他産業連携、地域貢献、収益化を体現する『川崎フロンターレ』。事例から見るスポーツの可能性をキーマンたちが語る――地域版SOIPデモデイレポート<前編>
3月21日、スポーツと他産業の共創で新規事業の創出を目指すアクセラレーションプログラム『SPORTS OPEN INNOVATION BUSINESS BUILD』の成果発表会(DEMODAY)が、東京で盛大に開催された。会場となったイベントホール「EBiS303」には、全国のスポーツビジネスに関心がある400人以上が集結。壇上で繰り広げられるセッションや共創ピッチに注目した。
本プログラムは、スポーツ庁の令和5年度スポーツ産業の成長促進事業「スポーツオープンイノベーション推進事業(地域版SOIP※の先進事例形成)」の一環として実施され、今年度で3回目となる。今年度は、《東北》 《関東》 《九州》の3エリアで10の共創プロジェクトが誕生し、地域サポーターとメンターの協力のもと、事業化に向けた取り組みが行われた。
その成果を発表する場が、今回のDEMODAYだ。TOMORUBAでは、DEMODAYの模様を前・後編でレポート。前編となる本記事では、スペシャルセッションの内容を中心にレポートする。
※SOIP:スポーツ界と他産業界が連携することで新たなサービスが創出される社会の実現を目指すスポーツ政策。
【オープニング】スポーツには日本の産業を成長させる力がある
冒頭、スポーツ庁 参事官(民間スポーツ担当)付 参事官補佐 井上悠太氏が挨拶。「スポーツには人々に勇気と感動を与えることはもちろん、日本の産業を成長させる力があると確信している。スポーツ庁では経済的・社会的成果の創出を目指し、ビジネスモデルの構築支援を行ってきた。今後はビジネスモデルの成長支援も手がけ、スポーツと他産業のオープンイノベーションをますます推進していく。より多くのスポーツ団体、事業者が参加し、意欲と情熱を発揮してほしいと思う。今日のDEMODAYで得た気づきが地域につながりを生み、スポーツ産業ひいては産業全体の拡大につながることを期待する」と、今後の発展への誓いを新たにした。
【スペシャルセッション】キーマンたちが多角的視点で語るクラブと地域――川崎フロンターレからひも解くスポーツの可能性
続いて、川崎フロンターレの他産業連携、地域貢献、収益化を体現している先進的事例を軸に、その取り組みのキーマンたちのスペシャルセッションが行われた。
<パネリスト>
・黒木 透 氏/株式会社川崎フロンターレ 事業本部 フットボール事業統括部 プロモーション部 兼 経営企画部 マネージャー
・平原 依文 氏/HI合同会社 代表
・鈴木 順 氏/公益社団法人日本プロサッカーリーグ サステナビリティ部 社会連携グループマネージャー
<モデレーター>
・平地 大樹 氏/プラスクラス・スポーツ・インキュベーション株式会社 代表取締役インキュベーター
チームの思いをミッション、ビジョン、バリューとして言語化
まず川崎フロンターレについて説明された。同チームはJリーグの「地域社会への貢献」という理念に則り、積極的な活動を展開している。ホームタウンの神奈川県川崎市は人口約153万人が集う街で、人口が増加しているという。一方で、公害などのマイナスのイメージがあり、近年は地域住民の経済格差などの新たな課題を抱えている。
こうした中にあり、同チームは「FOOTBALL TOGETHER」を掲げる。プロモーションや地域連携を進める黒木氏は「クラブを『皆のクラブ』にして、チームカラーのブルーのような明るい街にしたい」と意気込む。また、ミッションを「スポーツの力で、人を、この街を、もっと笑顔に」に設定したほか、ビジョン、バリューを明示。近年はSDGsに力を入れ、SDGsや教育分野に造詣の深い平原氏(HI合同会社 代表)をSDGsパートナーに招くなどしている。
▲黒木 透 氏/株式会社川崎フロンターレ 事業本部 フットボール事業統括部 プロモーション部 兼 経営企画部 マネージャー
プロスポーツチームのマーケティングなどを手がけ、国内140のクラブと関りを持つ平地氏によれば、ミッションやビジョン、バリューを明示しているチームは珍しい。実際に体現しているとさらに少数派とのことだ。川崎フロンターレで勤務した経験も持つ鈴木氏は「もともと地域貢献に積極的で、すべては川崎市・川崎市民のためという思いはあった。しかし、言語化していなかったため、10年ほど前に改めてミッション、ビジョン、バリューを制定した」と説明した。
▲鈴木 順 氏/公益社団法人日本プロサッカーリーグ サステナビリティ部 社会連携グループマネージャー
喫煙所を障がい者アートでラッピング
川崎フロンターレの地域への思いが確認されたところで、ディスカッションの一つ目のテーマ「社会課題へ挑む。地域、企業連携で提供できるクラブの新たな価値とは」が取り上げられた。
同チームは地域貢献、社会貢献の流れから近年、SDGsに取り組んでおり、17の目標のうち、特に17番目の「パートナーシップで目標を達成しよう」に力点を置いている。具体的な取り組みとして、川崎駅に設置されている喫煙所のアートラッピングが紹介された。
喫煙所のアートラッピングは川崎フロンターレと平原氏を中心に、川崎市、日本たばこ産業株式会(JT)、障がい者アーティストが所属する川崎市のNPO法人studioFLATとの共創で実現。喫煙所は、喫煙者と非喫煙者が共存を目指す場所と捉えられる一方で、喫煙所周辺のポイ捨てや臭いが問題になっていた。平原氏は「アートラッピング後はポイ捨てがなくなり、喫煙所外で喫煙する人が減ったのが副次的効果としてもあった。さらにアートラッピングのプロジェクトは2カ月で完了させるという「爆速」で行われていた。」と語った。
黒木氏は「普段から、行政や企業、NPOと連携が取れていたスポーツクラブだからこそ、2カ月という短期で完遂できた」と解説。
▲平原 依文 氏/HI合同会社 代表
これに対し、平地氏は「喫煙所は駅前にあるものだが、必ずしも雰囲気が良いとは言い難い。そこをアートでラッピングすることで街を彩ることができた。さらにパートナーに業務を発注することで、障がい者アーティストも含めて、地域にお金の循環も生み出した」と評した。平原氏は「アートラッピングの取り組みを全国に広めたい」と熱意を見せた。
▲平地 大樹 氏 プラスクラス・スポーツ・インキュベーション株式会社 代表取締役インキュベーター
不要になったアクリルパネルをキーホルダーとして利活用
もう一つの事例として、アクリルパネルを活用したキーホルダー作りが取り上げられた。アクリルパネルはコロナ禍で飛沫防止として様々な場所で用いられたものの、現在では撤去されることが多く、川崎フロンターレには飲食店などで処分に困っているという話が寄せられていた。そこで、スタジアムの来場者にパネルを活用したアクリルキーホルダー作りを行ってもらうことにしたのだ。本プロジェクトはアクリルパネルの加工に実績のある、オンデマンド印刷のキンコーズと共創で進められた。
平地氏は「店舗などから処分に困っているという情報が入ってくる点に特異性がある」と指摘。黒木氏は「普段から店舗に出向き、声をかけるなど、地道な活動の積み重ねが実を結んだ。店舗側がチームに気軽に相談できる土台があった」と解説した。
鈴木氏は「人々が思いを寄せ、クラブがその思いをくみ取る。クラブをそういう存在にすることが大事。その結果、さまざまな課題も見えてくるし、さまざまなことを行っていける」と話した。さらに黒木氏は「クラブは『ハブ』になることができる。だからこそ、出会いが大切で、今日のような出会いの場に足を運ぶことが大切」と強調した。
モノからコトのビジネスへの転換を狙う
続いて、2つ目のテーマ「地域活動を持続可能にする収益性」を取り上げた。黒木氏は「モノからコトへの転換を図っている」と述べる。「サッカーチームにとってモノを通じた収益と言えば、看板やユニフォームなどスポンサーの露出だが、キャパシティーが限られている。すなわちビジネススケールに限界があるということ。現在はSDGsを基軸にパートナーの強みとフロンターレの強みを活かした共創を試みている」と伝えた。
SDGsを基軸とすることについて、平原氏は「新たなコトビジネスが創出されるのではないか」と期待を込める。鈴木氏は「SDGsは認知度が高くとっつきやすい枠組み。一方で、SDGsはあくまで手段で目的ではない。SDGsの先に何を見据えているのか。フロンターレは川崎を未来永劫幸せにするという思いがある。その思いへの共感があるからこそ、共創も多く行えている」と自説を述べた。
現在、川崎フロンターレは「ファン・サポーターが自律的にステークホルダーを動かし、経済を動かす、ファンダムエコノミー。パートナー同士がフロンターレの支援をきっかけに、新しいビジネスを作り出していく…というFRO経済圏」を座組に事業展開されているという。
従来型のモノビジネスの拡大も図りながら、その上で、黒木氏は「SDGsの次のステップとして、自分たちを含め、地域などあらゆるステークホルダーが持続的に潤うことを目指している。連携を取って価値の最大化を実現したい」と力を込めた。
選手への教育を実施し、一丸となって地域貢献を推進
SDGsの具体的な取り組みとして、平原氏が行う選手への勉強会が紹介された。昨年1月にはチームのキャンプ地を訪れ、地域貢献の重要性などを伝えたという。平原氏はスペインのプロサッカーチーム「FCバルセロナ」でインターンをした経験を持つ。
その時の経験を振り返りながら、「FCバルセロナは『地域貢献』『選手育成』『選手のキャリア』に重きを置いていた。例えば、地域貢献では世界一の観光都市になるとの目標を定め、選手とスタッフが一体になり、観光客への対応などを学んだ。有名な選手でも、試合以外の時はスローガンに則った行動を徹底した。こうした取り組みを日本でも広めていきたい」と語った。キャンプ地での勉強会後、選手にも変化が見られ始めたとのこと。黒木氏は「選手のブランディングやセカンドキャリアにもつながる取り組みだ」と付け加えた。
このほか、「健康科学研究応援隊」と銘打った取り組みが紹介された。
同クラブには、地域住民の健康増進の取組としてヨガやフィットネスなどの健康プログラムを常時行っている。さらに医療に関する専門の資格を有するスタッフが在籍。健康や運動に関する質の高いアドバイスができる環境が整えられており、健康プログラムと並行した利用促進が図れる。この「健康科学研究応援隊」では、プログラム参加者や地域住民たちの健康データを取得し、許諾があった場合はデータを必要とする医療機器や食品メーカーなどに提供。企業の商品開発に役立てながらクラブの新たな収益を生み出すことにつなげていく取組だという。
平地氏は「知名度が十分でない企業の場合、データを集めようとしても、何にどう使われるか心配する声が挙がる。地域と関わりが深く、公共性と透明性の高いプロサッカーチームだからできること。他のチームも同様の取り組みを行ってみてはどうか。共創を希望する企業は多くあるはず」と提案した。
スポーツチームの可能性を活用してほしい
共創について鈴木氏は「以前は自らの強みばかりを述べていたが、それでは仲間が増えない。むしろ出来ないことを公言し、こういう世界を作るために力を貸してほしいと伝えたほうが、協力が得られるし、1社で行うより大きなことができる。国はスポーツ産業を現在の5.5兆円の規模から、2025年までに15兆円に拡大することを目指している。これはスポーツクラブだけではほとんど不可能な目標。共創してスケールすることが前提にしていると考えられる。スポーツクラブは選手を含めて、スポーツだけをしていれば良いという状況ではなくなった。特にフロントが中心となって、意識をアップデートさせながら出来ることを増やしていきたい」と熱弁を振るった。
最後に平地氏は「スポーツチームをハブにすることで、地域、行政、企業などとの連携が実現される。その可能性の大きさを川崎フロンターレの取り組みを通じ感じてもらったと思う。さまざまな団体や人が集まり、独自のコミュニティを形成すれば、収益性を兼ね備えた持続可能な事業が創造できるはず。ぜひスポーツチームの可能性を活用してほしい」と会場に呼びかけ、セッションを締めくくった。
取材後記
スペシャルセッションを通じスポーツの可能性の大きさを改めて感じ取ることができた。登壇者が異口同音に伝えていたように、スポーツチームはオープンイノベーションとの親和性が高く、人や地域、企業、行政をつなげる力がある。実際、川崎フロンターレはさまざまな連携をして、スポーツチームならではの価値を地域に生み出してきた。同チームの取り組みのさらなる拡大を期待すると共に、一つのモデルとして全国にも広がっていってほしいと思う。
なお、後編記事では、成果発表会で披露された10の共創プロジェクトによるプレゼンテーションの模様を紹介する。
(編集:眞田幸剛、文:中谷藤士、撮影:齊木恵太)