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地域中小企業が鉄道業界の悲願「ホームと車両の段差解消」に挑む | JR西日本×小松製作所

地域中小企業が鉄道業界の悲願「ホームと車両の段差解消」に挑む | JR西日本×小松製作所

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車いす利用者のアクセシビリティをどう改善するかは、鉄道業界全体の長年の課題と言える。駅構内やホームのバリアフリーは進んだが、車両とホームの間の段差については、いまだに「駅員を呼んで板を渡してもらう」というアナログな対応が続く。――その課題をオープンイノベーションで解決しようと行動を起こしたのが、JR西日本だ。

今回、JR西日本は経済産業省・関東経済産業局の「対話重視型マッチング」を利用し、2018年に『車いすでの車両乗降時の段差・隙間の解消』コンテストを開催。長野県の中小企業・小松製作所の提案が採用された。スピーディーに「ホームと車両の段差解消機構」の試作1号機の開発が行われ、現在では2号機が完成。到着した列車に応じて、ホームと列車乗場との間に生じる隙間・高さを自動で調整する可動ステップの試作機が誕生した。

コンテストで集まった27もの提案の中から、建設機械部品等の受託メーカー・小松製作所が選ばれたのはなぜか。分野も違えば、設計開発の知見・リソースも少ない小松製作所が、JR西日本との共創にチャレンジし、短期間で2号機開発まで実現させた成功の源泉はどこにあるのか。

その過程を、JR西日本・田中氏と小松製作所・小松氏と中村氏、技術開発の段階でプロジェクトに加わったJR西日本テクシア(※)・妹尾氏にお話を伺った。

※JR西日本テクシア…自動改札機、ホーム柵、エレベータなどの開発、設計施工、メンテナンスを手がけるJR西日本のグループ会社。

<写真左→右>

■西日本旅客鉄道株式会社 鉄道本部 技術企画部 うめきたPT(プロジェクト統括) チーフ 田中恭介氏

■株式会社JR西日本テクシア 開発推進部 係長 妹尾潤氏

■株式会社小松製作所 代表取締役社長 小松浩康氏

■株式会社小松製作所 設計開発グループ グループ長 中村高虎氏

「シンプルな技術を組み合わせる」という、小松製作所ならではの発想。

――まずは、今回の取り組みの発端となる「課題」はどのようなものなのか。JR西日本さんにお聞かせいただきたいと思います。

JR西日本・田中氏 : 私たちには、「車いすをご利用される方が、鉄道の環境下を自由に移動できる将来をつくっていきたい」という想いがありました。駅構内、または車両中のバリアフリー化は進んでいますが、駅と車両間の段差・隙間については、極小化出来ていない状況です。車いすご利用者がそのような環境を移動しようと思ったら、駅係員をわざわざ呼ばなければいけません。

こうしたアクセシビリティの向上は、鉄道業界が抱える大きな課題です。また現在、多い駅だと、車いすの介助が1日200回に及ぶところもあり、省力化のニーズに応えたかったというのもあります。

――2018年にJR西日本は『車いすでの車両乗降時の段差・隙間の解消』コンテストを実施し、広くアイデアを募りました。この背景について教えてください。

JR西日本・田中氏 : 車いすご利用者の移動円滑化は、これまでグループ全体で考えてきましたが、社会的に大きな課題という点も加味し、鉄道と一見関係のない業界で技術を持つ会社からも新しいアイデアを募りたいと考え、関東経済産業局の事業を活用しコンテストを実施したところ、27件の応募がありました。

――小松製作所さんが同コンテストに手を挙げた理由を教えていただけますか。

小松製作所・小松氏 : もともと当社の事業は受託製造のみでしたが、10年先を見据えた経営の観点から新しい事業を開拓していました。その中で、JR西日本さんのコンテストを知ったのです。また、その内容を読み、鉄道の「ホームと車両の段差解消」という社会課題を解決するという目的にも強く共感し、応募することにしました。

小松製作所・中村氏 : 正直なところ、コンテストの要件を見て、求められることに応えるのは難しいと思いました。当社既存の設計・技術力、経験がほぼ生かせない取り組みになるのではないか思いました。しかし挑戦してみない事には何も始まらないと考え、また我々が持つ構想・思想また技術的要素がどの程度通用するのか、またどの程度のレベルにいるのかを確かめる「力試し」的な側面もあり、提案させていただきました。

――最終的に、JR西日本が小松製作所をパートナーに迎えようと思った理由は何ですか。

JR西日本・田中氏 : ホームや車両に大規模な改造をすると、莫大なコストがかかってしまいますし、工期も長くなってしまうので、「出来る限り小さくしてほしい」という要件を出していました。

今年の夏にオリンピック・パラリンピックの開催が予定され、2025年には大阪万博を迎える中、より一層本件のニーズは高まってくることが予想され、出来る限りスピーディに進めていきたいとの思いから、要件に対して、技術的に実現可能性が一番高そうな小松製作所さんのアイデアを採用させていただきました。

――小松製作所の事業は建機や農機がメインで、いわば別業界からのチャレンジです。要件への提案で工夫した点は何ですか。

小松製作所・中村氏 : 専門が異なるので、自分たちがもともと持っている技量だけではできないとわかっていました。そこで、今まで見聞きしたこと、異分野であろうと蓄えてきた知識・技術を繋ぎ合わせ、極力シンプルな構造を組み合せることを心掛け、出来るだけ面白いものをつくろうと考えました。設計にあたっては「え?それ、そんな使い方する?」と言うような普通では考えない手法も用いました。この様な固定観念に縛られない自由な思考で挑んだことが工夫点であると思います。

JR西日本・田中氏 : ホームを極力痛めたくなかったので、薄く作ってほしいという要件を出していました。その中で、既にある技術を活用し、我々の要件に対し、ベストに近い提案をしたのが小松製作所です。

▲共創によって開発された「ホームと車両の段差解消機構」の試作2号機。到着した列車に応じて、ホームと列車乗場との間に生じる隙間・高さを調整できる可動ステップとなっている。列車到着の際に、自動で展張・昇降する。(①→④のようにステップが動く)安全のため人が乗った状態では動かない仕様となっている。

小松製作所が共創パートナーだからこそ得た「気づき」。

――その後、どのような経緯で進めていきましたか?

JR西日本・田中氏 : コンテストを実施したのは2018年でしたが、2018年度末までに「動くモノ」をつくりたいと伝えました。まずはアジャイルで作って、社内関係者に見せ、機運を高めようと考えたのです。

この段階ではJR西日本と小松製作所さんで進めましたが、製品として駅に導入するには強度や耐久性、周辺システムとの連動等、様々なノウハウが必要だったので、1号機ができたタイミングでJR西日本テクシアに声をかけました。とりあえずつくったモノを安全に、安定的に動かすために、どのような設計をしていかないといけないのかを、ホームドアの知見を持つJR西日本テクシアを交え、3社で設計をブラッシュアップさせました。

――JR西日本テクシアさんは、どのように関わられたのですか。

JR西日本テクシア・妹尾氏 : 我々には、始発から終電まで長時間稼働する設備、列車が到着してお客様が一気に集中する環境など、鉄道のホームや駅の中についての知見があります。ホームドアもそうですが、列車の到着をどう検知するかとか、システムとどう連動させるかということが今回の設備では必須なので、その知見を小松製作所さんに伝えて、具現化していただきました。

――今回の共創を進める中で、妹尾さんの気づきはどんなところがありましたか。

JR西日本テクシア・妹尾氏 : 小松製作所さんとの共創によって、「最新技術を使うのではなく、ありふれた技術でも、組み合わせて変換することで面白いものができる」とわかりました。

今回も、ねじで推進力を変えるという構造が面白いアイデアでした。昇降させるための機構も考えればできるのかもしれませんが、難しい技術を使わなくても、あの薄さで強度を実現できるのだと思いましたね。

――小松製作所さんとしては、今回の共創において難しかった点はどのようなところでしょう?

小松製作所・小松氏 : 体制づくりに苦労しましたね。1号機開発の段階では、設計開発する体制がなく、もっと言うと場所もない中でスタートしましたが、何とか2019年3月までに1号機を作り上げました。

2号機はさらに難易度が高くなるので、設計開発体制の構築と正式なプロジェクトチームを編成し、設計開発するための設計開発室を設け、物流の問題を解消するために専用の車両を購入し、体制を整えて取り組んでいます。また、人材に関しては、社内公募で増員しましたが、これが新たな人材発掘にもつながったので良かったです。

――共創プロジェクトを推進していることで、社内外への変化はありましたか。

小松製作所・小松氏 : 今回、「ホームと車両の段差解消機構」の設計開発をきっかけに、既存のお客様や新たに取引するお客様とも設計段階から挑戦してみようという話が出てきています。また一方で、生産技術や生産管理、調達面でも、要求が高くなったので、私たちと共に協力会社さんのレベルも引き上がりました。

未開の領域を切り開く技術提案力の高さ。

――プロジェクトの現状を教えてください。2号機の開発を終えたところだと思いますが、実際に駅に設置するまで、あとどのくらいのステップがあるのでしょうか。

JR西日本・田中氏 : 鉄道業界には固有のルールがありますし、お客様に使っていただく品質としてはまだまだだと考えています。まずは実証実験を実施して段差解消機構の課題を洗い出し、それを解消しつつ、実際にお客様にご利用いただけるレベルになっているか、見極めなければなりません。

――妹尾さんは、具体的にどういった部分を解消していきたいですか。

JR西日本テクシア・妹尾氏 : 運用に合わせた可動の速度、耐久性、強度ですね。半屋外的つまりホーム上で使うものなので、可動部など機構の根本から課題を洗い出して選定しなおさないといけません。次の試作機では、製品としてさらに精度を上げていきたいです。

▲「ホームと車両の段差解消機構」の可動ステップの先端には圧力センサが搭載しており、列車との衝撃を防止する。

――JR西日本さんには独自の安全基準もあり、要求レベルは高いと思いますが、大変でしたか?

小松製作所・小松氏 : ある程度の覚悟はしていましたが、段違いの大変さでしたね(笑)。これまで我々のお客様は個人や工場でしたが、今回の「ホームと車両の段差解消機構」のように一般の利用者さんが大勢いるところに設置するとなると、強度も満たさないとなりません。それをクリアするのは難易度が高いと今でも感じています。

JR西日本・田中氏 : 実用化にはまだ道のりがありますが、これまで誰も手を付けられなかった領域で、1年ちょっとで2号機までつくって、社会に打ち出していけるレベルになっているのは、小松製作所さんの様々な技術を組み合わせた提案力の高さが大きいです。

当社はこれまで、ものづくりでは内製で、慎重を重ねて、これで間違いないと思ってから世の中に出すやり方でスピード感も遅い部分がありました。今回のようにモノを関係者と共有しながら、次をどうしていくか、スピード感を持って方針を練れるようになったのは会社としても大きな変化ですね。

――今回、小松製作所さんはオープンイノベーションという方法論を取り入れてものづくりを進めるのは、初めてだったと伺っています。改めて、何か気づきはありましたか。

小松製作所・中村氏 : 社内ではこの共創プロジェクトに対して否定的な意見もありましたが、試作機を内部公開したとき、予想に反し社員のほぼ全員が見に来たので驚きました(笑)。その中の何名かは熱心に機構について質問してきたり、社内に対しても良い刺激になったと実感しています。会社の風土も前向きに変化したと思います。

フラットな関係だから共創ができる。

――JR西日本さんと小松製作所さんの共創が順調に進んできた理由はどこにあるのでしょうか。

JR西日本・田中氏 : 要件をすりあわせて、小松製作所さんができる範囲で、当社が譲れないラインを伝え、個別のやり取りで内容を詰めていきました。オープンイノベーションというと、聞こえはいいですが、どこまでも真摯に、地道なコミュニケーションを粘り強く続けていることが要因になっていると思います。

小松製作所・小松氏 : できることだけをやるのではなく、従来できないとされたものにチャレンジする気持ちを大切にしたことです。できない部分はできないので、そういう部分はJR西日本さん、JR西日本テクシアさん、協力業者の方々の助言を素直な気持ちで受け取った中で形にするという強い意志を持って、取り組みました。

小松製作所・中村氏 : JR西日本さんとJR西日本テクシアさんが同じ立ち位置で対話していただき、意見を言いやすい環境を作っていただきました。普通の受託なら我々が従うという立ち位置になりがちですが、共同でやっているという意識で取り組めています。フラットな関係性を続けながら、「ホームと車両の段差解消機構」を社会実装させていきたいと思います。

編集後記

目を開かされたのは、イノベーションをもたらすものは必ずしも最新・最先端の技術でなくてもいいということだ。すでに存在するものを組み合わせることで、それまで誰も思ってもいなかったものが生み出せる。今回、ありふれた技術がJR西日本の求めていたイノベーションの起点になった。これからますます実証を重ねていくが、小松製作所とJR西日本の高いモチベーションが、きっと社会課題解決へと進んでいけると感じられた取材となった。

(編集:眞田幸剛、文:菅葉奈、撮影:古林洋平)

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