【ICTスタートアップリーグ特集 #5:ブライトヴォックス】立体ディスプレイで「新しいデジタル体験」を。ホログラムスタートアップ・ブライトヴォックスに迫る
2023年度から始動した、総務省によるスタートアップ支援事業を契機とした官民一体の取り組み『ICTスタートアップリーグ』。これは、総務省とスタートアップに知見のある有識者、企業、団体などの民間が一体となり、ICT分野におけるスタートアップの起業と成長に必要な「支援」と「共創の場」を提供するプログラムだ。
このプログラムでは総務省事業による研究開発費の支援や伴走支援に加え、メディアとも連携を行い、スタートアップを応援する人を増やすことで、事業の成長加速と地域活性にもつなげるエコシステムとしても展開していく。
そこでTOMORUBAでは、ICTスタートアップリーグの採択スタートアップにフォーカスした特集記事を掲載している。今回は、空間に画素を配置することが可能な立体ディスプレイ「brightvox 3D」を開発・製造している株式会社ブライトヴォックスを取り上げる。同社が掲げる「新しいデジタル体験」の真相や、今後の事業の展望について、代表取締役の灰谷氏に話を聞いた。
▲株式会社ブライトヴォックス 代表取締役 灰谷公良 氏
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<スタートアップ解説員の「ココに注目!」>
■眞田幸剛(株式会社eiicon TOMORUBA編集長)
・リコーのアクセラレータープログラム「TRIBUS」でスタートした、世界で類を見ない独自技術を持つ注目のスタートアップです。
・同社は、円柱状の空間に画素を立体的に描画することで、SF映画のホログラムのような映像表現を実現するディスプレイ「brightvox 3D」を開発。特別なグラスなどを必要とせず、肉眼で全方位から立体映像を体験することができるという革新的なプロダクトを提供しています。
・デジタルアーカイブとして3Dスキャンされた世界遺産・文化財を「brightvox 3D」によって、再び現実空間に体積をもったデジタル映像として再現する”3D Digital Archives - Restore Project”を開始するなど、文化施設・観光イベントや学術分野やアート分野における新たな価値創出にも挑戦中。さらには、ものづくりや医療といった分野への進出や、「brightvox 3D」を活用した対話システムの構築も視野に入れています。
デジタルコミュニケーションで笑顔の輪をつくる。映像技術の進化を夢見て起業へ
ーーまずは起業の経緯を聞かせてください。
灰谷氏 : 現在行っている立体ディスプレイ「brightvox 3D」の事業は、もともとリコーの新規事業として検討を始めました。私は長年、情報コミュニケーションの仕事に携わっており、デジタルコミュニケーションの世界が指数関数的に進化しているのを感じていたんです。
昔はテキストでのコミュニケーションだったものが、画像を貼り付けられるようになり、今ではメタバースという魅力的な世界も生まれています。さらにはブロックチェーン技術やAI技術によって、SF映画の世界が現実になると感じるほど、加速的に技術が進化してきました。
そこで私が注目したのが、デジタル世界と現実の世界の境目であるインターフェースです。私たちが普段デジタルの世界を見るのはスマホやPCなど、2次元のディスプレイですよね。これが3次元になれば、もっとデジタルの世界を楽しめるのではないかと思ったのが事業のきっかけでした。
ーーアイデアを思いついてからは、何から始めたのでしょうか?
灰谷氏 : 過去の文献や、業界を調査しました。これまで立体ディスプレイは長きに渡って研究されてきましたが、大きな市場を確立するまでに至りませんでした。その理由を突き詰めなければ、私たちも市場を作れないと思ったからです。
そして、私が行き着いた答えが「身体的な制約」「場所の制約」です。たとえば、現在3Dを楽しむとなれば、VRヘッドセットやVRグラスなどを装着しなければなりません。しかし、それでは長時間コンテンツを楽しむことができませんよね。また、公共の場や移動中には楽しむことができないので場所の制約があります。
また、コンテンツを作る際にも、特殊なカメラや機材が必要になると、それがハードルとなってしまい十分なコンテンツが供給されません。その課題をいかに払拭できるか考えながら、事業アイデアを練っていきました。
ーーなぜ、これまでその課題が解決されなかったのか聞かせてください。
灰谷氏 : 技術的なハードルの高さとニーズのバランスから市場が形成されなかったと考えています。VRグラスなどのデバイスを使わず、立体映像を楽しむには、とても複雑な技術が必要となります。私たちは過去のチャレンジを大量にリファレンスしながら、チャレンジすべき領域を決め、高度な技術を持つエンジニアと何度も議論を交わしながら研究開発を行いました。
ーー当初から、リコーから独立する予定はあったのでしょうか。
灰谷氏 : いえ、開始当時は立ち上げに注力していたので、独立の検討はしていませんでした。私たちは、リコーのアクセラレータープログラム「TRIBUS」を利用して事業化を進めたのですが、それは社内での事業化を前提にしたプログラムです。
しかし、事業化を進めていくうちに、今後目指す領域を、経営チームの100%裁量でチャレンジすることに魅力を感じ、議論を重ねた結果、起業をしようという結論に至ったのです。
グラスなしで全方位立体映像を楽しめるホログラム装置「brightvox 3D」
ーー成長著しいXR市場の中で、「brightvox 3D」がどのような優位性があるのか教えてください。
灰谷氏 : VRグラスなどのデバイスを装着せずとも即座にXRを体験できることです。現在のXRサービスは、ヘッドセットやメガネなどを装着するか、スマホやタブレットを通してARコンテンツを楽しむのが主流です。私もそのようなデバイスが好きで、大量に持っていますが、どうしてもそれらを楽しむことができない場所や時間がありました。
その点、brightvox 3Dのような据え置き型の立体ディスプレイであれば、多くの人が同時に気軽に即座にコンテンツを楽しむことができます。
たとえば何万人もの人が訪れる展示会で、全員にグラスを装着してもらうのは難しいですよね。私たちのデバイスなら、目の前を通る人全員にストレスフリーで全方位から立体映像を楽しんでもらえます。このようなデバイスは世界を見渡しても稀で、海外の展示会でも多くの人が驚いています。
ーー現在はどのようにビジネスを展開しているのでしょうか?
灰谷氏 : 現在は装置をレンタルするモデルで事業を展開しています。メーカーの展示会やエンタメ施設、スポーツ会場など多種多様な企業から引き合いが増えてきました。未来的な映像演出で、多くの方が足を止めてくれるため、多くの企業から好評をいただいています。
また、海外では「サイネージ」としての役割に期待している企業も多いです。自社の商品を立体的に表現できるため、よりインパクトのあるプロモーションを展開できるはずです。
▲「brightvox 3D」は、フィジカルな空間にデジタルの画素を立体配置するディスプレイ。下記URLより動画で「brightvox 3D」の動作イメージを確認することができる。
https://www.youtube.com/watch?v=u9nJf1HmnTQ
立体ディスプレイを用いて”目の前にいるような対話”が可能に
ーー今後は、どのように事業を展開していくのか聞かせてください。
灰谷氏 : 現在ICTスタートパップリーグでも開発をしているのが、立体ディスプレイを用いた対話システムです。これまでもスマホやPCなどの2次元デバイスでビデオ電話をしてきたと思いますが、「brightvox 3D」を使って相手の顔を3Dで投影しながら通話を楽しめます。
また、最新のiPhoneには、被写体を立体で撮影する機能が搭載されているため、最新スマホで立体映像をキャプチャーして、その映像を立体的に再生することも可能です。誰もが気軽に立体映像を楽しめる環境を作っていきたいですね。
ーー事業を展開していく上での課題はありますか。
灰谷氏 : 現在は自社でデバイスの製造を行っています。今後事業展開においては、多くのパートナー様との共創によって価値を広げていくことが必要です。
また、なによりも投影する3Dコンテンツが重要になります。魅力的な3Dコンテンツを製作するパートナー様とともに、魅力的な市場を開拓したいですね。
ーー最後に、中長期的なビジョンを聞かせてください。
灰谷氏 : 私は、これまでの人生で進化し続ける映像技術の恩恵を受け、楽しく充実した時間を持つことができるようになりました。今度は私達がつくる新しい映像技術で、様々な人に笑顔を届けていきたいと思います。
また、現在は装飾やエンタメ業界での引き合いが多いですが、今後はコミュニケーションやモノづくりの世界でも通用する技術にブラッシュアップしていきたいと思っています。何かを建設する前や手術前など、リアルな3D映像でシミュレーションすることで、幅広い産業に貢献できれば嬉しいと思っています。
取材後記
SF映画ではお馴染みの立体映像に憧れを持った人は多いだろう。遠い未来の世界の代物だと思われていたが、すでにその実現は目の前まで来ているようだ。ブライトヴォックスのプロダクトが普及すれば、街の至るところで立体映像を楽しめ、通話相手ともよりリッチな会話が楽しめるだろう。SFファンでなくとも、多くの人が同社の技術の社会実装を心待ちにしているはずだ。
※ICTスタートアップリーグの特集ページはコチラをご覧ください。
(編集:眞田幸剛、取材・文:鈴木光平、撮影:加藤武俊)