交通インフラの巨人と描く 「都市×地方の未来」――JR東日本スタートアッププログラム2020 始動!
国内はもちろん、世界的に見ても最大級の規模を誇る鉄道会社・JR東日本――。
そのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)であるJR東日本スタートアップが、今年度もスタートアップとの共創で、新たなビジネスの創出に挑むプログラム「JR東日本スタートアッププログラム2020」を開始した(応募締切:5/31)。
本プログラムの大きな特徴は、JR東日本グループの持つ膨大なリソースやアセットを活用して、実証実験を行えることだ。お互いにシナジーを生み出せることが確認できれば、本格的な社会実装に向けて、歩を進めることもできる。過去のプログラムからは、JR高輪ゲートウェイ駅に今春オープンした無人AI決済店舗「TOUCH TO GO」も生まれた。
また、これまでのプログラムでは毎回20社前後のスタートアップを採択。地方と都心を繋いだ新幹線物流や地域通貨、獣害対策など、スタートアップが持つ技術とJR東日本グループが誇るリソース・アセットを掛け合わせた数多くの実証実験に取り組み、一定の成果をあげてきた。そうした取り組みの中から、東日本各エリアが抱えている大きな”ペイン”が浮き彫りになってきているという。
4回目のプログラムとなる今回は、そのペインを解決すべく募集テーマの1番目に「地方創生」を据え、そのほか、「観光・インバウンド」と「スマートライフ」の2つのテーマも掲げた。そこで、プログラムの事務局を務めるJR東日本スタートアップ株式会社の隈本伸一氏と佐々木純氏に、本テーマにかける想いを聞いた。
世界最大級の鉄道会社はスタートアップとの共創で、どんな未来を実現しようとしているのか?昨年度のプログラムに採択され、地方創生をキーワードに実証実験を行ったスタートアップ3社(アドレス/ヴィレッジインク/NCL)へのインタビューとともにお伝えする。
一つの場所に留まらず各地方を駆け回る3社には、今回Zoomでのオンライン取材を実施した。
3つのテーマを設定した狙いとは?
――まず、スタートアップとの共創で実現したいことについてお伺いしたいです。
佐々木氏: 大きなビジョンとしては、「地域を元気にしたい」「暮らしを豊かにしたい」「新しい未来を創りたい」の3つを掲げています。その中で、今年度のプログラムでは、「地方創生」「観光・インバウンド」「スマートライフ」の3つのテーマを設定しました。
それぞれの狙いについて、まず「地方創生」ですが、今年は震災復興10年の節目を迎えます。あらためて、東北エリアをはじめとした地方創生を推進していきたいとの考えから、本テーマを設定しました。
2つ目の「観光・インバウンド」は、インバウンド需要が年々高まりつつあることから、新たな視点での観光資源の活性化や地域の魅力を創出できるように注力したいとの想いから設定しています。3つ目の「スマートライフ」は、リモートワーク・テレワークといった働き方改革が注目を集めている中、新しい働き方やデュアルライフ(二拠点生活)のようなこれまでにない暮らし方を提案できるアイデアを探していくことが狙いです。
▲JR東日本スタートアップ株式会社 佐々木純氏
――3つのテーマの中でも「地方創生」は、都市と地方をつなぐ交通インフラを持つ御社ならではのテーマですね。
隈本氏: はい、地方創生は当社だからこそできるものだと捉えています。アクセラレーションプログラムは多数ありますが、地方創生を打ちだすことで、他との差別化ができると考えています。近年、この領域に取り組むスタートアップが増えていますから、そういった方たちとともに、地方創生に取り組んでいきたいですね。
▲JR東日本スタートアップ株式会社 シニアマネージャー 隈本伸一氏
――これまでも、御社は青森や新潟などで実証実験を実施されてきました。その中で感じた、地方ならではの課題があれば教えてください。
佐々木氏: やはり大きなペインは、過疎化で人口が減っていることです。それを解決するために、どう外部から人とアイデアなどリソースを持ってきて、地方の活性化につなげていくかが重要です。今までは首都圏に比べて東北エリアでの実証実験の展開は少なかったので、今年は特に同エリアに注力していきたいです。
隈本氏: 地方には山のように課題があります。ですから、スタートアップと組んで、地域に賑わいを創出したい。地域のキーマンを掘り起こして、つないでいくようなスタートアップが増えてきているので、そうした方々とJR東日本グループのリソースを組合せ、継続的な事業を創出したいと思っています。
――JR東日本グループだからこそ提供できる、リソースやアセットはどんなものですか。
隈本氏: たくさんありますが、リアルな現場はやはり強いと思います。そこで実証実験をやってマーケットを探っていただくことができます。それ以外だと、本業でもある鉄道ですね。鉄道を絡めたコラボレーションも、本年度は実現していきたいです。
佐々木氏: 昨年度のスペース活用の例を挙げるなら無人駅です。JRとしては無人駅をどんどんコンパクトにしていこうという流れがありました。しかし、スタートアップの方たちのアイデアに触れて、まだまだ活用幅のある資産だということに気づくことができたのです。これまでやってみたことの他にも、活用できる可能性はあると思っています。私たちの固定概念を崩していただけるようなスタートアップと共創したいですね。
都市と地方の交流を促す、3つの共創事例
ここからは、昨年度実施した「JR東日本スタートアッププログラム2019」で採択され、JR東日本グループとともに「地方創生」に関するテーマで共創を行ってきたスタートアップ3社へのインタビュー内容をお伝えする。
●多拠点居住で「全国創生」へ――株式会社アドレスとの共創
――最初に、御社の掲げるビジョンや事業内容についてお伺いしたいです。
アドレス・佐別当氏: アドレスは「全国創生」というスローガンを発信しています。空き家の増加や人口減少といった「地方の課題」を解決するだけではなく、人口密集などの「都市の課題」も同時に解決することを目指しています。テクノロジーを使いこなす今の20代~40代は、どこででも発信ができるし、どこででも働けます。ですから、都市に毎日通うモデルから脱し、分散型の社会構造をつくる。都市と地方のよい部分を融合していく必要があると考えています。
こうした想いから、アドレスでは「多拠点居住」ができる仕組みをつくりました。月額4万円を払えば、全国各地にある家(提携先)に暮らせる「ADDress」というサービスです。各地の家には「家守」という地域の人たちと交流を促す管理者もいて、単なる観光ではなく、「地域に暮らす」という、まさに多拠点での生活が実現できます。
▲画面左/株式会社アドレス 代表取締役社長 佐別当隆志氏
――「多拠点居住」を目指す御社が、このプログラムに応募した理由は?
アドレス・佐別当氏: ビジョンの実現に向けて、本質的な課題を一緒に解決できるパートナーシップを求めていました。多拠点生活を実現するためには、いくつか課題があって、そのひとつが交通費と交通手段です。定額制住み放題と同時に、移動の定額制を実現できれば、多拠点で暮らす人たちをもっと増やせます。こうした理由から、移動を担うJR東日本さんのプログラムに応募しました。
――プログラムの中で、どのような実証実験を行い、どのような結果が得られましたか。
アドレス・佐別当氏: 短期の取り組みとして、JR東日本ホテルズさんが運営する群馬県のホテルの2室を、「ADDress」ユーザーに提供する実証実験を行いました。地方の空き家だけではなく、ゆっくり泊まれる温泉つきのホテルを選択肢として増やし、反応をみてみるという試みです。
3カ月の期間限定でトライしたところ、目標としていた利用率の120%に達することができました。これは他の物件の2倍近い利用率で、想像以上に利用されたという印象です。
――大成功ですね。実証実験の後は、どのような動きを?
アドレス・佐別当氏: 「もう一軒やりましょう」というお話をいただき、現在、千葉県館山市にある物件を提供していただくことになっています。また、中長期の取り組みとして、当初予定していた移動の定額制についても取り組んでいます。加えて、JR西日本イノベーションズさんとも資本業務提携を結ぶことができました。JR東日本さんとの実績があったからこそ、非常にスピーディに提携まで進めることができましたね。
――今後、どんなことに注力していく予定ですか。
アドレス・佐別当氏: JR東日本グループさんと組むことで、特に東北エリアに注力しようと考えています。第一号として、南相馬市で1軒、スタートすることが決定し、地元の人たちにも喜んでいただけています。僕らはやはり、観光のメッカよりも移住先として注目されづらいエリアを開拓し、そこの関係人口を増やすことで、全国創生につなげていきたいですね。
●無人駅に秘境グランピング場をオープン――ヴィレッジインクとの共創
――まず、御社のサービスやビジョンについてお聞かせください。
ヴィレッジインク・茶屋氏: 最初に始めたサービスが、伊豆のキャンプ場でした。そこで僕らがお客様に提供しているものは、「村づくり体験」です。キャンプというよりも、村づくりがヴィレッジインクのコンセプト。なので、それが体験できるヴィレッジ(村)を地方各地にある遊休資産を活用してつくっています。活用されずに埋もれている遊休資産に、ヴィレッジインクならではのアイデアを加えて、新しいサービスを生み出したいというのが僕らの想いです。
▲画面左/株式会社VILLAGE INC 執行役員 CAMP事業グループ長 茶屋尚輝氏
――全国各地で「村づくり」に取り組む御社が、このプログラムに応募した理由は?
ヴィレッジインク・茶屋氏: これまで、アクセスの悪い場所をあえて狙って、ヴィレッジをつくってきました。ただ、アクセスが悪すぎると、駅からの二次交通に悩みがちです。二次交通の課題がない場所となると駅周辺などです。JR東日本さんのお話によると、無人駅・廃駅が全体の4割程度あるとのことだったので、僕らが活用できるのではないかと考え、提案させていただきました。
――日本一のモグラ駅と呼ばれるJR「土合駅」周辺にグランピング場を開設されました。この実証実験を行ってみて、得られた手ごたえは?
ヴィレッジインク・茶屋氏: 駅にヴィレッジをつくるのは初めての試みでしたが、結果的に大成功でした。目標としていた稼働率を達成できましたし、地元の方たちやお客様からは、毎日のように喜びの声をいただけました。それに、駅の乗降者数も向上しました。かなりたくさんの方に来ていただけたので、本当に「やってよかった」の一言に尽きますね。
▲JR土合駅の周辺を活用して、グランピング場を期間限定でオープン。
――素晴らしいですね。駅という「場の提供」以外で、JR東日本さんと共創してよかった点はありましたか。
ヴィレッジインク・茶屋氏: オープンまでに行政や地元の方たちと調整すべきことがあったのですが、JRさんにサポートしていただけたことで、非常にスムーズに進みました。普段から地元に根を張っているJRさんだからこそ、何かやりたいことがある時に、どこに相談すべきかをよくご存知です。それは非常にありがたかったですね。
――この実証実験をふまえ、今後どのような展開をお考えですか。
ヴィレッジインク・茶屋氏: JR東日本管内や、さらには他の鉄道事業者の無人駅・廃駅にも、この取り組みを広げていきたいですね。もともと魅力のある場所だったから駅ができているはずです。それぞれの土地に、新しいアイデアを足して視点を変え、地域の魅力を掘り起こしていければと思います。
●無人の駅舎に新たな価値を加え、関係人口の創出へ――NCLとの共創
――まず、Next Commons Lab(NCL)さんの事業やビジョンについてお聞かせください。
NCL・林氏: 僕らのミッションは、「ポスト資本主義社会を具現化する」ことです。その中で、地方をフィールドに活動しています。地方に眠るポテンシャルを可視化し、資源や課題は何か、それを活かしてどんなビジネスができそうかなどを調査します。
そこに対して、主に都市部に住む人たちをマッチングし、NCLのコーディネーターの支援のもと、3年間かけてインキュベーションを行います。なぜこのような取り組みを行うかというと、地方の抱える大きな問題が圧倒的な人材不足だからです。アイデアはあっても、それを形にするプレイヤーがいません。
▲画面左/一般社団法人Next Commons Lab(NCL) 代表理事 林篤志氏
――「地方のプレイヤー不足」という課題認識がある中で、このプログラムに応募しようと思った理由は?
NCL・林氏: プレイヤーを増やすためには、3年間フルコミットするスキームだけではなく、もっと多種多様な人たちが、様々な関わり方で、地方の課題に対して具体的なアクションを起こせる、交通インフラをセットにした新しいスキームが必要だと思いました。これがJRさんとタイアップしようと考えたきっかけですね。
具体的には、駅というパブリックな場所に、NCLのコーディネーターを配置し、中と外をつなぐようなハブ拠点として機能させます。そして、副業をしたい都市のビジネスパーソンが行き来する仕掛けをつくったり、大企業にサテライトオフィスを置いてもらったりと、地方に関わる人を増やそうと考えています。
――南相馬市にあるJR常磐線「小高駅」に第一号となるハブ拠点をオープンされました。なぜ小高駅だったのでしょうか。
NCL・林氏: どこか1箇所でプロトタイプをつくるなら、象徴的な場所がよいと考えたからです。南相馬市の小高区は震災直後、原発の影響で避難指示区域に指定されました。解除後も人口の一部しか戻ってきていません。街のインフラもゼロからつくり直しですし、空き家や土地もたくさん余っています。そういう意味では、新しいことをするための「余白性」が圧倒的に強い地域だといえます。
――実証実験ではどんなことに取り組み、そこからどんな展開につなげたいとお考えですか。
NCL・林氏: 現在、駅舎を単純に駅として使うのではなく、「地域のコミュニティスペース」として使えるようにつくりかえています。駅舎をDIYで改修したり、地域の方たちの意見を聞いたり、ワークショップを開催したり…。今年の夏頃には、都市部のビジネスパーソンや企業を巻き込んで、往来を生み出したいと思っています。
南相馬で手ごたえを得ることができれば、この取り組みを横展開していきたい。同時に、往来をする人たちを対象に、JRさんと組んで何らかの新しいサブスクモデルを構築できればと考えています。
▲JR小高駅の駅舎をNCLがリノベーション。地域の交流スペースとして活用することを目指している。
取材後記
地方と都市をレールでつなぎ、人の交流を促してきたJR東日本。事業エリアには首都圏だけではなく、東北や北陸などの地方も大きく含んでいる。震災復興10年の節目であると同時に、コロナの影響で地方への注目度が高まるであろう今年度、JR東日本グループとともに、「地方創生」に取り組む価値は大きいのではないだろうか。
本記事では、「地方創生」にフォーカスしたが、「観光・インバウンド」「スマートライフ」でもパートナーを募集している。シナジーを生み出せそうなスタートアップには、ぜひ応募をお勧めしたい。締切は5月31日(日)。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子、撮影:古林洋平)