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オンラインコミュニケーションの課題解決に挑むソニー。共創プログラムを始動させ、「人が主役のDX」を通して描く未来

オンラインコミュニケーションの課題解決に挑むソニー。共創プログラムを始動させ、「人が主役のDX」を通して描く未来

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2020年以降、新型コロナウイルスの拡大によってオンラインコミュニケーションツールが急速に普及し、ミーティングや面談、授業、研修、医療相談、営業の商談など幅広い用途で活用されている。しかし、音声と映像のみを接続する現状の機能だけでは「相手の目線が読めない」「感情を把握できない」「自分の話がどこまで理解されているかわからない」など、以前の対面コミュニケーションに比べて感情の起伏や機微の把握が困難になったと感じている利用者も少なくないのではないだろうか?

このような課題に対してソニー株式会社 新規ビジネス・技術開発本部は「人が主役のDX」共創プロジェクトを立ち上げた。同社のセンシング・AI技術を活用し、「言葉で伝えられないこと(ノンバーバル情報)」を伝えるAIコミュニケーションツールの開発を推進すべく、「DX INNOVATION PROGRAM 2022」を開催し、共創パートナーの募集を開始する。

今回は、同プログラムのカウンターパートとなるソニー株式会社 新規ビジネス・技術開発本部の相見氏、金尾氏、ソニーグループ株式会社 R&Dセンターの大輪氏の3名にインタビューを行い、同プロジェクトの設立背景や目指すべき世界観、開発中のAIコミュニケーションツールの特徴、求めている共創パートナーのイメージなどについて詳しくお聞きした。


【写真右】 ソニー株式会社 新規ビジネス・技術開発本部 事業開発戦略部門 オープン・イノベーション部 担当部長 相見猛氏

ソニー入社後、R&D部門の研究者としてソフトウェア開発に従事。スマートフォン黎明期にはAndroid関連商品の立ち上げに携わり、シリコンバレーにてGoogleのAndroidチームとの協業も経験。帰国後はAR・VR等XR系製品開発を担当。2020年以降は様々な事業に関する社内外のアクセラレーションやサポートなどを中心に活躍。

【写真中央】 ソニー株式会社 新規ビジネス・技術開発本部 事業開発戦略部門 オープン・イノベーション部 タスクフォースリーダー 金尾りんな氏

旧ソニーエリクソンモバイルコミュニケーションズ株式会社入社後、Android系スマートフォンのフレームワーク開発やAIを活用したソニー独自機能の開発・実装・改修などを担当。新規事業探索を推進する部門新設をきっかけに新たなAIコミュニケーションツールの事業化を提案し、プロジェクトをリードする。

【写真左】 ソニーグループ株式会社 R&Dセンター Tokyo Laboratory15 担当部長 大輪卓之氏

ソニー入社後、R&D部門でAI技術・アルゴリズム開発に従事。仮想3D空間でのコミュニケーションサービスにおけるアバターやAIエージェントの開発を経験。近年は自然言語によるコミュニケーションをサポートするAI技術や表情・身振り手振りのセンシング技術開発に携わる。

ソニーの技術力で「オンラインだからこそ得られる付加価値」を創出する

――まずは今回のプログラムを牽引する新規ビジネス・技術開発本部とオープン・イノベーション部の役割やミッションについてお伺いします。これらの部署は昨年春に設立されたとお聞きしました。

相見氏 : 2020年4月にグループ全体で大きな組織変更があり、旧・ソニー株式会社はソニーグループ株式会社として再編され、現・ソニー株式会社は祖業であるエレクトロニクス・プロダクツに加え、メディカル、スポーツ、プロフェッショナル系などのソリューション事業を引き継いでいます。

ソニーでは、今回の組織変更を機に祖業であるエレクトロニクス事業と比肩し得る新たな事業を育てようというミッションが発生しており、そのミッションの実現を担う組織として設立されたのが新規ビジネス・技術開発本部です。また、新規事業創出のアプローチとしては、既存事業からの価値転換を目指す方法に加え、新しいビジネスをゼロから立ち上げるなど様々な方法がありますが、私たちが所属するオープン・イノベーション部は、他社との共創をベースに新規事業作り上げていくプロジェクトを主管しています。

私たちは新規ビジネス・技術開発本部の設立に際して三つのミッションを定めました。一つ目のミッションは、これまでのエレクトロニクス事業のようにハードウェアの売り切りだけでなく、持続的に収益や価値を回収できるビジネスモデルを創出すること。二つ目は、お客様の声を聞きながら製品・サービスを開発するプロセスを重視し、お客様と直接つながるような関係性を構築すること。

そして三つ目は、ソニー単独では実現できないプロジェクトがあることを真摯に受け止め、他社との共創をベースに新たな価値を作っていくことです。事前にこのような三つのミッションを定めていたため、今回のように外部パートナーを公募するアクションに対しても、社内からの反対意見はほとんどありませんでした。

――オープン・イノベーション部では、様々なプロジェクトが進められていると思いますが、今回、「人が主役のDX」というテーマで共創相手を募集されることになった背景や理由について教えてください。

相見氏 : DX自体は世の中の様々なレイヤーで何年も前から推進されています。その結果、多種多様な分野で効率化が進み、人々の生活も便利になりました。ただし、「人間の能力のDX化」については、まだまだ十分でないと考えています。

たとえば現在ではコロナ禍によって人が対面で会うことが難しく、人間のコミュニケーション能力もオンラインでしか発揮できないケースが増えてきています。このような「オンラインでしかコミュニケーションが取れない状況」は、リアルなコミュニケーションに対する制約と捉えられがちですが、オンラインで話すからこそ様々な付加価値を載せられる可能性もあるはずです。私たちはソニーグループのAI・センシング技術を活用した「人間の能力のDX化」を進めることで、対面で会っている時以上の価値を生み出したいと考えています。

また、現状ではこのような機能・価値を全面的に打ち出している競合サービスが少ないこともあり、私たちとしても「まずはオンラインコミュニケーションツールの分野を追求していくべきだ」と考え、今回のような公募による共創パートナーの募集を決定しました。

――新規事業創出や他社との共創を進めていく上で重視していること、心がけていることなどがあれば教えてください。

相見氏 : 私たちは、新規ビジネス・技術開発本部のミッションに掲げた通り、「お客様が何を求めているのか」「お客様は何に困っているのか」について、まずは徹底的に耳を傾けて調査することを重視し、その上で「私たちが持っている技術で解決できるものは何か」「他社との共創も含めて提供できる価値は何か」、そのような観点を重視して事業を作っていくトライをしています。

――人の能力をDX化するAIコミュニケーションツールのプロジェクトを通して、どのような世界観を作りたいと考えられていますか?

相見氏 : AI技術を扱う人々の間で広く語られている話ではありますが、まずはAIなどのテクノロジーで担保できる仕事・作業を増やし、人間は人間にしかできないことに時間を使えるような世界を作っていきたいと考えています。

たとえば現在では、世界中の何十億人もの人たちが毎日のように学校や職場で教育や研修を受けていますが、人の能力のDX化や優れたAIの開発によって、AIに任せられる仕事・作業の総量が増え、多くの人が物事の習得のために費やしていた時間を削減することができます。そのようなベースを作ることで、人間はより人間らしい創造的な活動に集中できるはずですし、私たちはそのような社会を構築するための原動力になりたいと考えています。


プロの知見をベースにノンバーバル情報をセンシングするエンジンを開発中

――すでにAIコミュニケーションツールの開発を進められているとお聞きしていますが、現在の状況について教えていただけますか?

金尾氏 : 現在は数社のお客様のペインポイントや課題に基づく仮説を立て、製品のプロトタイプが仮説通りに課題を解決し、お客様に価値提供できるか否かを検証しているフェーズです。

今後、さらに詳細な検証を進めていくにあたっては、オンラインコミュニケーションにおける課題を解決したいパートナー様、あるいはターゲットのペインポイントを十分に理解されているパートナー様などと協業することで、お客様に提供できる価値を高めながら事業化を目指していく方針です。

――今回の新規事業のコアとなるAIコミュニケーションツールの特徴を教えていただけますか?

金尾氏 : 教育や研修、営業など、人と話すことを生業とする分野では、論理的な話し方の教育・訓練が行われていますが、そのような訓練だけでは相手の真意のようなものを理解するのは難しいと言われています。

たとえば人間の外面から客観的に推測できる喜怒哀楽と、実際の内面の喜怒哀楽は大きく異なるケースがあります。ただし、非常に訓練された方々、教育や商談のプロフェッショナルと呼ばれるような方々は、些細な表情や空気感の変化によって共通した聞き手側の態度推定ができると伺っています。

現状のセンシングでは、「居眠りをしている」「笑っている」など、表面的にわかりやすい動きしか捉えられませんが、先ほどのようなプロフェッショナルの方々の知見をベースにエンジンを開発すれば、話している相手の商談・教育等で必要な態度を自動的に分析・解析できるノンバーバル的なセンシングが実現できる可能性があると考えています。


大輪氏 : 私の方でも様々なお客様や関係者から「コロナ禍でのリモートのコミュニケーションは、以前に比べて難しくなっている」という話を聞いていたので、リモートでは把握しにくくなっていた空気感のようなものをセンシングする技術の開発を進めていました。そんなタイミングで金尾さんたちの取り組みを知ったため、R&Dの枠を超えて「ビジネス貢献がしたい」という思いでプロジェクトに参加しています。

――既製のマイクやカメラのみで導入できることも強みになりそうでしょうか?

金尾氏 : そうですね。これまでのソニーは、どちらかといえば「自社製品ありき」のビジネスをしていたので、今回は既製のマイクやカメラのみで機能するような汎用的なサービスにしていくつもりです。ただし、心拍のセンシングなどについてはまだまだ検証・検討が必要であると考えています。

大輪氏 : 金尾さんが話したように、既製のカメラとマイクでやり取りできる状況をベースに、ソニーが培ってきた映像解析などの技術を組み合わせることで差異化を生み出すことにチャレンジしています。

また、リモートによってリアルなコミュニケーションの場ではデータ化されていなかったものもデータ化できるようになるので、将来的にはそこで得られたデータとAI技術を活用し、リアルを超えるような新しいコミュニケーションの創造にも取り組んでいきたいですね。

――リアルを超えるコミュニケーションということですが、どのようなものをイメージされているのでしょうか?

大輪氏 : 「ドラゴンボール」に出てくるアイテム、スカウターみたいな感じでしょうか。普通に見ただけではわからない相手の戦闘力がスカウターを通して見ることでわかっちゃうみたいな(笑)。相手の感情や様子を数値化・データ化することで、リアルにコミュニケーションするよりも最適なフィードバックを返せたり、コミュニケーションがより円滑になったりするような製品が生み出せるといいですよね。


――今回のプロジェクトは金尾さんの発案からスタートしたと聞いていますが、このようなAIコミュニケーションツールを作ろうと考えられた理由やきっかけ、原体験のようなものがあれば教えてください。

金尾氏 : 私自身が人とのコミュニケーションを苦手にしていることも大きいですね(笑)。さらにはコロナ禍になったことで、今まで以上に課員とのコミュニケーションが難しくなってしまい、何とかできないだろうかと考えていたのです。

相見氏 : 私は金尾さんとの付き合いが長いのですが、課員とのコミュニケーションやプレゼンなどで悩んでいる姿を見かけたことが何度かありました。その辺りが今回の企画を発案するにあたっての原体験になったのかもしれませんね(笑)。

金尾氏 : そうですね。そのようなときにコロナ禍になって、「リモートならばコミュニケーションに関するデータも取れるし、人と人とのコミュニケーションを一歩先に進めるようなDXができるのではないか」「同じような課題に頭を悩ませているお客様にも付加価値を提供できるのではないか」と考えました。

属人化したコミュニケーションの能力を多くの人が受け継げる世界を作りたい

――今回の「DX INNOVATION PROGRAM 2022」を通じ、どのような共創パートナーと出会いたいと考えていますか?

金尾氏 : 「人が主役のDX」という言葉通り、人間の能力を伸ばしたい、現状では人間が捉えきれないものを捉えたい、さらには相見さんが最初に話していたように、人間の空き時間を作ることで今まで以上に創造的な取り組みに時間を掛けたいと考えているような企業様と組んでみたいです。

また、私たちとしては特定の人たちの中だけで属人化してしまっているコミュニケーション能力をデータ化・ノウハウ化することで、より多くの人たちの能力を向上させ、効率化や工数削減を促進したいと考えているので、特定の人の能力に頼らざるを得なかったことにペインポイントを持つ業界・企業の方々――具体的には学習塾や家庭教師といった教育業界の企業様、企業教育研修を実施されている企業様、さらには人が仲介することが価値となっているためにDX化が進みにくい不動産や金融、自動車、百貨店、医療、美容といった業界のお客様と一緒に課題解決・事業化を進めていきたいと考えています。

相見氏 : これまでソニーがアクセスしてこなかった業界・領域でも新しい取り組みを展開していきたいと考えています。個人的には、教育業界などの企業様には特に期待したいですね。

――共創相手の企業には、各業界・各業務におけるコミュニケーションノウハウや顧客基盤といったアセットを期待されているのでしょうか?

相見氏 : そうですね。基本的にはAIのサービスなので、エンジンを開発するためには適切なデータに基づいた学習を行う必要があります。たとえば教育業界であれば、塾講師や研修講師の方々の授業・研修における話し方、受講者の反応などについて、実際にそれらの現場で仕事をされている方々の生データを収集することでエンジンを開発しながら、教育業界の目的・課題解決に適したオンラインコミュニケーションツールを作っていきます。

世の中には、ソニーのアセットだけではたどり着くことができない分野・領域は無数に存在します。そのすべてをフルスクラッチで開発していては事業としてスケールしないため、私たちとしては各業界・各業務・各課題に合わせたフレームワーク的なベースを作り、それを横展開してきたいという構想も持っています。また、様々な業界の企業様と組むことで、その業界の方々が持っている顧客基盤や販路を活用させていただきたいという期待もあります。

――今回のプロジェクトで目指すべきゴールイメージについて教えてください。

金尾氏 : 私自身は先ほどお話ししたように、現状、属人化してしまっているコミュニケーションの知識・技術を上手く紐解いてあげることで、より多くの人々へのスムーズな能力伝承を実現していきたいです。一部の人のものだった経験や勘のようなものを可視化し、より多くの人が高い能力を受け継げるようになることで、みんなが幸せになれる世界を作りたいです。

――「DX INNOVATION PROGRAM 2022」は 1月末からのエントリー開始となりますが、4月頃には事業化に向けての共創がスタートするというイメージでしょうか?

相見氏 : そうですね。現時点で数社の企業様と協業の話が進んでいますが、今回のプロジェクトは、様々なオンラインコミュニケーションの使用事例に等しく適応できるか否かが拡張性のカギになると考えています。たとえばパートナーが特定の業界の会社だけであれば、その業界に特化したエンジンの開発だけで終わってしまう可能性があります。今回の公募を通じ、オンラインでのコミュニケーションに対する切実な課題を持っている企業様がどれだけいるのかを見極めたいという思いもあるのです。

公募を通じて様々な企業様とお話をさせていただくことで、現在のエンジンを横展開できるようなニーズがあれば、事業化への蓋然性がさらに高まることになりますし、新たなリソースを追加した上で4月以降に協業を進めさせていただくつもりです。

――最後になりますが今回のプロジェクトに興味を持っている方々、応募を検討している企業へのメッセージをお願いします。

金尾氏 : 最初は私一人で考えていたアイデアでしたが、徐々に同じようなことを考えている人たちに集っていただくことでプロジェクト化することができました。今後も私たちと同じような志を持った方、私たちの考え方や目指す世界観に共感いただける方々と一緒に、お客様の課題解決に向けて事業化を進めていきたいです。

大輪氏 : 先ほども申し上げたとおり、コロナ禍のリモートによるコミュニケーションに課題を感じている方々は決して少なくありません。私たちは、多くの人々がリモートでもリアルと変わらないコミュニケーションを取れるような世界、さらに将来的にはリモートでリアル以上のコミュニケーションができるような世界を作っていきたいと考えています。

現状のコミュニケーションに課題意識を感じている方々、私たちと一緒にコミュニケーションの技術を育ててみたいと考えている方々と一緒に、事業化に挑戦チャレンジしていきたいです。

相見氏 : 今回ご応募いただける企業様は、私たちと同様、新しい事業を起こしたいと考えられていると思いますので、それぞれの足りていないピースを埋め合うことができればいいですよね。

そのような意味でも、皆さんにはソニーのアセットを有効活用し、使い尽くしてほしいと考えています。ソニーが持つ大企業としての体力、技術、顧客基盤、販路、商流、それらが皆さんの足りていないピースを埋めることができれば私たちとしても幸いです。

もちろん、大企業×スタートアップという組み合わせだけでなく、大企業×大企業の組み合わせも面白いと思います。企業の規模や業界を問わず、「ソニーと組めばアクセラレーションがかかるな」と考えてチャレンジいただける方々からのご応募をお待ちしています。



取材後記

相見氏が語っていたように、エレクトロニクス・プロダクツを祖業とするソニーは、プロダクトアウトからマーケットインのビジネスへと軸足を移そうとしているのかもしれない。「人が主役のDX」を体現するAIコミュニケーションツールについても、プロジェクト自体は金尾氏の発案からスタートしたものだが、多くの顧客の声に耳を傾けながら慎重に開発・事業化を進めていこうとする意志が伺えた。

また、今回の「DX INNOVATION PROGRAM 2022」を通してプログラムに参加する企業も、ソニーと共に自社や業界のペインポイントに基づいた課題解決に取り組むことができる。現状のオンラインコミュニケーションの不自由さや能力の伝承・向上に課題感を持つ企業、さらにはリアルを超えるオンラインコミュニケーションの創造に挑戦したい企業は、今回のプログラムにエントリーすることでソニーと共に「人が主役のDX」の実現に向けたイノベーション創出にチャレンジしてほしい。


(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己、撮影:齊木恵太)

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