【ICTスタートアップリーグ特集 #33:岩谷技研】宇宙遊覧で世界をリードする岩谷技研。気球×気象×地学というレア人材を育成し新しい仕事を作るメソッドとは
2023年度から始動した、総務省によるスタートアップ支援事業を契機とした官民一体の取り組み『ICTスタートアップリーグ』。これは、総務省とスタートアップに知見のある有識者、企業、団体などの民間が一体となり、ICT分野におけるスタートアップの起業と成長に必要な「支援」と「共創の場」を提供するプログラムだ。
このプログラムでは総務省事業による研究開発費の支援や伴走支援に加え、メディアとも連携を行い、スタートアップを応援する人を増やすことで、事業の成長加速と地域活性にもつなげるエコシステムとしても展開していく。
そこでTOMORUBAでは、ICTスタートアップリーグの採択スタートアップにフォーカスした特集記事を掲載している。今回は、株式会社岩谷技研を取り上げる。学生起業からキャリアをスタートしていた代表取締役の岩谷氏が、宇宙遊覧ビジネスに挑戦するに至った背景や、共創にかける思いなどを聞いた。
▲株式会社岩谷技研 代表取締役 岩谷圭介 氏
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<スタートアップ解説員の「ココに注目!」>
■新宮領 宏太(株式会社eiicon PlatformSalesG 地域創生プロジェクトマネージャー)
・何度も何度も失敗しながらも、日本で初めてデジタル一眼レフカメラによる風船宇宙撮影に成功されたり、ガス気球で人を成層圏に運んだ国内初の企業になったりと、人々にとって「身近な宇宙」を体験できる宇宙遊覧という機会がそう遠くない未来にやってくると感じさせてくれる会社だと感激しました!
・宇宙を限られた人たちだけではなく、すべての人が参加可能なものにする「宇宙の民主化」の実現を目指す、日本発の共創プロジェクト「OPEN UNIVERSE PROJECT」を展開。宇宙旅行保険や決済システム、地域振興など、宇宙遊覧を基軸とした共創ビジネスにも注目していきたいと思います!
学費・生活費を稼ぐため独立し、顧客からの宇宙撮影のニーズに応えて法人化
ーー2016年に岩谷技研を創業されていますが、起業に至る経緯を教えてください。
岩谷氏 : まず、個人事業主として開業したのが学生時代だった2007年です。この頃はプログラムの開発を請け負っていたのですが、2011年からバルーンを使った宇宙撮影事業をはじめています。この時はまだ宇宙事業がビジネスになるとは思っていませんでしたし、現在のように有人で飛行させる挑戦などは夢のまた夢だと感じていました。
ではなぜ法人化したのかというと、2012年あたりから、バルーンによる宇宙撮影で一定の金額を受注できるようになってきたためです。お客様から法人化してほしいという要望が出てきたので、2016年に法人を立ち上げたという経緯があります。
ーー学生時代から個人事業主として仕事をされていたんですね。
岩谷氏 : 親から「家を出たら好きにしなさい」と言われていましたが、資金面も含めて自活する必要がありました。ですから、学費や生活費を自分で稼がないといけないのですが、アルバイトでは足りない。であれば起業するしかないということで学生から自分でビジネスを立ち上げるようになりました。
積載重量をもう100倍すれば有人飛行ができる。資金調達を実施するに至った経緯
ーー岩谷技研の創業当初はバルーンによる宇宙撮影がメインだったとのことですが、そこからキャビンに人を乗せて宇宙まで運ぶという現在の事業にスイッチしたきっかけはどこにありますか。
岩谷氏 : 宇宙撮影に成功したのが2012年だったのですが、このときバルーンに積載していた機材の重量は100g程度でした。そこからお客様の要望に応えていくうちに1kg、10kgとどんどん重いものが飛ばせるようになっていきました。
100gから10kgは100倍です。もし、これがさらに100倍になったら人を余裕で運べる技術になると気づいたのが2017年くらいです。0から1を生み出すのは大変ですが、1を10にするのはそれほど大変ではないので、有人飛行も夢じゃないと思い事業化しようと考えたのが2018年です。
ただ、検討していくと自社の資金で実現するのは難しいことがわかってきたので、資金調達をしなければなりませんでした。投資家を説得する材料として、魚のベタを気球に載せて高度20キロまであげて生きたまま回収する実験を成功させたところ、徐々に支援者が増え始めて、2020年に資金調達を実現することができました。
ーー今年の夏から秋にかけてバルーンでの有人飛行の第1期を予定していますが、気球での宇宙遊覧事業の競合はいるのでしょうか。
岩谷氏 : アメリカや中国などに数社あります。ですが、実現までこぎつけている企業はまだないので、どこが最初にやるのかという状況です。
競合がどのくらい実現に向けて進捗があるのか、情報が出ていないのでわかりません。ただ、いずれの企業もエクイティで資金調達していますから、大きな進捗があれば情報が公に出るはずです。特に技術開発の進捗状況は、知的財産の取得状況で事細かに公開されるはずです。
こうした状況を鑑みるに、宇宙遊覧の知的財産については我々がほとんどを独占している状態です。実績としても、我々は高度10キロまで人を飛ばしていますが、ほかの団体は我々が数年前にやっていたような小さなキャビンを使った実験をしています。そういった意味では私たちに優位性があると言えるのではないでしょうか。
未開の領域で感じる壁は、気球分野の人材が少ないことによる「育成と組織」
ーーこれまで事業を進める上で1番の壁になったことはなんでしょうか。
岩谷氏 : 技術的には「やれることをやっている」という状況ですので、それほどハードルは感じていません。ただ、誰もやったことのない領域に挑戦しているので、そこには壁を感じます。わかりやすいところで言うと人材採用についてです。弊社の研究開発の人材は気球とは関係のない領域の専門家が多いですし、理系の人材が気象学・地学についても理解しているケースは非常に稀です。
ガス気球のパイロットは国内に1人しかいませんでしたが、現在は弊社に5人のパイロットが所属しています。人材が少ないので、育成して組織することが重要なのです。
ーーICTスタートアップリーグでは「有人気球と地上との通信技術検証」をテーマに掲げていますが、どんな狙いがありますか。
岩谷氏 : 気球は高くあげてしまえばもう触ることができない状況です。ある程度の高度になれば通信インフラはありません。衛星による通信などが考えられますが、日本では有人での宇宙飛行はしてこなかった経緯があり、技術を有していないのです。
具体的には通信の信頼性であったり、通信機器の品質であったり、ネットワーク技術であったり、そういった技術は非常に重要になります。実はアメリカのアポロ計画でも、通信のテストとして気球を用いたことがあります。そういった検証の意味でも、我々の気球による通信技術の向上は国内の宇宙事業にとっても良い土壌になると考えています。
ーー最後に、今後のマイルストーンを教えてください。
岩谷氏 : 短期的には、有人の宇宙遊覧を定着させることが大きな目標です。まず今年行われる第1期のフライトを成功させます。第1期でフライトしたパイロットが第2期以降の搭乗者の教官になってパイロットを育成して、といった要領で向こう3〜4年で人材を増やしていきたいですね。宇宙遊覧に関連する新しい仕事を生み出して人材を育成する、いわば種まきの期間です。
もともと私が宇宙分野に興味を持ったのは子供の頃に絵本「宇宙ステーション(福音館書店)」を読んだことがきっかけです。これまでなかったものが科学の進歩で実現することに感動しました。科学の力で未来を切り拓いていきたいという気持ちから岩谷技研という社名もつけましたし、次世代にも我々のやっていることを背中で伝えていきたいです。
取材後記
岩谷氏は学費・生活費を稼ぐために開業した後に、宇宙撮影事業を開始し顧客の要望に応えて法人化したという、地に足のついた事業展開が印象的だった。ただ、そこからスタートアップとして気球による有人飛行を実現するためにエクイティでの資金調達を実施し、この分野では世界をリードするプレイヤーとなっている。堅実さとドラスティックな思考を併せ持つ経営者として、「宇宙遊覧を定着させる」という目標を実現することを期待したい。
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(編集:眞田幸剛、文:久野太一)