【ICTスタートアップリーグ特集 #23:playbox】大規模データセットと独自のAI技術により、アマチュアでも映像分析を活かしたスポーツトレーニングができる世界をつくる
2023年度から始動した、総務省によるスタートアップ支援事業を契機とした官民一体の取り組み『ICTスタートアップリーグ』。これは、総務省とスタートアップに知見のある有識者、企業、団体などの民間が一体となり、ICT分野におけるスタートアップの起業と成長に必要な「支援」と「共創の場」を提供するプログラムだ。
このプログラムでは総務省事業による研究開発費の支援や伴走支援に加え、メディアとも連携を行い、スタートアップを応援する人を増やすことで、事業の成長加速と地域活性にもつなげるエコシステムとしても展開していく。
そこでTOMORUBAでは、ICTスタートアップリーグの採択スタートアップにフォーカスした特集記事を掲載している。今回は、アマチュアスポーツ選手向けの映像解析プラットフォームの構築を目指すplayboxを取り上げる。事業立ち上げの背景、開発中しているプラットフォームの特徴や優位性、解決したい課題、今後の事業の展望について、代表者のスコット アトム氏に話を聞いた。
▲playbox 代表 スコット アトム 氏
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<スタートアップ解説員の「ココに注目!」>
■眞田幸剛(株式会社eiicon TOMORUBA編集長)
・名古屋大学博士課程の学生であるスコット氏は、高校・大学からサッカーの映像・数値分析に関する研究に取り組み続けています。2022年度の未踏IT人材発掘・育成事業にてスーパークリエータに認定されたほか、全国の学生エンジニアが集まる国内最大会規模のピッチコンテスト・技術展では、企業賞(DeNA賞、CyberAgent賞)をダブル受賞するなど、様々なコンベンションで高い評価を受けています。
・スコット氏率いるplayboxは、集団スポーツ解析のアルゴリズムや大規模データセットをオープンソースとして公開しているほか、現在はアマチュアスポーツ選手向けの映像解析プラットフォーム「playbox」を開発中。ウェイトリスト登録者へのβ版提供を準備している段階です。
・低コストで価値ある分析結果を提供する「playbox」は、プロスポーツ分野で一般化しつつある映像・数値データ分析に基づいたトレーニングを、アマチュアスポーツの世界に普及させることを目指して開発されています。このようなアマチュアスポーツをターゲットとするイノベーションは、スタートアップ界隈でも非常に珍しい取り組みであり、今後の事業展開が楽しみです!
高校時代からサッカーの映像分析に関する研究を始めていた
ーー今回の事業を始めることとなったきっかけについて教えてください。
スコット氏 : 僕は昔からずっとサッカーが好きで、高校1年生のときの自由研究課題では、サッカーが上手くなるためのトレーニング方法やプレー分析、チーム分析などについてまとめたほどです。最終的には100ページ程度の分量になり、製本までして提出したものの、学校からの評価は散々なものでした(笑)。評価が低かった理由は、分析内容が科学的根拠に基づいていなかったからです。
その出来事をきっかけに、「今度はもっと科学的に取り組んでみよう」と考え、高校の物理の先生にプログラミングを教わりつつ、当時数百万円したモーションキャプチャー用のカメラを使って、僕のキックとチームで一番上手な学生のキックとプロのトップ選手のキックを見比べてみたところ、足の振り方に大きな違いがあることに気づいたんです。そのことについて研究を続け、成果をまとめて発表したところ、賞をいただくこともできました。
ーー高校時代には現在の事業につながる研究を始めていたのですね。
スコット氏 : そうですね。その後、筑波大学に進んで蹴球(サッカー)部の選手兼データ分析を担当することになりました。僕と同じ学年には日本代表の三笘薫選手がいたように、プロレベルの優秀な選手が集まっていた筑波大でも、プレー映像の分析や数値分析が効果を発揮することを実感できたほか、実際にインカレで優勝するなど、様々な結果もついてきました。
こうした高校・大学時代で得たサッカーの分析経験から、スポーツを科学的に観察することや、選手が分析結果をもとに自身のプレーを振り返ることの重要性を確信しました。もちろん、現在では多くのプロスポーツでデータの分析・活用が進んでいますが、アマチュアレベルのチームが導入できる環境が整っているとは言えません。
だからこそ、「多くの人が手軽にスポーツの映像や数値を分析し、トレーニングに取り入れられるような仕組みが必要だ」と考えるようになり、現在のサービスを起案することになりました。
「価格」と「価値」の双方で独自性を発揮するサービスを目指す
ーー現在開発を進められている映像解析プラットフォーム「playbox」の特徴や独自性について教えてください。
スコット氏 : 先ほどお話ししたように、現在ではプロユースのスポーツ分析システムが数多く登場しています。しかし、アマチュアレベルのチームがそれらを導入するには、多くの課題やハードルがあります。
1つ目の課題は、自分たちのプレー映像を手軽に撮影できないこと。撮影者の確保が難しいことに加え、それなりの性能のカメラも必要になります。カメラ自体はここ数年でかなり値段が下がってきているものの、それでも10万円以上は掛かりますからね。
2つ目の課題は、1つ目の課題をクリアしてプレー映像を撮影したとしても、その映像を十分に活用しきれないことです。撮影した映像を詳細に確認した上で、「どこが問題で、どのように改善すべきか」を判断するには、それなりのノウハウを持ったコーチや有識者による指導が必要になります。
僕たちが開発している「playbox」では、撮影するカメラの種類や性能を選ぶことなく、撮影した映像をアップロードするだけでOKです。独自の映像処理技術・AI技術を活用した分析結果を提供することにより、誰もが気軽にプレー上達のための手掛かりを得られるようになります。簡単に言えば、撮影のための「価格」と映像から生み出せる「価値」の両面に独自性があるサービスということになります。
ーー「playbox」のホームページを拝見すると、サッカーをフィーチャーされている様子が窺えますが、他のスポーツでも同じように使えますか?
スコット氏 : 僕やファウンディングメンバーの経験を考えると、やはり他のスポーツに比べてサッカーに関する知識量が多いので、まずはサッカーを皮切りに展開していく方針です。
もちろん、バスケットボールやバレーボール、ハンドボールなど、球技系のチームスポーツであれば、現在の技術・ノウハウを応用してサポートできると考えていますので、幅広いスポーツに展開していく予定で動いています。
ーーAI分析を行うには大量のデータが必要になると思いますが、そのようなデータはどのように蓄積されているのでしょうか?
スコット氏 : 僕が学部、修士、博士課程で行ってきた研究で収集したデータを活用しています。これは起業やビジネスに関係なく進めてきたことですが、現在もGitHubやKaggleでオープンソースのデータセットやソフトウェアを公開しており、研究コミュニティやエンジニアコミュニティに還元しつつ、その人たちの力もお借りできるような体制ができつつあります。サッカーに関するものだけでなく、バスケットボールやハンドボールのデータセットも公開しています。
▲playboxのデモ画面
Waiting Listを作ったことでターゲットが明確になった
ーー現在の「playbox」の開発・提供状況はいかがですか?
スコット氏 : 現在はβ版の開発を進めている段階であり、Waiting Listに登録いただいた皆さんから優先的に使っていただけるよう、準備を進めています。β版は無償での提供となりますが、正式版はサブスクリプションベースのSaaSとして提供する予定です。また、2024年の早いうちに法人化することで、今よりもっとビジネス的に動きやすい状況を作りたいと思っています。
ーーどのような方々がWaiting Listに登録されているのでしょうか。
スコット氏 : アマチュアの方々が中心です。小学校、中学校、高校、大学、社会人など、様々な年代のチームの監督・コーチを務められている方の登録が多い印象です。僕たちの想定としては、選手自身の登録が多くなるだろうと考えていたのですが、実態としては指導者の方がほとんどですね。ウェイトリストを作ったことで、改めて「playbox」のターゲットが明確になりました。
なるべく近いうちにスポーツ以外の領域にもアプローチしていきたい
ーー今後の事業展望についてお聞かせください。
スコット氏 : 1、2年内の短期的な戦略としては、「playbox」を出来るだけ多くの方々に使っていただけるサービスに成長させることにフォーカスしていきます。サービスの質を向上させ、より細かい分析を行うためには、さらに多くのデータが必要になると考えているので、まずは収益性度外視でユーザーを増やしていき、その後に少しずつ収益を上げていくような事業戦略をイメージしています。
ーー長期的なスパンで実現したいビジョンなどはありますか?
スコット氏 : 僕たちのチームでは「人間の動きを計算可能にする」というミッションを掲げています。今後はスポーツに関わらず、様々な分野で映像データが増え続けていくはずです。僕たちとしては、出来る限り低価格かつ精度の高い映像分析手法を確立し、様々なビジネスニーズに適応させるような事業を展開したいと考えています。
ーー将来的には、スポーツ以外の分野に向けてもプロダクトやサービスを提供していこうと考えているのですね。
スコット氏 : そうですね。将来的に…というよりは、なるべく近いうちにスポーツ以外の領域にもアプローチしていきたいです。正直なところ、「スポーツ分野の分析って一番難しいんじゃないか?」と感じているので、サッカーなどのスポーツ分野できちんとした分析ができるプラットフォームを開発することができれば、小売のシステムや防犯など、あらゆる分野に応用可能だと思っています。
現状は、僕たちの経験やコネクションもあって、あえて難度の高いスポーツ分野からスタートしていますが、ここで得た経験や実績を他の分野・領域にも早期に広げていきたいと考えています。
取材後記
プロスポーツ分野では、データ分析を活用した戦略構築やトレーニングが一般化しているものの、それらがアマチュアスポーツの世界で用いられているという話はあまり耳にしたことがない。私たちの仕事・生活に関わる幅広い領域がITやデータの活用のイノベーションによって変わり続けていることを考えれば、一般の人々が楽しむスポーツのあり方やトレーニング方法が進化することも当然の流れと言えるだろう。「playbox」は、これまで他分野に比べて立ち遅れていたアマチュアスポーツのIT化・データ化導入を、大きく推進していくサービスになりそうだ。
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(編集:眞田 幸剛、文:佐藤直己)