【連載/4コマ漫画コラム(72)】歴史に学ぶイノベーション成功法<3>~商品編
身の回りにイノベーションじゃないものはない
歴史に学ぶイノベーション成功法の第3回は「商品編」です。
(第1回「イノベーター(日本編)」: 坂本龍馬)
(第2回「イノベーター(世界編)」: ジェンナー)
「さて、何を取り上げようかな」と改めて身の回りを見てみたら、4コマ漫画に書いたように「身の回りにあるものって、全部人類が歴史の中で作ってきたイノベーションばっかりじゃん」ということに気が付きました。
例えば、今座っている椅子だって、椅子そのものもイノベーションだし、それに使っているあらゆる部品・材料だってイノベーション。ネジだってすごいイノベーションです。家具・家電・文房具だけでなく、「家族」や「サラリーマン」という制度だってイノベーションだし、「時間を守る」という約束事だってイノベーションです。
「身の回りにイノベーションじゃないものはない」ということに気づき、感心しました。
イノベーション100選
人類の太古の歴史から考えてしまうと、「火を使う」「車輪」など今ではあまりに当たり前すぎるイノベーションまで考えなければいけなくなるので、できるだけ近代のイノベーションにフォーカスしてみようと思いました。ただ、インターネットやレーザーなどあまりに巨大なイノベーションも扱いにくい。
あれこれ考えていたら「戦後日本のイノベーション100選」というサイトを見つけました。発明協会が2016年に行った事業で、素晴らしい選定と解説です。
そのサイトにあるイノベーションの定義そのものも素晴らしい。
“経済的な活動であって、その新たな創造によって、歴史的社会的に大きな変革をもたらし、その展開が国際的、或いはその可能性を有する事業。その対象は発明に限らず、ビジネスモデルやプロジェクトを含み、……”
単に技術的革新ではなく、歴史的社会的に大きな変革をもたらすもので、モノだけでなく無形のものなども含む、というのはとてもいい定義です。連載第57回でも書いたように、私は「イノベーションは新たな価値を創り出し、世の中に広めること」だと思っています。ポイントの一つが「広める、広がる(普及する、新たな当たり前(スタンダード)となる)」です。そこが「Innovation」と「Invention」の違いのポイントです。
欲望がイノベーションを生む
「戦後日本のイノベーション100選」の105個のイノベーションはどれも素晴らしく、間違いなく私たちの生活などを大きく変革したものです。ただ、殆どのものは、「人間の欲望(「欲しい」「~したい」「~できるようになりたい」「便利に」)」の赴く方向に進化し、その時代までに培われてきた技術の総合力によって「あるブレークポイント」を迎えられるレベルまでに達して、世の中に広まったものばかりのような気もします。
例えば、「薄型テレビ」。「大きな画面が欲しい」「(でも部屋が狭いので)壁に掛けられるテレビがあればいい」ということで、ある意味「欲しいに決まっているでしょ」の方向で生まれ、発展してきたように思います。液晶ディスプレイをはじめとして、様々な技術が徐々に進化して「薄型テレビ」が世の中での「当たり前」になりました。
思い出すのは小学校のころ(?)に読んだ何かの雑誌に書いてあった記事です。「もし、壁掛けテレビができればノーベル賞は間違いない」と書かれていました。しかし、薄型テレビでノーベル賞をもらった話は聞きません。多くの技術の発展が関わっていて、特定の個人の功績ではないからです。ちなみに、その雑誌にもう一つあった「できればノーベル賞」は「おもちゃのヘリコプター」でした。
今考えるとちょっと笑っちゃいますが、小さなエンジンで重たい機体を宙に浮かすのは不可能だと思われていたのです。現在ではドローンは当たり前になりました。もちろんドローンそのものでノーベル賞は出ていません。
個人の想いが立った二つのイノベーション
105個のイノベーションの中で、私の心にひっかかったのは「公文式教育法」と「ヤクルト」でした。「公文式教育法」と「ヤクルト」は個人の想いが詰まったイノベーションです。
人間の欲望をベースにしたというより、「この人達をなんとかしてあげたい」という「他の人への想い」がきっかけでもあり、継続して世の中に広めるための原動力にもなったイノベーティブな活動でした。
この2つが生まれ広がっていった経緯は「戦後日本のイノベーション100選」の「イノベーションに至る経緯」に詳しく書かれていますからそちらを是非読んでください。
公文式教育法
「公文式教育法」では創始者・公文公(くもんとおる)氏が、ご自身の長男の「数学ができないこと」を「なんとかしてあげよう」と思い、ご自身が学生の時に感銘・影響を受けた授業方法(キーワード:個人別教育、自発性)などをベースに原点となる公文式学習法を構築し、長男の成績を劇的に向上させたのがきっかけで、それが近所の評判にもなり、長男と同じ数学ができない近所の子供たちを「なんとかしてあげよう」と始めたのが「公文式の第1号教室」でした。その後、日本国内で一気に広がり、今や世界中に展開しています。
公文氏の次の言葉が、いかに個人の想い・志が原動力となったかを語っています。
「ぼくは最初から、公文式数学を世界に広めたいという夢は持っていました。数学というものは、いわば世界の共通語ですから、国際的な性格を持っています。シュバイツァー博士はアフリカに医学をもって貢献したが、ぼくは数学をアフリカ大陸に持ち込もう。そしてアフリカのランバレネでシュバイツァー博士と会って握手をしたいものだ、と思っていたのです。」
そういえば、私は小学校のころに「尊敬する人は?」と聞かれたら「シュバイツァー博士」と答えていたことを思い出しました(原点は似ていたのにアカン人生を歩んでしまったな…)。
ヤクルト
「ヤクルト」は代田(しろた)博士が発見した乳酸菌(シロタ株)の飲み物です。代田氏が大学時代(1920年代)は衛生状態の悪さから感染症で命を落とす子供たちが数多くいました。その状況を見て(もしかしたら知り合いの子供も含まれるのかもしれません)、「予防医学」を志し、微生物研究の道に入り、シロタ株の発見につながります。
代田博士が素晴らしいのは、研究・発見で留まらず、「どうすれば普及し、多くの子供たちの命を救えるか」をシンプルなメッセージと共に、具体的に「届ける」イノベーションを起こしていったことです。
メッセージは「代田イズム」と呼ばれ、「予防医学」「健腸長寿」「誰もが手に入れられる価格で」を謳っています。
また、「届ける」ために考え作り出されたのが「ヤクルトレディ」です。ヤクルトレディが配達する時の負担軽減のためにあの独特なデザインのプラスチック容器も開発されました。このシステムは日本に留まらず、まだまだ日本の企業が海外進出をあまりしていなかった時代から海外に乗り出し広く展開しています。何より「ヤクルトレディ」という独自の販売方式・販売網を世界展開できていることはスゴイと思います。
人類らしいイノベーションを
4コマ漫画にも描いたように、生物の進化はイノベーションの連続です。とんでもないイノベーションが無数に生まれました。カンブリア大爆発を引き起こした「目」もその一つです。多産多死と自然淘汰という無数のトライアルからイノベーションは生まれ生き残ってきました。
一方、人間の特長・武器の一つは間違いなく「社会性」です。社会として、他人と協力していく能力が高いのです。「他人を思いやる気持ち」は人類の発展に必須のものです。
「なんとかしてあげたい人」につながる「社会的課題」はいくらでもあります。その課題を「自らの想いと技術」で解決していこうとするイノベーションがもっと生まれてくることを願ってやみません。
■漫画・コラム/瀬川 秀樹
32年半リコーで勤めた後、新規事業のコンサルティングや若手育成などを行うCreable(クリエイブル)を設立。新エネルギーや技術開発を推進する国立研究開発法人「NEDO」などでメンターやゲストスピーカーを務めるなど、オープンイノベーションの先駆的存在として知られる。
▼これまでの4コマ漫画コラムがアーカイブされている特設ページも公開中!過去のコラムはこちらをご覧ください。