【ICTスタートアップリーグ特集 #24:カンゲキエクスアール】演劇界に変革を起こす配信アプリを開発。カンゲキエクスアールが目指す「演劇3.0」の世界とは?
2023年度から始動した、総務省によるスタートアップ支援事業を契機とした官民一体の取り組み『ICTスタートアップリーグ』。これは、総務省とスタートアップに知見のある有識者、企業、団体などの民間が一体となり、ICT分野におけるスタートアップの起業と成長に必要な「支援」と「共創の場」を提供するプログラムだ。
このプログラムでは総務省事業による研究開発費の支援や伴走支援に加え、メディアとも連携を行い、スタートアップを応援する人を増やすことで、事業の成長加速と地域活性にもつなげるエコシステムとしても展開していく。
そこでTOMORUBAでは、ICTスタートアップリーグの採択スタートアップにフォーカスした特集記事を掲載している。今回は、観劇専門配信アプリ「KANGEKI XR」を提供する株式会社カンゲキエクスアールを取り上げる。「KANGEKI XR」の開発に着手した理由・背景や今後の事業展開について、同社の代表であり、現役俳優でもある内田滋氏に話を聞いた。
▲株式会社カンゲキエクスアール 代表取締役 内田滋 氏
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<スタートアップ解説員の「ココに注目!」>
■眞田幸剛(株式会社eiicon TOMORUBA編集長)
・気軽に楽しむことが難しかった観劇を、誰でも手軽に楽しめるコンテンツとした配信アプリ「KANGEKI XR」を開発・提供しているスタートアップです。
・代表取締役の内田滋氏は、20年以上第一線で活躍している現役俳優です。その自らの経験を踏まえて開発した「KANGEKI XR」は、投げ銭やグッズ販売などで、劇団や俳優を「推せる」機能も豊富。コンテンツ提供者とユーザーの両方にメリットがあるシステムです。
・「KANGEKI XR」は、スクロールやズームなどの操作可能な映像により、自由度の高い観劇体験ができます。ICTスタートアップリーグでは、3D映像・音声なども用いながら、さらに没入感の高い新たなコミュニケーション体験の創造を目指します。
コロナ禍での経験から、演劇界にデジタル化が必要だと痛感
――内田さんは俳優業をなさっているわけですが、そこからどうして起業を目指されたのでしょうか。
内田氏 : 僕は20年以上、俳優として生活をしてきたのですが、コロナ禍が始まってからは本当に地獄でした。かなりの売れっ子も含めて、周りの俳優たちの仕事が一気になくなってしまい本当に苦労していました。演劇の市場そのものが、こんなに簡単になくなってしまうものかと驚かされたんです。
しかし、少し調べてみると、そもそも演劇というアナログなエンターテイメントは、YouTubeやTikTokなど、デジタルエンターテイメントが隆盛する裏ですでに衰退傾向でした
僕は、生で観るアナログの演劇はもちろん素晴らしいものだと思っていますが、このままでは衰退の流れは止まらないし、俳優たちの生活も厳しくなっていく一方だと感じました。それを「なんとかしなければ」という思いから、観劇専門配信アプリの事業を起ち上げたんです。
――それ以前に、ITを使ってなにかサービスを起ち上げたご経験は?
内田氏 : まったくありませんでした(笑)。超アナログ人間でIT知識もほとんどなしにスタートしてしまったので、最初は大変でしたね。でも、5〜6年前から飲食店の経営をしており、そこでの事業関係のネットワークがあって助けられた部分があります。手探りで続けていく中で、いろいろな方が手助けしてくださり、本当に皆さんのおかげだと感謝しています。
観劇を楽しみながら、劇団や俳優を支援する多彩な機能を搭載
――「KANGEKI XR」は、どのようなアプリなのでしょうか。
内田氏 : ひとことでいうと、劇場に行くことができなくても、さまざまな形で演劇を楽しみたい方のために、観劇コンテンツに特化したオンライン配信サービスです。
ライブ配信をはじめ、アーカイブ配信、ギフティング、つまり投げ銭のサービス、グッズ購入、チラシやパンフレットのダウンロードなど多様な機能を持っています。
演劇は短ければ1~2週間、長くても、2~3か月しか劇場で上演されません。そして、アーカイブを残すという文化自体がほとんどなかったのです。それは良い面でもあるのですが、一方では、地方の人が観劇することのハードルが高いといった問題もありました。そこで、「KANGEKI XR」では、Netflixを観るように、アーカイブを簡単に観られるようにしています。
▲観劇コンテンツに特化したオンライン配信サービス「KANGEKI XR」
――グッズ購入というのは、どのような機能なのでしょうか。
内田氏 : 今まではグッズも、劇場に行かないと買えませんでした。パンフレットを買い忘れてしまって後から欲しくなったとか、劇は観ていないのだけれど、Tシャツがかっこいいのでそれだけ欲しいとか、そういうニーズに応えられていなかったのです。
また、劇団や劇場側からすると、グッズが余って在庫を持つのは困るので、少な目にしか作れないといった課題がありました。ファン・劇団・劇場と、いずれにとっても効率が悪かったのです。「KANGEKI XR」では、スマホで簡単にグッズを買えるようにして、そうした課題を解決しています。
――ライブやアーカイブで配信される映像作品自体には、どんな特徴があるのでしょうか。
内田氏 : 今までの演劇の映像作品は、劇場に複数台のカメラを設置して、ディレクターがスイッチングしながら撮影して制作していました。観る人の視点や画角は、カメラによって固定されます。例えば、台詞を話している役者がいれば、その人を中心に固定して映すといった具合です。
――映画やテレビドラマと同じような見せ方ということですね。
内田氏 : そうです。でも僕は、それでは舞台の良さを十分に伝えられないと思っていました。
例えば僕だったら、対話の場面で、台詞を言っている役者じゃなくて、むしろ言われている役者のほうをよく観ていることがあります。
あるいは、「推し」の俳優がいるファンだったら、その推しばかりを観ていたいと思うこともあるでしょう。観る人によって、自由な見方ができるところが、舞台の良さなんです。
そこで、「KANGEKI XR」では、生での観劇の良さに近づけるため、画面を自分でスクロールしたり、アップしたりして、好きなところを自由自在に観られるようにしています。生で舞台を観ているのとかなり近い感覚で動画を見られるんです。
▲KANGEKI XRの視聴イメージ
――これは画期的ですね。映像作品の撮影や制作にかかる費用はどうなのでしょう?
内田氏 : 実は、この動画の撮影は1台の固定カメラで可能なのです。そのため、先に話したような、複数台のカメラを入れて、ディレクターを入れて、というこれまでの標準的な撮影スタイルよりも、かなり低い予算での制作が可能です。
具体的にいうと、これまでの通常の撮影方法だと最低でも20~30万円程度の費用がかかっていました。その費用感だと、正直、小劇場の作品の映像化はほぼ無理で、大劇場の上映作品しか映像化できませんでした。
しかし、私たちの方法だと、最低4万円で制作可能です。この予算であれば小劇場の作品でも十分ペイできます。もちろん、大劇場にとっても制作コストが削減されるのはよいことです。実際、リリース後、これまでは映像化を諦めていた劇場からの引き合いがかなりきており、映像化の裾野の広がりを感じています。
演劇界に「芝居を頑張れば稼げる」世界にして、才能を呼び込みたい
――ギフティング機能にはどのような特徴があるのでしょうか。
内田氏 : 演劇は通常、複数の俳優が登場しますよね。「KANGEKI XR」のギフティングの特徴は、作品を観ながら「Aさんにいくら」「Bさんにいくら」と、個々の俳優を指定して投げ銭ができることです。
今までは、映像作品全体に対してしか投げ銭ができず、登場している俳優を指定しての投げ銭は不可能だったのが、「KANGEKI XR」では自分の推しにだけ投げ銭ができます。これは、私たちが新しく考案したシステムで、いくつか特許も取得しています。
他にも、単に観劇できるだけではなくて、劇団や俳優を推してサポートするのに役立つ機能や工夫を豊富に搭載しているところが、「KANGEKI XR」の特徴です。
――他にはどんな機能があるのですか。
内田氏 : 例えば、芝居を観ながら、同時にストーリーやキャスト情報を表示させて確認できます。それで、今まで知らなかった俳優を「いいな」と思ったら、お気に入り登録しておけば、次にその俳優が出る作品が公開されるときに、通知で知らせてくれます。気に入った作品や俳優を友だちにシェアすることも簡単です。
また、先ほどお話ししたグッズ販売も、作品動画を観ながら、それを止めることなくシームレスに購入できます。YouTubeのように、購入ページを別に開く必要がないので、コンバージョンが落ちにくくなっています。
――投げ銭をしてもらえれば、俳優さんたちにとっても励みになるでしょうし、劇団や劇場にとっては、グッズ販売でマネタイズできるチャンネルを増やせますね。こういった仕掛けは、長年俳優としてご活躍なさってきた内田さんならではの発想だと感じます。
内田氏 : 最初にお話したように、劇場や劇団の運営を巡る状況は本当に厳しいのです。俳優もギャラが少なくて、常に自転車操業状態です。私はそれを変えていきたいんです。演劇の世界を、「芝居を頑張れば稼げる」といえる夢のある世界にして、多くの優れた才能が集まるようにしていきたいのです。
将来は、演劇を教育に応用していくことも目指す
――今後、「KANGEKI XR」は、どういった発展を目指していかれたいのでしょうか。
内田氏 : 以前の生の演劇が演劇1.0だとしたら、今の「KANGEKI XR」での配信は演劇2.0だと思います。これを演劇3.0にアップデートしていきたいと思っていて、そのアイデアをいくつも考えています。
1つには、3D化の方向などですね。メタバース的な空間に行くかどうかというのは、メタバース全体の発展にもよるのでまだわかりませんが、映像と音声の3D化というのは、ICTスタートアップリーグでの研究開発の材料としても入れているテーマです。
さっきの投げ銭の話に戻りますが、ライバーだと「○○さん、応援ありがとうございます」といってくれるみたいな「戻り」がありますよね。現状は、「KANGEKI XR」で映像を観ての投げ銭をしても、戻りがないのです。戻りがなくても、推してくれるのが演劇ファンのいいところではあるのですが、やっぱり戻りがあるならあったほうがいいでしょう。
そこで、3D音声を使って、投げ銭をしてくれたファンの耳元でささやいてくれるとか、あるいは、アクタートークという場があるのですが、そこに3D上で参加できるようになるとかといったことを構想しています。
さらには、俳優さんにカメラをつけて3Dの俳優さんの芝居相手が自分になる、といったことも可能にしていきたいと思っています。
――アプリの技術的な進化とは別に、ビジネスとして目指している将来があれば教えてください。
内田氏 : やりたいのは、グローバル化です。例えば、ブロードウェイの劇を日本で観られるようにするといったことがあります。あるいは逆に、日本の歌舞伎や落語などは、海外ですごく関心を持たれているので、「KANGEKI XR」で海外に配信していくことも考えています。日本の文化を知ってもらうとともに、経済的にも日本を豊かにしていきたいですね。
また、こちらはやや長期的な視点になりますが、演劇の教育への応用も、ぜひ取り組んでいきたい課題です。演劇は、教育にすごく役立つコンテンツなのです。表現力やコミュニケーション能力も身につきますし、例えば「レ・ミゼラブル」をやるとなったら、当時の社会背景、歴史も知らなければならないので興味を持って勉強をします。そのため、イギリスなどでは、国が支援して演劇を活用した教育も取り組まれています。しかし、日本では国に期待するのはなかなか難しいでしょう。
そこで、まず「KANGEKI XR」をきっかけにして、演劇のマーケット全体を盛り上げて大きくしていき、そこから、演劇と教育とを結びつけたビジネスを展開していきたいのです。演劇と教育を結びつけながら、「演劇って面白い」「教育って面白い」と感じてもらえる世界を作っていくことを目指します。
取材後記
演劇の配信をスマホで観ると聞いたとき、映画のような見方しか想像することができなかった。ところが、スワイプでのスクロールやピンチアウトでのズームなどを使いながら「観劇」をしてみると、確かに自分がその場に参加をしているような、新鮮な感覚がもたらされた。今後、映像や音声の3D化により、その没入感がさらに高まったときどんな「観劇体験」ができるのか。今後の展開が非常に楽しみだ。
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(編集:眞田 幸剛、文:椎原よしき)