をスタートアップが担う」というトレンドを習っていたので、それなら「自分でやる」と決断し、起業することにしました。ですので「すべての子どもたちが安全な世界に変える」という目的を実現するための”手段”として、起業の道を選んだという流れになります。
――なぜ「児童福祉」というテーマを選ばれたのでしょうか。
髙岡氏: 『キレる17歳』という言葉がありますが、私も同じ世代で、神戸連続児童殺傷事件や秋葉原通り魔事件の加害者と同い年です。なぜ、同じ年齢の人たちが犯罪に手を染めることになったのか疑問に感じたことがあり、調べてみたところ「加害者の8~9割が過去に何らかの虐待や不適切な養育を受けている」という事実を知りました。そこから、犯罪心理学やプロファイリングに興味を持つようになったのですが、より社会で役立つ学問に取り組みたいと考え、臨床心理学コースに進学しました。
その後、現場では支援が最も必要な人々は、医療機関や支援機関に援助を求めない、または求められない状況におられる方々です。そうした方々にリーチするには、福祉の文脈で対応することが重要だと考えるようになりました。自分でやってみなければ課題感を把握できないので、実際に現場で働こうと考えたのです。現場で働くと同時に研究もして、形にして仕組化しようと。こうした考えのもと、「児童福祉」の道へと進みました。
全国6自治体で実証実験、業務効率化により「会う時間の取れなかった子どもたちに会えるように」
――続いて、御社の事業についてお伺いします。2020年3月にAiCANを設立され、児童福祉現場DX、特に業務改善支援を手がけておられます。昨年度は、全国6自治体に御社の『AiCAN』を試験導入されたそうですが、事業の現状はいかがでしょうか。
髙岡氏: 2020年3月に創業はしたものの、最初の2年は全員別の本業がありそこで働きながら、1日の業務終了後にAiCANの仕事をしていました。当時は3人で運営していたため、営業活動に多くの時間をかけられず、このままではスケールさせることが難しいと感じ、社会的インパクトを広げるために、2022年4月からAiCAN社にフルコミットで取り組むことを決断しました。
お話いただいたように、2023年度は全国6自治体で実証実験をさせていただきました。そのうち5自治体で予算化がされています。実証実験を行っていない他の自治体からも多数のお問合せをいただいております。
▲児童虐待対応支援アプリ”AiCAN”の画面イメージ
――昨年度、全国6自治体で実証実験を行われて、どのような効果が確認できたのでしょうか。
髙岡氏: 確認できた最も大きな効果は、業務効率化です。私自身が現場にいたときもそうでしたが、児童相談所は今でも電話やFAXを使って連絡を取っていることが多いです。一方、電子カルテのようなシステムが導入されていますが、業務に適したUI/UXではないため、使い勝手が悪いという声も多くありました。そのような課題感を持つ児童相談所が、当社の『AiCAN』を導入すると、業務に沿ったデータ入力や情報共有が可能になります。
また、「どういうタイミングで判断に迷うのか」などの声を現場から聞き、アプリを作り込んできました。判断基準が可視化されたことで「上長への報告が円滑になった」という声もいただいています。実際、当社のアプリを導入することで、記録の作成や情報共有の時間を半分から3分の1以下にまで圧縮できた事例も生まれています。
特に印象的だったのは、業務効率化ができたことで、これまで会えなかった子どもに会えたという声です。児童福祉の現場は、ICTやAIなどのシステムを導入して効率化をすれば、その分、人員を削減していいわけではありません。前提となる人員配置はデータに基づく政策になっていないため、既存業務でさえ十分に人が対応できる時間がないのです。
そのため、効率化できたら何ができるかというと、例えばこれまで、1カ月に1回しか面談ができなかったご家庭に対して、1週間に1回の頻度で会えるようになるなど、即ち対応の質の向上に繋がるのです。
それに、児童相談所は救命救急に似ていて、1人の子どもの対応をしている間に、次の緊急ケースが発生するようなことがよくあります。従来だと「どのように情報を集めて、何を聞いていくか」という作戦を考える時間すらなかったのに対し、導入後は作戦を立てる余裕が生まれたり、関係機関に事前に確認できたりするようになります。
例えば、緊急対応の際にも、子どもや保護者の情報をより早く詳細に把握することができる。当社のサービスを導入することで、「今まで会う時間が取れなかった子ども達に会えるようになった」と。そうした声をいただけたことが、何よりも嬉しかったですね。
――それは、大きな成果ですね。競合するサービスと比較して、御社が特に力を入れているポイントがあればお聞かせください。
髙岡氏: 大手SIerやコンサル企業などが販売している児童相談システムが、競合するサービスかもしれませんが、そのようなサービスは、ユーザーが業務が終わった際に、記録を書いて行政文書で保管するシステムです。
一方で、当社のサービスはリアルタイムに情報をチームで共有しながら、記録作成もほぼリアルタイムで行っていくProspectiveなサービスです。他にも、私たちのサービスは、現場の課題解決を伴走することが目的なので、システムは手段の一つです。
加えて、私たちのサービスは、現場のドメイン知識を何よりも重要視して開発をしてきました。当社には、元児童相談所職員や司法領域で仕事をしてきたスタッフなども多数在籍しています。専門知識や現場の課題を把握した専門職のスタッフが、導入いただいた自治体様に伴走しながらサポートできる点が、当社ならではの強みだと考えています。システムを導入して終わりでなく、むしろ導入がスタートで、そこから一緒に課題解決に取り組むことができます。
また、単に地域毎にデータを収集すればよいというスタンスではなく、各地域の特性に合わせてデータの取得方法やアプローチの仕方を変えています。現場の課題を一緒に言語化し、その課題を解くために標準的なデータを積み上げる。この点を非常に重視しています。『AiCAN』は説明責任がある行政職員の方々が使用するサービスです。だからこそ、AIなどのデータ利活用もブラックボックスではなく、説明可能なホワイトボックス型にしています。
最後に、法律に基づく業務となるためセキュリティ面を重視していますし、特許も多数取得しています。さらに今後、日本もAI条約に批准することになると思いますが、信頼できるデータを入力しなければ、信頼できる出力になりませんから、科学的にどのようなデータを大事にするのかといった観点も大事にしています。「どのようなデータを入れていくとよいか」は現場の皆さんの解決したい課題によって異なりますので、議論をしながら検討していきます。この姿勢も他社と異なる点として、現場の方たちよりご好評をいただいています。
▲2024年3月に開催されたピッチイベント「eiicon meet up!!vol.10」に登壇した髙岡氏。
『AiCAN』を国内外へと普及させ、児童虐待対応の未来のスタンダードを確立する
――今後の方針やビジョンについてもお伺いしたいです。
髙岡氏: 今後の方針は3つあります。1点目は、児童虐待対応の未来のスタンダードを確立すること。「児童虐待対応サービスならAiCAN」と皆さんに知っていただけるように、児童相談所や市区町村の担当課だけではなく、全国の学校・保育園・病院・警察、あるいは民間団体の方にも使っていただけるように、シェアを伸ばします。
2点目は、虐待の問題は単に児童だけの問題ではなく、DVや発達障がい、いじめ、高齢者虐待、障がい者虐待など多岐にわたります。これらの近接領域の皆さんにの課題解決に向けてサービスを横展開していきます。
3点目ですが、児童虐待は日本に限った問題ではなく、海外でも起こっています。特に東南アジアや中東などは、これから児童相談体制を本格化していく段階にあります。そうした国にも進出を図り、世界的に現場の学びが循環するサービス提供をしていきます。これらを通じて、ソーシャルインパクトの価値を最大化し、同時事業を成長させていきます。
――今後の事業拡大に向けて、どのような企業・団体とパートナーシップを築いていきたいとお考えですか。
髙岡氏: 自治体とのパートナーシップを強化したいと思っているので、自治体向けにサービスを提供しておられる方々とつながりたいです。また、現状、私たちは既に起こってしまった児童虐待への対応にフォーカスしていますが、将来的には、問題を起こさないための予防にも注力していきます。
例えば、スーパーや駅で子どもに手をあげてしまった親御さんを見かけた場合に、どのように声をかけるべきか。そうした点を、商業施設のディベロッパーや鉄道事業者などとも連携しながら検討していきます。
取材後記
児童福祉領域における高度な専門知識とAIを駆使したデータ分析能力を活かし、深刻化する児童虐待問題に取り組む同社。自治体への導入も着実に進んでいるという。今後、さらに導入数が拡大すれば、見過ごされてきた虐待の数も減っていくだろう。同社がどのようなインパクトを社会にもたらすのか。注目していきたい。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子)