【ICTスタートアップリーグ特集 #3:MarineSL】舶用機器メーカー向けプロダクト「Si-Trax」展開の先に見据える、国内海事クラスターの未来とは
2023年度から始動した、総務省によるスタートアップ支援事業を契機とした官民一体の取り組み『ICTスタートアップリーグ』。これは、総務省とスタートアップに知見のある有識者、企業、団体などの民間が一体となり、ICT分野におけるスタートアップの起業と成長に必要な「支援」と「共創の場」を提供するプログラムだ。
このプログラムでは総務省事業による研究開発費の支援や伴走支援に加え、メディアとも連携を行い、スタートアップを応援する人を増やすことで、事業の成長加速と地域活性にもつなげるエコシステムとしても展開していく。
そこでTOMORUBAでは、ICTスタートアップリーグの採択スタートアップにフォーカスした特集記事を掲載している。今回は、海運業、造船業、舶用工業を主として構成される海事クラスターの課題解決に取り組む株式会社MarineSLを取り上げる。神戸を拠点に活動する同社が舶用機器メーカー向けに展開するプロダクト「Si-Trax」の概要や、今後の事業展望について、代表取締役の福島氏と共同創業者の志野氏に話を聞いた。
▲写真左:株式会社MarineSL 代表取締役 福島健太氏、写真右:株式会社MarineSL 取締役 志野安樹 氏
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<スタートアップ解説員の「ココに注目!」>
■眞田幸剛(株式会社eiicon TOMORUBA編集長)
・2022年に設立された海事産業のデジタル化を推進するスタートアップです。兵庫版シビックテック推進事業や高度エンジニア発掘・育成プログラム「STAND OUT」にも採択されるなど、事業ポテンシャルの高さにより各所から注目を集めています。
・同社の開発した舶用機器メーカー向け部品需要予測・営業支援システム「Si-Trax」は、すでに複数の企業に導入されています。独自開発のアルゴリズムをベースに船の機器・部品の稼働率や消耗具合を見える化することにより、導入メーカーのデータに基づいた意思決定や効率的な営業活動に貢献するなど、今後のさらなる成長・拡大が期待できるプロダクトです。
・舶用機器メーカー向けのプロダクト開発で得たノウハウ、さらには船舶運航・機器メンテナンス・売買履歴など、膨大な保有データを強みに、海運業や造船業向けのソリューションも視野に入れているとのこと。日本の海事クラスターを変革するイノベーターとしての可能性を感じます!
他業界と比べてデータ活用が遅れていた船舶の世界を変えるために
ーーまずは起業の経緯について教えてください。
福島氏 : 私は学生時代から海に関わる仕事に興味があり、一時期は船乗りを志したこともありました。ただ、最終的には金融機関に就職し、SEや大学の特別研究員を経てブロックチェーン関連のスタートアップを起業・売却するなど、しばらくは海と関係のないキャリアを歩んでいました。
その後、一時的にキャリアが空白になったタイミングで、志野から今回の事業の話を持ちかけられました。そこで海に関わる仕事への思いが再燃し、私の方でリーダーシップを発揮してメンバーを集め始めたことがMarineSLの起業経緯です。
ーー志野さんは以前から海に関わる事業に携わっていたのでしょうか。
志野氏 : 私は船のエンジンを開発する会社に就職し、技術者として働いていましたが、業界の斜陽化を感じざるを得ない雰囲気があり、危機感を持っていました。
その後、大手建設機械メーカーに転職したのですが、その会社では前職では考えられないほどビジネスへのデータ活用が活発に行われていました。このような建設機械メーカーでの取り組みを、船の世界にも何とかして持ち込んでみたいと考えたことが、現在の事業を始めるきっかけとなりました。
ーー神戸に本社を置かれている理由を教えてください。
福島氏 : 事業化を検討し始めた時点では私が北海道に住んでいたため、最初は北海道に本社を置いていました。ただ、私を含むメンバー全員が関西の大学出身だったこともあり、前々から関西に拠点を移したいという話は出ていました。
最終的には神戸市のスタートアップ支援の仕組みに魅力を感じたことが移転の決め手となりましたが、神戸周辺には私たちがフォーカスしているような舶用機器メーカーや造船会社、舶用商社などが数多く立地しています。海事クラスターの課題解決に取り組む私たちにとって、神戸ほど拠点を置くに相応しい都市は他になかったと思っています。
▲2022年に志野氏と共にMarineSLを立ち上げた代表・福島氏。
独自のアルゴリズムで船舶機器の稼働率を可視化する「Si-Trax」
ーー現在、MarineSLが提供している「Si-Trax」について教えてください。
志野氏 : 「Si-Trax」は、舶用機器メーカー向けの部品需要予測・営業支援システムです。より具体的に言えば、船に搭載されている様々な部品や機器の稼働率・消耗具合を把握するためのシステムとなります。
船に搭載するエンジンやポンプなどの機器を作る舶用機器メーカーは、実際に船を運用している海運会社へのアフターサービス(部品供給・修繕など)で利益を出しています。しかし、実際に船に搭載されている機器の状態がわからない中で営業を行わなければならないため、人海戦術に頼らざるを得ないなど、非効率な営業活動が常態化していました。
そのような課題を解決すべく、建設機械メーカーで導入されていたシステムを参考にすることで、舶用機器メーカーの効率的な営業活動を支援しようと考えたことが「Si-Trax」の開発コンセプトにつながりました。
ーー建設機械メーカーのシステムをヒントに開発されたとのことですが、舶用機器メーカーならではの特徴はありますか?
志野氏 : 船は海上を航行しているため、基本的にはオフラインの環境です。建設機械とは異なり、洋上でのデータを取得しなければならない難しさはあります。
ただ、現在ではAIS(Automatic Identification System:船舶自動識別装置)という船の動向を把握するシステムが普及しているため、各船舶の位置情報や速度などの簡単なデータは取得することが可能です。そのようなAISから得られたデータに当社が構築した独自のアルゴリズムを掛け合わせることで、船に搭載されている機器や部品の稼働率・消耗具合の可視化を実現しています。
ーー「Si-Trax」を導入されたお客様からの反響はいかがですか?
志野氏 : 私たちのお客様である舶用機器メーカーは、今まではデータが一切ない中で営業を行い、戦略的な意思決定ですら勘に頼ってしまうという状況でした。それが「Si-Trax」を導入したことにより、少なくともデータに基づいた営業ができるようになったほか、今後は「経営や事業戦略もデータに基づいたものに変わっていきそうだ」という前向きなフィードバックもいただいています。
▲「Si-Trax」は、船舶航行情報を利用した、舶用工業メーカー向けの船舶の「部品需要予測&営業支援システム」だ。(画像出典:ICTスタートアップリーグ MarineSLページ)
データ活用に課題を抱える海事クラスター企業との共創を想定
ーー現状の「Si-Trax」が抱えている課題、今後の改善ポイントなどがあれば教えてください。
志野氏 : 「Si-Trax」は、回帰木のような機械学習を使って予測を立てているので、現状では100%の予測ができるわけではありません。ただ、現在が過渡期であることは間違いないので、その上でデータに基づいた意思決定の重要性をご説明するなど、100%ではないものをお客様企業や現場の方々に受け入れていただく難しさがあることは確かです。
福島氏 : 今回のICTスタートアップリーグを機に、私たちだけでは入手できなかったようなデータを有する企業とのオープンイノベーションを実現し、新たなデータを教師データとすることで短期的には「Si-Trax」の予測精度向上を、中長期的には船主・管理会社と機器メーカー双方にメリットのある枠組みへの拡張を目指したいと考えています。
ーー具体的にはどのような業界・業種の企業とのオープンイノベーションを想定されていますか?
福島氏 : 海運、造船、舶用機器など、海事クラスターと呼ばれるセクターに属する企業を想定しています。その中でも先ほど申し上げたようなデータを持っている企業が理想的ですね。いろいろなデータを持っているものの「有効な活用方法がわからない」と悩まれているような企業と組むことができれば、私たちから様々なご提案をさせていただけると思います。
▲MarineSLの共同創業者である志野氏。
各社間の合意形成においてリーダーシップを発揮できる存在を目指す
ーー今後見据えている事業展開や事業戦略について教えてください。
福島氏 : 短期的には「Si-Trax」のような船舶・海運向けのプロダクトを少しずつ増やしていくことが大切になると思います。私たちは舶用機器メーカー向けのビジネスからスタートしていますが、海事クラスター全体では実際に船を所有・運航する海運会社の影響力が極めて大きいため、今後は現在扱っているデータやノウハウを活かすことで、実際に船を所有しているオーナー向けのソリューション、あるいは舶用機器メーカーと海運会社をつなぐようなソリューションも生み出していきたいと考えています。
また、長期的には業界各社間の合意形成においてリーダーシップを発揮できるような存在になることを目指しています。M&Aが活発な海外と違って、日本の海事クラスターには、メーカーも含めて膨大な数の企業が存在しています。そのため、業界全体の成長・効率化を目指す過程においては、テクノロジー云々以前に各社の合意形成がもっとも大きな障壁となることは間違いありません。
だからこそ当社が中心となってジョイントベンチャーを作るなど、業界全体の収益拡大を目指せるような仕組みを構築し、私たち自身が合意形成のリーダーシップを担えるようになるべきだと考えています。
ーー志野さんはいかがですか?
志野氏 : 「Si-Trax」のような舶用機器メーカー向けのソリューションについては、ほとんど競合が見当たりませんが、海運側のソリューションやソフトウェアに関しては多くの競合が存在していることも事実です。
しかし、舶用機器メーカー向けのソリューションからビジネスを始めた当社は、最初から数千隻の船を相手にしていることもあり、海運側の競合他社と比べても非常に多くのデータを有しています。これが当社の大きな強みとなっているのです。
今後は現在保有している膨大なデータを有効活用することにより、海運側のビジネスにマッチしたソリューションやビジネスを生み出していくことで、海事クラスター全体の成長や課題解決に貢献していきたいですね。
取材後記
海運業、造船業、舶用工業を主として構成される海事クラスターでは、様々なニッチな課題が複合的に重なっているという。同社は「Si-Trax」の開発・展開を皮切りに、そんな一筋縄ではいかない海事クラスターの現状をデジタルの力で変革しようとしている。舶用メーカー向けのビジネスからスタートしたという同社の特異性と強みである膨大なデータを活かした新たなソリューションは、日本の海事クラスターにどのようなイノベーションをもたらすのだろうか。今後の展開に注目していきたい。
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(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己)