【ICTスタートアップリーグ特集 #30:aipass】「宿泊業のDXで旅行体験を変革する」ーー宿泊施設のDXを手掛けるaipassが描くビジョンとは?
2023年度から始動した、総務省によるスタートアップ支援事業を契機とした官民一体の取り組み『ICTスタートアップリーグ』。これは、総務省とスタートアップに知見のある有識者、企業、団体などの民間が一体となり、ICT分野におけるスタートアップの起業と成長に必要な「支援」と「共創の場」を提供するプログラムだ。
このプログラムでは総務省事業による研究開発費の支援や伴走支援に加え、メディアとも連携を行い、スタートアップを応援する人を増やすことで、事業の成長加速と地域活性にもつなげるエコシステムとしても展開していく。
そこでTOMORUBAでは、ICTスタートアップリーグの採択スタートアップにフォーカスした特集記事を掲載している。今回は、宿泊施設向けのDXツールを開発・提供しているaipass株式会社を取り上げる。同社が目指すビジョンや、今後の事業の展望について、代表取締役の山田氏に話を聞いた。
▲aipass株式会社 代表取締役 山田 真由美 氏
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<スタートアップ解説員の「ココに注目!」>
■鈴木光平(株式会社eiicon TOMORUBA編集部)
・「Making experience better for everyone.」をミッションに掲げるaipassは、宿泊業を中心に『aipass for hotels』を展開。宿泊・観光のDXに取り組んでいます。
・『aipass for hotels』は、旅行者のスマホを活用したスマートチェックインなどのゲストアプリをベースに、接客支援・運用支援・集客支援のカテゴリから30種類ほどのプラグイン機能を用意。これらを組み合わせることで、宿泊施設にとって理想の運用を構築し、業務効率化と顧客体験向上を実現しています。
・アフターコロナで旅行需要が復活する一方、宿泊業界は人手不足や業務負荷増加、インバウンド対応が喫緊の課題となっています。そうした課題の解決に向けたサービスを提供する、今注目のスタートアップです!
宿泊業界の「紙業務」による非効率さが起業のきっかけに
ーーまずは起業までの経緯を聞かせてください。
山田氏 : 私は新卒で「写真×IT」のスタートアップに入社し、IPOまで経験しました。次も成長する産業に身をおきたいと思い、2015年当時インバウンドで成長が見込まれていた宿泊業界に転職したのです。
現場で働きながら感じたのは、膨大な紙による業務の非効率さです。FAXにはじまり、チェックインで書いてもらった用紙をホッチキスでまとめるなど、アナログな現場に愕然としました。一方で、宿泊客はスマホで手続きしています。そうした状況を見て、宿泊業界の現場をもっとDX化できるのではないかと思い「宿×IT」のスタートアップに転職しました。
その会社で、自社宿向けのスマートチェックインを企画・開発するPMを担当していたのですが、社内だけでなく、世の中に普及させたいと思い、外販できる仕組みづくりにむけて起業しました。
ーー宿泊業界の現場業務がアナログなことで、具体的にどのような問題があるのでしょうか?
山田氏 : 最大の問題は、業務が煩雑なことにより、従業員のリソースを事務作業にとられてしまい、宿泊客に対して十分な接客やサービスを提供できなくなることです。特に人手やブランド認知が十分でない地域の宿泊施設は、細やかなサービスでファンを作っている現状があるかと思いますが、今後人手不足の影響により、十分なサービスを継続できない可能性が高まっています。
チェックインを始めとするアナログ業務に追われることで、滞在時だけでなく宿泊後のフォローアップにまで手が回らなくなってきているのが現状です。従業員の方が事務作業から解放されて接客に集中したり、宿独自の魅力を発揮できる。そんな環境づくりをシステムを通じてご支援したいと思いました。
ーー当時と比べて、宿泊施設のDX化はどれくらい進んだのか聞かせてください。
山田氏 : 初めて宿泊業界で働き始めた8年前に比べると、宿泊施設の意識も大きく変わってきました。特に大きなきっかけになったのがコロナショックです。リモートワークやモバイルからのデリバリーが普及したように、宿泊施設でも「業務をデジタル化しなくては」という意識が芽生えました。
私が起業した2019年11月時点では、話を聞いてくれる方は少数だったのですが、コロナショックにより宿泊業界全体が窮地に立たされたことで興味を示してくれる宿泊施設が増えたように感じます。
業務の7割を占めるチェックイン・アウト手続きをスマホで
ーーaipassさんが提供しているサービス『aipass for hotels』の特徴を聞かせてください。
山田氏 : 『aipass for hotels』の最大の特徴は、宿泊客が好きなタイミングで、スマホでチェックイン・アウトができることです。一部宿は、チェックインに行列ができることもあり、整理券を配布したり、2時間並んだりと、宿泊客の行動が制限されてしまうこともあります。また、チェックアウトに時間がかかって、予定していた交通機関に乗れない経験をした方も少なくないでしょう。
『aipass for hotels』を使えば、宿泊客のスマホからチェックインやチェックアウトが可能になり、100人であろうと同時に手続きが可能です。宿泊客の旅行の計画を大きく妨げることもありませんし、宿泊施設のスタッフの業務も大幅に効率化できます。スタッフの業務は7割程度がチェックイン・アウト関連業務となっており、それをDX化するだけでも大きな業務改善になります。
特に近年は宿泊業に人材が集まらず、深刻な人手不足に陥っています。部屋が余っているにもかかわらず、スタッフが足りずに7割稼働にしている宿泊施設もあるほどです。また、カフェを併設しているような宿では、スタッフを削減するために受付業務とカフェ業務を兼務しているといったケースもあります。『aipass for hotels』を導入することで、スタッフと宿泊客両方の課題を解決できるのです。
ーー『aipass for hotels』にはチェックイン・アウトの手続き以外の機能もあるのでしょうか。
山田氏 : もちろんあります。例えばルームサービスの注文、滞在中の貸切風呂の予約、決済などもスマホで完結します。このようなことは従来、内線電話やフロントでお願いしていたと思いますが、それらも全てスマホで依頼できるのです。お部屋にいながら、もしくはお出かけ先でも好きな場所・タイミングで手続きができて、ゲストの満足度も上がります。最近はインバウンドのゲストが増えていますので、口頭でのコミュニケーションよりもこのような多言語対応した仕組みを導入する方がスムーズに手続きを進められ、業務効率化と満足度向上を実現することができます。
ーー現在、aipassさんはどのような事業フェーズなのでしょうか。
山田氏 : おかげさまで様々な業態のお客様にご利用いただいており、一部のマーケットではある程度のPMFを果たしている手応えも出てきました。一方で、宿泊施設には様々な業態があり、まだPMFに向けて磨き上げが必要な領域もあります。PMFの手応えがある業態ですと、1棟貸しやキャンプ・グランピング、50室以下のライフスタイル宿などです。セルフチェックインやスマートキーの活用を中心とした、無人・省人チェックインの導入が増えています。システムの導入にも積極的で、サービスにも魅力を感じてもらっています。
DXを進める場合、単にシステムを導入するだけでなく、オペレーションも大きく変えなければならないため、従来のやり方を変えるイメージが持てなかったり、決心がつかない宿泊施設も多いようです。単にシステムを提案するだけでなく、長期の戦略までヒアリングしながら、どんな未来を実現できるか提示していく必要があると思っています。
ーー既に成功事例はあるのでしょうか。
山田氏 : とある旅館の事例ですが、『aipass for hotels』を導入したことで、スタッフが半減しても従来通りのサービス提供を継続できていると喜びの声をいただいていた例がございます。こちらの施設ではスマホからのチェックインに運用を全て統一し、送迎バスの中や、到着時にスマホから手続きをしてもらってから、フロントでのご案内を実施しています。1名のスタッフで複数のお客様へ同時に対応ができることで、チェックインの業務効率化に成功しています。
ーー宿泊施設によってオペレーションも異なると思いますが、宿泊施設ごとのカスタマイズも必要なのでしょうか?
山田氏 : 個別のカスタマイズせずとも導入できるように『aipass for hotels』を構築しています。たしかに宿によってオペレーションは多少異なりますが、チェックイン・アウトに絞ると業務に大きな差はありません。特に最近は「泊食分離」の考えも進み、宿泊に特化した宿や旅館も増えております。aipassを活用した運用を導入時に一緒に検討することで、個別カスタマイズせずに活用が進んでいます。
観光の目的となるような宿泊体験を作っていく
ーー今後、どのようなサービスを目指していくのか教えてください。
山田氏 : 宿泊・観光において「パーソナライズ」「カスタマイズ」「シームレス」。この3つのキーワードが重要になると思っています。
だからこそ宿泊客の方にとっては、aipassのゲストアプリを中心に、滞在中のサービスやコンテンツが自分自身に最適化されていくような流れを作っていきたいです。Netflixって人によって表示されるコンテンツとか順番が違いますよね。自分の好みにあった情報を提示してくれるんですが、それと同じようなイメージで、情報発信をしたいと思っています。
今は目的地を決めた後、その近くから宿や旅館を探すのが一般的です。しかし「この宿に泊まりたいから、あのエリアに行こう」という旅があってもいいと思うんです。そのためには、宿の特徴や魅力をそれぞれのユーザーにパーソナライズして提供しなければなりません。宿を旅行のおまけにするのではなく、観光の目的地にして、各個人に最大限楽しんでいただけるような宿泊体験を提供していきたいと思っています。
ーー観光の目的地になるような宿泊体験とは、具体的にどのようなことをするのでしょうか?
山田氏 : 一つは地域との連携です。宿泊施設は「観光のハブ」になる場所です。そこに行くだけで、その地域の伝統工芸や特産品に存分に触れられたり、地元の人しか知らない観光情報が手に入るなら、宿泊施設の価値はもっと上がりますよね。
また、目的別にもっと特色を活かした宿泊施設も今後は増えていくと思います。たとえば働きながら旅をする人のための宿や、小さいお子様連れに特化した宿など、より差別化されていくと思います。私たちは、そのような宿泊施設の特徴や魅力を適切に発信できるサポートができればと思います。
ーー宿泊施設としての役割がこれから変わっていくんですね。
山田氏 : そうですね。たとえば時間軸で考えると、これまでは宿泊施設は1泊単位で利用するのが一般的でした。しかし、「空間の利活用」という観点に立つと1泊せずとも時間単位で利用できたり、逆に数ヶ月滞在するような使い方だって考えられます。個々人の利用しやすさに合わせて、空間の利用用途が複合型になる施設が出てくると思っています。
また、雇用の観点から言えば、これまで宿泊施設は専門人材でなければ働けない場所でした。もしもシステムを導入して、業務プロセスが簡素化されれば未経験の方でも働きやすくなるはずです。それも正規雇用だけでなく「一週間だけ」「一日だけ」働くことができるようになれば、人材不足が解消できるだけでなく、地域の人や旅行者の人も働きやすくなるでしょう。そのような形で宿泊業の事業継続をご支援できたらとてもうれしいです。
取材後記
休むために利用する宿泊施設にも関わらず、手続きによって余計に疲れた経験をした方は多いだろう。これからaipassが普及すれば、宿泊施設で煩わしい手続きをすることなく、存分にその魅力を堪能できるはずだ。aipassによって、これから「旅」がどれだけ充実したものになるのか楽しみだ。
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(編集:眞田幸剛、文:鈴木光平、撮影:加藤武俊)