【連載/4コマ漫画コラム(69)】歴史に学ぶイノベーション成功法<2> ~海外編:エドワード・ジェンナー~
種痘で人類を救ったジェンナーを
連載第65回で「歴史に学ぶイノベーション成功法」と題して坂本龍馬を取り上げました。それが(一部で(^o^;))好評だったので、今回はその第2弾です。ただ、編集部から「今回は海外ネタで」との依頼になり、結構悩んでしまいました。
近年ではスティーブ・ジョブズやイーロン・マスクなど超有名イノベーターが沢山いますが、天邪鬼な私としては取り上げたくない。そこでせっかく(?) COVID-19の時代なので、ワクチンの歴史的発端であるエドワード・ジェンナーを取り上げることにしました。ご存じのようにワクチンという名称は、ラテン語のVacca(雌牛)に由来しています。それはジェンナーの天然痘ワクチンは雌牛から採取したものだからです。
それでは、イノベーターのエッセンスが詰まっているジェンナーの人生を見ていきましょう。
そのまま見過ごさない
1749年にイギリスで生まれたジェンナーは12歳から9年間ブリストルの開業医に弟子入りして医学を学びました。その時に病院に来ていた農村の女性が「私は以前に牛痘にかかったことがあるので天然痘にはかかりません」と言っていたのを耳にします。単に経験値からの言い伝えなので、ロジックも確固たる根拠もないのですが、ジェンナーはこの言葉がずっと気になっていました。
イノベーターの特徴の一つは、「毎日出会う色々なことの中から引っかかりを覚えること」です。決まった仕事や日々をこなしているだけでも実は目の前に色々なことが現れ通り過ぎていきます。それらを単に「そんなことはないだろう」「私には関係ないことだ」と黙殺するのではなく、ひっかかりを覚えて、そのうち(できれば早めに)行動に移すのがイノベーターに必要な行動原理の一つです。
ジェンナーの場合は、すぐに行動に移すことはありませんでしたが、21歳でロンドンに行き外科医/植物学者として有名なジョン・ハンターの弟子になってから、頻繁にハンターに「牛痘に罹患することと天然痘にかかりにくくなることの関係」について尋ねました。もちろん当時ハンターも明確な答えは持っていませんでした。引っかかったことを忘れないしつこさもイノベーターの大事な性質です。
素晴らしいサポーター
そのしつこいジェンナーに対してハンターが言った有名な言葉があります。
“Do not think, but try” “be patient be accurate”
「考えるな。試して(実験して)みなさい」「忍耐強く、かつ、正確にね」
そう言ってくれたハンターが「ジェンナーが天然痘ワクチン発見」の立役者であることは間違いありません。この時「そんなことがある訳ないだろ。今はお前は私の弟子で医者としての修行中なのだからいらないことは考えずに言われたことをちゃんとやれ」なんてハンターがもし言っていれば、天然痘ワクチンだけでなく、現在沢山ある様々なワクチン(日本では20種類以上)も存在しなかったかもしれません。
イノベーターには、ハンターのような素晴らしい「サポーター」が必要です。イノベーションにトライする若手イノベーターに対して、その活動ができる「場」をポジティブに与えてくれるサポーターです。その活動に「時間を割くこと」や「多少のお金を使う」ことを許し、かつ、細かすぎない「適切な方向性を指導」してくれる人です。上記のハンターの言葉は本当にイノベーションサポーターとして理想的な言葉です。
イノベーターにとって必要な「素晴らしいサポーター」に出会えるかどうか……は運によることが大きいですが。
対極する2つの面
24歳で故郷に帰り開業医となったジェンナーは、いよいよ有名な牛痘接種実験を行います。牛痘にかかった女性にできた水疱から液体を取り出し、使用人の息子に接種し、その後、人の天然痘を接種させたのです。結果は成功で、その子は発症しませんでした。実験は大変慎重に行われたようですが、まだ免疫・抗体という生体システムの存在も明らかではない時代で、少年に接種することには大きなリスクを感じていたはずです。
イノベーターの特徴の一つは「対極する2つの面を持つ」ことです。
「慎重に、かつ、大胆に」この実験を行ったジェンダーにその性質を感じます。ちなみに、「対極する2つ面」の例としては、「論理的(ロジカル)に、かつ、感情的(パッション)に」「一人で、かつ、チームで」「じっくり、かつ、迅速に」「細かく、かつ、大雑把に」など色々あります。この対極する2面性が一人のイノベーターの中にあるので、周りからは時には二重人格のように思われることもあります。
権威に負けても諦めない
ジェンナーは実験を続けます。
権威ある英国王立協会の機関誌に論文を投稿したのは1797年ですから、ジェンナーはもう48歳になっていました。とても長い時間をかけ、実験と観察を繰り返し、それを論文にしたのです。ところが、この論文はコメントもなく拒絶されます。拒絶理由は恐らく「人」と「牛」という違う生物の間で予防になる関係が成り立つはずがない、という決めつけがあったのだと推察されます。
それに対して、ジェンナーが取った方法は「自費出版」でした。すごいですねー。
イノベーターにとって大事な「信念」「諦めない」「世の中を変えたい強い気持ち」が詰まっている行動です。
雑音・批判は当然のこと
この自費出版は、医学や生物学に多大な貢献を行い、予防医学や免疫学の基礎となり、その後パスツールやコッホに受け継がれていきます。
イノベーションであるのかどうかの決め手の一つは、「単にすごい発明」ではなく、「いかに広く世の中に浸透していくか」です。ジェンナーが行ったことは、広く長く大きく世の中に広がっていきました。
一方、種痘法が広がるのにつれて、多くの誤解や無理解な批判なども生まれました。ジェンナーも時には結構落ち込んだことも多々あったようですが、そういう雑音にめげる事なく突き進みました。イノベーターですね~
そして人のために
ジェンナーは種痘法の特許は取りませんでした。沢山の人々に安価に使ってもらうためです。イノベーターに大事な「志」が現れています。自分のためだけに成し遂げる「野心」とは違い、「志」は他の人の役に立つことが基本ですので(関連記事:歴史に学ぶイノベーション成功法)。
そして、1980年、WHO(世界保健機関)は天然痘撲滅を宣言しました。(パチパチ!)
ジェンナーを引き継ぎ発展してきた医学。COVID-19のワクチンも間違いなく開発され、人類を救うことになるでしょう。私たちもめげずに突き進みましょう!
■漫画・コラム/瀬川 秀樹
32年半リコーで勤めた後、新規事業のコンサルティングや若手育成などを行うCreable(クリエイブル)を設立。新エネルギーや技術開発を推進する国立研究開発法人「NEDO」などでメンターやゲストスピーカーを務めるなど、オープンイノベーションの先駆的存在として知られる。
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