【AICHI INNOVATION DAYレポート<前編>】 製造現場のAI検査ツール、食の新サービス、組織開発ツール、高機能バイオ炭……スタートアップ×地域から生まれる新たな事業とは?
愛知県は3月23日、イノベーション創出に関わる多様なプロジェクトの成果を発表する大規模イベント「AICHI INNOVATION DAY」を、オンライン・オフラインのハイブリッドで開催した。オフラインの会場となったのは、名古屋コンベンションホール。スタートアップ支援拠点「PRE-STATION Ai」も入居する高層ビル、グローバルゲート内にある。
当日は現地から全国に向けて、合計11ものセッションや成果発表会が配信され、愛知で高まるスタートアップ・エコシステムの勢いを強く印象づけるイベントとなった。そこで今回、「AICHI INNOVATION DAY」で繰り広げられた注目のプログラムの様子を前編・後編に分けてお届けする。前編となる本記事では、「AICHI CO-CREATION INCUBATION PROGRAM DEMODAY」に焦点をあて、レポートしていく。
「AICHI CO-CREATION INCUBATION PROGRAM」は、スタートアップ(起業家)と地域の共創により、地域課題の解決を目指す共創プログラムだ。愛知県内各地の自治体や支援機関、それにメンターが、両者の共創を強力にバックアップする。2022年9月に開始し「スタートアッププログラム」と「インキュベーションプログラム」の2段階に分けて進行してきた。最終的に、地域課題を解決する必要最低限の機能を実装したプロダクトサービス(MVP)の完成を目指す。なお、本プログラムは、STATION Ai パートナー拠点事業の一環で実施されている。
約半年間のプログラムからどのようなMVPが生まれたのか。4社の熱いピッチの内容に加え、自治体・支援機関によるリバースピッチの様子もあわせて紹介する。
【オープニングトーク】 「STATION Ai と様々なプレイヤーを有機的に結びつけ、革新的なエコシステムを目指す」
オープニングトークを飾ったのは、愛知県 経済産業局革新事業創造部 スタートアップ推進課の高木利典氏だ。高木氏は、愛知県が推し進める「Aichi-Startup 戦略」の実施背景を紹介したうえで、「STATION Ai パートナー拠点事業は、スタートアップが集まるSTATION Ai と様々なプレイヤーを有機的に結びつけ、革新的なエコシステムを目指していく事業だ」と説明。「今年度の参加者らには、パッションを持って取り組んでいただき、素晴らしい成果を得られた。この後のピッチをぜひ聞いてほしい」と力強く呼びかけた。
愛知県 経済産業局革新事業創造部 スタートアップ推進課 担当課長 高木利典 氏
【リバースピッチ】 各自治体や支援機関が、解決したい地域課題とは
スタートアップピッチに先立ち、本プログラムでスタートアップと地域との共創を支援した自治体・支援機関を代表して担当者が登壇。各地域の紹介や取り組んでいる課題、これから取り組みたいテーマについて発表した。
■東三河スタートアップ推進協議会
登壇者:豊橋市 産業部 地域イノベーション推進室 主事 澤田恭平 氏
愛知県東部に位置する8市町村(豊橋市・豊川市・蒲郡市・新城市・田原市・設楽町・東栄町・豊根村)から構成される東三河エリア。本エリアに立地する産学官が連携をして、スタートアップの創出、スタートアップ・エコシステムの形成を目的に立ち上げたのが、東三河スタートアップ推進協議会だ。目的達成に向け、機運醸成、連携・共創体制の構築、PRの強化などに取り組んでいる。
その一環で実施しているのが、「8市町村実証実験サポート」という活動である。実証フィールドを探すスタートアップと自治体をつなげ、サービスの開発と地域課題の解決の双方の実現を目指す。2022年度も本活動を通じて、複数のスタートアップが実証フィールドを見つけ、成果も生まれつつあるという。
■豊橋市
登壇者:豊橋市 産業部 地域イノベーション推進室 主任 室井崇広 氏
約37万人の人口を擁し、東京・大阪の双方から新幹線で約90分という好立地にある豊橋市。多様な業種の企業が集積する工業や、全国トップクラスの生産額を誇る農業などが盛んだ。市内には大学も3校立地している。こうした地域特性を活かし、2022年度より複数のスタートアップ支援事業を開始。代表的な取り組みが「TOYOHASHI AGRI MEETUP」だという。アグリテックと地域の農業者を結びつけ、共創による新サービス創出を図っている。賞金総額1000万円のコンテストも実施しているそうだ。
また、大学発技術の社会実装を目指す「研究シーズスタートアップ支援事業」も開始。2022年度は東海地区初開催となる「超異分野学会 豊橋フォーラム」を初開催した。このほか、共創コミュニティの創出やスタートアップチャレンジ交付金などの施策も行い、多面的にイノベーション創出をサポートしている。
■豊川市
登壇者:豊川市 産業環境部商工観光課 課長補佐 柴田進太郎 氏
市制施行80周年を迎える豊川市は人口約18万4000人で、工業・農業・商業がバランスよく発展している地域だ。2022年度は、「知る」「体験する」をテーマにスタートアップ支援に取り組んだという。協力自治体として参画した今回の共創プログラムでは、picks designやTOWINGなど複数のスタートアップを地域へとつなげ、サービスの開発を支援した。2023年度からは、新たにスタートアップ支援担当を設け、活動を強化していく方針だという。
今後、取り組みたい地域課題として、ヘルスケアや農業と食、まちづくり・観光、それに製造業DXなどを挙げた。なかでも、先端技術やデジタル技術を活用した、製造業の付加価値向上には注力していきたいそうだ。
■設楽町
登壇者:設楽町 企画ダム対策課 移住定住推進室 主事 小澤智則 氏
約4300人が暮らす設楽町は、豊川・矢作川・天竜川の源流に位置する水が豊かな地域。トマト栽培や米づくりなどの農業が盛んで、酒造りでも知られている。現在、設楽ダムの建設工事が進行中で大きな転換期にある。また、町の9割が森林で、豊富な森林資源に恵まれていることも特徴だ。2022年度は、森林資源を有効活用した交流人口・関係人口の創出に取り組んだ。また、人材育成を目的にIT教育(プログラミング教室)なども開催。
今回の共創プログラムでは、picks designと共創を開始。本取り組みから、町内の事業者の課題解決につながる最初の一歩を踏み出せたとの手応えを得られたそうだ。今後は、ヘルスケアや農業と食、まちづくり・観光のほか、さまざまな取り組みに挑戦していきたいという。
■刈谷市
登壇者:刈谷市 産業環境部商工業振興課 主査 山田崇人 氏
刈谷市は、人口約15万人を擁する自動車産業を中心とした製造業の町である。自動車産業の構造転換が進むなか、現在はとくに中小製造業の新規事業へのチャレンジ、既存事業の価値見直しのサポートに取り組んでいる。具体的には、新たな産業創出の担い手となる企業・地域・次世代を対象に育成プログラムを実施するほか、ビジネスホテルの一角を借りてコワーキングスペース「IKOMAI DESK」を運営し、オープンイノベーションミーティングなどを開催。交流を生み出しているという。
今回の共創プログラムでは、製造DXなどにチャレンジした。今後も引き続き、地域企業のイノベーション創出や製造業の業務改善、労働生産性向上などに積極的に取り組んでいきたい考えだ。
■西尾市
登壇者:西尾市 産業部商工振興課 課長補佐 石川哲 氏
愛知県の南に位置する人口約17万人の西尾市。特産品には抹茶やうなぎなどがある。産業構造としては自動車産業が中心となっており、とくにエンジン部品やトランスミッション部品の一大集積地だ。自動車産業の転換期にあることから、今回の共創プログラムでは、HACARUS、イクスアールの2社と、トヨタ自動車を含む市内製造業10社程と情報交換の場をセッティング。また、TOWINGやpicks designとも地元企業や団体とのミーティングの場を設定し、議論が進んでいるという。
来年度は、スタートアップの利益を創出するという目的で、「西尾未来共創拠点」の設置と「ビジコン西尾」の運営を予定。さらに、中小企業の課題を解決するという目的で、「BtoC導入促進」「DX導入促進」に力を入れるという。
■ウェルネスバレー推進協議会(大府市、東浦町)
登壇者:大府市 産業振興部ウェルネスバレー推進室 主査 小林孝行 氏
大府市と東浦町で構成されるウェルネスバレー推進協議会は、「あいち健康の森公園」の周辺地区をウェルネスバレーと名づけ、「幸齢社会」の実現を目指して活動を行っている。このエリアには、国内唯一となる健康長寿のナショナルセンターや県内唯一となる小児医療センター、介護施設などが集積する。自動車関連産業も盛んだ。
2022年度は、共創プログラムに参加したほか、独自のスタートアップ向けイベントも開催。機運の醸成に努めてきたそうだ。また「医福工連携マッチング」と銘打ったマッチング事業にも注力。7社(うちスタートアップ3社)と実証事業を開始した。今後も引き続き、ヘルスケア領域での共創を図っていくほか、農業と食、製造業DXにも取り組んでいきたいという。
【スタートアップピッチ】 4社が登壇、地域課題を捉えた共創ビジネスの経過をプレゼン
続いて、本プログラムに参加したスタートアップ4社の代表が登壇。自社の強みと、愛知県内の事業者と取り組んだ共創の内容について紹介した。
■HACARUS × 刈谷市・西尾市 「製造現場の労働生産性を向上するビジネスモデルの構築」
登壇者:株式会社HACARUS 山口貴志 氏
HACARUS(ハカルス)は、同社の開発するAI外観検査ツール「HACARUS Check」を活用し、製造現場の労働生産性向上を目指す取り組みをスタート。「HACARUS Check」とは、カメラとLED照明の取りつけられたロボットアームが、製品の周囲を360度回転しながら、外観の検査をするというプロダクトだ。
今回の共創プログラムでは、刈谷市・西尾市に所在する自動車部品製造会社や自動車メーカー、FA事業会社、産業用設備設計会社など11社にヒアリングを実施。それをふまえて「事業者連携の強化」と「AIのさらなる改善」の2点に取り組んだという。
「事業者連携の強化」については、搬送・撮像といったハードウェアの面で事業連携を行う体制を構築。AI導入に必要な周辺整備も実施した。他方、「AIのさらなる改善」についてだが、金型でつくられているダイカストやプレス製品は経年で摩耗するため、従来のプログラミング技術で外観検査システムをつくっても、検査精度が落ちてしまうという課題があった。これに対して同社のAI技術は、少ないデータから高速で学習できるという強みを持つ。この強みを活かせば、ダイカストやプレス製品でも精度を落とさずにAI外観検査を行える。たとえば、昼休み中に良品学習をすることも可能なので、経時的な変化にも追従できるという。
すでに愛知県内Tier1向け自動車部品メーカーに導入済で成果も出ているそうだ。具体的な成果としては、同社の検査ツールが24時間稼働することで、検査員数を劇的に減らすことができたほか、検査時間の短縮や検査精度の維持にも成功しているという。今後も引き続き検証を続けていく方針で、さらなる実証の場を探しているとのことだ。
■picks design × 大府市・豊橋市・豊川市・西尾市・設楽町・東三河スタートアップ推進協議会 「地域の珍しい商品が届く『そのとちぎふと』」
登壇者:株式会社picks design 松浦克彦 氏
フリーのデザイナーとして活躍してきた松浦氏が、2021年3月に立ち上げたpicks design(ピックスデザイン)は、『そのとちぎふと』というサービスを開発中だ。サービスコンセプトは、食を通じたコミュニケーションツール。全国各地に眠っている珍しい食べ物をきっかけに、その地域や文化を知り、家族との会話に彩りを添えるサービスなのだという。
具体的には、月額2,365円(税込)+送料のサブスク登録すると、月に1回、1品2食分の食品とともに、生産地のことを知ることができるストーリーブックが届く。届けられる食品は、白いなすや甘栗かぼちゃなど珍しいものばかりだ。また、ユーザーが選ぶのではなく、ランダムに送られてくるため、「何が届くのかわからない」というワクワク感も得られる。食品を通じて、その土地に興味を持ち、訪れたくなるようなサービス設計をしているという。
今回の共創プログラムでは、各地域の生産者などとディスカッションを行った。その結果、「新しい伝え方で地域を盛り上げてほしい」「言葉選びが上手ではないので、うまく伝えてほしい」など、同プロダクトに期待する声が寄せられた。『そのとちぎふと』を通じて販路開拓を行いたいというニーズが高かったという。こうした声をもとに2023年4月1日、『そのとちぎふと』のサービスを正式にローンチ。「地域に触れる食体験を届ける」をビジョンに、本サービスを愛知から全国へと広げていく計画だ。
■メンタルコンパス × 大府市・東浦町・ウェルネスバレー推進協議会 「精神医学で自律的に協力し合うチームが育つ『ソダーツ』」
登壇者:メンタルコンパス株式会社 伊井俊貴 氏
メンタルコンパスは、精神科医として約10年の研究実績を持つ伊井氏が立ち上げた企業で、自身の経験をもとに「ソダーツ」という組織開発サービスを展開している。ビジョンは「世界の分断を解きほぐす」こと。今回のプログラムでは、介護施設における分断を解きほぐすことに挑戦。介護施設では、コミュニケーション不足から職員の休職・離職・メンタル不調が多いが、管理職の育成が不十分で問題が放置されている。この課題を解決するためには、心理的安全性が高く、本音が言える雰囲気のチームづくりが不可欠。その解決に導くツールが同社の「ソダーツ」だという。
具体的には、従業員全員からLINEアプリで悩みや気づきなどを収集する。集めた内容をAI言語分析で見える化。管理職5~6人が組織課題を読み解き、行動心理学にもとづいて解決策を図る。その際、自律的に協働するチームに必要とされる、8つのコアデザイン原則を用いる。実際に「ソダーツ」を使用したユーザーからは、「言えなかった本音が言えた」「1on1より効率的に本質的な情報が集まった」「チームの状態を可視化できた」といった評価が寄せられているそうだ。
本プログラムで予定していた実証実験は、コロナ禍の影響で実現しなかったが、解決策に関しては施設側から好感触を得られているそうだ。今後は、介護施設での実証実験を進めるほか、ウェルネスバレーで「心理的安全性セミナー」を開催したいと話す。精神医学的エビデンスに基づいたチームづくりのスタンダードをつくることを目指して、着実に事業を進めていきたい考えだ。
■TOWING × 豊橋市・設楽町・大府市・豊川市・西尾市 「サステナブルな食料生産エコシステム実現に向けた”高機能バイオ炭”の普及」
登壇者:株式会社TOWING 木村俊介 氏
TOWING(トーイング)は、土壌微生物技術を得意とする企業だ。同社は農業における、化成肥料の枯渇・高騰、温室効果ガス排出、大量の未利用バイオマスの排出などを問題視。サステナブルな農業の代表格である有機肥料への切り替えが必要だが、化学肥料から有機肥料へと切り替える際、収量が大幅に減少したり、土づくりに5年以上も要したりすることから、現状では進んでいないという。また、愛知県内には多様なバイオマス(もみ殻、畜ふん、剪定枝)が発生しており、それらの処理も課題となっているという。
こうした課題を一気に解決するのが、同社の開発する「高機能バイオ炭」だ。土壌微生物を、地域で余っているバイオマス資源を炭に変えたバイオ炭に定着させ、地域で余っている有機肥料を使って培養する。これにより、有機肥料利用効率の向上と、農業における脱炭素を実現する。高機能バイオ炭を活用することで、農地への炭素貯留が可能となるため、カーボンクレジットも獲得できる。また、高機能バイオ炭を用いれば、有機栽培が可能な土づくりが、わずか1カ月程で可能だ。
今回の共創プログラムで、小松菜の栽培に高機能バイオ炭+有機肥料を使ったところ、従来の化学肥料よりも約1.7倍の収量を得ることができた。農家にとっては収益の向上を見込める。また、各地域のJAなどとともに、高機能バイオ炭の需要の創出、バイオマスの供給源の確保といった座組の構築に取り組んだ。これから春作の植え付け時期に入るため、本格的な実証を開始するという。
取材後記
スタートアップと地域ビジネスを有機的に結びつけ、地域課題の解決に資する新たなプロダクトやサービスを生み出そうとする本取り組み。個々の共創からもたらされる価値も当然あるが、愛知のスタートアップ・エコシステムの機能を強化するという意味においても、大きな価値のある取り組みだといえる。
イベントのクロージングの際に、eiicon company代表 中村亜由子氏が「自治体の方たちも熱心にオープンイノベーションに携わり、巧みなピッチを行っている場面は、これまでに見たことがない。全国的に見ても非常に珍しいこと。このことも、愛知県に共創が根付いている一端を示すのではないか」と述べたように、自治体の熱量も高まっている。2022年度のさまざまな施策を通じて、一段と強くなった愛知のスタートアップ・エコシステムから、今後どのような革新的なイノベーションが生まれてくるのか。引き続き、その動向を追っていきたい。
なお、後日掲載する「AICHI INNOVATION DAY」レポート後編では、「AICHI MATCHING 2022 DEMODAY」に焦点をあて、イベントの内容を紹介していく。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子、撮影:加藤武俊)