【ICTスタートアップリーグ特集 #11:HarvestX】工学×農学による果菜類の完全自動栽培で、持続可能な農業を
2023年度から始動した、総務省によるスタートアップ支援事業を契機とした官民一体の取り組み『ICTスタートアップリーグ』。これは、総務省とスタートアップに知見のある有識者、企業、団体などの民間が一体となり、ICT分野におけるスタートアップの起業と成長に必要な「支援」と「共創の場」を提供するプログラムだ。
このプログラムでは総務省事業による研究開発費の支援や伴走支援に加え、メディアとも連携を行い、スタートアップを応援する人を増やすことで、事業の成長加速と地域活性にもつなげるエコシステムとしても展開していく。
そこでTOMORUBAでは、ICTスタートアップリーグの採択スタートアップにフォーカスした特集記事を掲載している。今回は、ロボットによる植物工場の自動化ソリューションを開発するHarvestX株式会社を紹介する。代表取締役社長 市川友貴氏に、ソリューションの詳細や優位性、そして今後に向けた課題と展開について聞いた。
▲HarvestX株式会社 代表取締役社長 市川友貴 氏
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<スタートアップ解説員の「ココに注目!」>
■写真右/吉田翔(株式会社eiicon Enterprise事業本部 IncubationSales事業部 IncubationSales2G マネージャー)
・東京大学発のコンピュータ科学とロボット技術を通じて持続可能な農業を目指すスタートアップ企業です。農業のフィールドにおいて「安定栽培」「自動化」「省人化」といったキーワードは、よく耳にしますが、事業としてスケールしている印象はまだ少ないかと思います。それは機能が優れていても現場にフィットしたソリューションにはなっていない現状があるためです。
・そんな中、HarvestX社は、大学発の研究シーズを持ちながらも、顧客に向き合い、顧客が求める「植物工場自動化ソリューション」を提供しています。同社は、果菜類の栽培において重要である「受粉」の自動化技術を確立。世界をリードする完全自動栽培で成長を続ける同社にご注目ください。
植物工場の自動化を加速するソリューションを開発
――HarvestXは2020年に創業されたそうですが、どのような背景があったのでしょうか。
市川氏 : もともと私は個人でロボットの開発をしていたのですが、その時に農業と関わる機会があり、収穫ロボットを作っていました。しかし日本の農家さんは中小規模が多く、高価なロボットはなかなか導入できないという課題があったのです。
そんな時に、植物工場を運営するベンダーさんや菓子メーカーさんとお話しする機会がありました。メーカーさんは加工用のイチゴを農家さんに供給してもらっていますが、その供給が段々減ってきているというのです。そのため、室内農業でイチゴを生産したいという要望を聞きました。
イチゴを生産する際には、もちろん収穫作業も重要ですが、その手前の受粉作業も必要です。ただ、室内の閉鎖型空間での栽培となると、ハチか人によって受粉作業を行わなければなりません。しかし人の手では時間がかかりますし、食品工場での衛生面を考えるとハチを使うことに不安が生じます。
そこで2018年、東京大学本郷テックガレージにプロジェクトを立ち上げ、受粉ができるロボットの研究開発を始めました。そして経済産業省の「未踏」で、世界で初めてイチゴの全自動受粉に成功し、2020年に法人化をしたのです。
――なぜ、イチゴにフォーカスしたのですか?
市川氏 : 最初は単純に「ロボットを作りながらイチゴも食べられたら楽しいだろうな」という個人的な興味でした。しかしよく話を聞いてみると、イチゴは単価も高く味に差が出やすいことを知りました。つまり、付加価値をつけやすいということです。そうなると、当社のロボットやシステムを導入いただいた時に費用を回収しやすいのです。イチゴは知れば知るほど、合理的な作物だとわかりました。
ロボットによる受粉だからこそ、収穫量向上が実現できる
――HarvestXのソリューションは、どのように市場に普及しているのでしょうか。
市川氏 : 私たちは大学の研究室発の研究開発型スタートアップとは異なり、ゼロからのスタートでした。そのため、2023年初頭までは研究開発に集中していたのです。そのうえで受粉の自動化を技術的に確立できたことで、現在はイチゴを生産する企業にロボットの試験提供も行っています。
――試験提供をした企業からの反応はいかがですか?
市川氏 : まだまだ改善すべき点はありますが、これまで人やハチでしかできなかった受粉の完全自動化を体験いただいて、数字としてもいい結果を出すことができています。そのためお客さまの期待値も導入前より高くなっており、「早く導入したい」という声を各社からいただいています。
――ソリューションの独自性についてもお聞かせください。
市川氏 : まず、ロボティクスの特徴が三つあります。
一つ目は、受粉の精度が高いことです。従来は受粉がうまくいかず廃棄していたものを、しっかりと商品として出荷することができます。イチゴは、受粉の精度によって出荷できる良品率が変動します。1~2%良品率が変動するだけで、工場の生産量と売上高は大きく影響を受けますから、ファーム全体の収益性を上げられることが大きな特徴です。
二つ目は、安定した環境で受粉できることです。ハチを使う受粉の場合、温度や湿度など色々な条件に左右されるため精度がまちまちになります。そして人の手で行う場合も作業者によってバラつきがあります。ロボットの場合は、安定した精度で作業ができます。
そして三つ目は、衛生的だということです。ロボットで受粉すると、例えば病気のもとになるような菌の付着を減らすことができます。すると、食品メーカーや菓子メーカーのように果実を加工して使用する企業にとっては、洗浄コストを削減することができるのです。
そしてどんな環境でも栽培ができることが、ソリューション全体の特徴です。ハチの場合は、その地域の法令によって使える品種が限られているケースがあり、どこでも栽培できるというわけではありません。それに対して私たちはロボティクスで受粉を行うため、電気と水道さえあれば場所を問わず栽培ができるのです。
▲イチゴ植物工場向け自動化ソリューションHarvestXの中心となるロボット、「XV3」。植物工場内を自動運転で走行するXV3 Cartと、データ収集用のセンサーや作業用ロボットアームを搭載したXV3 Unitの二つで構成されている。
量産化のために乗り越えるべき課題は
――今後について、まずは短期的な目標をお聞かせください。
市川氏 : 今後は培ってきた技術を量産化するとともに、よりよい栽培方法を確立したいと考えています。栽培するイチゴの状態をセンシングして、それをクラウド上で管理することで、高品質なイチゴのパラメータを把握していきます。そしてお客さまが当社のシステムを導入すれば、専門知識がなくとも水と電気さえあれば生産できるソリューションを確立し、提供したいですね。
――量産化に向けて、現状どのような課題を感じていますか?
市川氏 : 一つは資金、そしてリードタイムです。
まず資金については、私たちはハードウエアを使うため、そのための費用は少し前に持たなければなりません。そこがソフトウェアとは異なるところです。短期間で資金を集め、それを開発に投入していく必要があります。
リードタイムについては、これは私たちだけではなく大手メーカーさんも含めてですが、世界情勢の変化や円安などの理由により、部材の価格が高騰したり、そもそも部材が入ってこないという状況が続いています。そのため、しっかりサプライチェーンを整えていく必要もあります。ゼロから実行するのは大変ですが、そこが面白いところです。
――植物工場の管理は、まだ市場が広がる少し手前の状態かと思います。これが本当に広がっていく、ブレークスルーするポイントはどのようなことでしょうか。
市川氏 : 植物工場はシンプルな構成で実現できてしまうからこそ、簡単に始めることができます。しかし、ブームに乗って作ったものの、その作物の行先がなく赤字化してしまうという落とし穴があります。
黒字化している植物工場の特徴は、もともと販路を持っていることです。あるいは、先に開拓したうえで植物の生産を始めています。私たちが最初のターゲットを食品メーカーさんにしているのも、植物工場のメリットを最大限活用できるのは食品メーカーさんだと考えたからです。このように、メリットを感じられるのはどのようなプレイヤーなのかを考えてやっていくことが市場拡大のカギだと思います。
まずはイチゴの完全自動栽培、そして幅広い果菜への展開
――今後について、中長期的な目標もお聞かせください。
市川氏 : 最終的には、完全自動での栽培を目指しています。現在は受粉や収穫という作業の代替をロボットがしていますが、これをすべての作業に展開して、人が一切介入せずともイチゴを生産できるようにしていきたいです。
ただ、すぐに農家さんの仕事をすべてロボットに置き換えることはできません。そのため、農家さんからの供給が減少している加工用のイチゴから、私たちのシステムに置き換えていきたいと考えています。加工用のイチゴというのは、ジャムなどはもちろん、ケーキ、ヨーグルト、スムージーなどへの用途を含みます。そうした加工用のイチゴはメーカーさんから安定した品質と量が求められますが、なかなか供給ができなくなっています。
そのうえで、イチゴのみならずトマトやナス、メロン、コーヒー、リンゴといった、受粉が必要な果樹や野菜を、私たちのシステムで生産できるようにしたいですね。
――グローバル展開も考えていますか?
市川氏 : 考えています。開発と検証は国内で十分だと考えていますが、実際に引き合いが多いのは国内よりも海外からです。気候変動など深刻な社会課題の中で、食に対する課題意識は世界中で高まっています。それを解決できる技術を私たちは保有していますから、グローバルでも長期的なスパンで展開していくことを考えています。
取材後記
日本国内では農業の担い手の減少、そして世界では気候変動など、野菜や果物など食料生産の現場を取り巻く環境は近年大きく変化している。その中で植物工場の可能性は注目されていたが、受粉など栽培工程の効率化が大きな課題だった。世界初のロボットによるイチゴの受粉に成功したHarvestXの植物工場自動化ソリューションは、安定した環境下で効率的に栽培ができる方法として、これからますます必要とされるだろう。この日本発の技術が今後、グローバルに広がっていくことを期待したい。
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(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:齊木恵太)